二
ラースがノースの海に漂着しているのをりんが見つけ出してから、二人は行動を共にしていた。日が沈むまでの間、二人は防寒着に着替え、山の雪道をひたすらに登り続けていた。
今着ている防寒着は、りんがレクライナという港町を見つけ、そこで買ってきてくれたものだ。その時に店の人達から聞いた話なのだそうだが、港町レクライナから西へ向かうには、北にある山道を登っていかなければいけないらしい。しかもその山道は極寒の雪原で、並の服装で向かおうものなら凍え死んでしまうとのことだった。今でも絶えず雪が降り続けており、寒々とした風がラースの頬を幾度となく刺してくるかのようだった。
「もうすぐウィザブール帝国に着くはずなんだけど……」
防寒着と一緒に買った地図を広げながら、りんは呟いた。地図によると、港町レクライナから山道を登っていくとウィザブール帝国に辿り着き、そこから西に歩いて山道を下っていけば、ノースの最西端にあるルクラーカという村に辿り着く。何度か休憩を挟んでいたとはいえ、かれこれ半日近くは歩いてきたのだから、確かにウィザブール帝国くらいは見つかってもおかしくないとラースも思った。
このまま見つからず仕舞いなら野宿もあり得るなと考えていたところ、そんな二人に吉報が訪れた。ずっと続いていた上り坂が終わり、雪道が平坦になったのだ。つまり、登れるところまで山道を登ってきたということになる。そろそろウィザブールに着くかもしれないとりんに呼びかけようとしたところ、りんも同じことを考えていたようで、言葉の代わりににこりとラースに微笑みかけていた。
空はすっかり暗くなっていたが、そのおかげでウィザブール帝国を見つけ出すのに時間を要さずに済んだ。また少し道なりに歩いていくと、カーテンライトで彩られたウィザブール帝国の城下町が見えた。城下町の周りは石の防壁で覆われており、積もった雪が雪崩れることがないように工夫が施されていた。
「中に入って、宿屋を探してみましょ!」
そうラースに呼びかけると、りんは一足先に城下町へと向かっていった。すぐに後を追おうとしたが、先程りんが教えてくれたことをラースは思い出した。
今、クリードやゼブラと同じように、自分も指名手配を受けているのだ。だから、変装もなしに出歩くのは危険すぎると、りんは変装用にニット帽とマスクを買ってくれていた。それらを着けると、ラースは駆け足でりんの後を追った。
城下町の外観は、アルテリア帝国ほど煌々とはしていなかったが、これはこれで趣があるなとラースは感じた。雪の降り積もった建物に色とりどりのカーテンライトが沢山取り付けられており、まるでクリスマスツリーを眺めているかのようだった。奥を見通せば、青の旗がはためく壮大な城が見え、ラースは思わず見入ってしまった。
「もう、早くしないと置いていくわよ?」
呼び声が聞こえ、ラースははっと我に返った。前を見ると、りんがむすっとした表情をしながら待ち構えていた。
「ああ、悪い」
謝りながら駆け寄ると、りんは表情を緩ませてふふっと微笑んだ。
「何だかほっとしちゃった。思っていたよりもあなたが思い詰めていないみたいで」
自分が人を殺したことを言っているのだろうと察し、ラースは不安を打ち明けた。
「気のせいだよ。俺がしでかしたことは間違いなく悪そのものだったんだ。今はセラを助けることを第一に考えようとして気を紛らわしているだけで、それがなければいつ正気でいられなくなるか……」
りんは突然にっと笑って言った。
「なら、そんなあなたを匿おうとしている私も十分悪者ね」
「そんなことは……」
「いいのよ、平気。それよりも、あなたが正気でいてくれることの方が大事よ。あなたの言う通り、まずはセラちゃんを救うことだけを考えた方がいいわ」
ラースはこくりとうなずき、そして「ありがとう」と礼を言った。
それから雪道を少し進んだところで、ラース達は宿屋を発見した。中に入ってみると、ダイニングルームのない、フロントと小部屋だけの小さな所だったが、人目につかない意味ではかえって好都合だった。
