第32話 天
なにもないただ真っ白な空間。
わけもわからずそこに突っ立っていると、いつの間にか正面に誰かが立っている。
誰かと聞かれると分からない。
白いモヤに包まれているように、それがどんな存在なのかを認識することが出来ない。
…でも、おおよそ人型で輪郭的に女性っぽく見えるような気がする。
『何用だ……などという無駄な質問はよしておこう』
…声は枯れたヨボヨボの男性の声。
輪郭と、背筋のしっかりと伸びた佇まいからは想像できない年老いた声だ。
その存在に、フウカさんが話しかける。
「私のしたことを見なかった事にしてほしい」
『また大きく出たな…アレだけのことをしておいて、まさかなんの罰もなく赦されると思っているのか?』
まあ…流石に許してもらえないよね…
やってることがやばいから、融通を利かせて見なかったことにするわけにも行かないし…
良くてさっきフウカさんが言ってた封印か契約権の没収とかだろうね。
『本来ならば私が動いてもおかしくはない事案なのだがな…移動のために結界を破壊しただけで、今のところ人間には危害を加えていない。強いて言うなら、住職を脅したくらいか』
「では…」
『とはいえ、結界の破壊によって齎された混乱は小さくない。君達が何かしようとしているのは明白だったため、結界には多めの人員が配置されていた。そのおかげで最悪の事態は発生していないがな』
ため息が聞こえた。
私もその気持ちはわかるけど…原因が私にあるせいで何とも言えない気持ちになる。
…と言うか、今までずっとフウカさん達が罰せられる方向で話が進んでたけど、私も共犯だよね?
お咎め無しなの?
「サユリさん。そんな事は気にしなくていいんですよ」
『人の子よ。仮に罰を与えるのなら鏡を返すだけで済ませてやろう。それは本来こちらのものだからな』
「なんか…私に優しくない?」
そもそも私が原因で起こった事件。
私に対して優しすぎるというか…甘過ぎるというか?
『人の子よ。君は今、妖に騙されて不当な契約を結ばされている状態。ということになっている。だから、多少の免罪符が効く―――というのが天界側の出した判決なんだが…全部忘れてしまって構わない』
「…はい?」
「……どういうことじゃ?まさかここで皆殺しにしようなどとなんの面白みもない冗談を言うつもりではなかろうか?」
御老人の言葉に、木仙さんが異常に反応する。
フウカさんも私に鏡を持たせ、何かあればすぐに逃げるよう視線で訴えかけてくる。
『君達への罰はわしが決める。まずは判決はだが―――有罪』
いつの間にか木仙さんが刀を抜き、全身の毛を逆立てて威嚇の声を漏らす。
フウカさんも力を全身に纏い、戦闘体勢を取っている。
…怖い。
『罪状は…まあ言わずとも分かっておろう。罰の内容だが、まずは鏡の没収だな』
「えっ?えっ!!?」
その言葉とともに、私の手の中にあった鏡が消滅する。
逃げる手段を奪われた…
フウカさんになんとか…いや、フウカさんでも鏡が無いとここには来られなかった。
フウカさんの力と鏡の力でようやく来れる場所から、フウカさんの力だけで抜け出せるとは思えない。
『次に華宮サユリ』
「は、はい!」
『君は人間界か霊界。どちらか一方に永住する事を決めるんだ。それを持って君への罰はおしまいにしよう』
「…はぁ?」
どちらか一方に永住する?
それはつまり…今までのように人間界と霊界を行ったり来たりするなってこと?
…でもそんなのすぐには決められない。
私としては霊界に住みたいけど、両親に何も話さずにそんな事を決めるなんて…
『記憶はこちらで都合のいいように改ざんしておこう。例えば、少し遠い所に済む人との結婚が決まり、学校を移る事になった。とかだな?』
「出来るのですか…?」
『わしはそこの狐たちが『天』と呼び、お前たち人間が『神』と崇める存在だぞ?そのくらいの事は可能だ』
「あっ…やっぱり神様なんだね…」
人の記憶を改ざんし、私が居なくなっても何もおかしくないように都合を変える。
まさに神のような存在だね。
…まあ、神様なんだけどさ?
