104 お別れ
「ぎゃひいいいいいいいいいっ!」
悲鳴は、カルナリアのものだった。
他のことが衝撃的すぎて、フィンの言葉を聞き逃していた。
アイラ、あの女戦士は、自分を診療しに来ていたのだと。
殴られたマルガの治療が終わった後に、それが行われた。
「まだ、少し、歪みが残っていますね。あと首が、先ほどので」
声はきれいなのに、所業は悪魔だった。
もっとも、前回に比べると、今回はごく短時間ですんだ。
カルナリアが痛みに号泣し三度命乞いをした程度。
解放されるなり今度は歓喜で泣きじゃくった。
衣服も、替えずにすんだ。
「生きてるって…………すばらしいです…………」
「ねえ。あの方……あなたのご主人様は、具合、どうなの?」
アイラが、ねっとりしたものを多分に漂わせつつ訊ねてきた。
フィンと絡み合って、おかしくなってしまったと聞いている。
この女戦士がどうおかしくなったのか――カルナリアの脳裏に、『夜の姫』に吸いとられていたオティリーやマルガたちの姿が浮かんで、慌てて打ち消した。いくらなんでもあんなことには。
それに、色々教えられてしまった今では、あの光景の意味がより深くわかってしまって、恥ずかしさが倍加している。
「どこか、まだ痛んでるとか、動きに不自由があるとか……そういう様子、なかった?」
問われたことに引っかかった。
「私ではよくわかりませんが――あの、ご主人さまが、どこかお怪我をなさっていたのですか?」
「…………え?」
当然知ってるだろうという前提が通じなかった者の、ぽかんとした顔をアイラはした。
「怪我も何も、あの決闘で――」
「決闘!?」
「こらっ!」
医師が、強く制止した。
患者の情報を他人に漏らしてはならないと、フィン自身から強く釘を刺されている。
これ以上は絶対に何も教えてくれないだろう。
(決闘? 事前に話がついている騎士との、仕込み勝負ではなかったのですか?)
そういえば、昨日はこの医師が、フィンは魔法薬を使ったから治っていると漏らしていた…………その後の長身女性同士のくんずほぐれつ妄想で流してしまっていたが!
オーバンもさらりと、病み上がりと――フィンに対して言っていた。
疑惑を抱いたが、この屋敷を出られず他の者と会うこともできない今、独自に調べる方法はない。
なので、部屋に戻って、フィンに直接ぶつけてみた。
「お怪我をなさったのではないですか? どこで、どうして!? 具合はよろしいのですか!?」
「私は、万全だ。お前はそれだけ知っていればいい」
うなりながらにらんでみたが、通じるはずもなかった。
(このひと、ものすごく沢山、隠し事してますよね…………)
それはもう確信になっていた。
しかし、自分も、本当の身分や名前、『王の冠』のことをフィンに隠しているのだから、文句を言える筋合いではない。
(うそつき同士……)
自分たちはそういうものなのだ。
カルナリアが全てを明かせるのは、バルカニアへ入りレイマールに『王の冠』を渡す時。
その時、フィンの方は――自分に、全てを明かしてくれるだろうか?
その疑念を解消する方法も、やはり、なかった。
要望通り、食べやすい串焼きを中心にした、かなり多めの昼食が運ばれてきた。
だが一緒に、朝の男がまたやってきて。
「すまない。まずいことになった。これを食い終えたら、できるだけ早く移動してもらわなきゃならない」
と言ってきた。
「ふむ。オーバンに憑依した犯人の件で、城が動いたか」
「ああ。筆頭魔導師どのが弱っている今、守りの要であった人が、突然魔力を暴走させて爆死。城は大騒ぎで、無事だった魔導師たちが警戒を強めて、じきに『検索』を使うという布告がこっそり回ってきている。
今のところは城内だけってことになってるが、オーバン様が人事不省ということを知られたら、あるいは死んだ魔導師とオーバン様のつながりに気づかれたら、ここにも使われ、場合によっては城の連中が乗りこんでくる」
検索――魔法を使える者、魔法具、そのすべてを暴き出す魔法!
