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Walk Hand in Hand  作者: 阿瀬 ままれ
第二章 ニンジャと名乗る泥棒猫
14/66

 女の子のことを思い出し、ラースが再び崖下を覗き込むと、既に女の子の姿はなかった。代わりに、先程上空から降りてきた巨大な何かが、その体を水平に傾けていた。

 ラースが目を凝らしてみると、それは凛々しく整った羽翼をはためかせる、朱色の毛並の大きな鳥だった。黄金色の鋭い爪で海面を引っ掻き、その鳥は水しぶきを散らしながらまた高度を上げた。

 ――先程のような崖すれすれの飛行を、あの鳥が普段からやっているとは思えない。もしかして、あの鳥は崖から落ちた女の子を助けてくれたのだろうか? そんなことをラースが考えていると、巨鳥が大きな翼を羽ばたかせながら、ラース達の方にやってきた。そして、再び風塵を巻き起こしながら、巨鳥はラース達の目の前にゆっくりと着地した。巨鳥を間近で目にし、ラース達は思わずため息を漏らした。

 鳥にしてはあまりにも巨大なその体は、大型の象を想像させる。だが決して、象のような泥臭い体をしているわけではなく、朱色の翼を羽ばたかせて飛ぶその姿は、気品すら感じるほどに輝いていた。

 耳を澄ましてみると、海の中で溺れていると勘違いしているのか、巨鳥の嘴の中から「死ぬ! 死にたくない!」という女の子の叫び声が聞こえてきた。やはり、この鳥は女の子を助けるために降りてきたのか――。そう思いながらラースが巨鳥に歩み寄ったとき、あることに気付き、ラースは目を丸くした。ぬうっと、巨鳥の背中から一人の男が姿を現し、地面に降り立ったのだ。


「やれやれ。今日はよくノーアルで人を見かけるもんだ」


 おそらくは、この男が朱色の巨鳥の主なのだろう。気だるそうな声と共に現れたのは、クリーム色のミディアムヘアーに、黒いスカーフを被った男だった。あごには無造作に伸びた髭があり、服装もシャツ一枚に汚れの目立つズボン、腰には上着の袖を結び付けており、まるで大工のような見た目だ。しかし、男が背に担いでいる、黒と銀で彩られた鋭利な薙刀が、そのような印象を掻き消していた。


「……あんた、何者だ?」


 警戒しながら尋ねるラースに対し、男は右手であごの髭をいじりながら言った。


「あんまり名乗りたくはないなぁ。ま、それでもあえて名乗るとするなら……『鳥に乗るおじさん』とでも言っておこうかね」

「鳥に乗るおじさん……だと?」


 ラースは眉間にしわを寄せた。対峙しているだけでも、この男がただ者でないということがひしひしと伝わってきたため、男がどんなに緩い態度で答えても、ラースが警戒心を解くことはなかった。


「おいおい、そんなにかっかしないでほしいな。これでも一応、落っこちてた女の子を助けてあげたわけだしさ」


 男の発言を聞き、ラースの眉は緩んだ。どんなに謎めいた男であろうと、女の子を助けてくれたのは事実なのだから、もっとこの男のことを信頼してもいいじゃないかと、ラースは自分に言い聞かせた。


