第五十三話 歴戦の猛者の風格
(…つ、ついにここに来てしまったわ…!!)
そう思いながらリサ・トゥリカは共同浴場を前にして更衣室で佇んでいた。
そんな彼女の周囲には防衛隊士訓練生のいつもの男性隊士たちがいる。
【陽炎幻視】を発動し、周囲にリオ・ドルスの姿に見せていてもリサ自身が女性であることには変わり無く、男性と一緒に風呂に入ろうとしている今の自分の行動が異常であることは分かっていた。
だが共同で入浴することが規則であることに加え、身体に傷があることを理由に入浴を断り続ける訳にも行かず、ダケルやゴイルに引きずられるようにしてとうとう脱衣所まで来てしてしまった。
そしてリサにとっても屋外での冷たい水浴びに苦痛を感じ、温かい湯舟に浸かりたいという欲求が無い訳ではなかったのだ。
(そう、これは仕方のないことなのよ…!仕方ないっ仕方ないっ…!)
リサはいっそ更衣室で肌着を身に着けたまま入浴し、【陽炎幻視】で裸の姿の幻影を見せれば良いのではと頭をよぎったが脱衣所に置いた服には【陽炎幻視】をかけることができない。
肌着を脱いでいないという物的証拠を残すわけにも行かず、万が一にも正体がバレるリスクを犯すことができないリサは仕方なく全裸になると一枚の布切れを手に持ち浴室へ向かい歩き出すのだった。
(うううっ…!何が仕方ないのよっ…!私の馬鹿!馬鹿っ!…馬鹿じゃないのっ!?…なんで私は裸で歩き回ってるのよっ!?こんな恥ずかしい思いをしたのは始めてだわ…!…恥ずかしすぎて死んでしまいそう…!)
同じように服を脱いでいる男性隊士たちの間をすり抜け脱衣所の中を隠れるようにしてそろりそろりと歩いていく。
鍛えられた男性隊士たちの体つきを前にして自分との体格の違いにリサはぶつかってしまえば吹き飛ばされてしまいそうだと思い、慎重に男性たちの間を抜けていく。
過去にも男性の身体を見る機会は当然あったがそれはただの着替えなどで今のように全裸で入浴するのとは状況が異なる。リサはもじもじと恥ずかしそうに歩いていくが周りの男性隊士たちがリオ・ドルスの女々しい動作に気に留めている様子は無い。
それも当然、男性同士であれば身体をジロジロと見られることはまずない。
しかしそんな中、リサが一人モジモジと歩いていては余計に目立ってしまうというものである。
男性同士の入浴であってもコソコソとモジモジとしている男は確かにいる。
小人族のクレインなどリサから離れた位置でコソコソと動いているのが見えた。一人だけ子供のような体格が恥ずかしいのかもしれない、しかしその動きはリサの目から見ても男らしくないことこの上ない。
そんな中ふと鏡に自分の姿が映った。そこには自分の尊敬する兄の姿を模していながら小人族の少年のような動きをする青年が映ったのだ。その姿を見たとき、兄に対する尊敬と理想を重ねたリサの中では絶対的な感情が燃え上がる。それは恥じらいという彼女の中での低俗な感情を塗りつぶすように上回るのだった。
(こんな姿は兄様じゃない……兄様であれば…兄様であればっ……!!)
恐らく堂々と胸を張り、悠然と歩いていくだろう。とリサは兄に対する想像を膨らませる。
リサは目を強く開くと鼻息を荒くし、手に持っていた布を肩にバサリとかけ内股だった足を左右に開く。
そしてピンと背筋を伸ばし顔を上げると、大股で肩を揺らして歩き始めた。
(ふんっ!恥ずかしがっていた私が馬鹿だったわ…!どうせ誰も見ていないのだから堂々と歩いて行けばいいのよ!どうかしらこの悠然とした歩き、これこそが兄様というものだわ!)
動きを変えてみても周りの男性隊士たちがリサをジロジロと見ることは無い。
(余裕…!余裕よこんなの…!だって、だって私は兄様なんだからっ……!)
堂々と胸を張って歩いていたリサはあることに気づく。
周囲の男性隊士たちは確かにリサの身体をジロジロと見ることは無い。しかし近くをすれ違うその瞬間、男性隊士たちはリサの下半身をチラリと見ているような気がしたのだ。
(何…!?何なの…!?見られてるっ…!?なんで下ばかり…!?男性ってそういうものなのかしら!?)
