第37話 生命の神秘
時の流れと言うのは、歳を取るほど早くなると聞いたことがある。
実感がないわけでないけど…種族によっても時間の感じ方は違うんじゃないかと最近思い始めた。
「今日の鍛錬はここまでじゃ。明日は舞のお稽古をする予定になっている。今夜こそしっかり眠るようにの?」
「うぇ〜…」
「むぅ〜…」
「全く…この5年で似たような反応を見せるようになりおって。サユリ様。フウカ様の悪いところを見て学ばないでくだされ」
呆れ返る木仙。
いつもと同じ、代わり映えのない日常だ。
私が妖狐族になって5年。
妖狐族になった途端急に時間の流れが早くなり、気が付けばあっという間に5年経っていた。
だから、私は種族によって時間の感じ方が違う説を唱えたい。
「サユリ様。今日こそは早めの就寝をお願いしますぞ?」
「まあまあいいじゃないの。新婚の夫婦がアツアツなのはさ?」
「もう新婚と呼べるほど新しくはないですぞ。全く、この様子では境界の鏡を没収せねばなりませんな」
「そんな!アレを取られたら木仙から逃げられなくなるよ!」
「だから没収なのじゃ!毎度毎度舞の稽古を逃げおって…今度こそ許しませんぞ!」
「まあまあ。落ち着いてくださいばあや」
「フウカ様も同罪じゃ!」
まるで母親のようにグチグチと文句を言ってくる木仙。
お説教をのらりくらりと躱しながら、私達は食事のために部屋に戻った。
部屋に用意されていた食事に形だけの毒の確認を行い、温かいまま食べてしまう。
昔は毒見があったけど、私がアツアツのご飯を食べたいと言い続けた。
それに折れた木仙が、毒見の代わりに神通力で危険物を探すと言う方法で終わらせることになった事で、今は温かいご飯を食べられる。
「そう言えば、そろそろ良い頃合いでは?もう安全に子を成す事が出来るでしょう」
「う〜ん。私は何時でも構わないよ。以前よりも霊力は扱えるようになったし、神通力も使える。…早い話、今夜あたりとか…どう?」
木仙に視線を送って聞いてみる。
私もフウカさんも何時でも準備ができているけど…木仙がずっと反対していた。
なんでも、私とフウカさんを見てずっと前に死んだフウカさんのお母さんの事を思い出したらしい。
その死因が身分の差にあり、霊界において身分とはただの出生の違いではなくガチで重要な血筋と才能の塊によるものなんだとか?
言うなれば霊界において平民が王族の子供を産むのは猿に人間の子供を産ませるようなもの。
体が子供に追い付かず、フウカさんの母親のようにたとえ産めたとしても母体が死んでしまうらしい。
「私は『天』よりも高位の神の加護を受けてるんだよ?それに私の体は今の王族の才に匹敵するほどだって言ったのは木仙じゃん」
「ばあや。サユリさんはもう十分成長しました。そろそろいいのでは?」
「…分かった。大皇様に話をつけてこよう」
私達の願いを聞き、苦い表情を浮かべる木仙。
大皇様に話をつけるといって転移の術を発動し、どこかに飛んで行ってしまった。
まあ十中八九、大皇様のお屋敷に行ったんだろうね。
これでやっと子供が作れるよ。
私とフウカさんの子供か……そもそもどうやって作るんだろう?
