第五十二話 ものすごく、あのような事
モニカはエリナの問いかけにポカンと口を空け間抜けな表情を浮かべる。
「…だからあのような事って何よ?」
「そ、それはあのような事ですわ!まさかエリナさんはご存じ無いでしょうか?」
「いやいや、知ってる訳ないでしょ。」
モニカは恥ずかしそうにして視線を落とすと、手に持つ扇を動かし顔をあおぎ始めた。
そうして何も話そうとしないモニカにしびれを切らしてエリナが話を始めた。
「別にアンタが何されようが私にはどうでもいいんだけどさぁ…。この変態は人のパンツ見てその種類を言い当てるくらい平気でしてくるわよ?なにせ変態だから。」
「し、下着を…!?リオ・ドルスのくせになんて破廉恥なっ!!……あ、いえ、そのことよりもわたくしのあのような事のほうがもっとすごいですわっ!!」
「だからあのような事って何なのよ……。」
「あのような事はあのような事ですわ!それはもう!ものすごくあのような事なのですわ!!」
モニカは支離滅裂な内容を大声で叫ぶ。
「はぁ…意味分かんないんだけど?まぁコイツがクズだってことについては私も同意。」
エリナが後ろにいるリサを背中越しに握った拳を顔の横で親指を立て後ろを指で指す。
「…いいえ?リオ・ドルスはクズではありませんわよ?」
エリナの一言が気に障ったのかモニカは恥じらうような表情を止め元の表情に戻った。
その瞬間エリナが不機嫌そうな顔を浮かべたがそれを気にすることもなく、モニカはくるりと回りリサの前に片手を差し出すようにすると、ニコリと笑う。
「リオ・ドルス分かりましたか?あなたはわたくしのおもちゃ………いいえお友達ですの。わたくしに歯向かうなんて10年早いのですわ。そして先ほどの件、わたくしは怒っていませんからね?貴方は大人しくわたくしの言うことを聞いておけばいいのですわ。わかりましたか?」
「お友達…?俺と友達になってくれるってことなのか!?モニカさん!?」
「モニカ…”さん”…?だから!もう下手な芝居は良いといっているでしょう!?」
「いや、芝居なんかじゃない…本当に覚えていないんだ。でも許してくれてありがとうモニカ”さん”。」
リサに差し出した手を戻すとモニカは自分の腰を掴み不機嫌そうにリサの前に立ちはだかる。少し首をかしげるようにして目を細めると床にしゃがみ込むリサの顔をもう一度まじまじと観察すると扇をピシャリと閉じ、リサに扇の先を向ける。
「あれ…?モニカさん…??」
「まさか…本当にわたくしのことを覚えていないんですの…?」
「だからさっきからそう言ってるじゃないか!」
「ほ、本当に…ですの…??」
「何度も言うけど本当なんだって!!」
モニカは動きを止めると口を固く結び、肩をすくめながら拳を強く握りしめる。
涙が浮かびそうになった彼女の目にはリオ・ドルスの顔がとても嘘をついているようには見えなかったのだ。
彼女はリオ・ドルスには裏表が無く、良い意味で感情的で思ったことがすぐ顔に出てしまう人間であることを知っていた。それは彼の生まれ持った気質のようなもので、会えなかったこの数年で変わってしまうものだとは到底思えなかったのだ。
何故リオ・ドルスが自分のことを覚えていないのかという疑問に答えは出ない。しかし覚えていないと言う相手に「何故覚えていないのか」と問い詰めても無駄であることは明らかであった。かといって何か裏があるようにも、悪意があるようにも感じられず、モニカはこれ以上リサに言及しなかった。
(それにしてもリオ・ドルスのこの感じ…昔よりも更にいじめがいのある良い表情をするようになりましたわね。それはそれで喜ばしいことなのですが……何なのでしょう?何か…この感じは…?)
また困ったような表情を浮かべるリサを見てモニカの嗜虐心がゾクゾクとくすぐられ口元が緩むのを扇で隠す。
ジリリリリリリリ!
その時訓練の開始を知らせる鈴の音が部屋に鳴り響いた。
「まぁ、そういうつもりであればわたくしは構いませんわ。ただし貴方が思い出したと言い許しを乞うまでいじめ……ではなく思い出せるように全力で協力して差し上げますからね?その点、覚悟しておいてくださいまし。」
そう言うとモニカは教室から去っていく。それに続いてエリナが頭の後ろに手を組み足早に歩いていく。
「ねぇ、そこの変態。あれで勝ったと思わないでよね?次合った時にはマジでぶっ殺すから覚悟しておきなさいよ?」
エリナがドアが壊れそうなほど大きな音を立てて閉めると、二人の少女は廊下の向こうに歩いて行く。教室の中で見せたように二人で言い争いをしながら歩いていったが、しばらくするとその姿は見えなくなる。
残されたのは唖然とした表情でしゃがみこむリサと黒こげのダケルとテルテルであった。
(なんだか分からないけど…私どうすれば良かったのかしら…兄様…。)
嵐のような二人が去った後、男性隊士たちが席に戻りいつもの教室の空気に戻った。
遠くのほうから「リストヴァルやっぱやべぇ。」だの「あれは素質あるわ。」などと聞こえてくる。
リサは緊張が解け、先ほど起こった出来事を思い出しハッとなる。
(話してしまった……!女の子とおしゃべりしてしまったあぁ…!!一日に二人も!しかもあんなにいっぱい!)
