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Walk Hand in Hand  作者: 阿瀬 ままれ
第三章 懐かしい顔との再会
16/66

 ノアールの森を抜けてから、かれこれ千、万の数は歩き続けただろうか。見渡す限りの広原の上で、ラース達は道の途中で立ち止まり、額の汗を拭いながら一息ついた。

 影が東に大きく傾く。空の天辺から(くだ)り始めた太陽も、すでに地平線へと差しかかろうとしている。本来ならもっと早く目的地に辿り着いていたのかもしれないが、女ニンジャ水無月あかねに振り回されたせいで、森を抜けるのにかなり時間を要してしまった。『鳥に乗るおじさん』と名乗る男に助けてもらい、何とか森の中をさまようことは避けられたものの、それでも予定より遅れてしまっていることに変わりはない。

 長く休んでいるわけにもいかないなと思い、ラースはまたすぐに歩き出した。急ごうとセラ達にも呼びかけようとした途端、ぐうと大きな腹の虫が鳴り、思わずラースの口は止まった。


「お腹空きました……」


 どうやら、腹の虫が鳴ったのはラースだけではないようだった。空っぽのお腹をさすりながら、セラは力なくうつむいた。


「だな……」


 ラースも足を止めて、腹を手で押さえながらため息混じりに返事した。

 ラース達がお腹を空かせているのも、水無月あかねがラース達の荷物を奪ったことが原因だった。財布は取り戻すことができたものの、それ以外のものは全てあかねが海に落としてしまったために、回収することができなくなった。ランチに用意していたサンドイッチも、一緒に海の底に沈んでしまい、ラース達は昼食をお預けにされてしまったのである。


「だ、だから! それについてはもう許してって言ってるじゃん!」


 焦って言い訳を始めるあかねを見兼ね、ラースは後頭部を掻きながら言った。


「なんか誤解してるみてぇだけど。お前が思ってるほど、俺らは別に怒ってなんかねーよ」

「え。そ、そうなの……?」


 目を点にするあかねに対し、ラースは大きくうなずいてみせる。


「あぁ。俺らの荷物を落っことしたのも、わざとってわけじゃねーしな」

「そ、そっか……」


 ラースの言葉を聞き、あかねは安堵の表情を見せる。


「……それじゃあさ」


 そして、その表情を崩すことなく、あかねは自身の首元を指差しながら、ラースに尋ねた。


「これ、いつ外してくれるの?」


 あかねの首元には、ラースのベルトがきつめに巻かれていた。


「馬鹿、それとこれとは話が別だ。お前はしつけがなってないからな。首輪代わりだ」


 ベルトの余った部分を握りながら、当然と言わんばかりに答える。二人の様子は、傍から見れば飼い主とペットの絵図と同じだった。

 ラースの返答を聞き、あかねは頭に湯気を立てながら怒声を飛ばした。


「やっぱり許してくれないんじゃん! 鬼! 陰険! 非道!」


 ラースが無言のまま、ベルトを斜め上に引っ張ってあかねの首を絞める。


「くえっ……ゴメンナサイッ、もう言いませんッ」

「分かればいいんだ」


 あかねの蚊の鳴くような声を聞き、ラースはそっとベルトを緩めてあげた。


「ラースさん、さすがにそれは可哀想ですよ!」


 地面にへたり込みながら息を整えるあかねを見て、気の毒に思ったセラがラースを説得しようとする。


「心配すんな。そう長くやりゃしねーよ」

「本当ですか……?」


 疑いの目を向けるセラに対し、ラースは「多分な」といい加減に言葉を返した。


「……にしてもセラ、お前さっきからずっと嬉しそうだよな」


 再び歩き出し、道も上り坂に差しかかったところで、ラースは横目でセラを見ながら言った。あかねがついて行くと決めたときから、セラのにこにこ顔はずっと治まっていなかったのだ。


