三※
数百年前――アルテリア帝国とバルドロス帝国が二大帝国と呼ばれる前、権力争いのために戦争を繰り返していた頃の話になる。
ウィザブール帝国に、リックという名の青年が暮らしていた。恋人と同棲しており、仲睦まじい幸せな日々を送っていた。
だが、そんな幸せな日々が、ある出来事によって一瞬にして崩れ去った。まだ石の防壁がなかった時代に、ウィザブール帝国の周囲に積もっていた雪が崩れ、雪崩が起こったのだ。その時外にいたリックと恋人は、雪崩に逸早く気付くことができたものの、あまりにも急すぎる事態にその場から逃げ出すことができなかった。
足が竦む恋人の前に立ちはだかり、リックは無謀にも雪崩から彼女を守ろうとした。このままではリックも彼女も雪崩に巻き込まれるのが落ちだったが、その時奇跡が起こった。唐突に、リックの中に宿る強大な力が発揮されたのである。
リックの体から眩い光が発されたかと思うと、その光は巨大な壁となり、雪崩を真正面から遮り、押し返した。城下町が雪崩に巻き込まれる事態を未然に防ぐことに成功したのである。だがその反動は大きく、恋人が気付いたときには、リックの体は五体がばらばらになりながらあちこちに吹き飛んでいた。
リックの死に嘆き悲しむ恋人だったが、奇跡はまだ続いた。吹き飛んだ部位が光り出して宙に浮き、一斉に一か所に集まったのだ。そして、千切れた部位の断面がくっつき、リックは元の体を取り戻した。何事もなかったかのように恋人の方を振り向くと、リックは恋人が無事であることを知り、ほっと安堵の息を吐いた。
「リック、今の……」
青ざめながら尋ねる恋人だったが、リックは復活するまでの間意識を失っていたようで、きょとんとした顔を見せた。
「何かあったのか?」
リックが問うと、恋人は何が何やらといった様子で答えた。
「あなた、さっきの雪崩で五体が吹き飛んで死んだのよ。それなのに、ものの数分でばらばらになった体が元に戻ったの」
リックは動揺を隠せなかった。嘘だと最初に思ったが、周辺に飛び散る血、破れている衣服を目にし、彼女が嘘を言っていないのを察した。何より、一部始終を見ていた他の住民達の反応が、自分が復活したという証拠になっていた。
「今の奴見たか?」
「気持ち悪い」
「化け物」
住民達は、一斉にリックを囃し立てた。間髪問わずに騎士達が現れ、騎士達はリックをまるで危険人物でもあるかのように包囲した。
「この男に関わっては危険だ。離れろ!」
騎士の一人が、リックの恋人の腕を掴み、リックから突き放した。あまりにも理不尽な別れ方に、リックは慌てて弁明した。
「俺が何をしたって言うんだ? 人を傷付けるようなことは何一つしていないじゃないか!」
しかし、騎士達は聞く耳を持たず、リックを魔法の縄で縛りつけて連行した。道中、住民達に忌み嫌われるあまり石礫や雪玉を何度も投げつけられた。
布で目隠しまでされて、行き着いた先はアルテリア帝国の城にある牢獄だった。縄で縛りつけられたまま牢屋に放り込まれ、目隠しを外されると、数人のうち一人のアルテリア兵が尋ねてきた。
「どうやって不死身の体を手に入れた?」
「こっちが聞きたい!」
リックはアルテリア兵達を睨み付けながら即答した。そして、「故郷に帰らせてほしい」と願い出たが、アルテリア兵達はこれを拒否した。
「お前は戦争の手駒としての利用価値がある。不死身の体ともなれば、強力な特攻兵になるはずだ」
「何を馬鹿げたことを……! 誰が手を貸すもんか!」
リックは呆れ返りながら首を振ったが、アルテリア兵達はまたしても聞く耳持たずだった。一斉に剣を抜き、アルテリア兵達は剣先をリックに向けた。
「お前は死なない体だが、痛みくらいは感じるだろう? もし逆らう気なら、お前が根を上げるまでその体を刺し続けてやってもいいんだぞ?」
リックは憤慨した。そして、「こんな奴らいなくなってしまえばいい」と強く願ったときだった。またしてもリックの体から眩い光が溢れ出したかと思うと、次の瞬間、眩い光に飲み込まれた騎士達が次々に消滅していった。
