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58/74

58両目

 “今を護る”を志し、信念を貫く。


 タクト=ハイン。

 度重なる試練を乗り越えて【国】に辿り着いた、青年の名。


 ーータクト、私はおまえの父だ……。


【国】で待ち構えていた“事実”を受け入れるか、拒むか。


 “事実”は、襲撃でタクト=ハインに選択を迫ったーー。



 ======



 ーータクト、あなた【ヒノサククニ】に行きなさい……。


 母が残した言葉の真意は、我と“事実”を会わせる為にーー。


 今、目の前にいるのは“父”ではない。


 タクト=ハインは襲撃を受けながら“事実”が羽織る反物を剥がした。

 黒光りの兜と面で頭部を覆い、黒の鋼鉄を身に纏う姿は人を象った“渾沌”だと、タクト=ハインは凝視した。


『拒否。おまえの目は、まさにそうだ』


 通信機で介したような声だった。

 おそらく“渾沌”は別の場所から操作されている。非現実的な考えだろうが《奴ら》の技術ならば、可能だろう。


 襲撃は、腹部に命中していた。意識が朦朧としたのは僅かだったと、タクト=ハインは指先が動いたのを皮切りにして、直立にと体勢を戻した。


「逆だ。僕を、()()()が望むままにしろ」

『“父”を拒むを、撤回するのだ』


「僕が言った、意味の受け方が間違っている。僕はあんたそのもので、どうかを迫ったのだ」


『“父”を拒めば“今”の未来はない』


 固執で、しかも脅し。

 “渾沌”は“血”を切り札にして、タクト=ハインに選択を迫った。


 猶予を与えるすら赦されないと“渾沌”は威嚇しているようだ。


「今だけ“父さん”で、僕を望むがままにしろ」

『私についてこい“息子”よ……。』


 タクト=ハインは“渾沌”に反物を返す。

 反物を羽織った“渾沌”は“事実”の姿に戻り、翻した。


 靴を鳴らす“事実”を、タクト=ハインは追うをしたーー。



 ======



 安否不明の、民間人四名の捜索の為にルーク=バースはアルマと共に本来の“任務”を一時離脱を決めた。


 ルーク=バースは〈不二の内郭〉が見下ろせる墳丘の頂で、捜索に加わる石蕗隊の隊長、キキョウとの合流を待っていた。


 事がさっくりと片付かないは、何度もあった。


 真相部分にある《奴ら》を落とすには、正面から潜り込んでの達成は不可能。情報が乏しいままでの遂行は《奴ら》の鉄壁を破れないどころか、返り討ちを喰らうのが目に見えていた。


 直感で動いていた時期が懐かしい。束縛を嫌い、権力には一切興味がないを誇示しての行動は自由が効いていた。


 上に登り詰めたのは、本意ではない。だが、それをも利用した。


 真の目的を達成させる為に“絆”をも利用した。


 ーーあなたは、ご自分のお子さんを利用してまで何に拘っているのですか。


 タクト=ハインに逆上したのは、真意を見透かされたからだった。


 宛を当たり前にしていたのは、我だった。

 気付いたときには、タクト=ハインは我を振りきっていた。


「相棒、頼むから生きててくれ」


 ルーク=バースは、空を仰ぎながら呟いた。



 ======



 カナコは森林地帯である【国】の北端地域〈源、イキモノの森〉にいた。


 経緯はこうだった。


 カナコはハビトとビートと共に《奴ら》の窖に行くに同行するが、父が率いる“有志”とは別の“一行”と別の経路を辿っていた。


 黙々と歩くカナコの掌に、掌が被る感触がした。

 カナコは、直ぐに払い除ける。


 ーー大人しくすれば、母親譲りの顔立ちを傷付けない。


 カナコの耳元で、白岳隊の男が生温い息を吹き掛けた。

 カナコは男が言っている、欲望が混じる声色に怒りを膨らませた。

 こんな、大事な事態の最中で。しかも、父を裏切るような事をやらかそうとしている。


 ーーそうだ。言い忘れていたが、あんたと一緒についてきた子どもふたりは、俺の《奴ら》に従事している仲間が違う経路に誘い込んで連れていった。今頃は《奴ら》の窖で飼われている“バケモノ”の餌になっているだろう。