「あ、えっと……分かりますか」


 頬を赤らめて照れ笑いをするセラに対し、ラースは呆れたように鼻でため息をついて微笑した。


「分かるよ。……ったく、お前ってホント子供好きだよな」

「はい!」


 ラースの言葉に、セラは隠すことなく首を縦に振りながら、無邪気に笑ってみせた。

 ふと、あかねをそっちのけて話していたことに気付き、二人が後ろを振り返ると──二人の予想とは裏腹に、あかねはむっとした表情でラースたちを睨んでいた。


「……子供って言ったな? 今、子供って言っただろ?」


 目つきをそのままに、あかねがラースに問い質す。


「あぁ、言ったが……何もおかしくなんかねーだろ?」

「全ッ、然ッ、違う!」


 首を傾げるラースに対し、あかねは地団駄を踏みながら怒鳴り声を上げた。

 先程と打って変わって、今度はやけに強気である。あかねの威勢に、ラースは思わずたじろいでしまった。

 その一方で、あかねは勢いを一切殺すことなく、ラースに向かって言い放った。


「いいか? あたしは子供なんかじゃない! あたしはもう十六歳なの!」

「えっ」


 あかねの言葉が衝撃的過ぎたのか、ラースは言葉を失ってしまった。身なりさえ除けば、あかねの見た目は十歳前後の女の子そのもので、身長に限って言えばあのマルクよりも背が小さいのだ。


「コラーッ! その『信じられない』っていう顔は何だーッ!」


 あかねが青筋を立てながら、ラースに指を差して叫ぶ。


「い……いや、十六ってことは俺と四つしか変わらないってことだろ? 無理のある嘘をつくな!」

「キィーッ! むかつくー! 嘘なんかじゃなーい!」


 全く信じていない様子のラースに、あかねは顔を真っ赤にしながら金切り声を上げた。そして、怒りをそのままに、今度はセラに向かって怒鳴ろうとしたときだった。


「大体あんたもねぇ! さっきから馴れ馴れし……」


 セラの顔を見て、あかねの口が止まってしまう。ラースの驚いた様子と違って、セラはあかねを見つめながら、目をキラキラと輝かせていたのだ。


「え。ちょ、ちょっと……何?」


 戸惑っている中、あかねはセラに、急に自身の手を両手で握られた。驚いて硬直するあかねに対し、セラは表情をそのままに言った。


「嬉しい……! 私、同年代のお友達って初めてなんです!」

「い、いや……その。だから!」


 相変わらず馴れ馴れしい様子であるセラに怒ろうとするも、その意思と裏腹に、あかねの中で怒気がしぼんでいってしまう。


「お前もセラには敵わない、ってわけだな?」


 笑いながらからかうラースに対し、あかねは何も反論できずに項垂(うなだ)れた。

 そうやってお喋りしているうちに、ようやく目的の場所が見えてきた。しばらく続いていた坂道を上り終えると、視線の先には石の防壁が広がっていた。

 ノアールの森と同程度とまでは言えないものの、その防壁は視界内に収まらないほどに長く、沈みかけていた太陽の姿が完全に隠れてしまうほどに高かった。そんな防壁を見上げながら、セラは思わず感嘆の声を上げた。


「コナン帝国だな」


 何とか日没までに辿り着くことができ、ラースは安堵しながら呟いた。


「ラースさん、コナン帝国ってどういう所なのか、教えてくれませんか?」


 セラの質問を聞き、返答に困ったラースは腕を組みながら唸りを上げた。


「いや、サウスで一番盛ってる所としか……。俺もまだ来たことねぇから分かんねぇよ」

「でも、ノアールのことについては色々と教えてくれたじゃないですかー。『迷いの森』と呼ばれていたこととか」

「あれはただ、地図に書いてあったことを言ったまでの話だよ。でも今は地図がないから、うろ覚えでしか説明できねぇんだ。悪いがな」

「その話、穿り返すね……」


 地図が無いのは無論、あかねがそれを海に落としたからである。ラースの言葉を聞き、あかねはしょんぼりとうつむいてしまった。

 それを見兼ねたラースは、別に申し訳なく思ったわけでもないのだが、それでも最低限のお詫びの印として、あかねの首に巻いていたベルトのバックルを外した。


「まぁ、地図とか旅に必要なものはまたここで買うつもりだから。それまでは勘弁してくれよ、セラ」


 戸惑うあかねを無視しながら、ラースがセラに言う。


「あ、いえ。スミマセン、気を遣わせてしまって」


 それに対し、セラは決まりが悪そうに、頭を下げながら言葉を返した。

 一方、ラースの行動を見て、もしかすると多少は聞き分けのある奴なのかもと思ったあかねだったが、ベルトを巻いたまま帝国内に入って悪目立ちするのを嫌がっただけに違いないと、すぐに自分に言い聞かせた。

