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エレメントクロニクル-Element Chronicle  作者: 水城ゆら
2章【新たなる出会い編】
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第36話「旅の始まり」

 教室中がざわめきに包まれる中、担任は軽く手を叩いて生徒たちの視線を集めた。



「はいはい、まだ話は終わっていませんよ」



 その一言で教室は再び静まり返る。



「今回の学年旅行ですが、目的地はゼログランドだけではありません」



 黒板に映し出されていた地図が切り替わる。そこには海に囲まれた美しい半島と、その中央に大きく記された地名が映し出された。


 ――『カラミティアルランド』


 画面いっぱいに広がる青い海。白く輝く砂浜。色鮮やかな街並み。先ほどまで話していた『無の荒れ地』という言葉とは正反対の、美しい景色だった。



「わぁ……!」


「すごーい!」


「あのリゾート地じゃん!」



 教室から歓声が上がる。教師は満足そうに頷いた。



「そうです。ゼログランドは、このカラミティアルランドというリゾート地の一角にあります」



 映像にはホテルや商店街、遊歩道などが次々と映し出される。



「この場所は世界中から観光客が集まる人気スポットで、美しい自然と歴史的遺産が共存する場所として知られています」


「なんか旅行って感じしてきた!」


「早く行きたい!」



 思わず歓声が上がり、教師は笑みを浮かべながら話を続ける。



「そして今回、皆さんが滞在するのは4泊5日。」


「おぉー!」


「さらに最初の2日間は、この時期に毎年開催される『観光祭』へ参加してもらいます」



 スクリーンには祭りの写真が映し出された。屋台が立ち並び、ステージでは演奏が行われ、多くの観光客で賑わっている。



「皆さんには班ごとに出店や催し物を担当してもらいます」


「えっ!?」


「出店!?」


「楽しそう!」


「クラスのみんなでやるの!?」



 教室は一気にお祭り騒ぎになった。そうして教師は苦笑しながら手を振る。



「静かに静かに。もちろん観光する時間もあります。ですが、この観光祭は地域の方々や観光客との交流が目的です。高校生活の思い出として、ぜひ積極的に参加してくださいね」



 するとレイラは目をきらきらと輝かせながらレッドに身を乗り出した。



「レッド!」


「ん?」


「絶対楽しいよこれ!」


「そうだな」


「屋台もいっぱいあるし、お店も出せるし!」


「まだ何やるか決まってないけどね」


「でも楽しそう!」



 その無邪気な笑顔を見ていると、自然とこちらまで気分が軽くなる。教師は最後にいくつか注意事項を説明し、ホームルームは終了した。



「それでは今日はここまで。班決めなどは明日行いますので、各自資料をよく読んでおいてください。」


「はーい!」



 そして終業のチャイムが鳴る。教室は一斉に活気を取り戻した。



「どこのホテルなんだろ!」


「俺、お土産いっぱい買う!」


「観光祭って何出す?」



 旅行の話題でもちきりになる教室を横目に、レッドは配られたパンフレットを静かに鞄へしまった。楽しみではある。それは間違いない。

 だが、胸の奥に残るあの違和感だけは、まだ消えていなかった。――コードゼロ。その名前だけが、心のどこかに引っかかったままだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 放課後。西へ傾き始めた太陽が、校舎の窓を橙色に染めていた。

 レッドは昇降口を出ると、誰とも待ち合わせることなく歩き始める。普段なら友達の何人かと一緒に帰ることも多い。

 だが今日は、なぜか1人で歩きたい気分だった。



「……学年旅行、か」



 小さく呟きながら、夕暮れの住宅街を歩く。街路樹の葉を揺らす風は涼しく、夏の訪れを少しだけ感じさせた。

 遠くでは子どもたちの笑い声が聞こえ、犬を散歩させる人の姿も見える。どこにでもある、平和な夕暮れ。自然と口元が緩み、レッドは小さく呟いた。



「まぁ、せっかくの一大イベントだし。普通に楽しもうっと!」


「おーーい!!」



 すると元気いっぱいの声が後ろから飛んできた。聞き覚えのある声に、レッドはゆっくり振り返る。

 夕日に照らされた一本道を、小さく手を振りながら走ってくる少女。レイラだった。風に揺れる髪が夕陽を受けてきらきらと輝き、その笑顔は夕暮れの景色さえ明るく照らしているようだった。



