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Walk Hand in Hand  作者: 阿瀬 ままれ
第四章 得体の知れない生物
25/66

 ゼブラ達に逃げられてしまった後、ラース達は巨鳥のトトが目を覚ますまで、海の上でずっと見守っていた。セラがゼブラに受けた傷を治してあげたかいもあってか、十分ほどして、トトは無事に意識を取り戻した。

 トトが目を覚ますなり、キルバードはイーストにある港町まで乗せて行くことを提案してくれた。ノアールの森でラース達を運んだときは、目立つようなことはしたくないと、コナン帝国まで連れていくことを避けていたものの、今回はそんな悠長なことも言っていられないとのことだった。何より、連続して傷を癒す能力を使い、セラの体力もかなり消耗してしまっていたので、なおさら運ばないわけにはいかなかった。キルバードの指示に応じ、トトは速やかにラース達を乗せ、濡れた翼でふらふらとイーストの港町――パレル港まで飛んでいった。


 じりじりと照る日差しの中、次第にパレル港の船着き場が見えてきた。イーストの港町なだけあってか、船着き場には十隻以上もの大船が留められていた。よく見てみると、脇の方に一隻だけぞんざいに放置された小船があり、敵はあの船で逃げたのだとラース達は察した。

 空から船着き場をぐるりと見回したものの、ゼブラ達の姿はすでになかった。少なからず目撃者はいるはずだとラース達は考えたが、すぐにその可能性も潰えていることを悟った。

 パレル港には、宿屋や酒場、貿易商人らの店が一箇所に集まった巨大な施設があり、船着き場と住宅地の間に挟まれるように建てられている。そして、大きな荷物を外に運ぶ手間を省くため、住宅地にある大きな表口とは別に、船着き場へ直接出入りできるゲートが設けられている。つまり、船から降りて船着き場にあるゲートからパレル港を出てしまえば、巨大な施設や住宅地にいる人達の目に付くことがないのだ。

 不審者を通さないためにも、船着き場のゲートには二人のアルテリア兵が配置されていたが、ラース達が駆けつけたときには、すでにゼブラの魔法でぐっすりと眠らされていた。足元に残っていた車輪の跡を見ても、敵が馬車でパレル港から離れたことは明らかだった。

 トトに乗って追いかけようとラースは提案したが、無理してラース達をパレル港まで運んだからか、トトの体力は限界に達してしまっているようだった。走って馬車に追いつけるはずもなく、ラースは一縷の望みが儚くも砕け散っていくのを感じた。


「ひとまずは、ビックスとウェッジがここに来るのを待っていよう」


 トトを船着き場の脇に休ませた後、クレスは落ち込んだ様子のラース達に言った。


「僕達も濡れた服を着替えないといけないし、荷物も馬車の中に置いてきたままだしね。二人が今からカダルナ港を離れたとしても、一時間あればパレル港まで渡れるはずだよ」


 指を突き上げながら、キルバードはクレスの言葉に付け足した。


「それと昼飯もね、クレスくん。俺、動きすぎてお腹空いちゃったよ」




 その後、ラース達はトトを外に残して、建物の中に入っていった。

 一階は品物を売る何十人もの貿易商人でごった返していたが、ずぶ濡れだったラース達は、その中でもかなり目立ってしまっていた。定期船の窓口にいた男性に心配して声を掛けてもらい、ラース達はここでようやく、その男性にこれまでのことを説明した。


「船の到着が遅いとは思っていましたが……。カダルナ港でそんなことが……」


 男性はとても信じられない様子だったが、ラースのゼブラ達に対する怒りの表情を目にし、嘘を言っていないのだと納得した。

 体を拭くためのタオルだけでも借りたいとラースは頼んだが、男性は気を遣って二階にある宿屋に案内し、無料でシャワールームを提供してくれた。今着ている服が乾くまで、着替えの服もお貸しするとのことだったが、あかねだけは気慣れない服を着るのを嫌がり、多少濡れていても今の服を着ると頑なに拒んでいた。業務に戻っていく男性に礼を言うと、ラース達はそれぞれ個室のシャワールームへ入っていった。