「お二人様、ツインでよろしかったですかな」
受付の男から鍵を受け取ると、りんは代金を支払い、ラースと一緒に小部屋へ入っていった。
小部屋の中にはシングルベッドが二つ、そして脇にトイレ付きのユニットバスがあった。ベッドの奥の壁には暖炉があり、防寒着を着ずとも暖を取れるようになっていた。
「私、城下町で何か夕食を買ってくるわ。ラースは先にシャワーでも浴びて待ってて」
そう言うなり、りんは鍵をラースに渡して部屋を出て行った。至れり尽くせりで申し訳ないなと思いつつ、ラースは着ている物を全て脱いでシャワーの栓をひねった。
りんが自分に尽くしてくれるのは、きっと少しでも気を紛らわさせるためだろうと思ったが、そう簡単に人を殺した事実を一時でも忘れられるほど、ラースは単純な思考回路を持ち合わせてはいなかった。宿屋に入るまでにすれ違った住民達、そして受付の男、誰かが自分の殺した者達と繋がりがあったかもしれないと思うと、怯えずにはいられなかった。
壁の棚に置かれたシャンプーを取ろうとしたとき、ラースは自身の手が恐怖のあまり震えていることに気付いた。どれだけ気を紛らわそうとしても、人を殺した罪悪感が完全に消えることはない。恐らく一生消えないものなのだと痛感する。シャワーの湯を全身に浴びながら、ラースは自身に言い聞かせた――気を紛らわすのではなく、自分は罪と向き合っていかなければならないのだと。
バスルームから出て着替え終えたところで、丁度りんが部屋に戻ってきた。りんの両手にはサンドイッチが一つずつ握られていた。片方のサンドイッチを受け取ると、ラースはベッドに腰掛けて一口食べた。りんももう一台のベッドに腰掛け、サンドイッチを口にした。
新鮮で美味しいはずなのに、ラースはなぜだか吐き気を催した。罪悪感のあまり、胃が食べ物を受け付けてくれないのだと察した。無理に飲み込んで最初の一口を食べ終えるも、次の一口に行く気にはなれず、ラースはサンドイッチを手に持ったまま、両腕をだらんと下げた。
「大丈夫、残すことはしないよ」
心配そうに見つめるりんに対し、ラースは無理に笑って言った。これ以上りんに迷惑はかけられないと思うと、自然と食欲も湧いてきた気がした。勢いのままに二口、三口と口に運び、ラースはどうにかサンドイッチを平らげた。
「……俺、りんに謝っておかなきゃいけないことがある」
暖炉の側に置いてあったマッチに火を付け、暖炉の薪に放り投げながら、ラースは言った。
「りんが俺に気を遣ってくれているのは分かるけど、やっぱり俺、人を殺した罪を蔑ろにはできない。何があろうと俺の罪が消えることはないんだ。だから、俺は自分の罪から目を背けないことに決めた」
サンドイッチを食べる手を止め、りんは深刻な表情をして言った。
「そう簡単にできることじゃないと思うわ。最初にあなたを海辺で見つけたときも、あなたは夢の中で何度も謝っているように見えた。夢の中でも罪悪感に苛まれていたんじゃない?」
りんの言う通りで、ラースは返事の代わりにうなずいた。
「あなたの覚悟は立派だと思うわ。でも、それで気がおかしくなるんだったら本末転倒よ。あなたの様子を見る限りだと、今は生真面目に考えない方がいいと私は思う」
どんなにごもっともだと思っても、ラースは意志を曲げることなく言った。
「それでも、目を背けるわけにはいかないんだ。俺が殺した人達に少しでも報いるためにも」
「……頑固な人」
半ば呆れながらも、りんは励ますように言った。
「何も、一人で抱え込む必要はないからね。悩みを打ち明けてくれるだけでも大丈夫だから。少なくとも私はあなたの味方よ」
罪人である自分に親身になってくれることがありがたくて、ラースは思わずほろりと涙を零した。どうやら、人を殺してしまって以来、涙腺が緩くなってしまったらしい。
「水無月りんはいるか!」
突然、怒鳴り声と共に、部屋のドアを強く叩く音がこだました。ラース達は仰天して一瞬固まったが、すぐにりんが機転を利かせてラースに耳打ちした。
