第4話 黙認
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意識が戻った時、俺は病院のベッドで目を覚ました。
気が付けば3日間も眠っていたらしい。
全身に包帯が巻かれて自由に身動きは取れない。
腹部に痛みを感じるが、オオドクガエルに全身を食べられなかっただけ、マシかもしれない。
それでも一番辛いのは左足が無くなっていた事だ。
「…やっぱり…足を食われたんだなぁ…」
左足の感覚が無かった。
膝から下の部分がぽっかりと無くなっていた。
オオドクガエルに左足を食われた事実。
どのみち、これでは職場復帰は難しい。
オオドクガエルの攻撃を受けた時に腹部を強打していたが、これに関しては魔法協会の人達から回復ポーションを滝のようにドバドバ使った結果、内臓や骨など身体の重要な部分の傷は修復されて後遺症として残らなかった。
これに関しては不幸中の幸いだった。
目を覚ましてから直ぐに騎士団の団員達が見舞いに訪れてきた。
同僚や先輩からは励ましの言葉と、何かあれば手伝ってほしいと温かい言葉が掛けられた。
ジャモー団長に至っては、俺に涙を流して頭を下げてまで謝った程だった。
「すまねぇ…スパーダ……あと2~3人連れて行くべきだった…」
「団長、団長のせいじゃないですよ。下水道にオオドクガエルがいるだなんて普通は予想が付かないですから…」
「…俺の計画が甘かったせいで命の危険にまで晒してしまった…」
「団長………」
「これは俺の責任だ…本当にすまん!!」
頭を何度も下げる団長。
「それから、もう一つ………お前に謝らないといけないことがある…」
「え、他に何かあったんですか?」
「今回の下水道での一件だが…王立議会から事実を公にするなと通達があった…」
「…なんですって?」
オオドクガエルが出現した事を口止めをされたと団長は語った。
水道管理局はまだしも王立議会は国のトップ機関だ。
本来であれば事実を公表しなければならないのだが、それを経済的な理由で伏せられたという。
「ナズイは首都と同じぐらいに発展している都市だ…スパーダ、ナズイの人口は知っているか?」
「確か53万人ですよね…亜人種を含めたら約80万人だと以前統計調査の結果で見ましたが…」
「そうだ、約80万人…国内において二番目に多い人口を誇る都市だ…経済規模も大きい」
「…つまり経済的に損害を被るリスクが大きいから公表をしないと?」
「ああ、その通りだ…下水道にオオドクガエルがいた事実が発覚されたら、確実にナズイの経済に致命的な打撃を被るからだそうだ…」
「そんな…じゃあ下水道の安全はどうするんですか?」
「王立議会からの要請を受けた首都の王国軍親衛隊主導の元で、他にオオドクガエルがいないか調査をするために徹底的なローラー作戦を行うそうだ…」
ローラー作戦。
各区画の下水道を徹底的に探してモンスターを駆除させる。
その為に必要な殺虫剤や有毒ガスなどをナズイに持ち込ませているという。
表向きは下水道の一斉点検という名目らしいので、一般人にはその裏で凶悪なモンスターを退治しているとは夢にも思わないだろう。
公に出さない分、負傷手当代なども黙秘と引き換えに三倍近い額を団長から小切手で提示された。
恐らく議会からの口止め料も含まれていたのだろう。
受け取るにはオオドクガエルの事を言わないという条件付きであった。
「団長…この負傷手当代の桁が一つばかり多くありませんか?」
「お前にはそれだけの額を受け取る資格がある…ただ、今回の事を部外者に口外しないという条件をしっかり遂行するという事が絶対条件だ」
「…なるほど、つまりそれさえ言わなければ問題ないという事ですね」
「そうだ、受け取るか?」
「…まぁ、喋って消されたりでもされたら洒落になりませんからね…受け取りましょう」
俺は団長から小切手を受け取った。
英雄伝や武勇伝であればこうした金銭を受け取らないのが美談となるかもしれないが、俺は足を失ってしまっている。
今後の事を考えればどうしても金が必要だ。
それに小切手に書かれていた金額は、足を失った代金として十分に見合う額だった。
義足やリハビリ代なども差し引いても、派手な生活さえしなければ今後10年は暮らしていける額だ。
そして、今後の事を考えると二つの選択肢が頭に浮かんだ。
技能を買われて指導員になるか、騎士団を辞めるかの二択である。
団長も俺の今後について気にしていた。
ある程度戦闘は出来るが、それでもエース級と呼ばれている超一流の腕利き戦士ではない。
となれば、騎士団に残っていけたとしても道が限られているので、あまり業務などがない片田舎に左遷されるだろう。
西部騎士団は都市部にあるので任務や依頼も多い。
事務員として働くにしても手だけではなく足を動かす仕事が多いので、今の俺では足手まといだ。
辞めるしかないようだ。
団長もやんわりと辞職勧告を促していた。
「…スパーダ、その…今後についてなんだが…今の身体の状態を考慮しても…その、どこの部署も仕事が入っていてな…お前さんが入れる職場が見つからなかったんだ…」
「…団長、気を使わなくても大丈夫ですよ…俺は左足を失ってしまいました。今の状態じゃあ騎士団でも足手まといですよ…」
「…すまん………リハビリ代と入院代は騎士団が支払う。退職金もまた後日持ってくる…それでいいか?」
「ええ、構いませんよ…団長」
話し合いの結果、俺は騎士団を辞めることになった。
団長も俺が辞めることを悟っていたのかもしれない。
団長が病室から去った後、俺は病室の天井を見て呟いた。
「………義足、履いてみようかな………」