気付いたときには、自身の体を縛っていた魔法の縄も消滅していた。自分の身に何が起こったのか分からず、リックは怖くなってその場から逃げ出した。
見張りの目を盗んでアルテリア帝国を離れたリックは、日が沈むまで野原を歩き続け、故郷のウィザブール帝国に帰ろうと港町へ向かった。しかし、リックはそこでもアルテリア兵達による襲撃を受けた。どうやら脱獄による指名手配を受けていたようで、リックはなぜここまで犯罪者扱いされなければならないのか納得がいかなかった。
港町で船に乗るのは無理だと判断し、リックは騎士達を追い払ってまた逃げ出した。指名手配を受けている以上、もうどこにも向かえないと悟り、リックはやむを得ず人目のつかない所で野宿をすることにした。
眠っているときに、リックは夢の中で一人の女性と出くわした。パーマのかかった髪型で、今の時代に似つかわしくないトガを着た女性だった。誰だと問うと、女性はユノと名乗り、説明を始めた。
「私は元々、天上界という下界とは別次元の世界で暮らしていた。お前達が言うところの神に当たる存在だ。
我々は神の責務として、天上界と下界に挟まれる『次元の狭間』の監視をしていた。下界で生涯を終えた者は魂となって天国へ召されるが、下界で悪事を重ねた者の魂は次元の狭間へと迷い込む。その魂が怨念となって、次元の狭間を突き破って天上界へ現れることがあるのだ。
私は此度現れた愚者の魂を次元の狭間へと追い返した。そして突き破られた次元の狭間を閉ざそうとした途端、愚者の魂が私を道連れに次元の狭間へと引きずり込んだのだ。
私は次元の狭間をさまよった。そして、次元の狭間のわずかな抜け道を見つけ、こじ開けたが、その先にあったのは下界への入り口だった。
下界へ降り立った途端、私は魂だけの存在となった。そして為す術もなく、一人の人間の体内に吸い寄せられていった。それがお前の体ということになる」
リックは質問を重ねた。
「俺は一度死んだが、不思議な力で蘇ったんだ。これはお前の力によるものなのか?」
女性――ユノは無言のままうなずいた。怒りが込み上げ、リックはユノの胸倉を両手で掴み上げながら叫んだ。
「頼むから出て行ってくれ! お前のせいで俺の人生は狂わされた! 世間には化け物と忌み嫌われ、帝国の連中には兵器としてしか見られていない! こんな仕打ちを受けるくらいなら死んだ方がましだ……!」
ユノは首を振って言った。
「すまない。私には天上界へ戻る方法が分からない」
リックは憤慨し、ユノの頬を何度もぶん殴った。ユノは罪悪感があったのか、一切抵抗をしなかった。だが、どれだけリックが殴り続けても、ユノの頬にできた傷は一瞬にして回復した。どれだけ怒りをこの女に打ちまけても無駄だと判断し、リックは悲しみのあまり泣き崩れた。
夢から覚めると、リックは自暴自棄になるあまり、大陸の一つでも荒らしてやろうと考えるようになった。空を飛ぼうと思ったら背中から翼が生え、つくづく化け物じみた自分に嫌気が差した。
翼を広げて空を飛び、リックはイースト、ウェスト、サウス、ノース、四大陸を見渡した。そして、気紛れでウェストの大陸を選び、神の力で天候を操った。土砂降り、台風、猛暑、吹雪、それらが立て続けに起こり、ウェストの住人達は他の大陸への移住を余儀なくされた。
こうして、ウェストの大陸を我が物としたリックだったが、途端に虚しさが募った。腹いせに八つ当たりをしたところで何も変わることはないのだと、リックは今更ながら思い知らされた。
それならばいっそ、人のためになることをやろうと考えた。夢の中で神の力についてユノに問うと、「私の場合、空を飛んだり魔法を扱ったりする以外に、不死身の体と、死者蘇生の聖水を作る力が与えられる」と答えた。
「まさに化け物みたいな力だな」
ユノの言葉を聞いたリックは自嘲した。そして、開き直って決意を新たにした。
「いいさ。化け物らしく生きてやる」
