話し合いをきちんとしましょう(婚約は家と家との契約です)
「よーし、この話でラストだぞ」
「「「「「ラジャー」」」」」
「前作と続いているからな」
「珍しいですね、続編なんて」
「名前を考えるのがメンドーだったんだろ」
「あーあ、いつも頭から湯気出してるもんな」
「おーい、撮るぞ」
「「「「「イエッサー」」」」」
王立劇場で騒ぎがあった。
一人の女性が客席にある階段から突き落とされたというのだ。
幸いにも女性は数段滑り落ちただけで怪我もなかった。
女性の悲鳴にその場を見た人々は銀糸の髪の女が人波を避けるように逃げて行ったと証言した。
翌日、噂が広まった。
銀糸の髪を持つ令嬢が婚約者の恋人を階段から突き落として殺そうとした、と。
ミダラは学園が帰ってからすぐに子爵である父親に呼び出された。何故かは分かっている。ミダラはその噂を知っているから。
ミダラの恋人と噂されているのは公爵令息トッシだ。そして、そのトッシには侯爵令嬢の婚約者がいる。その婚約者は美しい銀糸の髪を持っていた。銀糸の髪を持つ者は珍しく、王立劇場に行けるほどの富裕層といえば限られてくる。女性となれば特に。
けれど、ミダラは昨夜、王立劇場に行っていない。行ったことがないから行ってみたいが、その機会にまだ恵まれていない。
「お父様、お呼びでしょうか」
ミダラの父親の執務室に入るとやはりトッシが来ていた。トッシは父親の仕事相手でもあるから、ここにいるのは不思議なことでもない。
「ミダラ、座りなさい」
父親が示した席はトッシの向かい側、隣でないのがミダラは残念だった。ミダラの隣に父親が腰掛ける。
侍女が慣れた手付きでお茶を配っていく。
「噂を聞いているかい?」
簡単な挨拶を交わしたあと、トッシは優しい笑みを浮かべて聞いてきた。
「王立劇場のことでしょうか?」
トッシは頷いた。
「昨夜、商談の顔合わせもあって、王立劇場に行っていたんだ。私の婚約者も友人と同じ公演を観に来ていてね」
トッシは王立劇場にいたらしい。婚約者も来ていたらしい。
「商談相手の令嬢をエスコートしていた時にその方が背中を押されて」
噂は本当だったようだ。被害に遭った女性が商談相手の娘だっただけで。
「その令嬢がミダラ嬢と同じ栗色の髪をしていてんだ」
ミダラの栗色の髪は濃い薄いはあるけれど、この国で一番多い色だ。百人集めたらその半数以上が栗色といえる髪をしている。それほどよくいる髪の色だ。
「娘と間違えられて、と仰られるのですか?」
「まあ、わたし…」
ミダラの嬉しさに溢れた声は父親の慌てた大声に描き消されてしまった。
「そんな、トッシ様には婚約者がいらっしゃるのに畏れ多い」
父親の声は震えている。ミダラには何故畏れ多いのかが分からない。だって、ミダラはトッシを狙っているのだから。ようやく二人で出掛けるようになり、もっと親密になれると感じてる。だから、邪魔な婚約者をどうするか考え始めていた。
「ミダラ嬢は私の恋人だと不名誉な噂もあるようで、子爵には本当に申し訳ない。」
トッシが頭を下げたことに隣に座る父親は慌てているが、ミダラは茫然とそれを聞いていた。
恋人だと不名誉な噂
確かにトッシはそう言った。それはミダラのことをトッシはそう思っていなかった、てこと?
