第36話 妖狐族の姫
私が妖狐族になってからの生活は、とても心地の良いものだった。
起きて、ご飯を食べて、イチャついて、ご飯を食べて、ちょっと勉強する。
勉強とは、基本的に霊界における常識や歴史に関することと、霊力を操れるようになる事。
私は天界でフウカさんが私の霊力を使った時に自分の中の霊力を自覚しているから、覚えるの早かった。
だから、特に苦ではない。
何より、嫌なことがあってもすぐに発散できるからね。
「よくもまあ飽きずに続けられるものですな。煩悩まみれで霊力が乱れて仕方ない」
「えへへ…」
「褒めてはおりませんぞサユリ様。そしてフウカ様。いい加減真面目に鍛錬をしてくだされ」
「ふふふ…」
「はぁ…いつかハゲてしまいそうで心配になってくるわい」
ストレスでハゲそうだと言う木仙さん。
その原因は、私達のストレス発散法にある。
もちろんセッ――だ。
夜間は一睡もせず夜通し体を重ね、朝方にようやく眠る。
それから昼前まで寝て、ご飯を食べてお勉強と鍛錬とたまにお稽古。
そんな生活を送っているせいか、木仙さんは心労が絶えない。
職業柄、私たちの夜の営みをしっかり監視しているらしく、そのせいで木仙さんは夜眠れない。
じゃあ私達と同じように寝れば良いと思うけど…木仙さんはフウカさんの面倒を見る以外にもしっかり仕事がある。
その仕事をこなさないといけないから、昼は寝られない。
…つまり、休みが無いんだ。
「別に監視しなくたって変な事はしないよ。それに曲者が現れるとも思えないし」
「どちらも心配しておらん。立場上護衛無しで眠るなどあり得ぬし、フウカ様達の夜の営みを見るに他の者には任せられん。…この我でさえ、千年ぶりに男を食いたいと思ったのじゃからな」
「私は別にばあやが夜遊びをしに行こうと、まったく文句は言いませんよ?」
「それで文句を言われれば尻が真っ赤に腫れ上がるまで叩くつもりでしたから、命拾いしましたな?フウカ様」
額に青筋を浮かべて怒る木仙さん。
こうやってナチュラルにストレスをかけてるせいもあって、最近木仙さんは機嫌が悪い。
「…いっそ3人でお昼寝しようよ。それなら文句ないでしょ?」
「なるほどの…護衛を別に付けながらならかまわんか…」
木仙さんは私の案に首を縦に振り、念話を飛ばす。
するとすぐに武装した妖狐の女性が現れ、警護を始めた。
「ではしばらくお休みですな。我は日が暮れるまで寝るつもりじゃから…くれぐれも起こさぬようにな?」
「おやすみなさいばあや」
「おやすみ、木仙さ――ってもう寝てる」
昼寝の体勢をとるとあっという間に寝てしまった木仙さん。
相当疲れがたまっていたみたいだし、なんだか悪いことをした気分。
少しだけ反省しつつ、これから何をしようか迷う。
「…私達もお昼寝しようか?」
「そうですね。休養は大切ですからね」
木仙さんが寝てしまった以上、わざわざ鍛錬をする必要はない。
私も横になるとフウカさんが隣にやって来た。
2人で抱き合って目を閉じると、鍛錬の気疲れもあってかすぐに眠りに落ちた。
「まっ、そうだよね」
「ふふっ、サユリさんだって期待してましたよね?」
「もちろん。ここならどれだけヤッても文句は言われないからね〜」
眠ってすぐにフウカさんの夢の世界へ招待された。
理由はもちろんセッ――のため。
現実の体は寝てるし、休養を取りつつセッ――できる夢の世界は本当に最高だ。
しかも最高なことに夢の世界は自由自在なのでありとあらゆるプレイができる。
例えば…
「ひ、酷いです!こんな事するなんて!」
「拘束からの焦らしは基本だからね〜。SM最高」
定番のSMプレイや、割とガチな喧嘩ックス。
できないことのほうが少ない以上、やらない手はない。
しかも、怪我をしても夢の世界だからちょっと念じるだけで元通り。
怪我しないから、木仙さんにもグチグチ小言を言われなくて済む。
…あれ?今度から夜中は寝て、夢の中でした方が良いんじゃない?