「本当にすまない」
「お前のせいではない。気にするな。では最後の心づくしを、たっぷりいただくことにしよう」
フィンは感情を示さずに淡々と許しを与えると、料理に手を伸ばした。
黙々と布の内側に吸いこむ食べ方で平らげ始める。
「お前も食べろ」
「は、はい……」
この後、移動――ここを出るということは、これが最後の、貴族向けの食事ということになる。
そう思うと、どの料理もたまらなく愛おしく感じた。
また、今日もまた朝から色々あったため、体が栄養を欲しており、血のしたたるような赤身肉から香り立つ羊肉から焦げ目のついた魚肉から、焼き物がずらりと並ぶ様に気持ちが盛り上がった。
次々口へ運び始める。様々な種類の肉を噛みしめ、あるいは食感に感動し、ソースの味を楽しみ、塩だけのものに香辛料をわずかに振りかけた風味に酔いしれ……。
軽く焙られた野菜をシャクシャク噛みしめ、これも串に刺して焼いたバター風味たっぷりの小さなパンをほおばって。
酸味の強い、小さな果物もいい。肉の合間にちょっとつまむと、口の中がすっきりして、次の肉がより美味しく感じられる。
南から流れてくるミラン川で採れるという貝の身を三つ連ねて、甘辛いソースをつけて焼いたものは、いつまでも噛みしめていたい心地良い弾力と旨味のかたまりだった。
「ああ…………」
カルナリアは身も心も満たされてゆく。
フィンと一緒に食べているということも大きい。昨晩はひとりきり、朝はあの惨状だったのだから。
「ふふっ」
美味しさと嬉しさをこめてフィンを見上げると――。
「お前たち、来い」
フィンは、給仕役の少女たち四人を、ひとりひとり呼び始めた。
「ここに座れ」
膝の上に…………座らせる!
「口を開けろ。あ~~ん、だ」
「!!!!!!!!」
たっぷりある串焼きを、麗しい手で持っていって、食べさせ始める!
「な!」
カルナリアは再び激怒した――が。
「良く働いてくれた。お前たちのおかげで、楽に過ごせた。ありがとう」
「…………」
その理由では、文句を言いづらかった。
いちおうは、理解もできた。
これはお別れの儀式でもあるのだと。
ここを出るといっても、事情が事情だ、見送られながら門を馬車で出る、などということではなく、ひっそりと、隠されて、荷物のように運び出されることになるだろう。
だからこそ、彼女たちに礼をするのに、今が絶好の機会なのだと、フィンは考えたのだろう…………が!
(でも、そのやり方はないと思うんですけど!)
自分だけがしてもらえたはずのことを他人に、それも目の前でやられて、カルナリアは猛烈にブンむくれた。
「あぁぁ…………フィン様ぁ…………」
最初の少女は、目を潤ませるどころか、フィンの膝の上で溶け落ちてしまいそうなほど甘ったるく身をくねらせている。
その口に、フィンが、自分の指でつまめるものを運び、食べさせる。
指を吸われても、そのままにさせている。
カルナリアはさらにむくれる。同時に何度も喉を鳴らす。口の中にフィンの指の感触がよみがえって止まらない。それもまた腹立たしい。
(顔を見せると、男がおかしくなるからめんどくさいと言っていましたけど、このひとはむしろ、女の方をよりおかしく、めんどくさいものにしてしまう存在なのではないのでしょうか!?)
