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辺境伯令息は、今日も甘い仮面の下で毒を吐く  作者: 悠木 源基


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第12章 元乳母の解説 ✽カインツの過去回想✽


「私が甘いものが苦手だと、君が一言ミンティアに言ってくれていたら、あんなに無駄な努力をしなくて済んだのではないか?」

 

 カインツはつい妻を責めるような言い方をしてしまった。しかし妻は腹を立てることもなく、残念なものを見るような目で夫を見た。

 

「ミンティアは無駄なことなんてしていませんわ。子供が好きなことを見つけられるのはとても有意義ですし、あの子の作るお菓子は本当に人を幸せにしてくれますもの。

 少なくとも私とラフェール様は幸せにしてもらっていますわ。

 大体ミンティアは貴方にどう思われてももう構わないみたいだから、貴方も良かったじゃないの。気を遣って嫌いなものを食べる必要がなくなったのだから。

 ただし、それと同時にあの子からはもう純粋な愛情を求められないと覚悟して下さいね。

 でもまあ、他に娘は二人もいるのだから平気でしょ? 

 結局貴方が子供を愛せる許容範囲は二人だったということよ。それがわかった以上、もう私は貴方との子供はいらないわ」

 

 妻の言葉にカインツは真っ青になった。自分の子供はもう要らないということは、もうベッドを共にしないということなのか?

 いやいやそういうことじゃなくて、妻はもう私を愛していないということか? カインツは酷く動揺した。

 しかし何がそれほどまでに妻を怒らせたのか、彼にはわからなかった。

 

 そこで彼は仕方なく、恥を忍んで妻の乳母だったメイドのハンナに尋ねた。自分の何が悪かったのだろうかと。

 ハンナはたまたま二人のやり取りを聞いていたからだ。

 

「旦那様は頭脳明晰なのに人の心の機微がわかっておりません。そのことを奥様は怒っているのです」

 

 ハンナは呆れ顔でそう言った。しかしそれはあまりにも抽象的過ぎて、彼には意味がさっぱりわからなかった。

 するとふうーっと深くため息を吐いた後で彼女はこう言った。

 

「普通の親ならば、子供が失敗してもめげずに頑張っていたら、それを偉いと褒めるものなのです。

 できないから、いやだからと簡単にすぐに諦めてしまうような子供では、結局何をしても中途半端な人間になってしまいますからね。

 そもそも、上手くいかなくても頑張れるものを見つけられる人間はとても幸運なのですよ。

 ところが合理主義者の旦那様は、無駄なことはサッサと諦めて、有意義なことをやったらいいとお考えですよね。

 それは確かにおっしゃる通りなのでしょうが、どれが有意義でどれが無意味かなんて一体誰が決めるのでしょうか?

 

 烏滸がましいと思いますが、この際だから言わせて頂くと、旦那様が魔術の研究をなさっていることと、奥様が薬草の研究をなさっていること、そしてミンティアお嬢様がケーキを作っていること。私にはそれらの全てが大差無いように見受けられます」

 

「なんだと! 失敬だぞ」

 

 国からも一目置かれている魔道具を生み出して、貧しかったこの領地を以前よりかなり豊かにしてきたという自負のあるカインツは、怒りを表した。

 しかしハンナは平然としてこう言った。

 

「同じ菓子を作るのならレシピ通りに作業をすれば、大体同じに仕上がります。

 しかし、それにアレンジを加えようとして、材料を少し変えるとそれだけでもう、水の分量や練り方や焼き時間を変えなくてはなりません。そうしないと酷い出来上りになってしまうからです。

 ですから、いちいち水の分量や練り方や焼き時間を何度も確かめなければ、新しいお菓子は生まれません。

 今まで食べたことのない菓子や料理を生み出すことは、そんなに簡単なことではないのです。

 それは新しい魔術や魔道具や新薬を発明することと、同じように思えるのですが違いますか?

