四
* * *
自らが駕籠にでもなったかのような、何とも屈辱的な気分だった。女は今、騎士達に二人がかりで担がれ、別の場所へと運び出されている最中だった。
ただ、自分が今どこに向かって運ばれているのか、女には分からなかった。騎士達の手によって目隠しをされ、視界を奪われていたからだ。抵抗できないようにと、手足をきつく縛りつけるというおまけ付きである。女は、騎士達に身柄を拘束されていたのだ。
連れ去られてからというもの、女は騎士達の愚行により、怒り心頭に発していた。
敵の拠点に到着するなり、女は鉄格子の中に放り込まれ、何日にもわたり監禁された。睡眠のための布団すら用意されず、与えられたのは食事と称した残飯のみだった。地面の上にその皿を置き、犬のように這いつくばって食べる様を眺めては、見張りの兵達がへらへらと嘲笑っていた。
だが、それはまだ我慢できた。女が一番許せなかったのは、見張りの兵達が卑猥な行為をしてきたことだった。
女が手足を縛られているのをいいことに、見張りの兵達は鉄格子の中に入り込むなり、女の体あらゆるところを弄ってきた。さすがにこれには耐え切れず、女は頭跳ね起きの要領で、そのうち一人の顔面に目掛けて強烈な蹴りをお見舞いした。残りの騎士達も蹴り飛ばそうかと思ったが、今暴れるのは賢明でないと考え直し、女はそれを止めた。
女の反撃が灸を据える形になったのか、それ以降見張りの兵達が体を弄ることはなくなったものの、その後も女の溜飲が下がることは決してなかった。今思い返してみて、やはり腹立たしく思えた女が、一つ大きな舌打ちを零そうとしたとき――すぐ近くで、男の声が聞こえてきた。
「クリード。例の計画の試作品はできているのか?」
男の姿は見えない。しかし、その声はかなり低く、喉に引っかかったようながらがら声であったため、きっと中年の男なのだろうと想像がついた。
「ええ。あとはこの者の指示で、いつでも仕上げることができます」
次に聞こえてきた気障ったらしい男の声に、女は覚えがあった。忘れるはずがない──その声は、先日シノクニに集団で押しかけ、女を拉致するよう命じた騎士の声と同じものだった。
騎士の言葉を聞くなり、中年であろう男は「誰だ?」といまいちぴんと来ていない様子で呟いたが、またすぐに、納得したように言葉を返した。
「あぁ……思い出したぞ。コイツが例の、面白い産物だな?」
「仰る通りです」
騎士が続けて言う。
「産物は二人と申し上げましたが、正直のところ、有力なのはこの者だけです。もう一方は、ただの単細胞と言っていい。今、其奴をこの場に呼んでいないのも、そのためです。一応、別の部屋に待機させていますが……そうですね。いざというときの捨て駒として扱うのが一番かと考えます」
それを聞いて、男はくつくつと不気味に笑った。
「ならば問題ない。ソイツの処理については貴様に任せよう。もっとも、貴様は捨て駒の扱いには十分に慣れているだろうからな」
「恐れ入ります」
騎士も鼻で笑って言った。
二人のやり取りを聞き、女は嫌悪感を抱きつつも、現状を分析してみた。中年であろう男と、その側近の騎士とで二人。そして、二人の会話から察するに、近くに別のもう一人がいるのだろう。今、自分を運んでいる手下達も含めれば、周囲にいる敵の数は、全部で五人ということになる。
状況としては悪くない──。女は周囲に気付かれないよう、微かに笑みを浮かべた。
「この部屋です」
騎士の声を境に、全員の足が止まるのを感じた。
「開けろ」
男が命令すると、程なくしてギギギと扉の開く音が聞こえてきた。
この先に、男の言う計画に関係する何かがあるのだろうか――。そう女が考えているのをよそに、騎士達は進行を再開した。
「ほお……コイツは想像以上だ」
感嘆の声を上げる男に対し、騎士は言葉を続けた。
