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更新が遅くなってすいません!

 馬頭と朱美の二人は話を区切って紫苑が率いる鳥綱の国の軍勢の様子を見ると、二人とも自分の目を疑った。


「おいおい、紫苑様はいったい何を考えているんだ」


「わからないわ。でもよりにもよって何であの陣形なのかしら」


 谷を抜けた紫苑が取った陣形は大将である紫苑の周りをグルッと円で囲った方円の陣と呼ばれるもの。


「よりにもよって方円の陣だと。何で防御陣形なんだ?」


 敵の軍勢の中を突破しなければならないというのに攻撃陣形ではなく防御陣形。馬頭には紫苑が何をやろうとしているのかわからなかった。


 そこへいつの間にか偵察から戻ってきた栞那が馬頭に訊ねる。


「方円の陣? 馬頭殿、その方円の陣とは何ですか?」


「ん? 栞那か。偵察から戻っていたのか」


「谷の方から砂塵が近付いてくるのが見えたのでもしやと思って偵察を切り上げて戻ってきました。それで馬頭殿、方円の陣とは何ですか?」


 まだ年の若い足軽組頭の栞那にとって陣形と言えば魚鱗の陣や鶴翼の陣といった代表的なものしか知らず方円の陣についてはわからなかった。


「方円の陣ってのは簡単に言えば奇襲に備えた陣だ。全方位に目を向けているからどっから敵が攻めてきても対処できる。だがその代わり移動がしにくい。本来ならここは魚鱗の陣か一気に敵陣を駆け抜ける鋒矢ほうしの陣を選ぶのが上策なんだが」


「鋒矢の陣というのは確か一本の矢のような陣形で一点突破をする陣形でしたよね」


「そうだ。敵もそれを見越して横に広がって囲い込む鶴翼かくよくの陣じゃなくて一点突破が難しい魚鱗の陣で迎え撃とうとしているわけだが……」


 頭を掻いて考えるが馬頭には紫苑のやろうとしていることが読めない。


 方円の陣は奇襲対策の陣形だがあいにくこの場は見晴らしが良く奇襲ができる状況ではない。だというのになぜ紫苑は方円の陣を取ったのだろうか。


「もしかして紫苑様は敵を誘っているのでは?」


「誘うだと?」


 栞那の言葉に反応した馬頭は栞那に目を向けて続きを促す。


「はい。紫苑様の取った方円の陣は移動に適さない陣。ならば敵の方から攻めてこなければなりません」


「……だとすると紫苑様は向こうが攻めてきた後どうするつもりだ?」


「もし敵が今のままの陣形で攻めてくるのであれば陣を方円の陣から鶴翼の陣に変え敵を包囲します。逆に敵が鶴翼の陣に変えてくるのであれば鋒矢の陣で中央突破します」


「なるほど。相手の出方によって陣形を変える……いわゆる後の先ってやつか」


 元々方円の陣は兵が分散してしまうため局地的な攻撃に弱い。だから攻撃を受けてから別の陣形に移すことを前提に考えられた陣形だ。


「だがその策には欠点がある」


「欠点とは?」


「鶴翼の陣ってのは数が多くなければ意味がない。数が少なければ包囲してもすぐに破られちまうからな。こっちが鶴翼の陣を敷こうとも向こうはそれを破れるほどの兵力があるから敵は間違いなく陣形を変えずに魚鱗の陣で攻めてくるはずだ」


「確かに。向こうが鶴翼の陣を敷いても一点突破される恐れが出てくるだけで利はないですね……」


 顎に手を当てて自分の考えの甘さを反省する栞那。


「紫苑様ほどのお方がそのことに気付いてないわけがないと思うんだが……」


 と馬頭は考え込む。


 そんな馬頭の心配をよそに合戦が始まる。


 先に動いたのは蛇骨の国の軍勢。進軍の合図の太鼓が辺り一帯に響き渡る。


 蛇骨の国の軍勢は馬頭の予想通り陣形を変えず魚鱗の陣で紫苑の軍勢へと攻め込む。


「動き出したか」


「馬頭殿の言った通り陣形を変えずに来ましたね」


「ああ。だが蛇斑城への道を塞ぐために八〇〇ほど兵を残したか。敵はあくまでも紫苑様を逃がさないつもりだな」


「しかし結果的に敵の兵力を少しは減らすことはできましたね」


「とはいっても二倍の兵力差がある。それにこっちは撤退戦で疲弊しているのが痛いな。兵の質が高ければ兵力差を覆すこともできなくはないんだがな」


「それも敵の策のうちというわけですか。……恐ろしい相手ですね」


「まったくだ。きっと蛇のようにねちっこい野郎だろうよ」


 と皮肉交じりに答える馬頭だったがその胸中では敵陣を見ながら別のことを考えていた。


「もしかしたらあの中にはあいつがいるのかもな」


 大和から敵の軍師のそばでかつて自分がかないもしなかったあの男が仕えていると聞いた。


 どうして敵の軍師に仕えているのかわからないが、もしあの男と対峙したら自分は勝てるだろうか?