 海水で汚れた体を洗い、ラース達は用意してもらった服に、あかねだけ生乾きの服に着替えてシャワールームを出ると、次に三階にあるレストランに向かった。

 パレル港のレストランは、この辺りで獲れる海産物を使った料理がおいしいことで評判らしく、今も大勢の観光客で賑わっていた。壁の棚に何種類もの酒瓶が並べられていたり、隅に観葉植物が飾られていたりと、おしゃれでどこか落ち着いた雰囲気の場所だなとラースは感じた。やっとの思いで空いている席を見つけ、ラース達は一台のダイニングテーブルを囲うように席に座った。

 本当は財布もカダルナ港に置いてきてしまったので、ラース達は荷物が戻ってくるまで食事を我慢するつもりだったが、ラース達にもおごるとキルバードが気前よく言ってくれたので、その必要がなくなった。先程は着替えの服を拒んでいたあかねだったが、お金が関わることだと話が変わるらしく、今回は素直にキルバードの言葉に甘えた。

 キルバードがウェイターを呼んで料理を注文すると、少しして、海の幸とバジルで彩られた風味のよいペスカトーレが、五人の前に並べられた。


「……これからどうする?」


 ペスカトーレを一口飲み込んだところで、ラースはクレスに尋ねた。


「本来の目的に戻ろう、ラース」


 フォークを皿の上に置いて、クレスは言った。


「アルテリア帝国の王と騎士団長に釈明しない限り、お前はまだ、公務を妨害した罪人のままだ。このままバルドロス帝国の連中を追うのもいいけど、それよりも、ラースが無実であることを証明するのが先決だよ」

「そうか……。分かった、兄貴」


 ラースは返事しながら、再びペスカトーレを口に運んだ。


「その後は、あたしの仲間を助けに行くんだよな?」


 ペスカトーレを口に含んだまま、あかねが身を乗り出して言った。


「もちろんだよ、あかねさん」


 クレスはうなずいて答えた。


「カダルナ港での事件から、バルドロス帝国が何か計画を企てていることは確実だ。それにあかねさんの仲間達ニンジャが関わっているのだとしたら、バルドロス帝国の計画を阻止するにあたって、僕達は必然的にニンジャ達を救い出すことになる」


 ごくりとペスカトーレを飲み込み、あかねはほっと安堵の表情を浮かべた。


「あかねの仲間だけじゃねえ、セラもだ」


 向かい側に座るセラに目を向けながら、ラースは言った。


「ネムヘブルでバルドロス兵がセラを襲ったのも、あかねの仲間達と同じ、内密にやっていたことだ。だから、今バルドロス帝国が企んでいる計画に、セラも少なからず関わっていることは間違いないはずだ。バルドロス帝国の悪事を暴けば、セラにどんな秘密があるのか、その答えをきっと知ることができる」

「私が一体何者なのか……」


 ラースの言葉を聞き、セラは深刻な顔付きで視線を落とし、呟いた。


「……もうちょっと明るい話題がほしいなぁ」


 フォークでペスカトーレをくるくると巻きながら、キルバードは鼻でため息をついて言った。


「せっかく可憐なお嬢さん達とお食事をしているのに、堅苦しすぎて気疲れしちゃうよ」


 キルバードの言葉で我に返り、ラースはこれからのことについて考えるのを止めた。キルバードのように気楽にはなれないが、それでもバルドロス帝国の件について、今すぐに話す必要はないと感じた。しかし、いざ別の話題を考えてみても、いまいち気の利いた話題が浮かばず、ラースは思わず言葉に行き詰ってしまった。