 更に歩を進ませていくと、やがてコナン帝国の正門に差し掛かった。樫の木でできたその正門は、二十人が横一列に並んでも通れてしまうほどの大きさだった。


「ここがコナン帝国の入り口なんでしょうか? ……なんだかとても入りづらいです」


 セラが巨大な正門を見上げながら、眉をひそめて言う。


「かと言って、ここでずっと突っ立ってても埒が明かないだろ? さっさと中に入っちまおうぜ?」


 そうラースが促すも、セラは相変わらず不安げな様子のままだった。

 俺が先駆けて中に入れば、セラも後を続いてくれるか──。しょうがねえなと面倒臭そうにため息をつきながら、ラースが渋々門を開けようとしたとき。


「ちょっとちょっと、旅の方!」


 不意に、ラースの横から何者かの声が聞こえてきた。声のした方に顔を向けると、門の隅に一人の男が立っていて、ラース達を手招きして呼んでいるのが見えた。

 門や石の防壁に気を取られてしまっていたせいか、その男の存在に全く気付かなかったラース達は「いつの間に……」と動揺を隠せないながらも、男の手招きに応じて近づいた。


「初めまして! 僕は、コナン帝国の案内人をさせてもらっている者です! こんなデッカイ門だと、中に入るのに抵抗を感じちゃいますよね? 分かりますよ~。なので、僕が代わりに中に案内します! さぁ、ついて来てください!」


 そう一方的に言い切ると、男はラース達の返答も聞かぬまま、門の方へと向かっていった。


「……まだ何も言ってねぇんだけどな。頼んだ覚えもねぇし」


 気が進まない様子のラースを、見兼ねたセラが説得する。


「いいじゃないですか。折角のご厚意なんですよ?」


 それを聞き、ラースは「分かったよ」とため息混じりに返事を返しながら、仕方なく男の指示に従った。


「それでは皆さん。今から開けますので、少しの間待っていてくださいね!」


 男が正門の前に立ち、服の袖を捲りながら言う。

 ここで、ラースは少し不安を覚えた。門は自分達の何十倍もの大きさを誇る。それを開閉するとなると、その分かなりの力が必要となることだろう。

 しかし、男の腕を見てみても、その腕は細く弱々しい。そんな非力そうな男が、一人で門を開けるというのは無理があるのではないかと、ラースは気が気でなかった。


「おい、ホントに一人で大丈夫か? なんなら俺も手伝うぜ?」


 門の片側に両手を付けて早速押し出そうとする男に、ラースがそう言って援助の手を差し伸べるも、男は首を横に振って断った。


「大丈夫ですよ。いつも一人でやっていますからッ!」


 語尾に力を込めながら、男が足を踏み込ませ、両手で押し込む。すると、男が宣言した通り、門は男の手によって徐々に開かれていった。

 思わず「おぉ」と声が出てしまう。そして、心配したのは余計なお世話だったなと、ラースは反省する。

 しかし、それでもあえて難癖を付けるとするなら、この男、開けるのに相当必死なのだ。

 顔中は汗まみれ。目を真っ赤に充血させ、鼻息を大きく荒らげるその様はまるで、向う見ずに突進する猪のようである。


「……ねぇ、ホントに大丈夫なの? 見てるこっちがキツイんだけど」


 とうとうあかねにまでそう突っ込まれてしまうも、男はなおも首を横に振った。


「いーえ! これが私の仕事ですのでぇぇッ!」


 男の言葉に、ラースは素直に納得してしまった。リバームルで宿屋の仕事の手伝いをしていたとき、接客などの苦手な業務を何度もさせられた経験がある。いくら自分に不向きな仕事だったとしも、弱音を吐かずに取り組むその姿勢は素晴らしい――そう一人で感心しながら、ラースは男を一切手伝うことなく見届けた。


 門が完全に開かれ、その奥の光景を初めて目にし、ラースはポカンと口を開けたまま立ち尽くしてしまった。

 石畳の曲がりくねった広い通り。その上は、百を優に超える数の人々で溢れている。ラース自身、これほどの人数が一ヶ所に集まっているのは今まで見たことがなかった。

 通りの両端には様々な種類の店が並んでいて、人々はそれらの店で買い物をするのを目的としていた。八百屋、魚屋など食料店だけでなく、洋服屋、雑貨屋など、いろんな店があった。店の商売人は、カウンター越しに通りかかる人達に呼びかけ、各々の商品を売っている。その呼び声に誘われた人の感嘆の声や、商人と客の会話などで、通りはがやがやと賑わっていた。