「ところで、さ。お二人さん、何でこんな所にいるのよ? もう道から大分離れてしまってるけど」


 男があご髭いじりを止めてラース達に尋ねると、セラが前に出ておずおずと答えた。


「その……。湖の辺りで休憩していたときに、女の子に私達の荷物が盗まれてしまったんです。それで、ずっと後を追いかけていたら、ここまで来てしまって……」


 ラースが森の方に目を向け、ため息をつきながら言った。


「早く森を抜けたいけど、ここまで迷い込んじまったら引き返すのも難しいだろうな……。崖の端に沿って進むって手段もあるが、いつ森を抜けられるか……」


 セラも難しい表情を見せた。困り果てた様子の二人を見るなり、男はフッと鼻で笑い、言った。


「お二人さん、ノアールの東側に渡りたいんだろう?」


 口元で笑みを浮かべながら、男は親指で巨鳥を指差した。


「乗りなよ。森の外まで連れていってあげるよ」


 男の願ってもいない発言に、ラース達はぽかんと口を開けた。


「い、いいんですか? 本当に?」


 驚きを隠せないセラに対し、男は巨鳥の艶やかな背中を撫でながら言った。


「遠慮しなさんな、お嬢さん。こいつも構わないって言ってる。お嬢さんも、こんな薄暗い森の中で野宿はしたくないでしょ?」


 ラース達は少しためらったが、すぐに考えを改めて、男に言った。


「じゃあ、お願いするよ。もう森の中をさまよい続けるのはごめんだしな」

「私も、お言葉に甘えて……」


 男はにっと笑った。


「あいよ! そんじゃ、すぐに飛ぶから背中に乗りな」


 男がぴょんと跳んで巨鳥の背中にまたがりながら、ラース達に促した。ラースも続いて男の後ろに飛び乗り、セラはラースと男の手を借りて、やっとの思いで巨鳥の背中に乗った。三人が背中に乗っても、まだ数人ほど乗れる余裕があるほど、巨鳥の背中はとても大きかった。

 巨鳥が翼を広げようとしたとき、セラがあることを思い出して声を上げ、巨鳥の嘴を指差して言った。


「ラースさん! あの子も外に出してあげましょうよ!」


 嘴の中では、なおも女の子が「死ぬ! 死んじゃう!」と悲鳴を上げていた。しかし、セラの言葉を聞いても、ラースは首を縦に振らなかった。


「いや。もし外に出したら、また何らかの手で逃げられてしまうかもしれねえ。それよりかは嘴の中に閉じ込めておく方がいい」

「そ、そんなぁ……」


 かわいそうに思うセラだったが、男もセラの言葉に賛成しなかった。


「俺としても、(よだれ)べっとりの子を隣に置くってのは気が引けるかな。……それじゃ、トト」


 男がポンと巨鳥の首元を叩いた。巨鳥が改めて左右の翼を広げ、大きく羽ばたかせた。ふわりと、巨鳥の体が宙に浮くのをラース達は感じた。


「落っこちるなよ!」


 男が叫んだ。男の忠告通りに、ラースは巨鳥の背中に、セラはラースの腰にしっかりと掴まった。セラの小さな悲鳴と共に、巨鳥は地面から離れて勢いよく上昇した。


 巨鳥が遥か上空で停止したところで、ラースは下の景色を見下ろした。大陸一面が、ノアールの木々で隙間なく埋まっている。このような、空からノアールの全貌を眺める機会はまたとないだろう――。目を凝らすと、遠くの方に木々の立っていない小さな空所が見え、そこからノアールの湖が姿を覗かせている。気付かぬ間にかなりの距離を走ってきたんだなと、ラースは苦笑いした。


「右だ」


 男の合図で、巨鳥はゆっくりと東に向きを変え、羽を伸ばして滑空した。巨鳥が少し羽ばたいただけで振り落とされそうになっていたセラだったが、ようやく揺れが小さくなったところで、セラは恐怖で震えながらも、ラースの腰にしがみつく力を緩めた。


「そもそも、お二人さんは何で旅をしてるわけよ? 行商人以外で、ここを渡ろうとする人なんてほとんどいないし」


 前を向きながら尋ねる男に対し、セラはできるだけ下を見ないようにしながら、答えた。


「私は、イーストに行きたいんです。昨日、騎士達にいきなり剣を向けられ、連れ去られかけて……。何故騎士達が私を狙ったのか、その理由を知りたいんです」


 ユニークだと思ったのか、男は鼻で笑った。


「へえ。でもさ、イーストに行くってことは、相手の本拠地に向かうってことでしょ? お嬢さんが行ったら危険なんじゃないの?」


 強めの風が吹き、セラはまたぎゅっと腕の力を込めながら、言った。


「だ、大丈夫です。ラースさんが、そばにいてくれますから」


 ひゅう、と男は口笛を吹いた。


「なるほど。騎士に襲われたときも、ボーイフレンドに助けてもらったわけか。で、ガールフレンド一人に旅させるわけにもいかないから、ボーイフレンドが一緒についていってあげると」

