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 慌ただしい夜が明けて朝になった。


 敵は紫苑の予想通り谷を抜けたところに待ち伏せしていた。


 陣を構えてはいるが紫苑はまだ来ていないようだった。


 そしてそれを谷の上から見下ろす集団がいた。


「ざっと見た限り五〇〇〇はいるわねえ。そんな大勢で攻められたら身体が持たないわよ」


 大男のオカマ――朱美は谷の上から敵兵を見ておどける様に肩をすくめる。


「まさか敵の全兵力のほぼ半分ですか。敵はここで一気に紫苑様を討つつもりなのでしょう」


 栞那は朱美と違い予想以上の兵力に苦い表情を浮かべる。


「なーに、逆に考えればここを乗り切れば勝機があるってことだろ。死中に活ありって言うしな」


 馬頭は落ち込む栞那を励ますように軽い口調で話しながらも敵の様子を探る。


「陣形は攻守ともに優れている魚鱗の陣か」


 魚鱗の陣は敵に対して「△」の形で対峙する陣で、数百人単位の隊が魚の鱗のように密集していることで守りが堅く個別の機動性が優れている陣だ。


「んでもって弱点の背後は蛇斑城へと続く道か」


 正面に構える魚鱗の陣は攻守に優れているが横や背後からの攻撃に弱い。そして総大将は大抵後ろに控えているため後ろを取られると一気に総大将を討たれる危険性がある。


「こっちから援軍が来ることは予想してないのか……」


「ならば今から背後へ奇襲をかけますか?」


 馬頭の呟きに栞那が反応する。


「いや、どちらかというと援軍が来たとしても大したことがないことを見切っているかもしれないな」


 大和の策でこちらの兵数を多くみせていたが頭のきれる相手なら冷静に状況を分析したらそれぐらい見破っていてもおかしくはないと考える馬頭。


「それに今奇襲を仕掛けても効果は薄いだろうよ。背後が弱点とはいえ数の利は向こうにある。もっと人数がいれば強引にでも行けたかもしれないがな」


 と言って馬頭は背後に控えている部下を見る。


 大和とさちを置いて来たからたったの三八人。


 それだけで攻めるのは厳しい。


 死ぬ覚悟はできているが犬死にだけはごめんだ。


「勝負を仕掛けるのなら戦いが始まってからだ。戦いが始めれば好機はあるはずだ。それまでは待機だ」


「……わかりました。それなら私はしばらく周囲に敵がいないか確認してきます」


 そう言うと栞那は周囲の警戒をするべく隊から離れていく。


「休める時に休んでおけばいいのに真面目なやつだな」


 馬頭たちのいる場所は敵寄りの場所だ。いつ敵の偵察が現れてもおかしくはないのだが、この先は厳しい戦いになる。それだというのに休まず働こうとする栞那の真面目っぷりに馬頭はあきれる様にため息をこぼす。


 そこへ朱美が首を横に振って否定する。


「それは違うわ。平然としているけどあの子はまだ十七よ。これから先のことを考えたらおちおち休んでいられる心境じゃないのよ」


「……そうか。それもそうだな」


 自分はそんな子にこれから死ねと言っているのだと思い馬頭は自嘲する。


 さらに思えば自分が栞那と同じ年の頃は周囲から疎まれて荒れていたっけと自分の恥ずかしい過去を思い出す始末。


「馬頭ちゃんは……本当にこれでいいの?」


 ふと過去を振り返っていた馬頭に朱美がそんな質問をぶつけてきた。


「これでいいって何がだよ」


 馬頭は質問の意味がわからず眉を寄せながら聞き返す。


「まこちゃんを残していくなんてあなたらしくないじゃないの」


「……そのことか」


 馬頭は昔のことを思い出しつつ敵に捕らえられているであろうまこに思いを馳せる。


「俺っちはよ、国を追い出される前はとんでもねえ悪たれでな。人間として最低な野郎だったんだよ」


「ええ、その噂は聞いているわよ。但馬の国一の暴れ馬だ駻馬なんて言われたものね」


「おかげで周りからは余計に嫌われていてな、俺っちに寄って来る連中と言えば金目当てで絡んでくるごろつきか、俺っちを兄と慕って来たまこぐらいだったよ。でもあの時の俺っちはまこが疎ましかったけどな」


「そうなの?」


 朱美は今までの馬頭の行動からはそれが信じられなくて意外そうな表情になる。


「ああ。あいつは妾の子だったから立場が弱くて疎まれていてな。おまけにまこの母親は流行りの病でぽっくり逝っちまったから守ってくれるような人間もいなかった。だから同じ疎まれ者同士の俺っちに近づいて守ってもらおうとしたんじゃないかと勘繰っててな。俺っちは近寄ってくるまこを邪険に扱っていたんだ」


「……」


「でもな、まこのやつは俺っちが国を追い出されてもついて来たんだ。妾の子とは言え姫だったあいつがわざわざ流民の身に落としてまでだ」


 馬頭はその時のことを思い出して少し語気を荒げる。


「流民になるより敵の国へ嫁いだ方が何百倍もましだってのにだぞ。俺っちは理解ができなくて始めは国に帰るように言ったんだけどな。まこはそれでも俺っちについてきた。辛く厳しい流民生活をしている中で徐々にまこが損得抜きで俺っちを兄として見ていることに気付かされた。そん時に俺っちはまこにとっていい兄でいようと決心したんだ」


 と馬頭は決意を秘めた顔をする。


「だからこそここで紫苑様を見捨てておめおめと生き延びたりしたらあいつに合わす顔がねえんだよ」


「それで自分が死ぬここになっても?」


「そうだ。もし仮に俺っちが死んでもあの馬鹿にならまこを任せられるからな」


「あら意外ね。あなたが彼をそこまで信用しているなんて」


「あいつを信用はしちゃいないさ。ただ……」


 そこで言葉を一旦区切る馬頭。


「あいつと出会ってからまこが楽しそうに笑うんだよ。今まで環境のせいか笑うことはあってもどこか作り物めいたところがあったんだけどな。けどあいつの無茶苦茶な行動に振り回されたことを俺っちに語るまこは年相応の無邪気な笑みで笑うんだ。俺っちはそのまこの笑顔を信じただけだ」


「……つくづくあなたは妹狂いなのね」


 朱美はやれやれと首を横に振る。


「ほっとけ」


「その気持ちをほんの少しだけ梗ちゃんに向けられたらあの子も報われるのに」


「梗がどうした――っとついに紫苑様が到着したみたいだ」


 馬頭と朱美が話していると紫苑の軍勢が谷を抜けて開けた場所までやって来た。


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