「ラース、あなたはバスルームの中に隠れてて。私が行ってくる」
ラースは無言のままうなずき、バスルームの中に入って扉を閉めた。りんはサンドイッチの残りを平らげ、玄関の扉を開けた。
「騎士様が何か用かしら? 今からシャワーを浴びるつもりだったんだけど」
ラースはバスルームの扉に耳をくっつけて聞き耳を立てた。どうやら騎士と話をしているらしい。
「指名手配犯のことは知っているだろう。クリード、ゼブラ、そしてラース・オルディオがどこかに身を潜めていると」
あえてラースの名前を強調して呼んだ辺り、どうやら騎士はラースがここにいると疑っているようだ。
「それがどうかしたの?」
「そこで、お前に問いたい。なぜお前一人しかいないのに、ツインルームを借りているのだ?」
「理由をいちいち話す必要があるのかしら?」
「無論だ。中にラース・オルディオがいるのだろう? お前達ニンジャは、今やあの男と良好関係にあるからな」
やはりそうだとラースは確信した。ここまで来られると、ラースはもはや逃げ場がないも同然だ。今はりんに命運を託すしかなかった。
「その通りです……って言ったらどうするつもり?」
強気に挑発するりんに対し、騎士は怒鳴り声を上げて即答した。
「部屋の中を捜索させてもらう! 阻むならば、貴様も公務執行妨害で罪に問うぞ!」
りんは臆することなく言い放った。
「構わない。ラースを助けるって決めてから、とっくに腹は括ってるわ」
突然、バチンと火花が勢いよく飛ぶような音がしたかと思うと、次にごとりと重い鉄が地面に落ちる音が聞こえた。
同時に、りんと騎士の会話も途絶えた。りんにバスルームの扉を開けてもらうと、騎士数人が床に倒れてひくひくと痙攣しているのが見えた。どうやら、忍術か何かを使って気絶させてしまったようだ。
「ごめんなさい、うかつだったわ」
ラースがバスルームから出てくるなり、りんは最初に謝った。
「この騎士達に感付かれたのは、多分私が夕食を買いに行ったせい。皆と別行動を取った時点で、私自身も警戒しなければいけないって気付くべきだった」
「皆と……? アルテリア帝国ともか?」
てっきりバルドロス帝国の騎士だと思っていただけに、ラースは怪訝な顔を浮かべた。騎士の剣を調べてみると、確かに『アルテリア帝国』という刻印が刻まれていた。
「私、なぎさ様達を裏切ったのよ。昨日限りまで手を貸すっていう約束を押し退けて。アルテリア帝国が私のことをどう思っているかは分からないけど、さっきの態度を見る限りだと、良く思われてはいないみたいね」
りんの言葉を聞いて、自分がりんを巻き込んだのだと認識し、ラースは「ごめん」と謝った。
「何であなたが謝るの? これは私自身の決断よ。だから変に自分を責めないで」
りんは宥めるように言った。そして、気絶している騎士達に目を向けながら、りんはラースに呼びかけた。
「一刻も早くここを出ましょ。騎士達に感付かれた以上、もうこの部屋には長居できないわ」
ラース達は身支度をし、暖炉の火を消して部屋を後にした。りんが「シャワーくらいは浴びたかったんだけど……」とぶつぶつ不満を言っているのを、ラースは聞かなかったことにした。
当惑した様子の受付の男に鍵だけを渡し、ラース達は急いで宿屋を飛び出した。だが、既に遅かった。外に出ると、五、六人ほどの騎士が宿屋の前で待ち構えていた。
「ラース・オルディオだな! 殺人の罪で身柄を拘束する!」
騎士達は一斉に剣を抜き、じりじりとラース達に詰め寄った。
ラースが剣を抜こうとしたとき、ぞくりと背筋が凍るのを感じた。剣の柄を握った途端、人を殺したときの記憶が脳裏をよぎったからだった。
もし騎士達と剣を交えれば、自分は騎士達を傷付けてしまうかもしれない。殺してしまうかもしれない。この瞬間、ラースは自分が戦うことに憶病になっていることに気付いた。戦わなければ騎士達に捕まってしまうが、戦えばまた血を見ることになるかもしれない、その葛藤のあまり、ラースは人目もはばからず呻き声を上げた。