「そこまでだ」
フィンがいうと、他の者たちがよってたかって引きはがした。
相手はそのまま、立ち上がることができずにへたりこんでしまった。
放っておいて、次の少女がフィンの膝の上へ。
これもまた、フィンに食べさせられて、すぐぐにゃぐにゃになり、赤ん坊のようにうめくばかりになって。
カルナリアは腕組みして背中を向けた。
せめてもの抗議と怒りの意思表示だった。
三人目は、朝に操られた少女だった。
「体は、何ともないか?」
「はい、何も……どんなことでも、オーバン様の言う通りにするのが正しいことだと、あの時は思っていましたが……」
「今は?」
「あなた様の言う通りにいたします。どんなことでも。脱げと言われれば今すぐ脱ぎます」
「きれいな体だったな。では、私の感謝を受け取ってくれ。しっかり、私の目を見て」
「………………!?」
カルナリアは神速で振り向いた。
フィンはこちらに背を向けており、その首に少女の腕が巻きついていて、顔と顔がきわめて近い位置にあり、ぼろ布はフード状になっていて。
ちゅぱっ。
聞こえてはならない音がした。
布越しではなく、生で。
ずるり。
少女の体が崩れ落ちる。
いや、床へ垂れ落ちた。
どろどろと。
お尻を落とすと、へたりこみ――にへら、と笑った顔の形をしたまま、ビクビク震えつつ、それ以外まったく動かなくなった。
最後のひとり、マルガがその顔の前で手をヒラヒラさせたが、少女の目は一切動かなかった。
「いっ、いみゃっ、なにをっ!?」
衝撃のあまりカルナリアは噛みつつ叫んだ。唾も飛んだ。
「指だが?」
フィンは少しだけ明るい声で言い、すでにかぶさっているぼろ布の中で、今聞いたのとまったく同じちゅぱっという音を立ててみせた。
「………………」
からかわれているのか。
それともいじめられているのか。
「可愛がられておられますね」
マルガが、クスクス笑いながら言ってきた。
その顔にはわずかに痣が残っているが、おおむね元通りだ。
「あなた様は、とても弄びがいのある、いい反応をしてくださいますから」
「どういう意味ですか!」
「そのままの意味です」
「マルガ」
フィンに呼ばれると、マルガはすぐそちらへ行く。
見えない尻尾がぱたぱたと振られているような。
それもまた、カルナリアにとって屈辱で。
「お前には、特に感謝している。ルナを守ろうとしてくれたことも、昨日外に連れていってくれたことも。
殴られる前に何とかできなかったことは、深く詫びる」
「いえ、こちらこそ、貴重な経験をさせていただきました」
カルナリアの胸が危険な動悸を打つ。
特に感謝して、深く詫びるというのなら、フィンは、マルガに――何をする?
「食べさせる必要は、お前には、ないな。
お前のことは、忘れない」
「はい………………はいっ!」
マルガは涙ぐみ、すすり泣き始めた。
ただそれだけで、膝に乗せず、「あ~ん」もさせず、触れることすらしなかったのに…………カルナリアはその瞬間に、最も強い危機感を抱いた。
しかし――。
カルナリアも、声をかけた。
「私も、あなたには、感謝しています」
それは、言っておかなければならないことだった。
あの散策は、とても楽しかった。
色々教えてもらいながら街を歩き回った時間は、カルナリアを心から癒やし、回復させてくれた。
ぎゃーぎゃー言い合ったのも、今となっては楽しい記憶。
(あ、そうです、今なら)
奴隷ということになっている身では、お礼のものを与えるというようなことはできないが――。
他の三人が前後不覚に陥っている今なら言える。
「あなたには、他の人たちと違う、飛び抜けた才能があるように感じます。勉強したり、鍛えたりしたら、すごく伸びると思います。がんばってください」
ぽかんとされた。
一瞬、すごく鋭い目で見られもした。怒ったのかもしれない。
「すみません、このような身で、生意気なことを」
「いえ…………いいんです…………」