「仕組みは以前、私がお話しした通りです。私がハインブルクから収集した研究員十余名で、本来はあと半年かかると予定されていた過程を、この者が昨日、全て終わらせました」
男は、不気味な笑い声を上げながら言葉を返した。
「そうか。『ディアナ』の居場所を突き止めた今、頃合いとしては都合がいい……。貴様、庶民風情にしては上出来だ。誉めてつかわすぞ」
「滅相もございやせん……」
中年の男のものでも騎士のものでもない、若々しい男の返事が聞こえた。連中が言っている産物とはこの男のことなのだろうと、女は想像した。
遠くで、バタンと扉の閉まる音がした。
「そこに置け」
しばらく進んで行った所で、騎士が手下二人に命令する。それを合図に、女は少し高めの位置から乱暴に放り投げられ、地面に叩きつけられた。
「った……!」
苦痛で表情を歪ませる。手足を縛られているため、手で受け身をとることも、足で着地することもできない。
一方、そんな女のことなどそ知らぬ様子で、騎士は命令を続けた。
「直に計画を遂行する。お前らはその試作品を収納する、輸送用の木箱を用意しろ」
騎士に対する返事と共に、二人分の足音が離れていくのを感じた。
「さて……」
中年であろう男の声が、女に向かって響く。それと同時に、何者かの足音が、女の背後にゆっくりと回り込んだ。
「貴様にも、特別に披露してやるとしよう……クリード」
名前を呼ばれた騎士の返事が、女の背後から聞こえてきた。
「国王より直々の許可だ。目隠しだけ外してやる」
「国王……?」
女が騎士の言葉に反応して呟いた途端、自身の目を覆っていた布の結び目が触れられるのを感じた。
目隠しの布がはらりとほどけ、膝の上に落ちる。解放された視界に気味の悪い光景が飛び込み、女は間もなく色を失った。
薄暗い大部屋の中心に、見上げるほどに大きい円筒形のカプセルが一台。満杯に入った淡い緑の溶液の中で、一匹の犬の死骸が浮き沈みしている。視線を下ろすと、円筒形のカプセルの下には土台があり、そこから何十本ものケーブルが延びていた。辺りにはドーム状のカプセルが隅々まで設置され、円筒形のカプセルから延びるケーブルはそれらに接続されているようだった。よく見ると、ドーム状のカプセルも緑の溶液で満たされ、中には何やら粘土のような物体が密封されていた。
「なかなか面白いものだろう?」
女が目を丸くしている横で、聞き覚えのある声が響く。振り向くと、そこには女が予想していた通りの、あの騎士の姿があった。
「やっぱりあなただったのね」
女が騎士を睨み付けながら言う。
オールバックの黒髪。二重瞼の冷血な目。自分をシノクニから連れ去った男の顔を、忘れるわけがない。
「気分はどうだ?」
怒りを露にする女に対し、騎士は哀れと言わんばかりに鼻で笑い、続けた。
「水無月りん」
「サイテーよ」
即座に、そして簡潔に。騎士から怒気のこもった目を逸らすことなく、女は言葉を返した。
「何日も監禁されて、手足もまだ縛られたままで、気分も何もあったものじゃないわ」
それを聞いて、騎士は女の有り様を眺めながら、また嘲るように鼻で笑った。
「顔を見るのは初めてだな……」
聞き苦しいがらがら声が、今度は女の正面から聞こえてくる。前を向くと、高貴な赤のローブを身に纏い、頭にエメラルドの宝石がついた冠を被る、まさに中年くらいの男が、女を見据えて立っていた。
座り込んだままの女に歩み寄ると、中年の男はその場で立て膝をつき、不細工な髭面を女の眼前に近付けながら、呟いた。
「……なるほど、ただ有用なだけではないな。若さと美貌も申し分ない……」
女の磨かれたロングの黒髪を手に取り、なびかせながら、男はにたりと薄気味悪い笑みを浮かべた。
「……ここにいる奴らって、どいつもこいつも下衆ばかりなのね。虫酸が走るわ」