騎士達が動揺する。その一方で、りんはラースがまたパニック状態になったのだと理解した。葛藤を続けるラースの前に立ちはだかり、りんは印を結んだ。すると、りん達と騎士達の間に炎の壁が現れた。めらめらと燃え盛る炎を前に、騎士達は接近することができずにいた。
「大丈夫よ、ラース。無理に戦う必要はない。戦いたくなかったら逃げればいいのよ」
ラースの剣を握る手にそっと手を乗せ、りんはラースを宥めた。ぐしゃぐしゃになっていたラースの心が少しだけ落ち着いた気がした。
目配せをすると、りんはラースの手を掴んで、城下町の入り口の方へ走り出した。騎士達が追いかけようとしてきたが、りんはそれを許さなかった。もう一方の手で印を結ぶと、騎士達の目の前に二つ目の炎の壁が現れ、騎士達は行く手を阻まれた。
城下町を出ようとした途端、ラース達は道端で商いをしている商人に目が行った。
「雪原を下るのにスノーボードはいかがー? 速く雪原を下れるよー!」
りんは迷わずお金を差し出した。
「それ、ください! 二人分!」
「ほい、きっかり二人分ねー!」
商人から手早くスノーボードを受け取ると、りんは城下町を出て早速スノーボードに乗る準備を始めた。
「これで一気に雪原を下るわよ! 騎士達が追ってこないうちに!」
ラースもりんに続き、受け取ったスノーボードを地面に置いて、足を留め具で固定した。つるつると雪道を滑っていき、ラース達は西の下り坂をまっしぐらに下っていった。
雪原の坂道を下り終えるのに、一時間ほどしか時間を要さなかった。最初に歩き始めてからウィザブール帝国に辿り着くまで半日ほどかかったことを思うと、スノーボードは非常に便利な乗り物だなとラースは感じた。坂道を越えてからはスノーボードが荷物になったが、追っ手をまくのには十分なスピードだった。
しばらく平坦な道を歩いていくと、次第に雪原も越え、また野原が広がるようになった。りんが地図を広げて確認すると、もうすぐ次の目的地であるルクラーカに到着することが分かり、ほっと安堵の息を吐いた。
長らく歩いてきてさすがにくたびれていたが、もう少しで村に辿り着けることを思うと、もう一踏ん張りできる気がした。道なりに歩き続けていると、ラース達はようやくルクラーカに辿り着くことができた。
ルクラーカに着いて最初に出迎えてくれたのは、羊だった。村には民家や畑以外に、柵に囲まれた大きな牧場があったが、その牧場を抜け出した羊が一匹、迷い込んで村の入り口までやって来たようだった。
「すまないね、その子を捕まえてくれて」
次に、物腰柔らかな男の老人が駆け寄ってきた。老人は手にしている杖でちょんちょんと羊の尻を小突きながら、羊を牧舎の中へ誘導していった。
「あの、すみません!」
羊の誘導をする老人の後を追いながら、りんは声を上げて呼び止めた。
「私達、泊まれる宿を探しているんです。この村に宿屋ってありませんか?」
羊の誘導を終えた後、老人はにっこりと優しく微笑んで言った。
「この村には宿屋はないね。けど、私の家であれば二人くらいは泊まれるスペースがあるよ。今夜はもう遅いし、うちで泊まっていくといい」
「ありがとうございます!」
りんは頭を下げて礼を言った。そして、後からやって来たラースに手でオーケーサインを送った。
牧舎の鍵を閉めると、老人は早速ラース達を家へ連れ、中へ招き入れた。老人の家はログハウスだった。壁や床だけでなく、テーブルや椅子も丸太の木を切り抜いて作られており、まるで自然木をくり抜いた空間の中にでもいるかのようだった。奥の方には暖炉が見え、住む地域の違いを感じさせられた。
老人の言う泊まれるスペースとは、屋根裏部屋のことを指していた。丸太のはしごを上っていくと、確かに二人くらいがくつろげるスペースがあった。布団こそなかったものの、くつろげる空間があるだけでも、ラース達にとってはありがたい限りだった。
「何か、夕ご飯になるものでも作ろうか? それともお風呂にするかい?」