同年代の女性と話す機会が少なかったリサにとってそれは新鮮な体験だった。しかし彼女の生まれ持った不器用な性格と女性心が全く分からないその鈍い感性から二人の少女を怒らせてしまっていたことには気づいていなかった。
(私はあの二人とお友達になれたかしら…。)
緊張しすぎていたリサは自分が何を話していたのか良く覚えていなかったがこれから二人と仲良くなれるかどうかを気にしていた。
リサが女性と会話する目的としては兄リオ・ドルスを演じる為にももっと女性との会話に慣れておく必要があることが挙げられる。しかし本心では同年代で同性の、気の許せる友人を彼女自身が欲しているというのが実情だった。
黒こげ状態から復活したダケルとテルテルがリサに近づき話しかけてくる。
「いやー!イケメンのお前があの調子でこっちは嬉しいぜ!刺されたり焼かれたりしたけど、なんだかんだ言って可愛い子が見れて俺も元気になってきた気がするぜ!」
「拙者はおまけに蹴り飛ばされたゲロ。いや、そういうプレイだと思えばこれは中々……まぁ、いきなりあの二人を持っていかれたらこっちはたまらないゲロよ…リオ氏、これからもその調子で頼むゲロよ。」
「え…?ああ…わかった。」
(どういう事なのかしら…この調子で頼む…?ということは私はあの二人と上手くおしゃべりできていたと言うことなのかしら…?)
人は時として自分の都合の良いように物事を解釈する場合がある。不器用な彼女もまた事実と異なる解釈を始めてしまうのであった。
(そういえば二人とも「また会いましょう」みたいなことを言っていたわね…つまり!また私とおしゃべりしたいということなのかしらっ…そうね…そうに違いないわねっ…!)
リサは表情がパァっと明るくなる。
「なぁ!なぁ!クレイン!聞いてもいいか?」
リサが隣に座るクレインの肩をポンポンとリズム良く叩く。
それは普段のリサからは考えられないような子供じみた動きであった。
「ん?……なにさ。」
クレインが冷めきった表情でリサのほうを見ている。
その目は何か馬鹿なことをしでかした愚か者を見る様な目をしているが、リサは何故クレインが不機嫌そうにしているのか検討が付かなかった。
「俺とあの二人はどんな感じに見えていたかな?結構仲が良さそうに見えていたんじゃないだろうか!?」
「…えーと、…本気で言ってる?」
「俺の見立てではもう少しで友達になれると思うんだが…!?」
「…いやいや…。」
「……えっ?違うのか…?」
クレインがゴミを見るような目でこちらを見ている。
リサにはクレインの意図していることが分からず、この反応は何だとリサは首をかしげる。
先ほどダケルとテルテルも自分を褒めてくれたし、エリナとモニカからまた会いましょうと言われたことを考えると、リサは一つの結論を出す。
(あ…あー、これはきっと思春期の男子にありがちなヤツね、クレインもあの二人とおしゃべりしたかったって所かしら。つまり私に嫉妬したってこと?ふふふっ!)
「…ふっ、クレイン。お前なかなか可愛い所あるじゃないか?」
リサはニヤリと不敵な笑みを浮かべクレインの顔に目掛けて指を差しながら指をクルクルと回す。
「……うわぁ…。」
「まぁまぁ、恥ずかしがるなって。な?」
クレインがかつてないほど悲哀に満ちた表情でこちらを見ている、まさか恥ずかしがっているのだろうか、この可愛いやつめとリサは再び笑みを浮かべる。
そのリサを二人の鋭い眼光が睨んでいたが浮かれきっている彼女がその視線に気づくことはない。
「おのれぇ…!よくも我が妹に恥をかかせてくれたなぁ…あの男、許さん、許さんぞぉ…!!」
「…エーリッツ家の名にかけて、リオ・ドルス。お前にはきっちりと話をつける必要がありそうだな。」
友達が増えたと思い込んでいるリサだが、男子クラス、女子クラス共に敵を大量に作っただけだという事実に気づく様子はまったく無い。
そしてようやく教員である防衛隊士が教室に現れたが、部屋中に刃でできた無数の傷跡と焼け焦げたような痕跡を見て目を白黒させた。
彼ら、彼女らのいつも通りの訓練の日々が始まるのであった。
☆~☆☆☆☆☆ 何でも構いません。
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