そう決めてから、リックはまず自分の過ちにけじめをつけようと考えた。ウェストの大陸へ向かい、災害から逃れられずに命を落とした人達を聖水で蘇生させた。そして、ウェストの寝床を失った人達のために、戦争に明け暮れているアルテリア帝国とバルドロス帝国の王を脅迫して支援を要請しようとした。
いざイーストの大陸に向かってみると、二国は建軍し、相も変わらず戦争を始めようとしていた。まずはこの戦争を止める必要があると思い、リックは戦線のど真ん中に空を飛んで移動した。二国の兵達の注目が集まり、今にも衝突しようとしていた兵達の足が止まった。
リックが右手を頭上に上げると、巨大な光の剣が現れた。それを手に取ると、リックは大陸を横一文字に断ち割った。アルテリア帝国軍とバルドロス帝国軍の間に崖ができ、お互いに突撃することができなくなる。うろたえる兵達に向かって、リックは空を飛びながら叫んだ。
「両国の王にも話を付けてくる。これ以上無意味な戦争は止めろ! それでもなお戦争を続けたければ、俺の屍を越えてからにしろ!」
兵達は何もすることができず、呆然と立ち尽くしたままだった。このまま放っておいても問題ないと見切りをつけ、リックは両国の城へ飛んでいった。
城の中には護衛兵が多くいたが、リックはそのことごとくを払い除け、王のもとへ向かった。そして王と対峙すると、リックは最初に、自身の力について語り始めた。この力は神の魂によるものであること、神が天上界と呼ばれる別次元の世界から下界に舞い降りたということ、下界に舞い降りた神が魂となって自分の体内に吸い寄せられたということ、神との対話は眠っているときにしか行えないということ、自身には死者を蘇らせる聖水を作る力を持っているということ……。
神の魂に関する情報の全てを伝え終えると、リックは神の力を使って王を脅し、二つのことを要求した。一つは、帝国同士の馬鹿げた戦争を終わらせること。もう一つは、ウェストの災害で寝床を失った者達を最優先で支援すること。成し遂げられなければ王の首を跳ねると念入りに脅しつけ、両国の王はこれを了承した。
それから数か月が経ち、リックが要求した通り、帝国同士が戦争を終わらせたことを確認した。ウェストの寝床を失った人達も、今は他の大陸で何不自由なく生活ができているようだった。だが、自分がウェストから離れられず孤独なままなのは変わらず仕舞いだった。
これから先、たった一人で生きる覚悟はできていたが、一つだけ未練があった。ウィザブール帝国で騎士達に連行されてから、恋人にまだ会うことができていない。一度だけでも会いたいと考え、リックは深夜に空を飛んでウィザブール帝国に向かった。
恋人の家に向かうと、恋人は夜遅くの訪問であるにもかかわらず歓迎してくれた。すぐ家の中に入れてもらうと、リックは恋人に、騎士に連行されてからの一部始終を話した。そして、神の魂が宿った以上、もう共には暮らせないと告げた。
「これからどうするの?」
恋人が尋ねると、リックは決然たる顔で答えた。
「ウェストで一人で暮らす。そこで、俺にしかできないことを続けるよ」
「それって、死者を生き返らせる聖水のこと?」
「あぁ。今後、万が一多くの命が奪われるようなことがあったときのために」
リックは恋人に別れを告げると、恋人の家を出て、翼を広げてウェストの大陸へと戻っていった。
それ以来、リックが恋人の前に現れたことはなかった。恋人はリックのことが忘れられなくて、ウィザブール帝国から、よりウェストの大陸に近い所にある村ルクラーカへ引っ越した。
ルクラーカで、神の力欲しさに帝国の騎士が何度かウェストに向かって行くのを恋人は目撃したが、そのことごとくが悪天候で返り討ちに遭っているのを見て、リックはちゃんと生きているのだと安堵した。しかし、いざ恋人がウェストに向かおうとしても、リックは口すら利こうとせず、騎士に対してと同じように悪天候で恋人を追い払うばかりだった。