「いいえ、それは…」
「いえ、ナディの代わりにと市場調査にミダラ嬢をお借りした私が軽率でした。私を陥れようとしている者たちに目をつけられてしまった」
茫然として聞いているミダラの前で会話が進んでいく。
ナディはトッシの婚約者の愛称だ。正式にはナミダラシラという。婚約者は愛称なのにミダラには敬称が付いている。トッシが滅多に婚約者のことを会話に出さないから気がつかなかった。ミダラ一人が自惚れて盛り上がっていただけだった。
「トッシ様とナミダラシラ様の婚姻をやめさせようとして?」
父親の言葉にトッシが頷く。
「ええ、嫉妬で人を殺そうとする者を私の婚約者にしておくわけにはいかないとナディとの婚約破棄させるために。冤罪と分かれば疑われるのはミダラ嬢、追及が自分まで来ることがないと」
「ええー!」
ミダラは思わず立ち上がった。自分に冤罪が被せられるとは思ってもいなかった。
「ミ、ミダラ」
父親に呼び声にはっと気がついて、ミダラは失礼しましたと慌てて座りなおす。
「いえ、驚かれるのも当たり前です。何もしていないのに犯罪者にされてしまうのですから」
本当にそうだ。ミダラはまだ何もしていないのに巻き込まれるなんて、とんだ災難だ。
「やっぱりトッシ様を慕われた方が?」
父親の問いにミダラもそうだと思う。
公爵家跡継ぎだけではなく、容姿端麗で優秀なトッシは凄くモテる。婚約者がいるにも関わらず。ミダラと同じように婚約者を蹴落としてその座を狙う者も多そうだ。確かにこの出来事は、婚約者のナミダラシラとミダラ、二人を排除できるとってもいい案だ。
「いえ、私の失脚が狙いでしょう」
トッシははっきりとそれは違うと言った。
「ええー! トッシ様の婚約者になるためじゃないんですか?」
ミダラはトッシの失脚を狙ったなんてそんなこと信じられなかった。だって、トッシは優秀過ぎるイケメンなんだから。
「手駒にされた令嬢はそう思っているかもしれませんね」
ふう、とため息を吐く姿のトッシもカッコいい。
「皆さん、私の婚約の意味を忘れていらっしゃるんです」
トッシの疲れたように息を吐いた。
「私とナミダラシラとの婚約は王命なんです」
王命、それは王様の命令。
だから? とミダラは思う。王様か決めた婚約というだけだ、と。
「だから、王に承諾なく婚約をどうこうするのは、王命に逆らうことになり反逆ととられても仕方がないのに。まあ、お情けで王に婚約破棄を認められても、ナディ、ナミダラシラの冤罪が分かれば私はナミダラシラを信じられなかった者として恥もかき、罰も受けることになります」
はあ、とトッシは重い息を吐く。
つまりトッシ様が婚約を勝手に破棄したら、王命に逆らったと罰せられることになる…。認められても冤罪が分かった時点で…。どちらにしろ、婚約を破棄したトッシ様の未来は明るくない。
「で、では、トッシ様に婚約者を代えられるように言うのも…」
ミダラの父親が震えた声で聞いている。ミダラも初めて知った事実に血の気が引いた。
「ええ、王の決定が気に入らないと取られても仕方がないですね。まあ、こちらも取り上げたらキリがないので放置してましたが…。今回は悪質なので、王家も動くそうです」
大事になりそうなことにミダラの体が震え出す。
「脅えさせたようですね」
すまないね、とトッシが優しく笑いかけるが、ミダラはそれどころではない。もし、ミダラがトッシと婚約者の仲を裂こうと行動していたら? 捕まるのが自分だったかもしれないのだ。他人事じゃない。
「どうも学園でもナディ、ナミダラシラの悪評を流しているようで。私が単独で婚約破棄しても王も納得されるようにと根回しをしているようなんです」
「そ、それって、へ、へいか、を、だま、すこと…」
ミダラは声が震えるのが抑えられない。ナミダラシラの悪評、それはナミダラシラが下位貴族を苛めているという噂だ。そこには、何故かミダラも苛められていることになっている。ナミダラシラとは接点がないのに。
「だから、王家が動くことになったのです」
にっこり笑うトッシの笑顔が何故だかミダラは怖い。ミダラの考えていたことが分かっていたみたいで。もう微塵もしようとは思っていないけど。
今回のことを企てた人はどうなるのだろう? 考えるだけで怖い。
「しばらくミダラ嬢の周辺も騒がしくなると思います」
申し訳ないと頭を下げるトッシに父親が必死に大丈夫ですと言っている。
「ミ、ミダラが罰せられるようなことは」
ミダラもそれが聞きたい。トッシと恋人という噂は勝手に流れたことだし、今回のことも勝手に当事者にされただけだ。
「無いと思います」
思いますって!! なんで無いと言い切ってくれないの!?