そう言い放ちながら、女は首で男の手を振り払った。
「ほう。この我輩に楯突くとは……度胸も大したものだ」
女の反応に感心し、男はくつくつと不気味に笑いながら立ち上がった。
「せいぜい吠えているがいい。いくら貴様がほざこうが、貴様が我輩に逆らえぬ状況にあることに変わりはない。ただ傍観することしかできぬのだ」
縄で頑丈に縛り上げられた、女の手足、体。それを知った上での罵りだった。
どこまでも汚い――。男達の卑劣さに憤りを覚え、女は大きく舌打ちを零す。
「さて、下らん話し合いはここらで止めにするとしよう……。貴様、すぐに試作品の準備に取りかかるのだ」
女に背を向け、中年の男は近くにいた若者を呼び立てながら、円筒形のカプセルの方へと歩いて行った。
本当に、どこまでも汚い奴ら――。騎士が中年の男の後を追い、自分の横を通り過ぎるのを見届け、鼻でため息をつく――そして、女は男達の後ろ姿を眺めながら、気付かれないように口角を吊り上げた。
「本当に、どこまでも馬鹿な奴らだわ……」
そう呟くと、女は前屈みになり、すぐにでも突進できるよう身構えた。どんなに頑丈に体を縛ったとしても、ニンジャ相手にはまるで意味をなさない。ニンジャが縄をほどく術を持っていることを、騎士達はまだ知らないのだ。
縄をほどく術――正確には、『忍術』と呼ばれるものの一つである。忍術は、人間達が使う魔法とは少し違い、両手の指を使い『印』を結ぶことによって発動できる。しかし、それなりに鍛練を重ねれば、印を結ぶのは片手だけでも行える。つまり、いくら手足を縛られようが、指さえ動かせれば、縄を自分でほどくのは造作もないことなのだ。
本来、女は鉄格子に閉じ込められたときから、忍術による脱出を試みようとしていた。しかし、女はあえてそれをしなかった。監禁されている途中、見張りの兵達のとある会話を小耳に挟んだからだ。
──騎士団長様が、ニンジャの残りの連中を引っ捕らえたらしい……。
──なんでも、城内に侵入しようとしたところを一網打尽にしたそうだ……。
その後、女は今までとは違う目的のため、長い間タイミングを見計らってきた。脱出ではなく、捕らえられた仲間を救出するため。見張りの兵達にいくら笑われようと、集団で淫らな行為をされようと、暴れたりせずに耐えてきたのも、全て仲間を救出するチャンスを窺っていたからこそだ。
そして、今。この時。この瞬間こそが、仲間救出の絶好のチャンスだと、女は感じた。
国王と呼ばれる男。そして、その隣にいる側近の騎士。敵が数多く存在している中、この二人が、それらの頭であることは間違いない。そして、頭さえ先に叩いてしまえば、ここにいる騎士達の統率は効かなくなるだろう。そうなれば、救出の突破口を見出だせるはずだ。
女は男達の後ろ姿を見据えながら、こっそりと片手で印を結んだ。すると、女を縛り上げていた縄がたちまち緩み、ほどけて床にはらはらと落ち、その効力を無くしてしまった。
男達が円筒形のカプセルに見入っている一方で、女は男達から目を離すことなく立ち上がる。そして、懐に隠し持っていた小刀を取り出した。
――まずは、戦闘馴れしていそうな騎士を確実に仕留めよう。残りの二人はその後でいい。
最後に一つ深呼吸すると、女は小刀を逆手に持って構え、意を決して突撃した。
男達が女の足音に気付き、振り返る。相手は動揺を隠せない様子だ。騎士がすぐに腰のレイピアを抜いて応戦しようとするが、それももう遅い。走り出した時点で十メートルも離れていなかったのだから、騎士の迎撃は間に合うはずがないと、女は確信する。
「しばらく眠ってもらうわよ……!」
騎士がレイピアを振り上げる暇も与えず、女は騎士との間合いを一気に詰め、喉元を目掛けて小刀を振り上げた。
しかし、女の確信とは裏腹に、女の不意打ちに反応してきた人間がいた。中年の男のすぐ横を歩いていた、女が眼中に入れなかった若者だった。