 どれも未知への探究心がないとできませんよね?」

 

 ハンナの理路整然とした説明にカインツは唖然とした。彼女の語り口はまるで学園の教授のようだと思った。

 

「正直言って、私も旦那様にはかなりがっかりいたしました」

 

「・・・・・」

 

「てっきり旦那様は奥様を溺愛されているのだと思っていたのですが、それは違ったのですね。単に王都の煩わしさを避けたいがために、奥様と結婚なさったのですね」

 

 ハンナのその言葉に今度こそカインツは切れた。彼は妻のグレイスを溺愛していたからだ。

 学生時代から二人は付き合っていたが、周りからは不釣り合いだと陰口を叩かれていた。

 

 それは子爵家のカインツが伯爵令嬢だったグレイスに不釣り合いだと言われたのではない。その逆だ。

 眉目秀麗で天才的魔術師であるカインツに、ど辺境の貧しい伯爵令嬢は相応しくないというものだった。

 確かにグレイスは才媛だったが、飛び抜けて美しいわけでもなく、大した魔力を持っているわけでもなかった。しかも、三姉妹の長女で婿取りだ。

 皆が王城での華々しい活躍をカインツに期待し、ど辺境の地などで彼を埋もらせるわけにはいかないと思っていたのだ。

 

 しかし、カインツは卒業後二年ほど王城で働いた後、グレイスの卒業と同時に彼女と結婚をして領地へ行ってしまった。それは偏にグレイスを愛していたからだ。

 まあ、彼は権力闘争に関心がなく、出世も望んではいなかった。

 それにどちらかというと研究畑の人間だったので、地方で静かに好きな研究をしたいという思いも確かにあったからなのだが。

 

 とにかく、カインツは妻を誰よりも何よりも愛しているのだ。そして二人の愛の結晶である三人の娘も。

 それなのにそれを疑われるだなんて許せるものではない、と彼は憤った。

 

 憤慨する主人の前でもハンナは泰然自若としていた。そしてさらにこう言った。

 

「旦那様がモードリン様やメイシャ様を溺愛されているのは、お二人が奥様に似ていらっしゃるからでしょう?」

 

「いや、私はミンティアのことだって溺愛しているぞ。差別したつもりはない。ただあの子はしっかり者だから、ついつい駄目な子の方に関心が行ってしまっていただけだ。これからは注意する」

 

「そうですか。でも、旦那様が奥様を愛していらっしゃるのなら、まずはミンティア様に目が行くと思うのですがね。

 私達長年この屋敷に勤める者は、お嬢様方全員を大切に思っておりますが、特にミンティア様に目がいってしまいます。

 何故なら、ミンティア様は奥様、グレイス様の幼少期にそっくりですからね」

 

「えっ?」

 

 ハンナの言葉にカインツは瞠目した。何を言っているのだ。ミンティアがグレイスに似ているだと?

 黒い髪に緑色の瞳と、ミンティアはカインツと同じ色味をしていた。

 そして、こう言ってはなんだが、三姉妹の中で顔立ちも自分に似て、一番整った顔をしている。大人になったらさぞかし美しくなることだろう。

 他の娘達は妻に似て、美人というより愛らしい顔をしている。

 そんなカインツの戸惑いを察したのか、ハンナは残念な物を見るような目で主人の顔を見た。

 

「私は容姿の話をしているのではなく、ミンティア様の本質や行動がよく似ていると申し上げているのです」

 

「あっ……」

 

「グレイスお嬢様も今のミンティアお嬢様のように、本当にお優しい方で、使用人だろうが領民だろうが、別け隔てなく接する方でした。

 よく手作りのクッキーを作ってはみんなに配っておられました。

 そのうちお嬢様は薬草に興味を持たれるようになりました。というのも、当時この辺境の地にはお医者様がいらっしゃらなかったので、少しでも病人の役に立ちたいと思われたようです。

 グレイス様は乳棒で薬草をすり潰しながらよく言っていらっしゃいましたよ。

 

『お薬作りって、お菓子作りに似ているのよ。だから少しも苦にならないのよ。作業は大変だし面倒だけれど、受け取った人から笑顔をもらえる点も一緒で幸せな気持ちになれるの。

 経験しておいて無駄になることはないのね』

 

 とね」


 ハンナからそれを聞いたカインツは、その場に崩れ落ちた。

 

 それ以後、カインツのミンティアへの態度が改まったのは当然の成り行きだった。

 しかし時は既に遅し。

 ミンティアの関心はラフェールと魔術研究へ向かい、父親への興味は完全に消え失せ、二度と父親のために菓子作りをすることはなかった。

 そしてとある事情でミンティアが塩クッキーを生み出してからも、直接彼女からそれをもらうことはできず、妻やハンナから少しだけ分けてもらうことしかできなかった。

 

 しかもその塩クッキーは皮肉にも、これまで彼が食べた中でもっとも美味しい菓子だった。

 読んで下さってありがとうございました!

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