「うわああ……! 凄いです!」


 呆然としているラースに対し、セラは目の前の光景に心を弾ませた。そして、すぐに自分も通りに行こうとしたが、門を開けてもらったことを思い出し、男に「ありがとうございました!」とお辞儀をした。


「あ……はは……喜んでもらえたようで良かったです……」


 男も笑顔で返事をするが、男の膝がガクガクと大笑いしているのをあかねは見逃さなかった。


「ラースさん! 私、あそこの店を見てきますね!」


 一方で、そのことに全く気付いてない様子のセラが、すぐ近くの店を指差しながらラースに言う。


「落ち着かねえな。あんまりうろちょろするとはぐれちまうだろ?」


 鼻でため息をつきながら言うラースに対し、セラは「あまり遠くには行きませんから」と告げ、勝手に行ってしまった。

 ラースが急いでセラを追いかけようとしたとき、不意に、横からバタンという大きな音が響く。振り向くと、先程の男が口元の笑みを一切崩すことなく、白目を向きながら倒れていた。


「おいおい、大丈夫かよコイツ……」


 心配するラースに対し、あかねは「いつものことなんでしょ?」と言って、男を無視して行ってしまう。それを聞き、ラースも「だな」と考えを改め、男をほったらかしにしてセラの後を追った。


 セラはどうやらペットショップに興味があったらしく、手の平サイズの小鳥を両手に乗せながら顔を綻ばせていた。セラの行動に一々付き合っていたら、買い物どころか、宿すら見つけられずに日が暮れてしまうと、ラースは懸念を抱く。


「セラ、今は別にやるべきことがあるだろ? それ返せ」


 セラを叱ると、ラースはセラの手から小鳥を取り上げ、それを店の人に返した。


「あぁーッ! 待ってください! もうちょっとだけー!」

「駄目だ。まだ宿すら探してないだろ? 今はどう考えてもそっちが優先だ!」


 駄々を捏ねてその場に留まろうとするセラを、ラースが無理に引っ張って止める。


「うぅ……。あの子、尻尾をチョンと触るとピィーって反応するんですよ?」

「知らん」


 とうとうラースに同情すら得てもらえず、セラは悄然としてうつむいてしまった。


「んじゃ、まずは買い物の方を済ませっかな……」


 事が落ち着いたところで、ラースはあかねから没収した財布を取り出した。あかねが自分達の荷物を海に落としてしまったので、バッグや衣服などの必需品をまた新たに買い直す必要があった。先に金貨数枚を財布から出し、ラースはセラに分配した。


「セラ。お前も荷物をなくしちまったわけだし、いろいろと買い直す物もあるだろ。一通り買い揃えたら、あそこの道が十字に分かれてる所に集合な」


 大通りの奥にある十字路を指差しながら、ラースは言った。セラは返事の代わりにうなずいた。

 するとセラは、急に何か閃いたかのように小さく声を上げると、またにっこりと微笑みながらラースの真横に駆け寄り、耳打ちを始めた。


「……買わなければならない物、思い付きました」


 ラースは眉間にしわを寄せた。


「思い付いた? 思い出したじゃなくてか?」


 ラースの問いに、セラが大きくうなずいてみせる。


「それじゃあ私、先に行ってますね! 時間もかかりそうですし」


 笑みを崩さずにそう言うと、セラはくるりとラースに背を向けて駆け出し、人混みに紛れていってしまった。その一方で、セラが離れていくのを見届けたラースは、セラの一言に首を傾げた。