 カナコは、今いる場所が何処だろうかと胸騒ぎを覚えた。

 男に気をとられた隙に、ハビトとビートから逸れていた。同じく、父の“有志”達ともだ。


 鬱蒼と、生い茂る森林に迷い込んでいた。足元は薄暗く、何処を辿ればわからないほど枯れ葉が積もっている。


 カナコは男を振り切ろうと森林の、暗い路を駆け続けた。


 ーーははは……。あんたがどんなに走ろうとも、この俺からは絶対に逃れられない。


 カナコの息はあがっていた。一方、男の息遣いは静かだと、カナコは男の状態を振り向き様に確認した。


 男は“装置”を使用していた。身体に負荷される“力”はなくても移動が可能な“装置”を使ってカナコを逐っていた。


 男の身体は浮いていた。靴底に装着している“装置”の風圧で、落ち葉を舞い上がらせながらカナコを逐った。


 男の狂喜に充ちた目が悍しい。しかし、カナコは限界状態だった。


 疲れた。カナコは走るのを止めて、迫り来る男を待つを、選ぼうとした。


 ーーお待ち、森で娘をストーカーする熊には、理由があった。あんたは、落とし物を届けるような雰囲気じゃない……。


 カナコは、追い付いた男に腕を掴まれる寸前だった。


 男は、声の主の姿に驚きのさまとなる。


 ーー森の妖精さん……。ですか? 俺は、いえ、私は森で迷子になった、この娘さんを助けにやって来ただけであって、けして“ぽんぽん”を企てるとか、あやしいことは一切……。


 ーーイブツ、ハッケン。タダチニ、クジョ……。


 声の主が唱える言葉で現れた“黒い霧”が、男を覆うーー。



 ======



「ゴミを捨ててくるから、この子達と此所で待ってて」


 樹の幹が空洞になっている、住み家にカナコを招き入れた声の主は、黒い塊となった“イブツ”を紐で括り、先端を振り子のように揺らしながら出掛けていった。


「ニャ、ニャニャーッ!」

「ラコ、ラコーッ!」


 部屋の中央に置かれる丸太の表面で、掌に乗る大きさの二匹のイキモノが取っ組み合いを始めて、カナコは呆然となった。

 パンチにキック、二匹はそれぞれの“技”をぶつけ合った。


「ニャ助くん、ラコジローくん。どんな理由があっても、喧嘩はーー」

 カナコは二匹の争いを止めようと掌を差し出すが猫に爪を点てられ、ラッコが胴体に着ける浮き輪で弾き返される。


「ニャーッ! ニャニャーッ!!」

「ラコッ! ラコラコラコーッ!!」


 二匹の言葉はわからないがおそらく“必殺技”を口で突いてるだろうと、カナコは顎を突き出しての険相をしていた。


 二匹の闘争の止まる気配はなく、ラッコによって毛をむしられた猫は反撃としてラッコの頬に右前足を叩き込んだ。


 カナコは厳つく。わなわなと震わせた拳を掲げ「すう、はあ」と、呼吸を調える。


 ーーおまえたち、そこまでっ!


 カナコはびくっと、身体を強張らせた。

 突風に扇ぎを受けるような衝撃と鼓膜が破れそうな声の響き。


 振り向く先にいたのはーー。


「ごめんよ、カナコ。うちの子達のみっともないところを見せてしまった」

 カナコの背丈を上抜く、巨大な猫(たぶん、雑種)の象をしたイキモノは、腹部にあるピンクと白のドット模様のポケットに、手掴みした二匹のイキモノを押し込んだ。


「グレートマザーさんは、この子たちのお母さんだよね。怒っても優しいお母さん、この子たちは知っているから、安心して喧嘩をするかもね」

「滑稽なことをいうね」


「グレートマザーさん、わたしのお母さんとそっくりだもん」

 カナコはポケットの中にいる二匹のイキモノの頭に、指先をちょこんと乗せた。


「そうか。あんたの母は、私と似ている」

「うん、物凄く強いお母さんなの。お父さんなんて、負けることがほとんどなの」


 グレートマザーは、床に敷き詰められる落ち葉の上に「どっこいしょ」と、お腹のポケットを抱えながら座った。


 カナコは、グレートマザーの仕草に胸の奥を熱くさせた。そして、涙を溢した。


「母が、恋しいのだな」

 カナコの涙を見たグレートマザーはカナコを手繰り寄せ、腕の中に包み込んだ。


「ちょっとだけ違うよ。喧嘩を止める誰かがいないは、どんなことだろうと想像したらかなしくなったの」

「この私だってどっちが悪いとか正しいのかと、片棒を担ぐはしない。見えるのが正しくないと、阻止するのが殆どだ」


 カナコの視線の先にいる二匹のイキモノが、ポケットの中で寝に落ちていた。


 すやすや、すぴすぴと、小さな寝息がカナコの耳元を擽らせたーー。

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