「この者たちを頼む」
フィンが割って入ってきた。
床にへたりこんだ三人が、朦朧とした目をして、じりじりと、フィンの足元ににじり寄ってきていたのだ。
「はいはい、ほらあんたら、起きなさい! だらしなくしていたらフィン様にあきれられるよ!」
口調を伝法なものにして、マルガが三人に活を入れていく。
どうにも腹立たしいが、この四人と過ごす時間ももうじき終わるのだと思うと、むかっ腹を立て続けることもできかねて、悶々とした。
「ほら、来い」
フィンが寝台に座り、招いた。
最後の、果物の一粒がその指につままれている。
カルナリアは吸いこまれるように膝の上に座った。
それ以外のことはできなかった。
瑞々しい粒が口に入ってくる。
「ちゅぱっ」
カルナリアの口が、甘ったるい音を立てた。
昼食後は、運びこまれてきた衣服や新しい荷物袋、様々な小物などの確認、試し、収納などに追われた。
収納の才能を発揮する場が久しぶりに与えられて、カルナリアは燃えた。
フィンに何一つさせるまいと、猛然と、荷物を袋に入れていく。
「まだ後から色々なものが届けられる。ここにあるものがすべてじゃないぞ」
「はい、大丈夫です! それも考えて詰めています!」
あの小屋と違って、今度は、あらゆるものの説明を受け、用途を聞いた上で収納することができる。
衣服。日用品。
調理器具類は、以前からフィンが持ち歩いていたものが基本だが、いくつかのものが、より軽くそれでいて頑丈な、高級品に変わった。
携帯食料。調味料。水の染みない袋をもらえたので、それに詰めこむ。今度は完全に水没しても大丈夫だ。
薬が色々届けられ、さすがに分類はフィンでなければできないが――その中には魔法薬もあった。
「さすが、大きな街だとそろうものだな」
確認したフィンが、嬉しそうに言った。
見るからに特別な箱があり、中には魔法具がぞろぞろと入っていた。
もう使い方がわかっているものがいくつもある。撥水の円錐。照明の板。麻痺の指輪。魔力供給の円盤。
『流星』をはじめ、見当たらないものもあった。フィンが身につけたままなのかもしれない。
フィンの荷物を整え終わると、次は自分のものを。
フィンと違って、カルナリアには新しい衣服がひととおり用意されていた。
「あ…………」
肌着に、魔法紋様の刺繍が施されていた。
効果はわからない。恐らくは何らかの守りだろう。
それを身につけてみる。
やはり、微細な魔力が動くのを感じた。
少しだけ体が軽くなった感じがする。体を強くするものか、疲れを軽減するものか。
色合いこそ地味だが布地は高級なもので、肌触りがいい。
王宮で着用していたものにはさすがに及ばないにしても、奴隷の女の子が身につけるにしてはあり得ないレベルのものだ。もしかすると侯爵家で使われているもののお下がりか、侯爵家ご用達の商人から手に入れたものかもしれなかった。
上着。上下とも、採寸された数値を元に古着を手直ししたものらしく、ぴったりだ。
見た目は華美ではなく高級感もないが、布地はきわめて頑丈で耐久力に優れ、防寒性能が高いという、野外では実にありがたいものらしい。動きやすいだけでなく、要所に軽く硬い板のようなものが縫いこまれており、防具としてもかなりの性能を発揮するようになっている。
あちこちにポケットや、ものを隠せるかくしがついており、早速エリーレアの身分証とあの小箱を収めた。
ベルトも用意されていた。色々なものをぶら下げられるようになっている。こちらにはレントの短剣をつけてみた。
「どうだ?」
「はい、いい感じです!」
「首輪も、望むなら、防御魔法をこめた、もっといいものにできるそうだが」
「いえ、これは、思い出のものですので……」
追及はされなかった。
靴。
やはり見た目は地味だが性能の高いものをそろえてもらえていた。
フード付きマントは、驚くことに、カルナリアの体格に合わせた、認識阻害効果のあるものだった。