 そんな不安を感じつつ誰にも聞こえないようにひとり言を呟いた。


 そして馬頭の不安をよそに戦況は進んでいく。


 押し寄せる蛇骨の国の軍勢と待ち構える紫苑が率いる鳥綱の国の軍勢がぶつかり合う。


 鳥綱の軍勢は号令とともに最前線に立つ兵たちが五メートルはあるだろう長槍を一斉に振り上げ地面に地面に振り下ろすことで敵の勢いを削ぐ。


 だが先陣をきった蛇骨の国の兵たちはその長槍に叩きつけられるが敵の勢いは止まることなく怒涛の勢いで攻め込んでくる。敵としてみればここで紫苑を討つことができれば鳥綱の国を取ったも同然であり、そうなれば報酬も期待できるから張り切るのは当然だった。


 しかし鳥綱の軍勢もその勢いに負けることなく押し止める。こちらとしても敗ければ後がないのだから国や家族を守るために必死だった。


 最前線が敵を押し止めている間に鳥綱の軍の後方にいた兵たちが前へと進み鶴翼の陣へと陣形を変えていく。


 敵を誘い込み後方にいた兵が前へ出て鶴翼の陣で包囲する。ここまでは栞那が予想した通りの展開だった。


 それと同時に馬頭が予想した通りの展開でもあった。


 鶴翼の陣を敷いたまではいいが敵の数が多いこともあって中々敵陣を切り崩せずにいた。むしろ徐々にだが押され始めていた。


「ちっ! このままじゃじり貧だ。俺っちも出るぞ!」


 苦戦する戦況を見てこのままではやられるのも時間の問題だと判断した馬頭は出陣を決意すると、敵の背後を強襲するべく谷を降って蛇斑城へ続く道へと戻る。







 馬頭が敵の背後を強襲するべく谷を降るのと同時に紫苑も反撃に出るべく動き出す。


「敵はこちらの思惑通り動いているな」


 敵陣の様子を窺いながら紫苑は戦況を把握すると隣に並走している蓮に声をかける。


「蓮。準備は良いな」


「はっ!」


 声をかけられた蓮は神鳥に乗ったまま恭しく返事をする。


「当初の予定通りお前に一〇〇騎預ける。その手勢を連れて敵本陣に強襲をかけろ」


「お任せください。必ずや敵将の首をあげてみせます」


「……頼むぞ」


 決意に満ちた蓮の瞳を見て複雑そうな表情を浮かべる紫苑。


 ここまでは紫苑の考えた通りの展開だ。


 敵を誘い出し鶴翼の陣で包囲する。そして敵の注意が横に向いたところで蓮による正面突破。


 武勇に優れる蓮ならば本陣へと斬り込むことができるかもしれないという一種の賭けだ。


 敵は用意周到だ。生半可な策ではすぐに打ち破られるだろう。敵を討つにはこちらもそれ相応の犠牲も必要になる。


 しかしそれは唯一無二の友を死地へと追いやるということだ。


 正直紫苑にとっては苦肉の策であった。


「では行ってまいります」


「蓮――っ」


 出陣しようとする蓮に「死ぬなよ」と言いかけて咄嗟に言葉を飲み込む紫苑。


 自分が死地に行くように命令しておいてそんなことを言える立場ではないと気が付いたからだ。


「どうかしました千鳥様?」


「何でもない」


 と顔を逸らして素っ気ない返事をする紫苑。


 それを見て蓮は微笑する。


「ご安心ください紫苑・・様。私は紫苑様の夢をそばで見届けるまで死ぬわけにはいきません。だからこんな戦場で散るつもりはありませんよ」


「……そうだったな」


 蓮の言葉に昔を思い出し紫苑は苦笑する。


「では改めて行ってまいります」


「期待してるぞ蓮」


「ははっ!」


 こうして蓮はたった一〇〇人の手勢を連れて敵陣の正面突破に挑む。

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