屋根裏部屋に荷物をどさりと置いていたところ、下から老人の声が聞こえた。シャワーだけでも浴びたいと思っていたりんだけ、お風呂を貸してもらうことにした。ラースは「ご飯はもう済ませた」と遠慮したが、老人があったかいココアの入ったカップを持って来てくれたので、椅子に座ってありがたく頂くことにした。
「何から何まで悪いな、じいさん」
ココアをすすりながら礼を言うと、老人も椅子に座りながら、大したことじゃないとばかりに首を振った。
「うちの大事な羊を捕まえてくれたお礼も兼ねてだよ。それに、私は君達に興味があるんだ。こんな辺境の地まで客人が訪れることなんて、滅多にないからね」
にやりと意地悪に笑った後、老人は確信を突く言葉を投げた。
「ウェストに行こうとしているんだろう?」
ラースの表情が固まるのを、老人は見逃さなかった。
「当たりだね。しかも、ウェストの悪天候を承知の上で、君達はウェストに向かおうとしている。何か理由でもあるのかい?」
透き通った瞳で全てを見透かされているような気がして、ラースは正直に打ち明けることにした。
「悪い連中に脅されているんだ。さらわれた仲間の命が惜しければ、ウェストにある聖水を持って来いって」
「おや、聖水のことを知っているんだね? そのことは二大帝国にしか伝わっていないはずなんだがね」
「その悪い奴らが、二大帝国に関わっていた奴らなんだよ。……俺は、とある男に噂話として教えてもらったんだけど」
話しながら、ラースの中で疑問が生まれた。二大帝国にしか伝わっていないという話が本当なら、なぜあの黒マントの男は聖水のことを知っていたのだろう?
「ていうか、何であんたまでもがそんなことを知っているんだ?」
ラースが気になって問うと、老人はココアを一口すすってから、語り始めた。
「そもそも、聖水はどのように作られているか知っているかい? 自然に湧いているわけじゃなくて、神の力を持った人間が人為的に作っているのさ。
そして、その人物と私のご先祖は恋人関係にあったんだ。神の力を持った人物は、二大帝国だけでなく、恋人にも神の力について秘密を話してくれた。私が大方の話を知っているのは、ご先祖が代々その話を語り継いでくれたからってわけさ」
初めて聞く話ばかりで、ラースは思わずぽかんと口を開けていた。
「……『神の力』と聞いて訝しがらない辺り、君達も神の存在については知っているみたいだね。君かあの綺麗な子か、どちらかが神の力を持っていたりするのかい?」
ラースは正直に話した。
「俺が、神の魂を宿す者らしい。実感は湧かないし、今まで一度も神の力を使った試しがない。寝ているときに、夢の中で謎の男に何度か殺されかけたことはあるが……」
老人はふむと難しい顔をした。
「神が殺しにかかるとは、イレギュラーなことだね。けど、夢の中で人外の存在に何度も出会ったとなれば、君にも神の魂が宿っているというのは本当のことのようだ」
「じいさん、教えてくれないか? 神って一体どういう存在なんだ? 何で俺達の体の中に宿っているんだ?」
ラースが問い詰めたとき、風呂に入り終えたりんが奥の部屋から戻ってきた。改めて礼を言うりんに対し、老人は「丁度良かった」と呼び止めた。
「せっかくだから、君にも話してあげよう。神の存在について。とは言っても、私が知っているのはご先祖様の恋人だった男の話しかないけどね」
りんは神妙な顔をしながら、ラースの隣に腰掛けた。
「さて、何から話そうかな……」
椅子から立ち上がり、暖炉に火を付けながら老人は呟いた。
「まず断っておくと、神の魂を宿す者にとっては心苦しい話になると思う。何せ今から話すのは、神の力を持ったが故に、人として生きるのを諦めた男の話だからね」
老人の言葉を聞いても、ラースの意思が変わることはなかった。
「構わない。教えてくれ、じいさん」
そう言うと、老人は「分かった」と言って、また椅子に座った。
「では、私が知っている男の話をしよう。今から数百年も前になる話だ――」
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