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第3話 はじめての依頼

天職を授かって四日目。俺たちは初めての「依頼」に出た。


 村を通る冒険者ギルドの出張所に、薬草採取の依頼が貼り出されていた。危険度は低い。ただし採取地の峠には、たまに魔物が出る。だから護衛のできる駆け出しがまとめて請けるのがならわしだ。


 パーティは四人。剣を担いだ〈剣聖〉のガルド。弓と斥候のミナ。大きな盾を背負ったトーマ。そして荷物持ちの俺。


 「レイ、地図と水は任せた」。ガルドが当たり前みたいに言う。俺は「おう」とうなずいて革の手帳を開いた。


 この手帳は四人の共用だ。見開きの右ページに、俺が採った薬草の数、通った道、水場の位置を書き込んでいく。誰も進んでやりたがらない地味な役目。でも、前世で嫌というほど雑務をこなした俺には性に合っていた。


    *


 出発前、峠の麓で小休止したときだ。トーマが足元の枯れ木を拾い上げて俺に見せた。無口な男が珍しく口を開く。


 「レイ。これ、持ってみろ」。受け取ると、驚くほど軽かった。中が蜂の巣みたいに空洞だらけだ。「山の民が矢柄に使う木だ。中が空いて軽い。折れやすいがな」。


 トーマの説明で、その木の由来と働きが頭に入った。


 由来と働きの理解を確認。〈蒐集〉――候補、《軽量》。


 誰も見ていない隙に俺はその枯れ木にそっと触れた。採録。木が色を失い、灰になって指の間で崩れる。……集めるとは、失わせることだ。二度目でもその手応えは軽くならない。


 あの半透明の棚——目録に《保水》と《軽量》。二つの標本。手札が二枚に増えた。何に使えるかはまだ分からない。だが、備えは多いほうがいい。前世でそれだけは学んだ。


    *


 峠道は順調だった。いや、正確には——俺が順調になるよう先回りしていた。


 斥候のミナが前方を鋭く見た。「レイ、その先の斜面、崩れた跡がある。左の尾根を回ったほうがいい」。ミナの目が危険を見つける。俺はそれを右ページの地図に書き込み、「南斜面・崩落跡・危険」と警告を添えた。斥候の目と、記録の手。役割が噛み合う。


 「ミナ、三つ目の岩場に薬草の群生だ。地図に印つけた」。「トーマ、水はあと二人分。次の水場までは俺の合図で飲め」。


 誰かが危ない橋を渡る前に退路を確保する。誰かが渇く前に水を配る。地味だ。だが事故はこういう小さな穴から起きる。前世の現場で身に染みて知っていた。


 昼前には依頼の薬草を、規定の倍も採り終えていた。


    *


 昼飯の小さな火を囲んでガルドが真面目な顔になった。


 「なあ、おれたち四人でさ、いつか銀級になろうぜ。〈剣聖〉と、その仲間たち。かっこいいだろ」。銀級。駆け出しには雲の上の等級だ。でもガルドが言うと手が届く気がした。「いいね」とミナが乗り、トーマも深くうなずいた。


 俺は手帳の左ページを開いた。誓約を書くなら、記録とは別のページがいい。「じゃあ契約だ。ここに、四人の名前と約束を書こう。“四人で銀級になる”。破ったら罰ゲームな」。


 左ページの真ん中にその一文を記す。そして順番にペンを回した。ガルドの豪快な字。ミナの丸い字。トーマの几帳面な小さい字。最後に、俺。


 四つの名前が左ページに並んだ。向かいの右ページには、今日の地図と、あの「南斜面・崩落跡・危険」の警告が俺の筆跡で記されている。……このときの俺は本気で信じていた。この四人は、ずっと一緒だと。


    *


 事件は帰り道に起きた。


 行きに俺が「危険」と書き添えた、あの南斜面だった。帰りも左の尾根を回るはずだった。だがその崖の縁に、白い花が覗いていた。滅多に採れない高値の薬草だ。「ちょっとだけ」。俺の止める声より先に、ミナが身を乗り出す。足をかけた岩が、ごっそりと崩れた。表面は固く締まって見えたのに。地中でじわじわ進んでいた二次崩落だ。