「レッドー!」


「……やっぱりお前か」



 息を切らしながら駆け寄ってきたレイラは、にっと笑う。

 レッドは呆れ半分、嬉しさ半分の表情で肩をすくめた。



「見ーつけた!」


「そんなに急いで来なくても逃げないって」



 夕焼けに染まる帰り道。いつものように、2人の他愛ない時間がゆっくりと流れ始めた。



「1人で帰るなんて珍しいね。どうしたの?」



 レイラは歩幅を合わせるようにレッドの隣へ並び、首をかしげた。肩で息をしながらも、その笑顔は少しも崩れていない。

 レッドは前を向いたまま、小さく肩をすくめる。



「別に。たまには1人で歩きたくなる日もあるでしょ」


「ふーん?」



 納得したような、していないような返事だった。しばらく2人は並んで歩く。

 夕暮れの住宅街には、部活動帰りの学生や買い物袋を提げた人々の姿が見えた。遠くから聞こえる踏切の警報機。電線に止まる鳥たちのさえずり。何気ない景色が、ゆっくりと橙色へ染まっていく。

 レイラは両手を後ろで組みながら、横目でレッドを見た。



「私はねぇ、準備が遅くなっちゃって」


「準備?」


「うん。帰る前に先生に質問してたら、みんな先に帰っちゃった」


「なるほど」


「だから1人で帰ってたんだけど……」



 そこでレイラは、にやりと悪戯っぽく笑う。



「レッドが通りそうな道を歩いてみたら、本当にいた!」


「偶然じゃないのかよ」


「半分くらい勘!」


「残り半分は?」


「ぼっちレーダー!」


「なんだそれ」



 思わず吹き出しそうになりながらも、レッドは呆れたように笑う。



「きっと1人で帰ってると思ったんだもん」


「失礼な」


「だってレッド、たまに1人でふらふらしてるし」


「散歩してるだけだ」


「つまり半分ぼっち!」


「違う」


「じゃあ3分の1ぼっち!」


「割合の問題じゃない」



 レイラは「えへへ」と笑いながら一歩前へ出ると、くるりと振り返って後ろ向きに歩き始めた。



「でも安心して!」


「何がだ」


「私がいるから!」


「……何の安心にもなってない」


「ひどーい!」



 頬を膨らませるレイラ。その表情がおかしくて、レッドは小さく笑みを漏らした。



「そういうレイラこそ、友達はどうした」


「え?」


「いつも一緒に帰ってるやつらだよ」


「あっ……」



 一瞬だけ視線を泳がせたレイラだったが、すぐに胸を張る。



「今日はみんな置いてっちゃった!」


「置いていかれた、の間違いじゃないのか?」


「……」


「図星か」


「ねぇぇぇぇぇえ!!」



 悔しそうに声を上げながら、レイラは軽くレッドの肩を叩く。



「レッドだって人のこと言えないでしょ!」


「俺はレイラより友達いるぞ」


「そんなことない!」


「いや、ある」


「ない!」


「ある」


「なーい!」



 子どものような言い合いに、2人は思わず同時に笑ってしまう。そんな他愛もないやり取りが、夕暮れの道へ優しく溶けていく。

 やがて笑い声が落ち着くと、レイラは空を見上げた。西の空は茜色から群青色へと少しずつ色を変え始め、細く伸びた雲が夕日に照らされていた。



「もうすぐ学年旅行だね」


「そうだな」


「楽しみ?」


「そりゃあ、それなりには」


「私はすっごく楽しみ!」



 満面の笑みでそう言い切るレイラを見ていると、不思議と胸の中の重さが少しだけ軽くなる。

 ゼログランド。観光祭。4泊5日の学年旅行。どれも楽しみであるはずなのに、あの「コードゼロ」という言葉だけが、心のどこかへ静かに引っかかっていた。それでも――



(……考えすぎか)



 レッドは小さく息を吐く。今はまだ、何も起きていない。目の前にあるのは、友人と笑い合える穏やかな日常だけだ。

 だからこそ、この時間を大切にしたい。そう思いながら、レッドは夕焼けに染まる街並みを見つめた。



(……この日常は、いつまで続くんだろう)



 胸の奥で生まれた小さな問いに、答えは返ってこない。隣ではレイラが楽しそうに旅行の話を続けている。

 その無邪気な笑顔を横目に見ながら、レッドは静かに歩みを進めた。


 ――しかし、この時の彼は、まだ知らない。


 平穏だと思っていたこの日常が、少しずつ、大きな運命の渦へ飲み込まれていくことを。

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