「これっ、いくらしたんですか!?」
さすがに訊ねた。奴隷用としては高額すぎるのではないか。
「言っただろう。魔導師連中に迷惑をかけられたので、追加でもらうことになったと。それもそのひとつだ。連中の工房にあったものを裁断して、お前の体に合うようにしてもらった」
そういうことなら遠慮はいらない。
前の、猫背の男のものなどよりずっといい。
何よりほっとしたのは、マントのフードが深めで、さらに鼻から下を隠す覆面も用意してもらえていたこと。
顔面を無理矢理偽装せずに、隠すだけですみそう。
「ここを出てすぐに国境へ向かうわけではない。途中で調整もしてもらえるそうだ。具合が良くなければ必ず言うように」
「はいっ」
今度の背負い袋は容量が多く、これまでよりたくさんのものを持ち歩ける。それでいてかついでも前のものと負担はあまり変わらない。背負い帯の形状や重量分散がうまくできているもののようだ。
あれこれ試し、整えているうちに、ぐんぐん時間は経ち――。
その時が来た。
仰々しい気配はまったくないまま、
朝の男がふらりと一人でやってきて。
「お嬢ちゃん、入ってくれ。動かず、声も出すなよ」
と、あまりきれいとは言えない袋を広げた。
ちょうどカルナリアが入れる大きさ。
それに入り、かつがれて、ごみか何かのように運び出していくということなのだろう。
「私だけですか?」
「悪いな。今は、大人の女と奴隷の子の組み合わせってのは、とにかく注目されるし衛兵どもの目も厳しいんで、別々でなきゃまずいんだ。他の似たような荷物と一緒に船で運んでいく」
「ふむ。では私はどういう風にするのだ?」
「あんたには、この家の馬車で出て、窓なし馬車に乗り換えて、ラーバイに入ってもらう。あの辺なら、今は到る所に『フィン・シャンドレンみたいな女』がうろついてるから、あんたを見られてもどこかの芸人一座ってことで押し通せる。実際、同じような格好した女たちの乗った馬車に隠れてもらうことになっている」
「なるほど……了解した。まかせる。その子のことは頼んだぞ」
「ああ、絶対にちゃんと届ける」
「ルナ。少しだけ離れるが、また会えるから、我慢しろ」
別離から再び会うまでの苦労を思ってか、フィンがそんなことを言って頭をなでてくれた。
「はいっ、大丈夫です、信じてます!」
カルナリアもありったけの思いをこめて答えた。
そして、荷物を背負い――。
「じゃあ…………みなさん、ありがとうございました!」
室内に立つ四人の少女に、カルナリアは心から礼を言った。
「また会えるかどうかはわかりません。けれども、あなたたちのことは忘れませんし、あなた方に良き風が吹くよう常に祈り続けています。……次に会うことができたら、夜のお話の、続きをしましょう!」
四人は、涙ぐみつつ、丁寧な礼をしてくれた。
男がカルナリアに頭から袋をかぶせた。
「いいか? 持つぞ」
口を縛られてから、かつぎあげられる。
「さようなら!」
袋ごしに、カルナリアは言った。
少女たちも口々に別れを告げた。
「では、私も行く。さらばだ」
フィンの声がして、四人の悲しそうな声が続いた。
男が歩き出し、部屋を出た。
途中で台車に乗せられ、左右に何かが追加で乗せられもして、ごろごろと音を立てて廊下を運ばれてゆく。
これでもう、あの四人とも、この屋敷とも、タランドンの街とも、お別れなのだ。
声を出さないよう、身動きしないよう、自分は丸木になったつもりで、カルナリアは目頭が熱くなるのをおぼえつつ、ひたすらじっとしていた。
※
「行っちゃったね……」
「なんか、まだ、信じられない。伝説のお方と、王女様と、ご一緒してたなんて」
「だよねえ。こんなこと、もう一生ないかも」
「フィン様…………」
「素敵すぎ……」
「最高…………ああ……」
「でも、王女様も、最初は憎たらしかったけど、見てたら……なんか、確かにいじめたくなるけど、守ってあげたくもならなかった?」