『続いて狐姫への罰だが…まずは1000年…いや、100年で十分だな。100年間、人間界へ行く事を禁ずる』
「…それだけでしょうか?」
『ああ。禁止するのは姫だけだ、そちらの人の子は正式な手順を踏めば行き来出来るようにしてやろう。また無断で行き来するような事があればまた別の罰を与える』
「随分と甘いですね…」
勝手に行ったり来たりしてた事はバレてるんだね…
というか、それだけなら見逃されてたのか。
流石に結界の破壊までは許容してもらえなかったみたいだけど。
『最後に仙狐よ』
「なんじゃ」
『お前は結界を破壊した。その罪は本来処刑以外あり得ない程の重罪なんだがな…』
…言い方的に、処刑ではない。
それに、反応と私たちに対する罰の軽さからして多分……
『仙狐。お前への罰は人間界での500年の力の制限だ』
「随分軽い罰じゃの…何故そのような判断を?」
『…そこの人の子が狐姫と婚姻を結んでいるから、だな』
え?私?
それだけの理由でこんなに軽い罰を…?
『外界の神の加護を受けた人の子を罰したとなれば、こちらも面倒なのでね。おそらく、わしよりも高位の神の加護が付いている』
「…なるほど。人が持つにはあり得ぬ程の霊力の正体は加護か」
『そうだ。しかも加護には周囲の状況を把握する効果もある様子。面倒事を避けたいのは同じなのだよ』
「神とやらも面倒なものじゃな。簡単にふんぞり返って君臨することも出来ぬとは」
確かにね…
神様にも上下関係とかあるんだ…以外と言うか、なんというか。
にしても、私にそんな加護があったなんて…知らなかった。
でも、木仙さんとフウカさんはある程度知ってたみたいだし、知らなかったのは私だけか。
…なんで黙ってたの?
『君たちの罰を天人に任せられれば楽だったんだが…境界の鏡に千変万化の神通力、そして高位の神の加護が加われば、こうなる事は必然か』
「…万が一サユリ様が処刑されようと、部下が勝手にやったと言い逃れしようという魂胆か。監督不行き届きを罰せられるやもしれんが…まあ、自ら手を下すよりはマシじゃろう」
『そういう事だ。さて…では人の子よ。人間界か霊界。どちらに根を下ろす?』
私に下された罰は今までのように好き勝手に人間界と霊界を渡れなくするという罰。
それを受ける時が来た。
……どちらを選ぶかなんて、誰の目から見ても火を見るより明らか。
「もちろん、霊界。正式な手順を踏めば人間界に行くことも出来るんでしょ?なら、私はフウカさんの居る霊界で生きたい」
私はフウカさんの嫁として生きる。
いや、むしろそれ以外に生き方なんて無い。
煌々と輝く婚姻の証に触れ、フウカさんに微笑む。
「とっくに嫁入りは済ませてる。なら、私が生きるべき場所は人間界じゃない」
『いいのか?君を知る者達の記憶は改ざんされ、いずれ家族を除いてほとんどの者から忘れられるかもしれんぞ?』
「構わないよ。替えの利かない大切な人1人に覚えていてもらえるなら」
「サユリさん…」
頬を赤く染めて笑顔を見せるフウカさん。
ここでいきなりキスをしたら火が出そうなくらい顔を真っ赤にしてくれるんだろうけど…そういう場じゃない。
「私は構いませんよ?サユリさん」
「タイミング…時と場合ってものがあるんですよ、フウカさん」
心を読まれてフウカさんが凄く期待してる。
帰ったら沢山愛を育む事になりそうだね、これは…
『人の子よ。君がそれでいいと言うのなら問題はない。此度の審判はこれで終わり、このまま霊界へ送るとしよう』
「…もし、境界の鏡が欲しいって私が言ったらどうします?」
神様が私達を霊界へ送ろうとした時、興味本位というか…好奇心というか…
まあ、少し気になって聞いてみた。
「鏡など無くともいずれ何処へでも行けるようになるじゃろう。…まあ、それはそうとまたいずれ、いただきに行くがの?」
『好きにするといい。天界での制限はかけていないからな。だが、侵入をそう何度も天人が許すとは思えんがな』
木仙さんは挑戦的だ。
わざわざ神様にそんな事を言ったうえで、天界に喧嘩を売るなんて…
「では帰りましょう。ばあや」
「『天』よ。そなたの力は借りぬ」
『好きにしろ』
フウカさんの言葉に木仙さんが真面目な顔になり、転移の術を使う。
そして視界が真っ白になり…霊界のフウカさんの屋敷に転移した。