リックと関係があると帝国の騎士に勘付かれたら、恋人が危険な目に遭うのを懸念しての行為だと理解はしていたが、それでももう二度と会えないというのは恋人にとって耐え難いことだった。諦めきれずに何度もウェストに向かおうとしても、結果が変わることはなく、恋人は無念のあまり泣き崩れた。
* * *
「――あれから、ご先祖様がリックさんとの再会を果たしたことはない。それでも、ご先祖様とリックさんとの間に子供を授かっていたのがせめてもの救いだった。それから今に至るまで、リックさんと神の話は代々語り継がれてきたというわけだ」
一通り語り終わった後、老人はすっかり冷えたココアを飲み干した。
その一方で、ラースはココアが残ったコップをテーブルの上に置いたまま、失意のあまりうつむいていた。自分の中に宿った神の力は、化け物であるも同然なのだと思い知らされたからだ。リックがアルテリア兵を消滅させたように、無意識に神の力が引き出されたらどうしよう――そう考えただけでも背筋が凍りつく思いだった。
「ラース、大丈夫?」
絶望するラースを見かねてりんが声をかけると、ラースは暗い表情をそのままに口を開いた。
「元々、俺は自分が何のために剣を振るのか、人を殺さずして守れないものが何かを知りたくて旅をしていた。そして実際に人を殺して、やっぱり剣は人を傷付け殺める兵器でしかないって思い知った」
ラースは苦悩のあまり頭を抱えた。
「もう二度と剣を振りたくないって願っても、神の魂が宿っている以上、俺はリックのように、いずれまた人を殺してしまうかもしれない。俺が、俺自身が兵器になったようなもんだ。俺は、どうやって生きたらいい?」
救いを求めるようなラースの問いに対し、りんはすぐに答えを導き出すことができなかった。
「……人を殺すかもしれないって分かった以上、二人の側にいない方がいいよな」
そう言って椅子から立ち上がると、ラースは振り返ることなく家を飛び出してしまった。
「あの調子だと、リックさんと同じ末路を辿るかもしれないね……」
老人が心配そうに言った。それは嫌だと思い、りんはすぐにラースの後を追った。
外に出てみると、外はすっかり夜空に包まれ、肌寒い風が流れていた。辺りを見渡すと、まだ老人の家からそこまで離れていない所にラースが立っていた。
「何でついて来た?」
りんの存在に気付いて尋ねるラースに対し、りんは「放っておけないからよ」と即答した。
「さっきのじいさんの話を聞いただろ? 俺は人を殺しかねない力を持っているんだ。俺の近くにいたら、いつあんたを殺してしまうか分からない」
卑屈になるラースに対し、りんは首を横に振って反論した。
「いいえ、殺せないわ。あなたは私達を殺そうと思っていない、そうでしょ? さっきの話でも、リックさんは恋人を殺すようなことはしなかった」
今度はラースが首を振った。
「けど最終的に、リックは恋人と距離を置く選択をした。騎士に関係を感付かれないようにっていう理由以外に、意図せず恋人を殺してしまうかもしれないっていう懸念があったはずなんだ」
りんは引き下がることなく言葉を返した。
「例えその懸念があったとしても、そんなの独りよがりでしかないわ。リックさんも災害の被害者を生き返らせたり、帝国同士の戦争を終わらせたりしていたじゃない。意識一つで生き方は変えられるのよ」
ラースはふっと鼻で笑った。
「被害者を生き返らせたのも、たまたまそういう力を持ち合わせていただけだろ? 戦争を止めたのだって、結局は力に物を言わせただけだ。それに何より、アルテリア兵を消滅させたり、自暴自棄になってウェストに災害を起こしたりしたのはどう説明がつく?」
りんはとうとう反論できずに黙りこくってしまう。
「俺も同じ化け物なんだ。神の力を使わずとも人を殺してしまうくらいだから、なおさら危険な存在なんだ。だから、もう俺とは関わらない方がいい」
ラースの警告を聞いても、りんは頑なに首を振った。
「できるわけない。それはあなたの本心じゃないもの」