女が小刀を振り切る寸前、若者は立ち塞がるように一気に踏み込み、急襲を妨げるように右手を突き出した。予想外のことに息を呑む女に対し、若者は間髪を容れずに呪文を唱えた。次の瞬間、若者の左手から青く濁った光が迸り、女はそれをまともに浴びた。それでも怯むことなく小刀を握り直そうとしたとき、女はようやく自分の体の異変に気付いた。
手に、力が入らない。酸素が抜け落ちてしまったかのように動かない。握力がみるみる失われ、女の手からは小刀がするりと放れ、音を立てて落ちた。
「ウッ……!」
意思に背いているのは手だけではなかった。足も……。
騎士達を倒そうとする意思は変わらず、小刀を落とした手で握り拳を作り、前進しようとするも、肝心の足は千鳥足になってしまっていた。
「ウ……ァ……ッ!」
若者の魔法が全身を蝕み、侵食していく。とうとう、女の手はだらんと垂れ下がり、膝は折れてしまうまでに力を失ってしまった。
自力で歩くことすらままならなくなった女が、倒れ込むように、床に膝をつけながら若者に凭れかかる。そんな女を見て含み笑いを浮かべながら、若者は女の顔を持ち、横に振り払った。
「カ……ハッ! ハ……!」
自力で歩けない女に、立ち上がれるだけの力もあるはずもなく、女は床に倒れ臥ながら、悶え苦しんだ。
「惜しかったですねぇ、水無月りんさん」
自身の着ている黒のローブを叩きながら、若者は平然な態度で、息を切らしている女に向かって言った。
「あんたらニンジャのことは、記録として古い書物に書いてありやした。あっしがあんたらのことを知ってさえいなけりゃあ、あんたの企ても上手くいっていたでしょうに……」
若者の言葉を聞き、女は自分の考えていたことが、この若者に全てお見通しだったことに気付いた。分かっていながら、敢えて踊らせていたのだ。
「あなた……ッ……! 何……者……?」
そう聞かずにはいられなかった。女は切れ切れに、声を振り絞って言った。
「一介の研究員でっせ。庶民風情のね」
冗談交じりに含み笑いを浮かべ、答えてみせると、若者はローブに付いたフードを被りながら、踵を返して歩いていった。
「遅れて申し訳ありやせん。早速準備に取りかかりましょう」
そう男達に呼びかけながら、若者はあくまでも平然たる顔つきを保ち、円筒形のカプセルの方へと向かっていった。
それを後ろから見ていた女の頭では、赤信号が激しく点灯していた。早く止めなければと自分に言い聞かせたが、女は若者の背中を目で追うことしかできなかった。女の身体はもう既に、石のようにぴくりとも動かせないほどに廃れてしまっていたのだ。
「お二人共、離れていてくだせえ」
若者が、カプセルの土台から目を離すことなく、男達に指示する。
カプセルの土台には操作パネルが設備されており、若者はその前で足を止めた。手慣れた手付きで操作パネルにある複数のスイッチを押すと、程なくしてグオン……と装置の起動する音が響き渡った。
「さあ……試作品の出来栄えはいかがなもんでしょうかね」
そう呟きながら、若者はローブの右袖を捲った。露わになった右腕に若者が意識を集中させると、突然若者の右腕がどす黒い光を灯した。次に、操作パネルの角にある底の深い窪みに目を向けると、若者はその中に右腕を突っ込み、黒い光を放出した。
ゴゴゴ……と、円筒形のカプセルが騒音を立てて作動し、部屋一帯がその衝撃で揺れ動く。男と騎士が体勢を整えている一方で、若者は一向に光を放出し続けた。
すると、若者の放出した光は動力となり、円筒形のカプセルの中に電撃を発生させ、中に浮かぶ犬の死骸を覆った。程なくして、周囲にあるドーム型のカプセルも、円筒形のカプセルから延びるケーブルを伝って共鳴するように電気を帯び始めた。