「……キルバードさんって、十五年前はアルテリア帝国騎士団の英雄だったんですよね? その頃の話を聞いてみたいです」


 ふと、海の上でクレスが言っていたことを思い出したセラが、キルバードに質問した。


「十五年前、ね……また穏やかじゃない話題だけど」


 苦笑いするキルバードを見て、セラは慌てて頭を下げた。


「気にしないでいいよ。……そうだなぁ。英雄っつったって周りが勝手にそう言っているだけだし、俺とジュードがたまたまそういう役目を買わされただけよ。まぁ、大勢のバルドロス兵を相手にしたってのは事実だけど……その時の兵は、そこらの一般人に初めて剣を持たせたような素人ばかりだったし」


 キルバードは胸を張ることなく答えたが、それでもセラは、大勢の兵を相手に打ち勝ったという事実を聞き、本当に凄い人なんだと感心した。しかし、当時三歳だった頃に起こった戦争の背景が思い浮かばず、セラはさらに質問を重ねた。


「そもそも、十五年前の戦争はなぜ起こったんでしょうか?」


 そっか、とラースは小さく呟いた。ラースはクレスから詳しく話を聞かせてもらったので、『あの頃』の戦争について理解しているのだが、クレスの話を聞いていないセラ達は、まだそのことについてほとんど知らないままである。


「それは……って、あんまりペラペラと話していいものなのか分かんねーけど」


 気まずそうにクレスに視線を向けるラースに対し、クレスは「構わないよ」と快く返事した。


「悪いな。……ええと、十五年前の戦争も、バルドロス帝国が一方的に仕掛けてきたことなんだ。何でも、アルテリア帝国が手にしていた強大な何かを強奪しようとしたとかで……。それが何なのかは、兄貴でも分からないんだよな?」


 クレスは首を縦に振った。


「うん……。今それを知るのは、現アルテリア帝国の王とジュード騎士団長の二人だけだろう」


 ラースは思い出したように声を上げた。


「そういやキルバード、アンタも元々はアルテリア帝国の騎士だったんだろ? それも、今の騎士団長と同格の。アルテリア帝国が十五年前に手にしていたものについて、何か知っているんじゃないのか?」


 フォークを持ったまま、キルバードは力なく両手を上げた。


「なーんにも知らないや。主にただ従うのみの忠実な兵士だったんで」

「ちったあ聞いとけよな。重要なところだろ……」


 文句を言うラースに対し、キルバードは「悪かったね」と悪びれることなく言葉を返した。


「アルテリア帝国から大切なものを奪うのに、世界中の関係ない人達を巻き込んだのはなぜですか?」


 話が途絶えたところで、セラは別の質問をした。


「アルテリア帝国の戦力を分散させるためだ」


 ラースは眉間にしわを寄せて答えた。


「十五年前のアルテリア帝国騎士団とバルドロス帝国騎士団は、五百以上もの戦力差があった。真正面からやりあってもアルテリア帝国が不利なのは目に見えてるが、バルドロス帝国はその上で、一部の兵を世界各地に放り込んだ。そうすれば、アルテリア帝国は世界の人々を防衛するために、ほとんどの兵を割かなければいけなくなるからな。

 キルバードが言ってたように、バルドロス兵の個々の力は素人同然だったみたいだし、きっとそれを考慮してのものだったんだろう。最終的に、アルテリア帝国側は数十人ほどしか手元に残らなかったらしい」

「そんな……」


 セラは思わず息を呑んだ。黙々とペスカトーレを食べていたあかねも、フォークを皿に置き両手にあごを乗せながら、ラース達の話に耳を傾けていた。


「その、残った方達はどうなったんです? 数十人しかいない中で、バルドロス帝国騎士団を相手にしたら……」

「それは……」


 ラースは言葉を濁し、キルバードに視線を送った。そのことに関しては、残りの数十人に含まれていた人物に答えてもらうのが望ましい。


「……バルドロス帝国の王の首を討ち取った後、すぐアルテリア帝国に戻ってみたけど、だめだったよ。バルドロス兵もほとんどがやられてて、一部の下っ端兵しか残っていなかったけど、アルテリア帝国の方は騎士団長を除いて全滅だった。俺の知ってる顔の奴も含めて、皆死んでたよ」