「なっ……!」


 セラは顔を真っ赤にしながら、ラースから離れてどんと()ね退けた。


「そういう関係じゃありませんから! 昨日会ったばかりで……」

「おい、セラ……!」


 ラースの一言により、セラは我に返った。思わず手を放してしまったことにより、セラは大きく体勢を崩した。落っこちてしまいそうになったが、すんでのところでラースが両手で受け止めた。


「全く、つまらないことをいちいち真に受けんなよ。あと、大人しく掴まってろ」


 誤解を招くようなことはしたくなかったが、ラースの平静な顔を見て、セラはしぶしぶラースの腰に掴まった。


「となると、ラースくんはまた別の理由で旅をしているってわけだ。ラースくんは何で旅をしているのさ?」


 セラをからかったことについて特に悪びれることもなく、男は振り向いて訊いた。あまり答えたくはなかったが、セラが答えて自分が答えないのもなと思い、ラースは仕方なしに言った。


「俺は、自分が何のために剣を振るのか、その答えを探している」

「ほぉ……なかなか変なこと言い出すねぇ?」


 ──こういうのは、いちいち反応に付き合うからペースが乱されるんだ。ラースは、男の反応を極力無視して話を続けた。


「ある男が言ったんだ。人殺しだと分かっていても、それでも剣を振る。そうでもしないと守れないものがあるからって。俺は、それが何なのか知りたくて旅をしているんだ」


 あご髭をいじりながら聞いていた男だったが、ラースが一通り言い終えたところで、男はまた鼻で笑い、軽い口調をそのままに言った。


「ふうん。じゃあ、人斬っちゃえばいいじゃない。単純な話」

「えっ……?」


 男の発言に、セラは息を呑んだ。ラースも動揺を隠せずにいたが、すぐに怒りのこもった目を男に向けた。

 ──俺もアイツも、真剣に悩み、考えているんだ。そんな簡単なことで片付けられてしまうような、単純な話なんかじゃない。


「あっはっは! 何向きになってんのよ! 真に受けなくていいって!」


 ラースの反応を滑稽に思い、男は声を上げて笑った。


「冗談にも程ってものがあるぜ、おじさんよ」


 対して、ラースは目つきをそのままに言った。


「ふむ……冗談ね。でも、俺の言うことも、あながち冗談ってわけじゃあないんだよね」

「何……?」


 眉間にしわを寄せるラースに対し、男は変わらぬ態度のまま言った。


「だって、ラースくんも人を斬ったわけじゃないんでしょ? やってもいないことを前提に考えてもさ、分かるはずがないと思わない?」


 ラースは目を丸くした。男の言葉は決して間違っていなかったが故に、ラースは何も反論することができなかった。


「人殺しの気持ちなんてさ。やった本人にしか分かりっこないよ」


 男の言葉を聞き、ラースは無意識のうちに俯いた。――自分の求めている答えを見つけるために、やはり人殺しは避けて通れないのだろうか? そんな考えが、ラースの脳裏に浮かぶ。


「……そろそろ森を抜けられるな」


 ふと前方を見るなり、男は口元を綻ばせて呟いた。ラースが顔を上げると、隅から隅まで埋め尽くされていたノアールの木々が途切れ、その先に草原が広がっているのが見えた。


「俺、あんまり目立つようなことしたくないからさ。森の出口辺りで降ろすから。そこからは自力で歩いておくれ」


 そう言って、男は巨鳥に囁き、高度を下げるよう合図した。巨鳥は体を下に傾け、速度を上げて急降下していった。


 森と草原の境目の所で、巨鳥は両翼を羽ばたかせ、ゆっくりと着地した。草花は風圧で波を打ち、辺りには朱色の羽根が再び舞った。

 ラースが先に飛び降り、セラはラースに支えてもらいながら降り立った。それを見届けると、男は巨鳥の首筋をポンと叩き、言った。


「トト。女の子を外に出してあげな」


 巨鳥はうなずき、嘴の中に含んでいた女の子をペッとラース達の前に吐き出した。


「あ、あれ……」


 海で溺れていると思い込んでいたからか、自分がまた陸の上にいることに、女の子はしばらく呆然とした。しかし、それが事実であると認識すると、女の子は飛び上がって喜んだ。