しばらくして、円筒形のカプセルからビープ音が鳴ったかと思うと、カプセルの光が一斉に消失した。カプセルが全て動かなくなったのを見届けると、若者は右腕を窪みから引き抜き、円筒形のカプセルから離れた。
「成功したのか?」
騎士が問い質す。振り向かれた若者の表情は、やはり平然を保ち、笑っていた。
「成功か否かは、実際に試作品を見て判断してくだせえ」
含み笑いを浮かべながら、若者は答えた。
気付くと、円筒形のカプセルは動かなくなったものの、その周囲にあるドーム型のカプセルは未だに作動し続けていた。周囲のカプセルの中に入っていた、薄緑の溶液の水位が、一斉に下がり始めたのだ。水位がカプセルの底にまで達し、カプセルの中から完全に液体がなくなってしまうと、ドーム型のカプセルがひとりでに開いた。
ドーム型のカプセルの中には、粘土のような物体が密封されていたはずである。そのことを覚えていたからこそ、女は視線の先の光景に驚かずにはいられなかった。
ドーム型のカプセルに入っていた物体は、円筒形のカプセルの中で浮かんでいた犬の死骸と同じ姿形に変貌してしまっていた。ドーム型のカプセルから現れた犬達は、グルルと唸り声を上げながら、次々と床の上に降り立った。
「そんなに焦る必要はありやせんぜ」
女と同じく動揺していた騎士達を見兼ね、若者は言った。
「以前、あんた方には体の一部分である髪の毛を提供してもらったはずだ。カプセルの中の液体にはそのDNAの情報が組み込まれ、既に犬達の中枢神経とリンクされている。それらの犬達は、あっしらを主と判断し、攻撃をしないように仕上がってまっせ」
若者の説明を、騎士達はいまいち理解できずにいたが、攻撃をしないということが分かり、無駄に動くのを止めた。
しかし、女にとってみれば、今の状況が危険であることに変わらない。若者の話からすれば、今この場で敵と判断される対象は、自分一人しかいないのである。
気付くと、女が予感した通り、犬達は集団で女を囲い、獲物を見る目で見つめていた。そして、涎をポタポタと垂らしながら、鋭利な牙を剥き出しにする。その一方で、女は危険だと分かっていながらも、体が全く動かなくなってしまっていたため、身構えることすらできずにいた。
一匹の犬が遠吠えを上げる。それを皮切りに、周りを囲っていた犬達は一斉に、女に向かって襲いかかった。最早為す術もなく、女は覚悟のあまりぎゅっと目を瞑った。
「止まれ」
若者の声が、辺りに響き渡る。しばらくして、ふと、周囲の様子の変化に気付いた女は、瞑っていた目をゆっくりと開けた。
すると、女の目前ではやはり、凶暴な犬達がこちらをなおも睨み続けていた。しかし、犬達はただ睨むばかりで、それ以上足を進めることは一切しなかった。
女は目を丸くした。あれほど敵意を剥き出しにして襲いかかっていた犬達が、若者のたった一言の指示により、その足をぴたりと止めてしまったのだ。
「どうなっているんだ……?」
同じく驚きを隠せない様子の騎士が尋ねる。
「なにも難しいことではありやせん」
若者は鼻で笑いながら答えた。
「言ったでしょう? それらの犬達は、あっしらを主と判断すると。ペットは飼い主に従うもんでっせ」
そう言って、若者は右手を小さく上げて注目させ、再び叫んだ。
「集合せよ」
若者の声にぴくりと反応すると、犬達は女からあっさりと目を離し、若者の方へと歩み寄っていった。二十、三十匹ほどの群れが若者のそばに集まると、犬達は従順にお座りをし、静かになった。
凶暴な犬達を忠実に従わせる若者に見入りながら、騎士が唖然とする。その横にいた中年の男は、突然くつくつと肩を揺らし始めた。
「見事だ、実に素晴らしい『産物』よ! クリードが一目置くだけのことはあるな!」
中年の男は高らかに笑いながら、続けた。
「そして、ここまで忠実な兵器を大量に生み出すことができるとは……我が理想も、そう遠い未来ではないぞ!」