 キルバードの言葉を聞き、セラは絶句した。あまりにも酷い──何か彼らを救う方法はなかったのかと、そんなことを思い、セラは悲しみのあまり両目に涙をいっぱい浮かべた。キルバードは泣かせるつもりがなかっただけに、セラの突然の涙を見て動揺した。


「な、泣かないでくれよセラちゃん。ほら、俺はこうして生き残ってるわけだし。この俺の美貌でも見て元気出しな? このキルバード、セラちゃんのためならいくらでも胸を貸すぜ?」


 冗談であごに手を当てて格好つけるキルバードだったが、それでセラが元気を取り戻すはずもなかった。


「何ていうか、ニンジャの立場から見ても、アンタ好かれなさそうだって分かる」


 泣き続けているセラを宥めてあげながら、あかねはキルバードに冷たい目を向けて言った。「ひど!」とキルバードは大袈裟に泣き笑いした。


「でも……キルバードさんやジュードさんは凄いと思います。たった二人しかいない状況で、バルドロス帝国に打ち勝ったんですから。英雄として称えられて然るべきだと思います」


 ようやく落ち着いたセラが、涙を指で拭いながら言った。急に泣き出してキルバードに迷惑をかけたことに対するお詫びのつもりでもあったが、それを聞いたキルバードは、真顔になって言葉を返した。


「……そう言ってくれて嬉しいけどね、お嬢さん。悪いが、そこだけは否定させてほしいな。さっきも言ったが、俺達は命令に忠実に従うことしかできない犬っころ同然だった。バルドロス兵を斬ることばかりで、本当に守りたかったものは何一つ守れなかったんだから」

「そんなことは……」


 擁護しようとするセラを見て、キルバードは小さく笑った。


「そりゃ、騎士としては立派さ。この上ない活躍だと思うぜ。けど、俺達は人として大切なものを守りたかった。守るべきだった。何なら、その場から逃げ出すこともできただろうさ……。ジュードが何て言いながら敵を倒していたか、聞きたい?」


 セラは首を横に振った。ジュードが何と言っていたか、セラはその答えを聞いてみたいと思わなかった。悲痛な叫びであったに違いないと、キルバードの言葉から容易に想像がついてしまったからだ。


「そういえば……」


 突然クレスは声を上げたが、まずいことを思い出したことに気づき、すぐに口を閉ざした。ラースとあかねが怪訝そうにする一方で、キルバードはクレスのばつが悪そうな顔を見て、言いかけた話題が何かを察した。


「俺の上司のこと、ジュードとかから聞いた?」


 クレスは図星を指されてぎくりとし、そして申し訳なさそうに頭を下げた。


「思慮が足らず、申し訳ありません……。エレナ殿のことは、ジュード騎士団長から伺いました」

「気にしなさんなって。あいつ、意外と口が軽いところがあるからなぁ」


 そうジュードに悪態をつきながら、キルバードはペスカトーレの最後の一口を口にした。

 キルバード達の様子を見て、エレナがどんな人物だったのか、ラースは思わず気になってしまった。少なくとも、キルバードにとって大切な人物であったに違いない。そして、十五年前の戦争で亡き者となってしまったことも――。思い切って訊いてしまおうかとラースが葛藤していたところ、突如何者かの声によって横から阻まれた。