 意味深な言い方をしやがるなとラースは呟く。時間もかかると言っていたことから、ただ何かを買うだけではないことは分かるのだが、それ以上のことは分からない。

 ──まぁ、夕暮れ前にちゃんと集合してくれさえすればそれでいいか。そう思ったとき、ラースはここで、横にいるあかねに自分が呼ばれていることにようやく気付いた。


「ねぇってば! ったく、何ぼけーっと突っ立ってんだよ!」

「あぁ、悪い悪い。……で? 何か用かよ?」


 だから……と、あかねが一呼吸置いて続ける。


「あたしにもお金ちょうだいよ! 何であたしにはお金くれないのさ!」


 それを聞き、ラースは眉をひそめながら「はぁ?」と声を上げた。


「馬鹿言うな。お前は自分の荷物を落っことしたわけじゃねえだろーが」

「うるさいなーもー! あたしにだって欲しい物はあるの!」

「例えば?」

「あ、いや。えっとその……」


 ここで、あかねは言葉を詰まらせた。そして、先程セラが魅了されていたペットショップの方をちらちらと見ながら再び口を開いた。


「ちょっとくらいなら、金を使っても大丈夫かなー、なんて……」


 そんなあかねの様子を見て、ラースは心底から深いため息をつく。


「やっぱ金は俺が預かって正解だったな……」


 そう呟きながら、ラースはぷいとあかねから目を逸らして行ってしまった。


「あっ、ちょっと待て! 元々はそれあたしのお金なんだぞ! コラーッ! 聞いてるのかー!」


 喚くあかねを完全に無視して、ラースは黙々と店探しを始めた。「待てー」と叫びながら、あかねは駆け足でラースの後を追った。




 * * *




 一方、セラも目的の店を探そうと、今度は寄り道をせずに、通りをきょろきょろと見渡しながら歩を進めていた。しかし、店を探そうとするも、通りが人で溢れているためなかなか周囲を見渡すことができない。それでもどうにか探そうと、セラは爪先立ちをしたり、時折ぴょんぴょんとその場で跳んだりを繰り返した。

 ある程度進んだところで、セラが再び爪先立ちをして、人混みから顔を出しながらまた周辺を見渡す。すると、振り向いたところで、ある店がセラの目に留まった。それを見るなり、セラは目を輝かせながら「あっ」と声を上げた。

 セラが探していた店とは、花屋のことだった。顔をひっこめ、すぐに人混みを掻き分けてその店に向かう。小柄な体格が幸いしたか、するすると人の間を縫って進むことができた。


「いらっしゃい姉ちゃん! うちには色んな花が揃ってるぜ!」


 花屋のカウンターには、店のかわいげな雰囲気にそぐわない髭面の大柄な男が、エプロン姿で立っていた。


「姉ちゃんはどの花が欲しいんだ? このコスモスか? バラか? それともパンジーか?」


 色々と花の名前を挙げる男に対し、セラは首を横に振り、答えた。


「いえ。私、タンポポとか、もっと茎の柔らかいものがほしいです」


 セラの言葉に、男は目を丸くした。


「タンポポ? そんなちっぽけなもんでいいのか? 姉ちゃん」

「はい!」


 セラはにっこりと微笑みながらうなずいてみせた。


「んー……ちょっと待っててくれよ姉ちゃん。うちはタンポポを扱ってないからな……」


 セラの予想外な返答に、男は困った様子で唸りながら、店の裏に回って代わりになりそうなものを探し始めた。


「……お、これなんかいいんじゃないか?」


 そう言って男がカウンターに運んで来たのは、バスケットに多く詰め込まれた白い花。蝶の形をした小さな花びらが特徴的だった。


「シロツメクサって言うんだ。葉は俗に言う『クローバー』で、こいつは四つ葉を集めてるときに残ったものになるんだけどな」


 花を手に取りながら、セラが「へぇ」と素直な反応を示す。


「そんなわけで、こいつは正直売り物にならねぇんだ。だから好きなだけ取っていいぜ、姉ちゃん!」

「ホントですか? ありがとうございます!」


 深々と頭を下げて礼を言うセラを見て、思わず男の顔も綻んでしまう。


「いやいやぁ、そう言ってもらえるとこっちも嬉しいぜ。で、姉ちゃん。どれだけ貰ってくんだ?」

「あ、えっと……」


 男の問いに、セラは言葉を詰まらせてしまった。


「なんだ、数は決まってないのか?」


 男が問い質すと、セラは頬に手を当てて首を傾げながら、「四十……いや、五十本くらい?」と、自信なさげに答えた。


「大雑把だなぁ……まぁいいや。それじゃ五十本、袋に入れておくぜ!」


 そう言って、男は早速作業に取りかかろうとしたが、セラがそれを遮った。


「ん? このまま持って行くのか? ちょっと前に流行った『エコ』ってヤツだな!」


 笑ってそう言う男に対し、セラはまたしても首を横に振る。


「いえ。この場でもう作ってしまいたくて」


 バスケットの中から花を二本取り出しながら、セラはそう返事した。


「作る? ここでか? 何をだ?」


 男が訊くと、セラは男に顔を向けて「秘密です」と微笑みながら答えた。

 勿体振んなよと男は問い詰めようとしたが、セラは既に作業に夢中になっていたので、男は黙ってセラの動きを目で追うことにした。

 左手で一本の花を持ち、その上に右手でもう一本の花を横向きにして重ねる。次に上の花の茎を下の花の後ろに回し、二輪の花と花の間に通して、下の花の茎と重ねる。左手で茎を押さえながら右手で三本目を取り出し、またそれを上から横向きに重ね、先程と同じようにくるりと回す。