中年の男は貪欲な笑みを浮かべながら、うつ伏せに倒れたままの女の方を振り向いた。女は、体に力が入らない状態でありながら、それでも中年の男を睨み付け、声を振り絞った。
「ようやく……分かったわ……。あなた達が……何を目論んでいるのか……!」
息を激しく切らしながらも、女は続けた。
「ここにあるのは……一つの生命体から……大量の『複製』を造り出す機械……! そして、あなた達の目的は……この私を使って……私そっくりの従順な『複製』を大量に生産すること……!」
中年の男の代わりに、若者が少し離れた所から答えてみせた。
「その通りでっせ、水無月りんさん。あんたはニンジャの中でも一番の実力者として、この場に呼ばれた……もっと自分を誇りに思うべきだ。実際、あんたは弱体の魔法をまともに浴びながらも、容易に喋ることができている。並の人間にはまず不可能なことですからねぇ」
「黙りなさい……ッ!」
若者の言葉に女が噛み付いたとき、突然、女の体が見えない力で持ち上げられ、宙に浮いた。見えない力は若者の魔力によるもので、その右腕からはまたしても、どす黒い光が発されていた。
若者が円筒形のカプセルを横目に、ぶつぶつと呪文を唱える。途端、円筒形のカプセルの中で浮き沈みしている犬の死骸から光が溢れ出したかと思うと、ボン! と大きな音を立てて爆発し、文字通り砕け散ってしまった。
「計画を遂行するにはまだ時間がいる。その間、あんたにはこの中で大人しくしてもらいまっせ」
女の方に視線を戻すと、若者はそう言って、どす黒く染まった右手を円筒形のカプセルの方へ振った。すると、女の体は若者の魔力によって空中を真っ直ぐ移動し、円筒形のカプセルの真上で停止した。
「こ……の……ッ!」
最後まで抗おうと、女が僅かな力を振り絞り、若者に向かって手を伸ばす。しかし、若者の魔力によって天井近くまで持ち上げられている状態で、下にいる若者に女の手が届くはずもない。結局、女の抵抗も虚しく、伸ばした右手はすぐ限界に達し、力無く垂れ下がった。
左手で再度パネルを操作し、カプセルの上面の蓋を開けると、若者は不敵な笑みを浮かべたまま右手を振り下ろした。同時に、女にかかっていた見えない力がふっと消えてなくなり、女は円筒形のカプセルの中へ一直線に落下し、沈んでいった。
「さて王様。こちらの試作品はどうなさいますかい?」
役目を終えた若者が、円筒形のカプセルから目を離し、中年の男に歩み寄りながら尋ねる。
「それについては任せろ。すでに舞台は考えてある」
それに対し、中年の男に代わって騎士が説明した。
「明朝、ここを離れてカダルナ港へ向かう。俺達は行商人を装い、試作品は輸送用の木箱に入れて運搬する。カダルナ港に運搬し終え、俺達が交易船に戻ったところで、試作品に暴れてもらう。あとは近くの部下にその一件を任せ、アルテリア帝国に感付かれる前に事故として処理してもらうだけだ」
「そこまで考えてあるのならば、心配ありやせんね」
騎士の説明を聞き、若者は鼻で笑ってうなずいた。
「あとは『ディアナ』さえ捕らえれば、この計画の準備は全て整う。我がバルドロス帝国の支配も、現実のものとなる……!」
そう呟くと、中年の男は込み上がる笑いを抑え切れず、上機嫌に高笑いした。
中年の男の傲慢な笑い声は部屋全体に響き渡り、当然、すぐ近くのカプセルに閉じ込められた女の耳にも届いた。急いで脱出しようとするが、若者の魔法により体に力が入らず、足掻くことすらままならない。
時間だけが無情に過ぎ、女はとうとう自力で息が出来なくなった。耳に障る馬鹿笑いも遠退き、女の意識は溶液の中でぷつりと途絶えた。
* * *
よろしければ、ブックマーク、ご感想、ご評価及び外部ランキングサイトへのご投票をお願いします。