「そんなことは……」
ラースは否定しようとしたが、自身の頬に一筋の涙が流れていることに気付いた。
「あなたが道を踏み外すようなことがあれば、私が正してみせる。仮にあなたが私を傷付けるようなことがあっても、私は一向に構わない。あなたが一人で悩みを抱え込む必要なんてないのよ」
りんの懸命な説得に、ラースは目頭が熱くなるのを感じた。歩み寄ってくるりんを、ラースはもう突き放そうと考えはしなかった。
りんに手を引っ張られながら老人の家に戻ると、ラースは老人に、勝手に家を飛び出したことを詫びた。老人は「大丈夫だよ」と言って優しく微笑んだ。
ココアの入っていたカップを片付け終えると、老人は暖炉の火を消して寝る準備を始めた。寝室に向かう間際、老人はラースに柔和な顔を向けて言った。
「人を殺したって言っていたから調べてみたけど、ラース君、君は指名手配を受けているんだね。ならなおさらこの家にいるといいよ。外に出て騎士達の目に留まったりしたら大事だからね」
老人の寛容な心遣いに、ラースは頭を下げて礼を言った。
その後、ラースとりんは屋根裏部屋に上り、横になってくつろいだ。だが、眠りにつくことはしなかった。またラースが夢の中で神に襲われるかもしれないという懸念があったからだ。
これまではどうにか仲間に起こしてもらって命を救われたが、次に襲われたときにはどうなるか分かったものではない。うたた寝しないようりんに見張ってもらいながら、ラースは自分の中に宿る神とどう向き合えばよいか考えることにした。
「眠れば殺されてしまうかもしれないなんて、酷な話よね」
黙考を続けているラースに向かって、りんが気の毒そうに言った。ラースはこくりとうなずいた。
「あぁ。だから次に神と会ったときに話し合えるように、神との向き合い方を考えなきゃいけねえ。きっと、いつまでも拒んでばかりじゃ駄目なんだ。それに、セラも神の力について知ったら、同じことで苦悩することになるだろうから」
「セラちゃんも、か……」
突然、りんは突拍子もないことを尋ねてきた。
「ラースとセラちゃんって、付き合っているの?」
ラースは目を丸くし、慌てて否定した。
「違うって。ここしばらく共に旅をしてきた仲間だけど、好きだとかいう特別な感情はない。ていうか分かってて言ってるだろ、それ」
「あら、ばれちゃった?」
りんはクスクスと笑って言った。
「ラースったら、アルテリア城で夕ご飯を食べていたときなんか、私に見惚れっぱなしだったもんねー」
ぐうの音も出ないとはまさにこのことだと思いながら、ラースは頬を赤らめた。
「ごめんね、ちょっとだけからかいたくなっちゃった。少しは肩の力抜けた?」
「……おかげさまでな」
ラースは皮肉を込めて礼を言った。
「やっぱり、私はあなたのことを兵器だなんて思わない。私にとっては仲間想いで、ちょっぴり間抜けでからかいがいのある人だわ」
「褒めてんのか貶してんのかよく分かんねえな」
互いに目を合わせ、二人はおかしさのあまり吹き出して笑った。
それから、ラースとりんは神とどのように向き合っていくべきかを話し合った。りんはラースを兵器だなんて思わないと言ってくれたが、それはあくまで仲間内の話だとラースは答えた。少なくとも、セラを連れ去ったクリードとゼブラを相手に神の力を抑制できるか、ラースには自信がなかった。リックのように意図せず人を殺してしまうかもしれないと、ラースは不安を打ち明けた。
「ラースは、神の力を剣と同じ兵器だって考えているのよね?」
りんの問いに対し、ラースはこくりとうなずいた。
「私、兵器としてではない生き方の答えはそこにあると思っているの。だって、ラースが剣を振ったのって、人を殺したときが初めてじゃないんでしょ? 少なくともバルドロス城でクリードと戦っていたときは、あなたは剣で傷付ける戦い方をしていなかったわ」