 花を取り、重ねて回す。そんな一連の作業を、セラは黙々と繰り返し続けた。そのペースはかなりのもので、花を一本結ぶのに、三秒も時間を要さなかった。


「姉ちゃん器用だなぁ……」


 男の誉め言葉を聞き、セラは照れ笑いをしながら首を振った。


「いえ。単に作り慣れているだけです」

「そうか? だとしても、ここまでスムーズにできるヤツぁそういねーだろうさ。……っと、作業の邪魔をして悪いな」


 大丈夫ですと、セラが作業の手を止めることなく首を横に振る。そんなやり取りをしている内に、セラが作ろうとしている物が明らかになっていった。

 一連の動作を繰り返すことで、次第に花の連なった長い束ができあがる。ある程度の長さに達したところで、花の束を輪状にし、束の両端を別の花で結ぶ。仕上げに長くはみ出た茎を輪の中に編み込んで形を整え、ここでようやく、セラは「できました!」と声を上げた。

 男は感嘆のため息を吐いた。満足げな笑みを浮かべるセラの両手には、小さな花冠が握られていた。




 * * *




「んーと、リュックも買った、替えの服も買った、あとは……」


 一方、ラースも旅に必要な物を買い揃えようと、通りを人混みに紛れて歩いていた。指で買い終えた物を数えながら、他に買い忘れている物がないか思い出そうとする。


「おい! いい加減あたしにもちょうだいよお金!」


 その横で、相も変わらずあかねは騒いでいたのだが、ラースがあかねに見向きすることはなかった。


「……地図、か。本屋辺りにでも売ってるかな……」


 そう呟くと、ラースはまたしてもあかねを無視して次の店へと向かっていった。

 あかねが歯軋りをしながらラースを睨みつける。もう何度無視をされたか分からず、あかねはとうとう我慢ならなくなった。そして、自分をそっちのけにして買い物を続けるラースに向かって「ケチケチケチケチ!」と連呼し始めた。

 代金を受け取り、地図を手渡した本屋の店主が、「ケチ」を連呼するあかねを少し迷惑そうに見つめる。対してラースは、あかねのあまりの鬱陶しさにとうとう大きなため息をこぼした。

 ──どうしよう、もうこのチビにもお小遣いをあげてしまうか? こうもうるさく(まと)わりつかれても疲れるだけだしな……。

 なんてことを考えていたとき、遠くから聞き慣れた声が近づいてきていることに、ラースは気付いた。


「みんなー! よかった、見つかりましたー!」


 ラースが声のした方に目を向けると、セラが自分達の方に駆け寄ってくるのが見えた。捜し出すのに苦労したのか、セラはラース達のもとに辿り着くなり、ほっと安堵の息を吐いた。


「なんだセラ、もう買い物終わったのか?」

「いえ、そういうわけではないんですけど……」


 ラースの問いに対し、セラは首を振った。ここでラースは、セラが白い花冠を手にしていることに気が付いた。

 何で花冠なんか? とラースが尋ねようとした途端、セラは急にラースから目を逸らし、とことことあかねの前に歩み寄った。そして、セラは手にしている花冠をあかねに差し出した。


「えっ……何、あたし?」


 突然のことに、あかねは動揺を隠せない。


「これ、私からのプレゼントです。被ってみてください!」


 そう言うと、セラはあかねの頭に一方的に花冠を被せた。

 ラースはふと、先程セラが言っていた言葉を思い出した。――買わなければならない物というのは、花のことだったのだろうか? 自分の買い物を後回しにして、あかねのために花冠を作ってあげていたのだろうか。


「あ、良かった! ぴったりです!」


 花冠があかねの頭に綺麗にはまり、セラは安堵と共に喜びの声を上げた。

 セラは、ただ花冠を作ったのではなく、あかねのために大きさを考慮して作ったのだ。それも、サプライズのために事前に確認することもなく……。そんな想像が、ラースの頭に浮かぶ。