「よお。無事でよかったじゃねえか」


 不意に恐れていた声が耳に入り、女の子は青ざめながら振り向いた。ラースが怒りに満ちた顔で、こちらを睨んでいる。逃げるしかないと思い、女の子は慌てて森の方に走り出した。

 途端、巨鳥が甲高い声で鳴いた。そして、自身の大きな嘴で女の子を挟み込み、逃げられぬよう薙ぎ倒して地面に嘴の先端を突き刺した。


「ひぃぃぃぃっ!」


 再び襲いかかる死の恐怖に、女の子は涙目になって悲鳴を上げた。


「ははは! 悪いこと考えてたのがトトにもばれちゃったみたいだな。もう観念した方がいいんじゃない?」


 男が高らかに笑いながら言ったが、女の子は腰が抜けて、すでに動けるような状態じゃなかった。「もう十分だよ」と、ラースは巨鳥をなだめて女の子から離した。


「その……ありがとな。いろいろと世話になった」


 改めて、ラースは男に礼を言った。男は適当に返事を返そうとしたが、ラースが思い詰めた表情をしていることに気付き、それを止めた。


「何か、言いたいことでもある? ラースくん」


 男が尋ねた。ラースは図星を突かれて一瞬目を丸くしたが、すぐに先程の表情に戻り、男に言った。


「俺は、答えを見つけるために、この手で人を殺すつもりはない。けど……今は全く見えてこないんだ。あの男の言葉の意味も、俺自身が何で剣を振っているのかも、何もかも……」


 男は、飄々としていながら、どこか重みのある口調でラースに言った。


「俺からはこれ以上何も言わないよ。あとはお前さん自身で考えて、自分なりの答えを出すといいさ」


 ポンと、男が巨鳥の首筋を叩いた。巨鳥は大きな両翼を広げて羽ばたき、またふわりと宙に浮いた。

 再びラース達に目を向けたとき、セラが一枚の羽根を手にしていることに、男は気付いた。


「セラちゃんだっけ。その羽根、もしかしてトトのものかい?」


 黙って拾っていたことに頬を赤らめながら、セラはこくりとうなずいた。男は得意げになって言った。


「そうかい。じゃあ、その羽根はお守り代わりにでも貰ってくれよ。セラちゃんがピンチになったとき、その羽根に願ってくれれば、この俺がいつでも駆け付けてあげるよ」

「調子のいいことを言いやがる……」


 ラースがため息をつくと、男はにっと笑い、また軽く巨鳥の首を叩いた。

 巨鳥が翼を振り上げ、飛翔した。みるみるうちに高度を上げ、その姿が次第に小さくなっていくのを、二人はじっと見つめていた。


「じゃあな、ラースくん! セラちゃんも!」


 男の言葉を皮切りに、巨鳥の姿は雲に隠れて見えなくなってしまった。


 黒スカーフの男がいなくなってもなお、ラースはしばらくの間、雲がかかった青空をぼんやりと見つめていた。この時、ラースの脳裏では先程の男の言葉が反復されていた。

 ――どのような答えを出すかは自分次第。そして、答えを見つける上で自分がどのように考え、選択するのかも自分次第だ。もし、男の言っていた通り、人殺しが避けて通れないものだとしたら……そのような場面に直面したら……自分は剣を振る決断をするのだろうか?