「クレス・オルディオ様」


 一同が振り返ると、そこには宿屋に案内してくれた先程の男性が立っていた。


「お連れの方がお見えになりました」


 男性が手で示した先には、甲冑を着たビックスとウェッジの二人組がいた。


「皆様、到着が遅れてしまい申し訳なかったであります!」


 敬礼して詫び入る二人に対し、クレスは「気にしてないよ」と微笑んでみせた。


「それより、俺達の荷物は持ってきてくれたか?」


 ラースが訊くと、ビックスとウェッジは得意げになりながら、四人分の荷物を取り出して抱え上げた。


「ご安心くださいなのです。荷物だけでなく、馬車もこちらに運んできているのです!」

「さすが」


 ラースは口の端を上げて言った。


「……これ、パスタ五人分ね」


 途端、キルバードが立ち上がってウェイターを呼び止め、勘定書と金貨数枚を渡して精算を始めた。


「どうやら、そちらのメンバーは皆集まったみたいだし。俺はそろそろ失礼させてもらうよ」

「もう行っちまうのか?」

「ああ。俺が一緒にいたのは、あくまでラースくん達が助けを求めていたからだし。これ以上お節介を焼く必要はないからね」

「……そっか」


 キルバードはくるりとラース達に背を向け、一階に続く階段へ歩いていった。何だか名残惜しい気がしたが、確かにもうキルバードが自分達と同行する理由はないと思い、ラースは引き止めるのを止めた。


「あの、キルバードさん! 助けてくれてありがとうございました!」


 背を向けて歩き出すキルバードに向かって、セラが声を上げて礼を言った。


「今度は明るい話でもしようぜ、セラちゃん」


 キルバードは顔だけ振り向き、手を振って返事した。


「では、私もこれにて……」


 横にいた男性もお辞儀をし、キルバードに続いて階段を下っていった。


「……何だか、アイツがいなくなっただけで寂しくなったな」


 すでに姿の見えなくなった階段の方を眺めながら、ラースはぽつりと呟いた。


「絶対そんなことない」


 最後の一口をすすりながら、あかねは素っ気なく言った。


「僕達も、そろそろ向かおうか。二人はもう昼食を済ませてしまったかい?」


 クレスの問いに対し、ビックスとウェッジは敬礼をして答えた。


「船の中で済ませてきたであります。いつでも出発できるのであります、隊長!」


 返事の代わりに微笑み、クレスは空の皿の上にフォークを置いて、立ち上がった。


「僕達も着替えて準備しよう。ラースとセラさんが食べ終わり次第出発だ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……」


 クレスの言葉を聞き、ラースとセラはスパゲティの残りを慌てて掻き集め、口に放り込んだ。


「あはは、セラまでがつがつ食べるのはらしくないよ」


 一遍に飲み込もうとして()せるセラの背中を叩きながら、あかねは腹を抱えて笑った。




 * * *




 それから、ラース達は荷物の中にあった服に着替え、クレスは普段の鎧を装着し、借りた服を返してから施設を出た。

 船着き場の辺りをラースは見回してみたが、羽を休めていたはずのトトの姿は既になかった。相変わらず神出鬼没な奴だなと、ラースは鼻でため息をついた。普段どこで生活しているのかも訊いてみたかったとラースは思ったが、またそのうちに会えるだろうと考え直し、ビックスとウェッジが持ってきた馬車に乗り込んだ。




 パレル港を後にして、しばらく平坦な芝生の道が続いた。景色はサウスとさほど変わらなかったが、茎の長い花や手のひらをすぼめたような形をした花など、サウスにはなかった植物をちらほらと見かけた。

 空は青く澄んでいたものの、すでに太陽は地平線に向かって沈み始めている。日没までに到着が間に合うよう、ラース達を乗せた馬車は駆け足で芝生の道を走っていった。


「クレスさん! 道が二つに分かれています」


 右の小窓から外の様子を眺めていたセラが、進行先を見ながら声を上げた。ラースも反対の小窓から覗いてみると、百メートルほど先の地点で、道がY字に分岐しているのが見えた。


「あぁ、それは二大帝国の分かれ道みたいなものだよ」


 セラの隣から顔を覗かせながら、クレスは言った。


「ここから左に曲がればアルテリア帝国。右に曲がればバルドロス帝国に辿り着くようになっているんだ」

「そうなんですね」


 クレスの方に目を向けながら、セラは相槌を打った。クレスの言葉通りに、馬車を運転していたウェッジが、左へと進行方向を変えた。


「ラースもあかねさんも、こっちに来て見てみるといい」


 突然クレスがそんなことを言い出したので、ラースは言われるがままに、あかねはしぶしぶ右の小窓から顔を出した。セラが口をぽかんと開けていたが、外の景色を見て、ラースはその理由をよく理解した。

