■不思議な女の子
毎日投稿予定。
相撲大会の帰り、鉛のように重くなった足を引きずりながらとぼとぼと歩いていると、女の子が高い木の下で泣いているのに気がついた。足にはすり傷があった。大したケガじゃなさそうだ。人のことをかまっている気分じゃない。僕と比べりゃどうってことないじゃないか。ゆうの助は自分には関係ないやと思って通り過ぎようとしたが、自然と足が止まっていた。その時、一人ぼっちで泣いているその子と目が合った。ゆうの助は女の子の側まで近づいた。女の子は、ゆうの助の顔を見上げた。粒のような涙がいっぱい溜まった眼が輝いている。
「ねえ、だいじょうぶ? どうしたの?」
「うん、この木にぶつかっちゃって、落っこちちゃったの」
「ぶつかって、落ちた?」
変なことを言う子だなと思いながらゆうの助は、女の子がしゃがんだまま抱え込んでいる膝元に目をやった。膝小僧に少し血が滲んでいる。ひどい怪我には見えないが、強く打ち付けてしまったみたいで、うす青く腫れ上がっている。ゆうの助は女の子をおんぶして家まで送ってあげることにした。
「ほら、乗っかって」
ゆうの助は腰を下ろし、背中を女の子の方に向けた。女の子はゆうの助の肩に手を掛けて、ゆっくりと立ち上がり背中にしがみついた。ゆうの助が女の子を背負って、よいしょっと立ち上がると、体中に痛みがはしった。相撲大会で太から投げ飛ばされた瞬間が頭によぎる。ゆうの助は痛みを我慢しながらゆっくり歩き出した。女の子に家までの道を聞きながらトボトボと歩いていたら、ずいぶんと村のはずれまで来てしまった。あまり通ったことのない小川沿いの道をしばらく進み、立派な石橋を渡ったところに古い大きな家が見えた。屋根に鎮座した鬼瓦がぎょろりと目を見開いてこちらを睨みつけている。家にはたいそう大きな門があり、門の横には大きな看板がかけてあった。
『飛行術修練館』
その家は代々伝わる飛行術の道場であった。
「ありがとう。ここが私の家よ」
ゆうの助が不思議そうな顔をして看板を見ていると、女の子は門の横にある叩き木を鳴らした。「入って」と女の子に言われるまま、開けっ放しになった門をくぐって、玄関先まで進んだ。
「玄関の戸を開けて」と言うので、ゆうの助は片手で遠慮がちに戸を開けた。
そこから女の子は家の人を呼んだ。しばらくすると奥の方から大きな声とともにその子の父親らしい人がやって来た。
「んん~? ユリ、どうした?」
長い廊下の奥から鬼瓦のような顔が現れ、急に天井が低くなった。
女の子の名前は「ユリ」という。ゆうの助はその名前に聞き覚えがあった。村のはずれに鬼熊岳という大きな山があり、その山をひとっ飛びに飛び越えることができる女の子がいるというのを噂で聞いたことがあった。その子の名前がたしか「ユリ」といった。
「きみ、ユリちゃんって言うの?」
女の子はニコッとうなずいた。
「ユリ、どうしたんじゃ、怪我をしておるではないか。その男の子は誰だ?」
鬼瓦が険しい目でゆうの助をにらみつけた。ゆうの助はびくびくしながら下を向いた。ユリはわけを話し、ゆうの助を紹介した。ユリが飛行術の練習をしていたところ、間違って高い木にぶつかり、根っこのところに落ちてしまい、泣いているところにゆうの助が通りかかったのだ。ユリの話を聞いて鬼瓦の顔がゆるみ、はんば強引に家の中へと連れ込まれた。家の中へ入ると、玄関のすぐ前に長い廊下があり、その奥の方に広い道場があった。その手前にある居間へゆうの助は通された。ユリちゃんのお父さんは居間の真ん中に座るなりゆうの助に言った。
「ゆうの助君じゃったな。娘を助けてくれてありがとう。キミに何かお礼をしたいのじゃが」
「お礼なんて、いいです」
「どういったお礼がいいかのう。ふむ、ところでどうしたんじゃその傷は、ずいぶん腫れておるではないか?」
相撲で太に投げられたときの傷がまだ痛々しかった。頬と肘が青く腫れあがっている。ユリが救急箱を持って居間に入ってきた。ユリの足には白い包帯が巻かれている。痛みはだいぶ和らいだようだ。ゆうの助はユリに傷の手当をしてもらいながら村の相撲大会の話をした。ユリのお父さんは目を閉じて腕組みをしながらゆうの助の話を静かに聞いていた。ゆうの助が話し終わった後、ユリのお父さんが静かにゆうの助に言った。
「ゆうの助君、キミは何か一つでもいいから一生懸命やりたいものはあるか?」
ゆうの助はドキッとした。なにをやるにも意気地なしだったゆうの助は、今まで何も一生懸命やったことがなかったのだ。
「ゆうの助君、わしはここで飛行術の指導をしておる。じゃが、初めて飛ぶことができたのはちょうどキミくらいの年頃じゃった。もちろん最初は小さな岩を飛び越えるのがやっとじゃった。わしはその頃は村一番の弱虫でのう、いつもいじめられてばかりじゃった。しかし、わしは村の奴らを見返してやろうと飛行術を一生懸命がんばった。そしていつの間にか村一番の飛び子になれたんじゃ」
この村では、飛行術が得意な子を『飛び子』という。ユリのお父さんは飛行術修練館の師範で、大変厳しい人であったが、娘を助けてくれたお礼にと、飛行術を伝授すると言いだした。
この村の子供達は空を飛ぶことができる。飛ぶと言っても遠くへぴょーんと跳ねる様な感じなのだが、その距離がとてつもなく長いのだ。ユリのお父さんは子供のころ港からずっと離れた大亀島まで飛べたそうだ。その島は水平線の上にぽつりと浮かんでいる。手漕ぎの舟を使って行きつくまで30分はかかるそうである。ユリのお父さんは村一番の飛び子であった。でも今は飛ぶことができない。と言うのも、この村の子供が飛べるのは12歳までで、13歳になるとみんな飛べなくなってしまうのだ。ゆうの助は今年の夏の終わりごろ13歳になる。残された時間は、あとわずかだった。ユリのお父さんはゆうの助に、飛ぶ瞬間の気持ちよさ、大空を全身で受け止めた時の壮快感、大地と大海原を眼下に見下ろす鳥になった気分を、子供のように熱く語った。そして、がんばれば必ず飛ぶことができることを、ゆうの助に語った。何をやっても馬鹿にされていたゆうの助は、師範の話をじっと聞いていた。そして胸に熱いものがこみ上げてきた。
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