「とっても似合ってますよ、あかねさん!」


 そう言って、セラは花冠を被るあかねを見ながら嬉しそうに笑った。

 あかねは気恥ずかしさで頬を赤らめながら、自身の頭に被せられた花冠を見つめた。そして、ぼそぼそと照れくさそうに、「ありがとう」とセラに礼を言った。


「いえ、喜んでもらえて嬉しいです」


 あかねのお礼に対し、セラは穏やかな笑顔を浮かべて言った。その横で、二人のやり取りを眺めていたラースも、あかねの反応に思わず笑みがこぼれた。


「旅に必要なものを買ってこいって言ったのによ……」


 笑みをそのままに、ラースが呆れた風に言うと、セラは慌てて弁解を始めた。


「あっ……えっと、その……この花は、花屋の店主さんに頂いたものなんです。だから、お金を使ったわけでは……」


 ラースは、セラの弁解を聞き終えることなく、首を横に振って言った。


「いいよ。俺は別に、そのことで怒るつもりなんかねえから。でも、次はちゃんと旅に必要なものを買って来いよ?」


 予想外の言葉にセラは一瞬目を丸くしたが、またすぐにあどけない笑顔で返事を返した。

 セラの返事にひとまず安心できたラースは、「俺は今から何しようかな……」と、考えながら呟いた。


「ラースさんは、もう買い物終えてしまったんですか?」


 セラの問いに対し、ラースはうなずいて答えた。


「あぁ。元々、荷物は最小限に留めていたからな。買い揃えるのに時間はかかんねぇよ」

「そうなんですね……。スミマセン、待たせる形になって」

「気にするな。最初からそのつもりだったんだ」


 ラースは大通りの奥にある十字路に目を向けて続けた。


「俺は先に宿屋を探してる。多分、宿屋とか酒場とか、そういった類のものは十字路の方にあるみだいだしな。だからお前も、買い物が終わったら十字路の所に来てくれ」


 ラースの指示を聞き、セラがうなずいて返事をしようとしたときだった。


「そこの者! と、止まれなのだ!」


 突如、叫び声と共に、ラース達の前に二人の騎士が立ち塞がった。


「き、騎士……?」


 甲冑を身にまとったその姿に、セラは動揺を隠せない。


「手配書通りだ……この男、間違いないのである」


 騎士の一人が、手にしている紙とラースの顔を見比べながら呟くと、その騎士はラースに人差し指を突き付けて言った。


「ラース・オルディオだな! ネムへブル村にて騎士の任務を妨害したその悪行、重罪に値する! 『帝国平和条約』の下、貴様の身柄を拘束するのであるっ!」


 騎士の叫び声により、周囲の視線が一気にラースに集まる。


「は……ハァッ? お前、一体何をしたってんだよ!」


 あかねが慌ててラースに怒鳴るも、ラースはそれを無視して黙考を始めた。

 ──たしかに騎士に盾突いたのは事実だが、あの一件について、非があるのはむしろバルドロス帝国の連中の方だ。あの騎士達やバルドロス国王が何かを企てているとして、この騎士達はそのことを知らないのだろうか? いや、仮にこの騎士達がバルドロスに仕える騎士で、バルドロス国王の計画を知っていたとしたら、セラも一緒に捕らえようとするはずだ。それをしないということは、答えは一つしかない。


「……お前ら、アルテリア帝国の騎士なんだな?」

「むっ……それが、一体何だというのだ!」


 やっぱりなと呟き、ラースは質問を重ねた。


「あの件は、お前らアルテリア帝国と直接関係はないはずだろ?」


 すると、騎士の一人が地団駄を踏んで怒鳴り出した。


「だ……だから、『帝国平和条約』の下と、言ったではないか! この条約で、我々アルテリア帝国騎士団とバルドロス帝国騎士団は、互いに協力し合うシステムをとっているのである!」