りんの言葉を聞き、ラースははっと気付かされた。地元のリバームルで荒くれ者達と戦っていたときも、セラを助ける上で騎士達と戦っていたときも、カダルナ港で犬の複製達と戦っていたときも、自分は確かに命を奪う戦い方をしてこなかったのだ。
「りんの言う通り、意識一つで本当に生き方を変えられる? 兵器として人を傷付けずに済む?」
ラースの問いに対し、りんは少し悩んだ末、答えた。
「あなたの意志次第だと思うわ。神の力を、人を殺すために絶対使わないっていう意志の強さ」
「意志の強さ、か……」
そうなると、なかなか大変なことだなとラースは感じた。何故なら、旅立つ際に人を斬るために剣を振らないと決心していながら、人を自らの意志で殺してしまったからだ。
人を斬り殺したときのように、一時の感情で神の力を使ってしまうかもしれないのであれば――いっそのこと、神の力を使わないという考え方そのものを改めるべきだとラースは考えた。神の力を使わないのではなく、自分が何のために神の力を使うか、その答えを導き出さなければならないと考えた。
兵器として人を傷付けるためではない。リックが恋人を庇って雪崩を止めたように、守るべきもののために神の力は使うべきなのだ。人を殺傷することなく、ただ守るべきものを守ればいいのだという考えに、ラースはようやく至った。
「……盾になればいいんだな」
「え?」
「兵器としてではない別の生き方だよ。神の力を使わないんじゃなくて、いっそ人を殺さない方法で神の力を使えばいいんだって、気付いたんだ」
ラースは苦々しげに言葉を続けた。
「俺は、自分が何のために剣を振るか、そうでもしないと守れないものが何か、その答えが知りたくてバルドロス帝国の連中を殺した。結局これまで通りの人を斬らない考え方に行き着くのなら、俺の旅自体も無駄なものだったのかもしれないな」
りんは首を横に振った。
「容認はできないけど、人を殺したからこそ分かったこともあるんでしょ? 私は、あなたのこれまでの旅路が無駄だったとは思わないわ」
「りん……ありがとう」
目に涙を浮かべながら、ラースは礼を言った。りんは返事の代わりににこりと微笑んだ。
「りん、頼みがある」
潤んだ目を腕で拭きながら、ラースはりんに言った。
「今から眠って、もう一度神に会ってみる。そして、神の力を拒まないって話してみる。リックが神と話すことができていたから、俺も神と話し合うことができないか、試してみたい」
「もし神が聞く耳を持たないでまた襲ってきたら?」
心配するりんに対し、ラースは決然たる顔で答えた。
「その神に俺の体を乗っ取られる可能性がある。その時は、神が暴れ出す前に俺の喉を刺し貫いて、殺してほしいんだ」
りんははっと息を呑んだ。
「無茶なこと言わないでよ。あなたが無事でいる保証なんてないくせに」
「善処はする。それに、もし今のままろくに神の力を扱えないようじゃ、ウェストの大陸に向かえるはずがない。セラを救い出すためにも、避けては通れないことなんだ」
りんは反論しようとしたが、やがて観念したように「分かったわ」と返事した。
「死なないでね、ラース」
ラースが眠りにつこうとしたとき、突然りんに片手を握られ、指を絡められた。ラースはまごついたが、激励してくれているのだと気付き、返事の代わりにりんの手をぎゅっと握り返した。
何時間も夜更かしをしていたからか、眠るのにさほど時間は要さなかった。ラースが再び目を開けると、真っ暗闇な空間の中で、仰向けに倒れていることに気付いた。自身の体に目を向けると、姿形がはっきりと見えたので、ここは自分の精神の中なのだと理解した。
「聞こえているか、神!」
ラースは立ち上がり、辺りを見渡しながら叫んだ。
「俺はあんたの存在を拒まない! 俺はあんたと話し合いがしたい! いるなら姿を見せてくれ!」
途端、背後から何者かの気配を感じ、ラースは振り返った。そして、見つけた。ラースは、古風な兵士の格好をした神と相見えた。
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