59両目
父と母を深く繋げた場所に行きたかった。
たしかに、叶った。
しかし、これでよかったのか。
カナコは震えていた。目覚めたら全ては夢であるかのように、記憶が撹拌されるのではないかと、眠るのを怖れていた。
「カナコ。これから先のことを怖がらずに、寝なさい」
グレートマザーの、ふかふかとした包容があたたかい。カナコはとろりと、心地好さを覚えて、目蓋を重くした。
「わたしだけ、ぬくぬくしている。今頃、特にお父さんとお母さんが大変だろうなと、思ったら……。」
カナコは目を擦りながらふるふると、首を横にふった。
すうすう。と、寝息がする。
グレートマザーは、抱えるカナコの背中をそっと擦る。
「カナコ。今は、おやすみ。陽が空に昇れば、今がまた始まる。この大地は、おまえの“暁の光”が必要だ。この大地に覆う“闇”を打ち消すのは、おまえの“光の力”だ」
グレートマザーはカナコをぎゅっと、抱き締める。
ーーカナコ、この大地の愚かな“時の刻み”をおまえが止めてくれ……。
ざわざわと、森を吹く風の音が聞こえていたーー。
======
“今”を遡る、時の刻みの頃だった。
《奴ら》の窖は、目前だった。当然、カナコの父、ルーク=バースが集った派遣部隊も前あるのみと、靴を鳴らしていた。
彼らの歩調は速かった。ハビトとビートは追い付こうと駆けるが、距離はいっこうに縮まらなかった。
ーー待て。キミ達の脚では、特に司令官にとっては足手まといになる。俺と一緒に別の場所で待機だ。案内するから、付いてこい。
ーーおじさん、お父さんは“司令官”と、呼ばれるのが嫌いだと、言っていた。せめて“隊長”だよ。
ーー黙れ、小僧。
後尾にいた派遣部隊の男が、ビートの指摘に逆上する。さらに袖を捲り、装備する武器の引き金に指先を乗せてハビトに銃口を向けていた。
ーーわかった。ビート、一休みも兼ねるぞ。
男の手首に巻かれる装飾品の印が何を意味しているのか。
その答えを探る為にだ。ハビトはビートを促して、男に従うことにしたーー。
======
ひとり、またひとりと、派遣部隊員が消息不明になっている。
安否不明となってしまった民間人4名の捜索に駆けつけた石蕗隊隊長キキョウからの報告に、ルーク=バースの顔つきがとげとげしいさまとなった。
失態と、呼ぶべきだ。
我の役割をおろそかにした。この地に集わせた部下を、我は使い倒しをした。
「畜生っ!」
ルーク=バースは、紅葉が色付く樹木の幹に、拳を撃ち込んだ。
「バースッ! 取り乱すなっ!!」
ぱらぱらと落葉を被るアルマは、拳に血を滲ませるルーク=バースの腕を掴んで止めた。
「アニキ、アネキの言う通りだ」
「おい、キキョウ。上官に向かって、その口の聞き方はなんだっ!」
「バンドなんかに。ダメ出しをされるおぼえは、ない」
ばきっ、と、バンドは指の関節を鳴らし「表に出ろ」と、キキョウの襟首を掴み、ずるずると茂みへと引き摺っていった。
ーーバンド、表の表は裏だ。
ーーせからしか。
ーーじじぃの、国なまりをパクるな。
ーーハケンラットのことか?