「今回の件も、『帝国平和条約』によって、バルドロス帝国から協力を申請されたのだ! 我々アルテリア帝国騎士団が貴様を捕縛しようとしているのは、そのためなのだ!」


 ラースは、険しい目つきをそのままに言葉を返した。


「つまり。お前らアルテリア帝国は、あの一件の詳細を知らねえ。バルドロス帝国に頼まれたから動いた。そういうことだな?」

「だ……だったら! 話せば分かります!」


 セラが、口を挟む形で騎士達に弁解する。


「ラースさんは、私がバルドロス帝国の騎士達に襲われたところを助けてくれたんです。ラースさんは悪くありません!」

「バルドロス帝国の騎士……?」


 訳が分からずに混乱していたあかねだったが、セラの発言を聞いて目を丸くすると、今度は一変して、騎士達に敵意のこもった目を向けた。

 一方、セラの弁解を聞いても、騎士達の意思が変わることはなかった。


「問答無用なのだっ! 確かに我々もそのことは知らなかったが、バルドロス帝国騎士団が貴様に剣を向けたということは、貴様もそれ相応の重罪を犯したということなのだろう? ならば貴様の身柄も捕らえるまでなのだ!」


 そう怒声を飛ばすと、騎士達は腰の剣を抜き、その剣先をラース達に向けた。


「そ、そんな……!」


 誤解を解くつもりが、結果的に自分にも矛先が向けられる形になり、セラは身に迫る恐怖に戦く。対してラースは、騎士二人が自分達に剣を突き付けるのを見るなり、一つ大きな舌打ちをこぼした。


「……お前ら、下がってろ。俺がやる」


 そう言うと、ラースはセラ達の前に庇うようにして立ち、そして右手を腰の剣の柄に当てて構えた。

 今にも衝突が起こりそうな状況に、周囲がざわつき始める。


「むっ! 貴様、もしや我々に盾突くつもりであるか? 自分のしたことを忘れたのではあるまい! これは重罪であるぞ!」

「黙れ! 一丁前に偉ぶってんじゃねえぞ!」


 騎士の言葉に対し、ラースはそれ以上の声量で怒鳴り返した。


「何が騎士だ。自分の思い通りにするためにしか剣を振らねえガキみたいな連中ばかりじゃねーか……!」


 ──『あの頃』も、今も。

 ラースの脳裏に、十五年前の忌わしい過去が浮かぶ。


「ななな、なんて生意気な男なのだ! ぜーったいに牢獄にブチ込んでやるのだ! 泣いてすがっても、許してやらないのだ!」

「許してやらないだと? 許す気がねえだけだ! セラの言葉にも、まるで耳を貸さなかっただろうが……!」


 ラースの言葉により、騎士達の顔は怒りで真っ赤に染まっていく。


「ぬぅぅ~っ! へ、減らず口め! 後で後悔するなである!」


 その言葉を境に、騎士二人は剣を片手に、ラースに襲いかかった。

 ラースも応じるように、右手で剣を抜いて身構える。そして、騎士二人の攻撃を、同時に刀身で受け止めようとした、その時だった。


「ビックス! ウェッジ!」


 ラースと騎士達の衝突を、突如、若い男の声が遮った。

 その声は、騎士二人のさらに後方から響いたもので、その場にいる全員が、声のした方に目を向ける。すると、視線の先には、騎士二人と同じように甲冑を身に付けた男が立っていた。


「二人共、止めろ。剣を鞘に納めるんだ」


 男が騎士二人に歩み寄りながら、険しい口調で命令する。


「し……しかし隊長! この男は……!」


 慌てていさめる騎士に対し、隊長と呼ばれた男は首を横に振り、言葉を返した。


「分かってる。その者のことは、僕が誰よりも知っている」

「な……なんですと?」


 男の意味深な言葉に、騎士は首を傾げる。


「た、隊長! それは、一体……?」


 もう一人の騎士が尋ねると、男は含み笑いを浮かべながら、答えた。


「彼は……僕の弟なんだ」


 男の言葉に、一同は驚きのあまり息を呑んだ。その中でも、当の本人であるラースは、特に驚きを隠すことができなかった。

 そんなラースの様子を見て、男はおかしく思えたのか、ふふ、と軽く笑う。


「……久しぶりだな、ラース」


 そう言うと、男は兜を脱いで、自身の顔を顕にした。

 後ろに伸びた黒髪。人柄が滲み出たかのような柔和な顔。その全てが、ラースの兄と過ごした日々の記憶と重なった。


「……なんだよ」


 苦笑いのようなものだった。だがそれでも、ラースは男の言葉に安心感を覚え、ようやく顔を綻ばせることができた。


「まさかこんな形で会うとは思ってなかったぜ、兄貴」

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