 「ミナ!」。ミナの体が崖の途中の細い岩棚に取り残された。上は崩れた岩で道が塞がり、下は切り立った谷。ガルドが剣を抜いて駆け寄るが、剣で岩は退けられない。


 「投げ縄だ!」。トーマが投げ縄を放る。だが長さは足りるのに、谷から吹き上げる横風に煽られて軌道が逸れた。何度投げても風が縄を流す。ミナの手元まで届かない。


 剣聖の火力も、盾も、この局面には届かない。——なら、俺だ。


 まずミナの足場。あの岩棚は粘土の層だ。乾いてひび割れ、今にも崩れそうだ。だが崖のその一帯には元から滲み水がある。俺は水袋から多孔質の革を一枚取り出し、崩落跡の縁——粘土の層が剥き出しになった割れ目へ押し込んだ。ミナの岩棚は、この層の続きだ。ここへ《保水》を貸与する。革が滲み水を吸って抱え込む。その湿りが層を伝い、岩棚の粘土のひびまで染み渡った。乾いて崩れかけていた粘土が数秒だけ崩壊を遅らせる。時間稼ぎだ。長くはもたない。


 次に投げ縄。目録から《軽量》を引き出し、投げ縄そのものへ貸した。


    《保水》――多孔革へ貸与中。     《軽量》――投げ縄へ貸与中。


 軽くなった投げ縄は、トーマが同じ力で放っただけで、さっきとは比べものにならない速さで飛んだ。風に押される間がない。縄はまっすぐミナの手元へ届いた。別々の力を、別々の道具へ。それぞれ一つずつ。


 「掴め、ミナ!」。ミナが縄を掴む。数秒だけ保った粘土の足場を蹴り、トーマの盾へ飛び移って引き上げられた。——間に合った。


 ミナが安全な場所に着くと、俺は二つの標本を解除した。多孔革から《保水》が、投げ縄から《軽量》が、目録へ戻る。割れ目から引き抜いた革は、ただの濡れた革に戻った。俺たちが退いた直後、あの粘土の足場は音もなく崩れ落ちた。


    *


 「……今の、なんだ?」。声がした。


 後方の岩陰。冒険者ギルドの監督官の徽章。峠の巡回だったらしい。男の目は、へたり込むミナでなく、俺の手の中の多孔革と投げ縄にじっと注がれていた。「荷物持ちの坊主。……今の光は、何だ?」。俺はとっさにそれを背に隠した。心臓がいやな音を立てた。


    *


 その男は、ヴァルク・オルゼと名乗った。


 村へ戻る道すがら、ヴァルクはやけにガルドに話しかけた。剣聖の噂はもうギルドに届いているらしい。英雄候補への値踏みの目だ。


 村のギルド出張所。ヴァルクはガルドだけを奥の別室へ呼んだ。扉が閉まる。だが、薄い壁は切れ切れに声を漏らした。


 「——英雄契約だ、剣聖殿。ここに署名すれば、王都の後ろ盾がつく。ただし条件がある。あの荷物持ちをパーティから外せ」。


 「……レイは、おれを、何度も助けて——」


 「では、契約はなしだ。それも構わんが……母上の薬代。村への支援金。それも全部なくなる。いいのか」。


 沈黙が落ちた。ガルドの声はしばらく聞こえなかった。反論しかけて、母の薬代という一言に喉を塞がれたように。……あいつは、署名欄を見つめていたに違いない。


 俺は手帳を握る手に力を込めた。四つの名前が並んだ左ページ。……大丈夫だ。あいつは、村人が俺を笑ったとき真っ先にかばってくれた男だ。そんな取引に揺らぐわけがない。そう思い込もうとしていた。


    *


 その帰り。俺はガルドが村外れの自分の家へ、小さな薬包を届けるのを見た。


 あいつの母は長く床に伏せている。薬包をそっと枕元に置くガルドの背中には、いつもの豪快さがなかった。ひどく疲れて細く見えた。


 ……あいつも、あいつなりに背負っているのだ。病の母を。貧しい村を。俺はその背中に声をかけられなかった。


 ——追放まで、あと一日。



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