「フウカさん。子作りをするうえでどうやって『千変万化』を使うの?」
「そうですね。一番確実なのは私かサユリさんが男になって子を孕むという方法ですが…私はあまりその方法を使いたくありません」
「まあね。私もヤダ」
子を作る方法として真っ先に思いつく確実な方法。
それはどちらかが男になって、普通に妊娠する方法だ。
正攻法なだけあって回数をこなせば確実だし、神通力で不安定な子供を作ることになるよりは自然の摂理に従った方がいい。
でもそれは私達の気が乗らない。
この方法は、神通力で無理矢理作ろうとしてもし失敗したらの最終手段だね。
「この5年で私も自分の神通力を見直し、5年前よりもはるかに高い精度で扱えるという自負があります。ですが、それでも確実とは言えません」
「最悪の場合、人でも妖狐でもない全く新しく、そしてあまりにも歪な生物が生まれるかもしれないんだよね?」
「それで済めば最悪ではありませんよ。何が起こるか分からないんですから」
木仙が私達の子づくりに反対していた理由の一つでもある、何が起こるか分からないという恐怖。
最悪の場合私が死ぬかもしれないという危険が付きまとうため、反対の声は日に日に増していった。
なんだったら、もしもの事を考えて大皇様すら反対してたし。
「子を作る。『千変万化』におけるやり方はおおよそ理解できています。後は成功させるだけなのですが…年寄りは『絶対』にこだわりますからね」
「『絶対』ね…保守的な老人らしい考えだね。若者のように派手なことが出来ない。派手なことをするには肉体的にも精神的にも、そして社会的にも勝手が利かなくなってる。全く、年は取りたくないね」
「その発言が既に老人のそれですよ。ですがまあ、確かに自分の都合だけで物事を運べないというのは事実です。今の私達のように」
私の肩に頭を乗せ、すり寄って尻尾を絡めてくるフウカさん。
私も自分の尻尾を巧みに動かしてフウカさんの尻尾に絡めると、肩に手を回して抱き寄せる。
いつだって愛を忘れない。
う~ん、幸せ。
「もういっそのこと、周りの反対なんて押し切って勝手にしてしまいますか?私とサユリさんの力を合わせれば誰にも破れない、干渉できない結界を作れます」
「そうだね。もし木仙が帰ってきて大皇様の許可が下りてなかったらそうしよう。取り返しのつかないことだって、私たち二人なら何とかなるよ」
それもまた経験。
若い時の苦労は買ってでもせよと言うし、何かして問題が起こってもそれは私達で何とかする。
何とかしてみせる。
それくらいの意気込みでやらないとね。
木仙に内緒でそんな話をし、夕食を食べる。
食べ終わる頃に木仙は帰ってきて、結果を報告してくれた。
「一応許可はもらえた。じゃが、我に同席で何かあればすぐに止めるという条件で、じゃ」
「保護者同伴か…まあ、いつもの事だしいっか」
「ばあやが見ているのはいつもの事ですし、普通にすればいいという事ですね」
「少しは恥じらいというものを持ってほしいものじゃな、まったく」
木仙は呆れ顔だけど、とにかくオッケーが出たということに間違いはない。
ようやく、ようやく私達の子供が生まれるんだ。
だから…今夜が勝負だね。
そう意識すると、途端に妙に汗が流れる。
この私が恐怖で震えるなんて…やっぱり、怖いものは怖いね。
私がどうにかなるとか、歪な生き物が生まれるとか、そういう話じゃない。
『母になる』という未知の体験への恐怖。
人は自分の見知らぬものに対して少なからずなんであれ恐怖する。
それは妖狐になった今も同じだし、なんだったら妖狐もそうだ。
でも、未知を恐れるのは己の無知ゆえの事。
何事も経験しなければ分からない。
その先に待つものが何であれ、経験しないと始まらない。
「では我は夕食を食べてくる。その間に盛るなどという恥ずかしい事はしないでくだされ」
「流石にそこまで恥知らずではありませんよ。それよりも、私達も最後の覚悟を決めなければなりませんから」
「…そうじゃな。では、失礼するぞ」
何やら感慨深い雰囲気を醸し出して部屋から出ていく木仙。
それと同時に私達の食器が下げられ、お風呂の時間まで暇になった。
特にやることも無いので、フウカさんを抱きしめてそのまま押し倒す。
私の事を抱き返すフウカさんの手は…震えていた。
「…フウカさんも怖いんだね。まあ当然か。生まれてくる私達の子がどうなるかは、フウカさんの手に掛かってるんだから」
フウカさんが失敗すれば、どうなるかは分からない。
死産になるかもしれないし、化け物が生まれるかもしれないし、そもそも何も生まれない、何も起こらないかもしれない。
そういう負担が、フウカさんの肩にのしかかってるんだ。
そりゃあ、怖いよね。