その視線に下卑た感情は感じられない。寧ろ無意識に近い感情で彼らは相手の下半身をチラリと見て観察しているのだということに気づく。
恐らく男性とはそういうものなのだろうと思う一方、男性に見られているという事実に変わりなくそのことに気づいたリサの身体はピタリと止まってしまい、顔が赤く染まりプルプルと震え先ほどまでの堂々とした表情が崩れ去った。
(無理無理無理!無理!無理よ!こんなの無理!恥ずかしすぎるわよっ!)
リサは脱衣所の柱の裏に急いで隠れ、目をぐるぐると回しながら荒い呼吸を整える。
これから毎日なのだからこんな日常には早く慣れなければならないのだ。
それに男性たちから何かをされるわけでもないし、チラチラと見られるだけ。じっくりと身体を見られる訳でもない。
一人恥ずかしがっていては馬鹿のようでは無いか。こんなもの兄様であるはずが無い。
リサは改めて呼吸を落ち着かせる。
(いける…!余裕でいける!いけるわ!楽勝よこんなの!!……そう!そうよ!さっさとお風呂に浸かってしまえばいいんだわ!こんな所にいるから余計に恥ずかしいのよっ…!!)
浴場に入れば湯煙で見えづらくなることに加え、湯船に浸かってしまえば周りの視線はそう気にならないだろう。
リサは気を取り直し、柱の裏から出ようとすると何故か足元から声が聞こえた。
「うわー!リオお前…なんかすげぇな…!」
「まさしく歴戦の猛者って感じゲロね、おみそれしたゲロよ、リオ氏。」
下を見るとダケルとテルテルがしゃがみ込み、自分の下半身をジロジロと見ていた。
リサは声にならない悲鳴をあげ、後ろに後ずさるが柱にぶつかり隠れ場所は無い。
「自分が見たことが無いものは相手に見せられない」それは先日レフィーナとの戦いの際に言われたことだった。なんとそれは今回も当てはまった。
成長した兄リオ・ドルスの姿は全てリサの思い描く幻想の姿に過ぎない。
しかし当然、リサは成長したリオ・ドルスの下半身など見たことが無い。
とは言え、リオ・ドルスの身体を想像で作り出すことは非常に危険であった。
リサは空想に現実感を持たせる為には現実の人間の身体を参考にするのが一番であったことから、彼女が最も参考にしたのは父リグラスの身体であった。
【陽炎幻視】の力を使いこなし、見事に実際に存在するとしか思えないリオ・ドルスの身体を思い描いたリサであったが、今回注目を集めてしまったのは父リグラスを真似て作り出したリオ・ドルスの下半身であった。
遺伝子的に父親のものを真似るというリサの判断自体は間違いでは無かった。
しかし、父の一物が一般的な男性と比較してあまりにも立派であることに気づかなかったリサは、兄リオ・ドルスにも歴戦の猛者の風格を漂わせる立派な一物を想像し、つけてしまったのだ。そのせいで男性隊士たちの注目を集めてしまっていたのだが、彼女がその事実に気づいている様子は無い。
(あっ…ああっ…ああうっ…ああっ……あうううっ!)
リサは友人たちに下半身を凝視されると彼女の中の兄の幻想と極度の羞恥心が混ざり合い、激しくせめぎ合うことで何の悲鳴をあげることもできず、言葉も何も浮かばずパニック状態になっていた。
身体を手で隠すような女々しい素振りは兄の幻想が許さず、呼吸を荒くするばかりでその場にただ立ち尽くすことしかできない。
藁にもすがる思いで手を静かに動かすがさきほどまで持っていたはずの小さなタオルも手元に無い。どうやら先ほどの柱の裏に落としてきたようだった。
ダケルとテルテルがリサの下半身の一物について騒ぎ立てていると、他の男性隊士たちもジロジロとリサの下半身を見始める。そしてまたしても「やっぱリストヴァルやべぇ」だの「あれはかなり使い込んでるわ」だの訳の分からない怨念じみた感想が聞こえてくる。
(見られてるっ…!見られてるっ…!見ないで!見ないでそんな目でっ…!!)
【陽炎幻視】で作ったリオ・ドルスの一物に対しての視線や感想なのは分かっていたが、リサはまるで自分の身体を値踏みされているような感覚を覚え、羞恥で顔が真っ赤になる。
(…い、いやっ!いやあああああっ!!)
ドカッ!!
バキッ!!
心の中で精一杯そう叫び、大きく振りかぶると顔を真っ赤にしながらダケルとテルテルを思い切り殴り飛ばし更衣室の壁に叩きつける。更に男たちの視線を浴びながらリサは羞恥心に包まれたまま浴場に向かって走っていくのだった。
「いってー!!何も殴ることないだろっ!!」
「ゲロゲローっ!!?」
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