「ラースさん……」


 セラの呼び声で、ラースは我に返った。振り向くと、セラが不安そうな表情を浮かべてラースを見つめていた。


「ラースさん……大丈夫ですよね? 人を斬ったりなんか、しませんよね……?」


 思い詰めたラースを見かねての言葉なのだろう。セラは懸念の目を向けながら、震えた声でラースに訊いた。


「セラ……」


 目を丸くするラースに対し、セラは申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい……。でも、あの人に『人を斬ればいい』って言われたときのラースさんの顔が……その、ずっと怖かったんです。だから……本当に人を斬ってしまうんじゃないかと思って……」


 セラの言葉を聞き、ラースは自分が犯罪に手を染めるのを少しでも考えたことを深く後悔した。

 ――人殺しが罪だってことは、分かりきっていることじゃないか。旅に出るときに、人を斬り殺すために剣を抜かないって誓ったというのに……駄目だな、俺は。


「……何言ってんだよ」


 セラを心配させまいと、ラースはにっと笑ってはぐらかした。


「考えすぎだ。俺がそんな馬鹿げたこと、するわけないだろ?」


 ラースの言葉に安心感を覚えたのか、セラはほっとした表情を見せた。


「そう、ですよね……。ラースさんが簡単に人を斬るような人には私、とても思えませんし。すみません、余計なこと言って」


 それに対し、ラースは「いいんだ」と首を横に振り、話題を変えた。


「それより、目の前のことを考えようぜ。まずは、泥棒猫から俺らの荷物を取り返さねえと……」


 そう言いながら振り返ると、視線の先で女の子は、忍び足でその場を立ち去ろうとしていた。

 すぐに飛び付いて、逃がすまいと女の子の足首を掴む。


「ギャーッ! 止めて! 見逃してぇっ! もう物を盗んだりしないからぁ!」

「単に盗む物がないだけだろ! さぁ、俺らの荷物を返してもらおうじゃねえか」


 胸ぐらを掴んで脅すラースに対し、女の子は落ち着き払った様子で言った。


「ふん! 無駄だよ、今さらあたしに言ったって。悪いけど、あんたらの荷物はさっき落っことしちゃったもん。もう諦めなって!」


 女の子の態度が、ラースはどうも気に食わなかった。自分達の荷物がなくなったのならば、女の子にとっても骨折り損のくたびれ儲けになるというのに、何故女の子はまだ余裕があるのだろうか?

 違和感を覚え、ラースはぐいと女の子の背中を持ち上げ、横に振った。ぽとりと、ラース達の財布が地面に落ちた。ラース達の物のみならず、女の子の懐から、金のなる木でもあるかのように、他の人から巻き上げたのであろう金がじゃらじゃらと溢れ出た。


「こらーっ! あたしの金返せー!」


 懐の金を全部没収されてしまい、女の子はラースから金を取り返そうと暴れ始めた。しかし、女の子の身長はラースの肩にも届かない。ラースがひょいと金の入った袋を持ち上げてしまうと、女の子はいとも簡単に手が届かなくなってしまう。