「大丈夫だよ。私達ならね?」
「…そうでしょうか?」
「そうだとも。だって私はフウカさんの最愛の妻で、フウカさんは世界に一人の私だけの妻なんだから。どうなっても、どう転んでも、私はフウカさんを愛する。それだけは変わらないよ」
フウカさんを励ますのは私の仕事だ。
怯えているならその手を握ってあげる。
恐怖しているなら抱きしめて、覆ってあげる。
戸惑っているなら導いてあげる。
それが私の役目。
私に抱きしめられ、励まされましたフウカさんの手の震えは…少しマシになった。
「私が守るよ」
耳元でそう囁き、フウカさんを強く抱きしめる。
鼓動が1つになり、体温が上がっていく。
それから何も話さず、一切体を動かさずに抱き合っているとお風呂の時間になった。
いつも通りお風呂を済ませ、ホカホカになった私達は部屋に戻るとすぐに裸になった。
そして布団の中へ潜ると、木仙に視線を送る。
その返答は首を縦に振ることで返された。
私達は向かい合って抱きつき、極力肌を密着させて目を閉じた。
私はフウカさんに霊力を送ることに意識をし、フウカさんは子を作るための準備を進める。
繊細な作業なので慎重に事は進み、緊迫した空気が流れる。
「……これで良いはずです」
「分かった。もし駄目でも大丈夫だよ」
「はい。では…始めますね」
フウカさんの神通力が発動し、私の持つ霊力が一気に失われた。
それと同時に私の腹部へフウカさんの霊力が流れ込んでくる。
私は気持ち程度に体を動かして私の股間とフウカさんの股間を重ねた。
特に変化は見受けられないけど…まあ、気持ちは大事だ。
木仙も固唾をのんで事を見守る。
やがて神通力が止まり、私の中には温かい何かが溜まって動いているのが分かった。
「おしまいです。あとは時間が経てば、サユリさんのお腹に子供が作られるはずです」
「このあったかい感触が無くなったときが勝負か…楽しみだね」
お腹を擦り、その感触を意識してみる。
少し緊張は解けたけど…それでも私達はまだ手に汗握る怒涛の展開の中にいる。
その事実が、この私のお腹の中にある。
1分、2分と時間が過ぎ、私の我慢が限界になってフウカさんを押し倒しそうになった頃…
「…終わりました。ばあや、確認を」
「はっ!」
フウカさんの言葉に木仙が近づいて来て、私のお腹に触れて神通力を発動する。
何の神通力か分かんないけど…多分私が妊娠してるかどうか判定するやつかな?
私のお腹を何度も触り、じっくり時間をかけて調べる木仙。
やがて手を離すと…笑顔を浮かべた。
「どうやら成功したようですな。確かに、新たな命が宿っておる」
「それは―――!!!」
フウカさんが悲鳴にも似た歓声を上げる。
すると、いきなり私に飛びついたきて食らいつくようにキスをしてきた。
「やりました!成功しました!!」
「良かったね。じゃあ、ここからは私の頑張りなわけだ!」
フウカさんは見事にやり遂げた。
成功させたんだ。
私も頑張らないと。
私のせいで死産なんて…そんな事には絶対にさせない。
…でも、もし死産になれば私のせいにするけどね?
フウカさんに心配は掛けさせないよ。
そう意気込んで、体調管理のためにも服を着ようとするとフウカさんが妙な事を言いだした。
「はい!1ヶ月間頑張ってください!」
「……え?」
「……んん?」
1ヶ月…?
妊娠期間…短くない?
「えっと…妖狐族の妊娠期間ってそんなに短いの?」
「そんな事は無いはずじゃ…むしろ15ヶ月と、人間よりも長い」
「だ、だよね…?と言うかそんなに長いのか……それはそうと、なんで1ヶ月?」
私がフウカさんにそう尋ねると、キョトンとした顔をする。
そして、まるで冗談を言われたみたいな顔をして笑いながら答えてくれた。
「そりゃあ、早く生まれてもらう為に1ヶ月で成熟して生まれてくるように神通力を設定したからですよ」
……待って?待って?
今なんてった?
1ヶ月で成熟して出産?
そ、そんなバカな…
いくらなんでもありの『千変万化』といえどそんな……冗談だよね?
「この設定を組み込むために苦労したんですよ?確実に子を孕むだけなら1年でほぼ間違いなくできるようにはなりましたけど、これを込みでやろうと思うと時間がですね〜」
自分の苦労を笑顔で話すフウカさん。
私と木仙は衝撃の告白に脳の処理が追いつかない。
しかし、理解できたと同時にすぐに動いた。
…フウカさんを〆ると言う意味で。
「あの、2人ともなにを――ぎゃああああああああああああ!?」
私と木仙に泣かされるまで〆られたフウカさんは、泣きながらコンコンと説教を食らうことになった。
ちなみに後日この話を聞いた大皇様からも説教を食らい、逆ギレしてその日1日は私でも口を利いてもらえなかった。