ーーあの頃は、よく『うたるっぞ』と、叱られたものだ。
ーーだろうな。おまえは誰かれの区別なく横着な態度を示していた。
ーー今思えば、懐かしいな。
ーー思い出に浸らせて、今を誤魔化したつもりだろう。観念しろ、キキョウ。
ガミガミガミ、ガミガミガミガミ。
「バース、止めるのだ」
「気がすむまで、ほっとけ」
ルーク=バースとアルマは、地面に並んで腰をおろしていたーー。
======
移動に、時間は費やされなかった。
“事実”が連れてきた〈果てがない場所〉で浮遊する、腕六本で脚は一本のおぞましい造形物。
何故、あの象が此所にある。タクト=ハインは“バケモノ”を見た瞬間、疑念を抱いた。
『《ハ=ラグロ》は、我々が生きる為の動力源。これが稼働することによって、我々の暮らしの豊かさが保たれている』
タクト=ハインは「ぐっ」と、顎を引く。
“バケモノ”の役割か。かつてみたこいつは、異なる世界と世界を繋ぎ合わせ、同時に過去の時に埋もれていた“思念”を掘り起こすがそうだった。
また、なのか。これがまた、動かされた。
倒した“記憶”はあるが“方法”が思い出せない。
誰と、何の為に。
目の前にある“最悪の象”を、倒した“方法”を失くした。せめて“記憶”を呼び起こそうと、タクト=ハインは試みるものの、頭に締め付けられるような痛みが増すばかりだった。
いつものことだ。慣れていたとはいえ、今回ばかりは不感さが最悪。呼吸は乱れ、汗が止まらない。視野もぼやけ、足元は立つのもおぼつかない。
その時だった。
目蓋を綴じて、浮かんだ蒼い朧。
これが、我に被せられた縛り。どうしても思い出せなかった“あの頃”より遡った“記憶”の欠片。
もう一人の弟、ビートについての“記憶”を、タクト=ハインは呼び覚ました……。
「……。あんたが。あんたが、僕の記憶を……。想い出を壊していた」
『私が、か。愚か者め、己の“過去”に火をつけて燃やしたのは、おまえだ』
タクト=ハインは足元へと落ちていた。一方“事実”はタクト=ハインの言い掛かりだと、口を突くのであった。
「あんたが見せた“バケモノ”は、あんたが創った。その過程での“成功”だけを残す為に“失敗”を記憶した僕を操ろうと、僕が大切にしていた“絆”を利用した」
タクト=ハインは、ふらりと立ち上がる。そして“事実”を睨み付けた。
『ならば、訊こう。おまえが【此所】に赴いたのは、何が目的だった』
“事実”は、タクト=ハインへと歩み寄っていた。一歩、また一歩と“事実”が鳴らす靴の音に、タクト=ハインは耳を澄ませる。
「“バケモノ”が創られる過程で事故が発生した。現場周辺は時間が捻れ、河の流れは“時の洪水”で蒼い濁流となった。のまれたビートは“芯”と“器”と、切り離された。ビートを助けられなかった僕は、河の飛沫を浴びた。僕の“蒼の光の力”は、その時にそなわった。それでも、あんたは“バケモノ”を創って稼働させていた」
“事実”がいよいよ、近くなった。
タクト=ハインは滴る汗を拭うことなく“事実”が近くなるのを待ち構える。
「それが、目的の経緯。だが、私を説得する為には聞こえない。おまえは、私が過ちを犯したと、いうのだな」
音の共鳴がない。
“事実”は声帯を震わせての発声をしている。
タクト=ハインは、その理由が直ぐに解った。
“鋼の器”の中は、肉体。
“事実”は鋼の兜を外し、タクト=ハインに素顔を表していた。
深く刻まれた、皺。濃くて長い顎髭。
ベージュ色の瞳が、誰かを彷彿している。
まるで、ルーク=バースが老いたような顔立ち。
タクト=ハインは、心が揺れていた。
「それで、僕を揺すぶったつもりなのか」
「期待はしていない。私は、おまえに私が生きている証を開示しただけだ」
意地でも“父”と、呼ばせたい。
「固定された“固執”は、解除しない」
「承知」
“事実”は息をひとつ、吐くと兜を被る。
『おまえがいう“バケモノ”の電源は、私だ。停止をさせる、このまま稼働をさせる。どちらかを、選択をするのは誰かは、解るだろう』
あきらかに、挑発。
“事実”は、闘うを選んでいる。
迷いは、ない。
「“今を護る”為に“バケモノ”だけを停める、壊す」
タクト=ハインは“事実”が提示した選択を拒んだーー。