 ラース達の視線の先にあったのは、地表にできたとても大きな亀裂だった。どこまで亀裂が続いているのか、馬車がいくら走ってもその先端が見えてこない。幅も大型の船が易々と入ってしまうほどに広く、深さに至っては底が全く見えず、断崖と捉えてもまるで差し支えがない。イーストの大陸にこんなものがあったのかと、ラースは感嘆の声を上げた。


「この亀裂は、自然現象でなく人為的に生じたもの……そんな風にも言われているんだ」


 巨大な亀裂を眺めながら、クレスはラース達に言った。


「こんなに大きなものがか?」

「そうだ。亀裂の形状をよく見てくれ」


 クレスの言葉を聞き、ラースは目を凝らして巨大な亀裂を見つめた。そして、しばらくしてあることに気付き、ラース達は「あっ」と小さく声を上げた。


「これ……じぐざぐに割れていないです。何だか綺麗な割れ方をしています」

「その通りだよ」


 セラの言葉に対し、クレスは返事と共にうなずいた。


「もし自然現象で地面にひびが割れたなら、大抵は稲妻が走ったように、少なからず曲折するはずだ。でも、この亀裂はそうじゃない」

「こんだけ大きな亀裂なのに、ずっと先まで一直線に割れているな……確かに妙だ」


 あごに指を当てて考えに耽ながら、クレスは言葉を続けた。


「過去の歴史でも、ここまでの亀裂が生じるほどの地震があったというような記録はなかった。けど、同時に手掛かりとなるような記録も見つかってなくて……原因は分からず終いなんだ」

「ふーん……」


 相槌を打つと、ラース達は小窓から顔を引っ込め、元の席に座った。


「あの亀裂があるんじゃ、アルテリア帝国からバルドロス帝国に向かうのも時間がかかりそうだな」


 親指で外の亀裂を指差しながら、ラースはクレスに言った。


「うん。行き来どころか、二大帝国同士の外交もほとんど行われていない状態だ。今、アルテリア帝国とバルドロス帝国は裏で敵対状態にある……。この亀裂は、それを象徴しているようなものでもあるのさ」

「なるほどな……」


 クレスの説明を聞いてうなずきながら、ラースが再び外を見ようとしたときだった。


「皆様! アルテリア帝国にもうすぐ到着するであります!」


 馬車の運転をするビックスが叫んだ。ラース、セラ、あかねの三人は、再び小窓から顔を出し、前方に目を向けた。

 視界いっぱいに広がる石積みの城壁の中に、絵本に出てくるような幻想的な城が見える。遠くから見ただけでも、コナン帝国の城より何倍も大きく立派であるのが分かってしまうほど、その城はラース達の目を引いた。いくつもの円錐屋根の上には、アルテリア帝国を象徴する赤い国旗が、風に吹かれてはためいていた。


「三日くらいかかると思ってたけど、馬車使ったら案外あっという間だったね」

「あっという間でしたね」


 (かまち)に肘を置いて頬杖をつきながら呟くあかねに対し、セラは目を輝かせながらこくりとうなずいた。

 ラースは、アルテリア城の高いところを見つめながら──あそこにアルテリア国王とかがいるのかな──そんなことを想像した。自分に対する誤解を解いてもらったら、いよいよバルドロス帝国へ突入する。あかねの仲間であるニンジャ達を救出し、悪事を暴いた上で黒幕を捕まえる──その時が来たのだ。

 アルテリア帝国の正門まで辿り着き、見張りの兵達によってゆっくりと門が開かれていくのが、ラースは焦れったく感じた。空に赤みがかかり始める中、一同を乗せた馬車は開き切った正門を潜り、アルテリア帝国の城下町へと入っていった。

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