「わかる。めちゃくちゃいじわるしたくなるけど、他のやつがいじわるしてたらすんげえムカつく感じ」
「マルガ、あんた、一緒に街出て、どうだった?」
「その通りの方だったわよ。ほんと子供で、あんな目にあったのに、好奇心いっぱいで、脳天気で、隙ありすぎで、からかうと面白くて。でもものすごく頑張ろうとしてて、何かついつい構って、助けちゃう」
「そういうとこなのかな、偉い方が偉いのって」
「フィン様も、そこら辺を気に入られて、構ってさしあげているんだろうな。王女様だからってわけじゃなく」
「…………ねえ、待って」
「なによ?」
「誰か、フィン様に、あのルナはカルナリア王女様だって、言った?」
「あたしは言ってないけど、とっくにご承知でしょ?」
「あたしも言ってないけど、そりゃ知ってるでしょ?」
「上の人が言ってるんじゃない? わざわざ言ったらこっちがヤバいって」
「私も言ってないわ。つまり、誰も、言ってないのね?」
「まあ、そーゆーことになるね」
「侯爵様の布告でも奴隷としか言ってなかったし、お城の上でも、私のものを返せ、わかったその子を連れていけとしか……それで私たちも誰もお伝えしていないとなれば……」
「…………え? まさか、もしかして?」
「ええ…………フィン様は、ご自分が王女様を連れ回していることを、ご存知ない可能性が……」
「待って待って待って。もしそうだったら、王女様じゃない、ただの奴隷の子を助けようとして、あんなことしたって話になるんだけど!」
「そうだよ、侯爵様の前で剣抜いて、侯爵様にタンカ切って、ダガルと戦って、足折られて血まみれになって殺されかけて! あれを、王女様じゃなく、奴隷を助けるために!?」
「心配させたくないから、実際に起きたことはできるだけぼかせってあたしたちに口止めしたのも、王女様に怖い話を聞かせないためじゃなく、本当にその通りの意味で!?」
「うわあ………………もし、そうなら…………本当に、剣聖さま、だよ…………聖人だよ……!」
「愛、だわ…………尊い…………」
「本気でいじめておけばよかったかも」
「…………フィン様にそこまで可愛がられて、うらやましいです、カルナリア様」
少女たちは、去っていった二人がこれからどうなるのか、ひたすら思いを馳せた。
フィンのカルナリアなぶりは、意図的か、天然か。そして多分意図していないままに「剣聖」の名前ばかりが広がってゆく。
ついにタランドンを離れ、新たな土地へ。
第二章にあたるタランドン編はこれにて終了。次回、番外編第4話「熱狂的ファン」。
※四人組について閑話
この四人、プロット段階では影も形もありませんでした。ラーバイでカルナリアが正体を見抜かれた後、特別室へ入れる展開を書いていた時、オティリーひとりが面倒を見るのもおかしいとその場で湧いてきたキャラです。
最初はオティリーが言っていた通り六人入ってきて、カルナリアがこの子たちは大丈夫そうと見抜いた善良な二人を狙って外して意地悪な四人だけが残るという展開だったのですが、カルナリアを人目につかないようにしているのに姿を見せるのもおかしいと、最初から四人で入ってくるということに。夜の姫に食われるだけの役目だったので名前も特に設定せず。
しかしそれでおしまいというのももったいなく、カルナリア救出後に再登場。ここもプロットでは忍びのむさいおっさんと無言の侍女だけのはずだったのですが、いい感じににぎやかにしてくれました。
するとさらに中のひとりが実はくノ一だという設定が生えてきました。そのためマルガという名前がつき色々とキャラもふくらんでゆき、一時はフィンとカルナリアに同行してくる展開まで頭に浮かびました。さすがにそれは死亡する未来しか見えないのでやめましたが。
こういう風に、キャラが突然生まれ動き出すのもまた、創作の楽しみのひとつです。