ミダラは心の中で悲鳴を上げた。
「な、な、な、なぜですか?」
父親も同じ気持ちのようだ。
「王は今回のことを重くみて、婚約者のいる令息を狙う女性を厳しく取り締まるようで」
さらりと告げられた言葉に疑問がわく。トッシがダメならとミダラは次に有望な男を頭に浮かべていたから。
「け、け、けれど、すべてが王命の婚約では…」
父親の言葉にミダラもそう思う。
「貴族の婚約は契約です。個人と個人ではなく家と家の。利権、利害、人脈、色々なものが関わっています。家同士の話し合いもなくいきなり婚約を破棄したら、信用問題になります」
言っている意味は分かる。分かるけれど…、納得はできない。
「ある伯爵の嫡男の話をしましょうか」
トッシはゆっくりと話し出した。
「その伯爵家は嫡男の婚約者の家と新規事業を行う予定だった。嫡男が勝手に婚約を破棄をして資産も後ろ楯もない女性と婚姻してしまった。新規事業の話が無くなったのはもちろんのこと、元婚約者に婚約破棄の違約金を支払うことになり、伯爵家は負債を抱えることになった。婚約は契約だからね、一方的に破棄したら違約金や賠償金、慰謝料などが発生するのは当たり前のことだ」
凄いとミダラは喜んだ。それこそミダラが目指している婚約破棄だ。負債が出来たのは残念だけど。ミダラの家は裕福だから、そこは大丈夫だ。
「嫡男は好きな女性と結婚出来た。けど、幸せにはならなかった」
えっ? ミダラは不思議に思った。思い合う二人が結ばれたんだからハッピーエンドのはずなのに。
「一方的に婚約を破棄した家は信用ならないとその伯爵家と付き合う家が無くなり、伯爵家はどんどん傾いていった。嫡男の妹の婚約も何度も話し合った末、解消された。そんな家とは縁続きになれないとね。妹は家の負債のために父親よりも年上の悪評高い資産家の後妻として嫁がされた。嗜虐趣味を持つと噂のある男で、嫁いだ妹は数年後に遺体で伯爵家に帰ってきた。嫡男は妹が嫁ぐのに猛反対したが、その原因を作ったのはその嫡男。戻らない信用と無くならない負債…。結局、嫡男は自害し、妻も生んだ息子が成人したら亡くなったらしいよ」
ミダラは何も言えなかった。たかが婚約者を代えるだけと思っていたのに、それがこんな大事になるなんて。
「トッシ様、婚約を破棄された家が潰れたという話では…」
父親の言葉に婚約破棄で起こった悲劇がまだあるのとミダラは震えた。
「それはボンベンツ国の話ですよ、さっきのはビラカマサ国の話です。それにそれはもっと悲惨な話ですよ」
トッシは震えるミダラにとてもとても魅力的な笑みを浮かべて優しく言った。けれどもミダラはその笑みにもうトキメクことが出来ない。
「まあ、ちゃんと話し合いの場を持って、両家の承認を得てから婚約を解消していたら、ここまでは酷く成らなかったかもしれませんね」
もうコクコクと首降り人形のように頷くしかミダラは出来なかった。
「ナディの屋敷に行ってくれ」
馬車に揺られながらトッシは満足そうに笑っている。
「なんで最後にあの話を。それにトッシ様が愛想を振り撒かなきゃいいだけなのに…」
従者は腕を擦りながら、怨めしそうにトッシに言い放った。
「次は誰を狙おう、という目をしていたからね。潰しておかないと。それに仕事と言ったのに勘違いして、恋人の噂で勝手に舞い上がっていたのは向こうだよ」
トッシは上がっていた口角を更にあげた。
「まあ、子爵とミダラは命拾いしたね。まだ何もしていなかったから」
馬車に乗り合わせている従者たちは震えを止めることが出来なかった。
「さて、今回の犯人たちにはどんなお仕置きがいいかな」
「はい、終了でーす」
「終わった!」
「なあ、一応シリアスだったよな」
「ああ、一応、な」
「けど、あのセット…」
「壁紙、白だから分かりにくいけど…」
「豚…」
「豚の透かしだったよな…」
「茶器…」
「(長い首が取手になった)ダチョウ…」
「普通、白鳥だろ!」
「シリアス…、だったよな」
「うん、照明がタコの足でも…」
「あれって、イカじゃなかったのか?」
「あの吸盤はタコだろ」
「いや、イカだ!」
「シリアス…」
「もう言うな」
「で、あいつとアイツはどうなった?」
「今、家を探しているらしいっす」
「結婚式は?」
「二人とも勘当された身ですから」
「じゃあ、衣装もあるし、俺らで」
「ちょっと待ってください!」
「同居してるだけ、部屋をシェアしてるだけ! で、みんなで住めば家賃が安くなるから」
「またまた~、同性でも仕事さえしてくれりゃ文句言わねぇぞ」
「「ほんとに違います!!」」
誤字脱字報告、ありがとうございますm(__)m




