第6話 冒険者の道
涙で濡れたハンカチを受け取った際に時間を確認すると、そろそろお昼休みが終わる頃になっていた。
「ふぅ、さて………食事も終えた事だし、そろそろリハビリセンターに戻らないとな………」
「えっ、もうそんな時間ですか?」
「はい、これからあと3時間ぐらいリハビリセンターでトレーニングをします」
「あの………スパーダさんともっとお話したいことがあるので………その、トレーニングが終わったらまた一緒にお話するお時間はありますか?」
どうやらフームさんはまだ話をしたいことがあるようだ。
トレーニングが終わった後の予定は無い。
だが、トレーニングが終わるまで何処で俺を待っているつもりなのだろうか?
俺はフームさんに訊ねた。
「えっと、今日は予定が無いので大丈夫ですけど…もしかしてそれまでフームさんは外で待っているつもりですか?」
「はい、トレーニングの邪魔をしてはいけないと思いまして………」
「いやいや、外で女性を待たせるだなんてそんなことは出来ないですよ!」
外はお昼を過ぎたあたりからぐんぐん気温が上昇していく。
今日は既に33度を超える真夏日。
日陰にいても暑く感じてしまうだろう。
そんな無茶苦茶暑い中で、女性を3時間も待たせることなんてできない。
色々と考えるうちに、一つの案を思い付く。
□ □ □ □
「なるほど………そういう事だったのですね…」
俺はリハビリの先生に相談した。
フームさんとは仕事の関係で知り合った人であり、俺の事を気にかけている女性である。
そして、俺の足が切断されたことを知って、その件で色々と話をした事。
歩行トレーニングが終わってから話の続きをすることになっている主旨を伝えると、先生は頷いて冷房の効いたトレーニングルームで待っているのはどうかと提案を受けた。
「……では、フームさんには見学という形でトレーニングルームの中に入れてもらっても構いませんよ」
「ありがとう先生!助かります!」
「いえいえ、この暑さでは外にいては身体が倒れてしまいますからね。」
俺は先生にフームさんの事を伝えると、快く入れてくれることを承諾してくれた。
待合室で待っているフームさんにも、その事を伝える。
「本当に…本当にありがとうございます!」
フームさんは何度も頭を下げて礼を言ってくれた。
嘘を言わずに先生にはフームさんの事を伝えたのだ。
モノは言ってみるだけで違う。
そう実感した。
家族や恋人がやってきてリハビリセンターで見学する事はよくあることだ。
現に、フームさん以外にも見学者はそこそこいる。
戦病者リハビリセンターという事もあって、俺のようにモンスターにやられて手足を失った人たちが歩行訓練や日常生活を過ごせるように義手や義足の使い方などを学んでいる。
いわば、学校のようなものだ。
歩行訓練を繰り返し励む中、ちらりとフームさんのほうに視線を向ける。
フームさんは他の見学者の人と雑談を交わしていた。
年齢的にも同じ年ぐらいの人だろうか、あちらは亜人種のオーガのようにも見える。
フームさんと相手の女性は仲良さそうに会話をしていた。
それは微笑ましい光景であった。
「おお、あいつもやっと話し相手が出来たのか…良かった…」
「あ、貴方は…」
突然後ろから声がした。
振り返ると、大柄で右手に義手を身に着けた傷だらけのオーガがゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
身長は2メートルを悠々と超えている。
服越しからでも分かるほどに鍛え上げられた赤褐色の筋肉。
身に着けている服は王国軍の精鋭である親衛隊にしか至急されないオリーブ色と黒色が均等に混ぜ合わせたシャツ。
亜人種の軍人としては異例の出世を果たしたグレーン大佐であった。
「グレーン大佐!!大佐ではありませんか!!お久しぶりです!!」
「おお、よく見ればスパーダ君じゃないか!久しぶりだね、元気にしていたかい?大ゴブリン軍団討伐戦以来だね」
「はい、あの時はお世話になりました…!大佐はここで何をなさっていたのですか?」
「うむ、右手の義手の調子が悪くてな…西部に来たついでにリハビリセンターで義手の調整をしてもらっていたんだ」
グレーン大佐とは短い間だったが、騎士団に所属していた際にある戦闘で一緒に戦ったことのある人物であった。
数年前に、国境地帯から侵攻してきた総数10万の大ゴブリン軍団が西部の村を襲撃した際に、首都から派遣された親衛隊と西部騎士団が合流して大ゴブリン軍団を討伐。
ゴブリンの軍団を一匹残らず殲滅した。
殲滅の仕方は至ってシンプル。
自分の身体と同じぐらい大きい斬馬刀を左手で振り回してゴブリンの身体を切り刻むのみ。
グレーン大佐が先陣でゴブリンを斬って、斬りつけ、斬り倒していった。
質より量で押し通す事で有名なゴブリンですら、グレーン大佐の猛攻に耐えきれず壊走していったのだ。
”そのオーガ、ゴブリン10万の血で塗装されたり”
…というゴブリン殺しの異名を持っている王国でも名の知れた人物だ。
亜人種としては初の爵位が授与され、戦いの功績が認められて親衛隊の副隊長に任命されるぐらいだ。
現在亜人種として、この国では最も高い地位にいる人物でもある。
そんなグレーン大佐が小声で俺の耳元で呟く。
「スパーダ君…その左足は…例の下水道でやられたのかい?」
当然、現在行われている親衛隊主導の大捜索。
グレーン大佐は親衛隊副隊長。
色々な情報を知っているだけに、俺の事もお見通しらしい。
それにオオドクガエルが下水道で繁殖していないか調査する関係で俺の事も知ったのだろう。
ここではオオドクガエルが下水道でいたことを知らない人のほうが多い。
大声で言える話ではないので、俺もグレーン大佐の耳元で相槌をする。
「はい…その通りです。今は…ここで義足を付けた状態で歩けるようにリハビリをしております」
「そうか、それは…辛かったな…となると騎士団の方も…」
「2週間前に退職しました。この状態では他の団員に迷惑をかけてしまいますから…」
「うむ…義足はなれるまでに時間が掛かるからな…無理をせずに少しずつ訓練するんだぞ」
「はい、アドバイスありがとうございます」
グレーン大佐は俺のことを気遣ってくれている。
騎士団を辞めて戦病者としてこうしてリハビリに励んでいる俺を見て、声をすこしだけ詰まらせた後、意外な言葉を口にした。
「…ところで…スパーダ君はこれからどうするか決めているのか?」
「いえ…今後についてはまだ決めておりません…」
「君は少なくとも腕は悪くない、片足を失ったとしても大地を踏んで歩けるようになればまだ活躍できる見込みは十分にある。この私が保証する」
「活躍…ですか?」
「そうだ、例えば冒険者はどうかな?冒険者は腕を振るうことができれば誰にでもなれる職種だ。決められたチャレンジをこなせば報酬を貰える。基本的にライフスタイルも自由だ。今のスパーダ君なら冒険者が向いている」
「冒険者…なるほど…考えておきます」
グレーン大佐の言葉は説得力があった。
確かに冒険者という選択肢もありかもしれない。
騎士団経験者であれば、それなりに箔が付く。
冒険者は組合に加入する必要があるが、組合から仕事を請け負う事もできる。
そうすれば自分に見合った仕事をこなせる。
グレーン大佐の言葉が、俺の今後の方針を決定させたのであった。