「返せっ! 返してぇ! それはただのお金じゃないんだよ!」

「へそくりとか言いてえんじゃねーだろうな?」

「そんなわけないだろ! それは大事な軍資金なの!」


 女の子の言葉に、セラは目を丸くする。


「軍資金……?」

「そうだよ! お姉ちゃんを助けるための軍資金!」


 懲りずに何度も跳び続けたからか、女の子はぜいぜい息を切らしながらも、話を続けた。


「お姉ちゃんだけじゃない! 村の仲間はみんな……騎士の奴らに捕まっちゃったんだよ! だから、あたしが……みんなを助けるためにはあたしが……!」


 初耳な話に、ラースとセラの二人は呆然とした。遅れて、自分がうっかり口走っていることに気付き、女の子は慌てて口を両手で塞いだ。


「モ、モゴモゴ……(い、今のは聞かなかったことに……)」


 すぐに女の子がごまかすも、ラースが女の子の言葉を聞き入れることはなかった。

 ――やっぱり、こいつも訳ありなのか。一つため息をつくと、ラースは金の入った袋を持ち上げ、女の子に向かって口を開いた。


「この金、返してほしいか?」

「も……もちろん! 大事な金だもん!」


 女の子は大きくうなずいて答えた。


「そうか。だが悪いがな、俺はこれを返す気なんてさらさらねえんだ」

「なっ!」


 ショックを受ける女の子に対し、ラースは真面目な顔付きで言葉を続けた。


「俺はこの金を返すつもりはない。どうしても返してほしいのなら……このまま俺らについて来い」


 あまりにも唐突すぎることに、女の子は面食らってしまった。


「は、はぁっ? お前、いきなり何を言い出すんだよ!」


 女の子のみならず、セラもまた驚きを隠せずにはいられなかった。


「ラースさん、それってどういう……?」


 セラが訊くと、ラースは視線を女の子から逸らすことなく答えた。


「セラ、悪いが俺の考えに付き合ってくれ。こいつもお前と同じ、事情のある奴なんだ。このまま放っておいても、こいつはまた、泥棒とか馬鹿なことを繰り返すだけなんだ」


 ラースの意図に気付き、女の子はぶんぶんと首を振った。


「ま、まさか……お前、あたしに協力するつもり? 冗談じゃない! お前ら人間の手なんか借りない! あたしは誇り高きニンジャなんだ!」


 ラースは無言のまま、女の子に示すように金の入った袋を持ち上げてみせた。


「うっ……! そ、それは……」


 女の子の口が止まってしまう。どうやら、この金に関しては大分痛手のようだ。


「俺は頼んでなんかいない。命令しているんだ。分かるか?」


 この時、ラースの顔は、真面目な顔から普段通りの意地悪なものに変わっていた。そんなラースに、女の子はとうとう反論することが出来なくなってしまった。


「あ~っ! もう!」


 しばらく悩んだ後、女の子はやけになりながら言った。


「分かったよ、ついて行くよ! その代わり、あたしのお金はちゃんと全部、返してくれるんだろうな?」

「お前の態度次第だな」


 一瞬安堵の表情を見せ、ラースは言葉を返した。


「とは言っても、人から盗んだ金だって分かっていながら、お前に渡すわけにもいかねえけどな」

「い、今更そういうこと言うの卑怯だろ! それに、あたし自身のお金もちょっとは入ってるってば!」

「どうせさしたる量じゃねえんだろ? そもそも、それは金を全部返す理由にはならねえよ。まぁ、お前が事情を話してくれるのなら、考えてやらないこともないが……」


 女の子はラースを睨み付けて言った。


「それは、絶対に、ない! お前ら人間の手なんか、借りるもんか!」

「あっそ。なら別に構わねえよ。俺も金を返さないだけだから」

「だから! それとこれとは関係ないだろ!」

「その事情のために使うって言うなら、大ありだろうが」

「ぐっ……こいつむかつく……! まるで返す気がないじゃん……!」


 わなわなと唇を震わせている女の子を無視し、ラースが空を見上げてみると、すでに、太陽が地平線に向かい始めていた。

 この調子だと、あと数時間もすれば日が暮れてしまうなとラースは感じた。あの男のおかげで何とか森を抜けることはできたものの、少しでも急がないと、日没までにコナン帝国に辿り着くのは難しいだろう。そう思い、ラースはセラに「すぐにコナン帝国を目指そう」と呼びかけた。


「はい! 分かりました」


 セラは、嬉しそうな表情を浮かべながら返事を返した。セラの顔がずっとにこにこ顔のままであることに、ラースは気味悪くすら感じてしまった。

 ラースが理由を問おうとしたとき、急にセラがラースから目を離し、とことこと女の子に駆け寄った。


「あかねさん、行きましょう!」


 セラが女の子に呼びかける。セラは女の子の名前を、しっかりと覚えていた。


「え。ちょ、何……」


 女の子が戸惑っていると、セラはにっこりと微笑みながら、両手で一方的に女の子の手を掴んだ。


「私、セラ・マリノアと言います。よろしくお願いしますね!」

「あ、うん……?」


 怪訝そうに返事をする女の子に対しセラがうなずくと、また駆け足で女の子を引き連れながら、ラースのそばに戻っていった。

 本当に子供が好きなんだな――。セラの一連の行動をおかしく思い、ラースは鼻で笑う。そして、くるりとセラ達に背を向け、ラースは先立って道なりに歩き出した。

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