「夢の世界は素晴らしいですが、やはり実際の肉体同士で触れ合う方が私は好きですね」
「そうなんだ。じゃあやっぱりこれからも木仙さんの心労は絶えないね」
「…そう考えると、何日かに一度は夢の中でするべきですね。今夜は…今寝ている以上無理でしょうし、明日以降ですね」
流石に木仙さんの体調を気にし始めたフウカさんは、夜夢の世界でする事に同意してくれた。
これで多少木仙さんの心労はマシになるでしょ?
あとは、どうやってフウカさんに真面目に鍛錬をしてもらうかだけど……まあ、私が上手く霊力を操れるようになって、神通力を使えるようになれば改善するでしょ。
流石に危機感を持って動いてくれるはず。
様々なプレイを楽しみつつ、これからについて考える。
…何よりこれからいつか私は子を産まなきゃいけないんだ。
それに関しても、真剣に考えないとね。
◇◇◇
目を覚ますと我の横でフウカ様とサユリ様が抱き合って寝ておった。
我には何も掛けられていないのに対し、2人にはしっかりと薄い掛け布団が用意されている。
護衛の者がやったのじゃろう。
「久しぶりによく眠れたわい」
「お疲れ様です、仙狐様」
「全くじゃ。…すっかり夜じゃな、食事の用意はどうなっておる?」
「簡単なもので構わないから、起きたときにすぐに用意できるものを、とフウカ様から命令を預かっております」
「それならもうしばらく眠ったままじゃな。どうせ夢の世界で盛っておるのじゃろう」
そんな事は容易に想像できる。
この2人の事じゃから、自由自在な夢の世界を良いことに、現実では絶対に出来ぬような楽しみ方をしておるのじゃろう。
全くこの2人には困ったものだ。
「フウカ様は私の夕食について何か言っておったか?」
「仙狐様はいつも通りのものを用意しておけばいいと…時間も丁度今出来上がった頃かと…」
「…どうやら自分で眠ったつもりが、千変万化で眠らされておったようじゃな。フウカ様なりの優しさか」
確かに妙に寝つきが良すぎるとは思ったが、これはフウカ様に眠らされていたためじゃな。
その優しさを、普段の我の仕事を減らすという方向で発揮してくれたなら楽じゃったのじゃが、まあ無理な話じゃな。
…400年、フウカ様の母に代わって幼い頃から変わらぬ事。
それなのに愛想を尽かさずここまで面倒を見るのは…我としたことが親心でも芽生えたか?
「…400年前から変わりませんな。いつもいつも我に苦労ばかり掛けて…しかし時折可愛らしい優しさを見せる。亡き大姫様にこの顔を見せられたならどれだけ良かった事か」
「大姫様…フウカ様の御母上でしたね」
「ああ。死の淵を彷徨いながらもフウカ様を産み、母の使命を全うした強き姫じゃった。…思えば、もう100年も前にフウカ様は大姫様の歳を超えておるのか。時の流れとは早いものじゃな」
フウカ様の母、大姫様。
大皇様の4番目の妻にして、唯一この世に存在しない妻。
大皇様に気に入られ平民でありながら妻に迎えられたが…ただの平民出身の女に、妖狐族の姫を産むにはあまりにも荷が重すぎた。
ましてや生まれたのは最上位の神通力の1つである『千変万化』を持つフウカ様。
平民の体ではフウカ様を身籠り続けるのは難しく、誰もが出産を諦めた中、大姫様は血反吐を吐きながらも生きながらえ…フウカ様を産んだ。
しかし大姫様の苦労も虚しく、フウカ様をこの世に無事産み落とした翌朝、齢300歳あまりでこの世を去った。
「大姫様。あなたの娘は今母になろうとしておる。…いや、父かも知れんな。まあなんにせよ、孫を抱かせてやれんのが悔やまれるが、この我が孫もその孫も育てると約束しよう」
フウカ様の頭を撫でながら誰も居ない虚空へ語りかける。
…教育係とはよく言ったもの。
もはやフウカ様は我の娘同然だと言うのに…娘の結婚、そして出産を祝えぬとはな。
「仙狐様。お食事の用意が出来ました」
「ああそうか。すぐに行こう」
名残惜しいが、今フウカ様の隣にいるのは母の代わりである我ではなく、妻であるサユリ様。
時の流れとは…寂しみものじゃな。
我はわざとあくびをし、目を擦ると食事に向かう。
また今夜も、明日の朝も昼も仕事に追われる日々が続くのじゃから、いつまでもフウカ様に構っている暇はないのだから。




