第27話「最終局面」
「――“意“を斬る覚悟は、十分か」
レッドの言葉が、静まり返った屋上へ静かに響く。その一言は挑発ではない。ましてや虚勢でもなかった。
ただ純粋な覚悟だけが込められた、静かな宣戦布告。狂戦士はゆっくりと大剣を構え直す。鎧の隙間から覗く紅い瞳が、レッドを真っ直ぐ見据えていた。
「……理解、不能」
低く漏れた声には、初めてわずかな困惑が混じっていた。
「我が刃は……確かに貴様の“生”を断った。」
レッドは神剣を肩へ担ぎ、静かに息を吐く。
「そうなんだろうな。だから一度は倒れた。でも――」
神剣を握る手に、ゆっくりと力が宿る。
「それで終わりじゃなかった。お前は“生”を斬れても、俺の意思までは斬れなかったんだよ」
やがて炎が刀身を包み込み、赤金色の輝きが夜を照らした。狂戦士の瞳がわずかに揺れる。
「……意思」
「そうだ。守りたいって思う気持ちも、仲間を信じる心も、絶対に負けたくないっていう覚悟も。――全部、まだここにある」
そして、レッドは一歩踏み出し、胸へ拳を当てる。
「だから、俺は立ってる」
その姿を見つめながら、レイラはゆっくりと涙を拭った。震えていた肩は、もう止まっている。――レッドが戻ってきた。それだけで胸の奥を覆っていた冷たい闇が、少しずつ溶けていく。
「レッド……」
すると、レイラの顔に自然と笑みがこぼれた。
「――ありがとう」
「後でたくさん褒めてもらうよ。今はまだ戦いの途中だからな」
「……うん!」
レッドは少し照れくさそうに笑いながら答える。レイラは大きく頷き、神斧を構えた。神斧の刃に淡い蒼光が宿る。冷気が周囲へ広がり、屋上の床を薄い氷が覆っていく。
炎と水氷、正反対の力。それでも2人の呼吸は、不思議なくらい噛み合っていた。
少し離れた場所では、フレイとミズリーも静かに2人を見守っている。
「……変わったわね」
そうしてミズリーが小さく呟く。フレイは腕を組み、満足そうに頷いた。
「ああ。もう、守られるだけの新人じゃない。2人とも、1人前のエレメンターになり始めている」
その言葉には、確かな実感があった。ほんの数日前まで普通の高校生だった2人。
恐怖に震え、戦うことすら知らなかった。それでも、今は違う。何度倒れても立ち上がり、互いを信じ、前へ進もうとしている。
その成長は、誰の目にも明らかだった。狂戦士は再び2人を静かに見据える。
「……なるほど。ならば、見せてもらおう」
重々しい声が廊下へ響いた。そして、彼はゆっくりと大剣を持ち上げる。
「貴様らの“意思”というものを」
次の瞬間だった。
――ドンッ!!
床が陥没するほどの踏み込み。狂戦士の巨体が信じられない速度で迫る。
「来るぞ!」
そしてレッドは叫ぶより早く地面を蹴っていた。紅蓮の軌跡が一直線に走る。
ギィィンッ!!
神剣と大剣が激しくぶつかり合い、凄まじい衝撃波が屋上全体を揺らした。火花が散る、風が舞う。互いに1歩も引かない。
力と力、意思と意思。まるで2つの信念が真正面から衝突しているかのようだった。
「……面白い。先程までとは違う。貴様……強くなったな」
狂戦士が低く呟く。そしてレッドは歯を食いしばりながら叫んだ。
「――違う。1人じゃなくなっただけだ!」
その言葉と同時に。
「レッド! 任せて!」
レイラの声が響いた。レッドは一瞬で意図を理解し、その場から飛び退く。すると神斧が大きく弧を描く。
蒼白い光が夜空へ舞い上がり、無数の氷片が星屑のように降り注いだ。
「いくよ⋯⋯!」
冷気が一気に膨れ上がる。狂戦士の周囲を包み込み、その動きを封じようと氷が地面を這い始める。
レッドはその光景を見て、小さく笑みを浮かべた。
(そうだ、それでいい。俺たちは、1人で戦う必要なんてない。)
炎が再び神剣へ宿る。レッドは静かに腰を落とし、次の一撃へ向けて全神経を集中させた。――ここからが、本当の反撃の始まりだった。
蒼白い冷気が廊下を駆け抜ける。レイラが放った氷の奔流は、床を這うように広がり、瞬く間に狂戦士の足元を覆い尽くした。
厚く張り詰めた氷は鎖のように絡みつき、その巨体を地面へ縫い止めようと牙を剥く。
「 【氷乱突華】 」
レイラは両手で神斧を握り直し、さらにエレメントを注ぎ込む。空気は白く染まり、吐く息すら氷結しそうなほど温度が下がっていく。床から幾本もの氷柱が突き上がり、四方八方からクロウへ襲いかかった。だが――
「……甘い」
低い声とともに、狂戦士は大剣をゆっくりと横へ払う。その一振りだけで、氷柱は粉雪のように砕け散った。
凄まじい衝撃が屋上を揺らし、氷片が夜空へ舞い上がる。
「うそ……!」
レイラが思わず息を呑む。全力で拘束したはずだった。それでも狂戦士は、その場から一歩も動くことなく氷を破壊してみせたのだ。
「我を止めるには……なお足りぬ」
クロウが静かに前へ踏み出す。その足音は重く、それだけで屋上全体が震えた。しかし、その瞬間だった。レッドの声が、静かな廊下に響く。
「いや、十分だ」
「えっ……?」
突然の言葉に、レイラは思わず振り向く。レッドは神剣を静かに構えながら、小さく笑っていた。
「レイラ、お前が止めてくれた一瞬でいい。俺には、その一瞬があれば十分だ」
その言葉を聞いたレイラは、はっと目を見開く。――そうだ。今の攻撃は倒すためではない。動きを止めるためそして、その隙をつくるため。
「行くぞ、レイラ!」
「うんっ!」
言葉はそれだけで十分だった。2人は互いの考えを理解し、同時に地面を蹴る。
炎と水氷。赤と蒼。2つの光が暗闇の中を交差しながら一直線に狂戦士へ迫る。狂戦士もまた、2人を迎え撃つように大剣を構えた。
その紅い瞳には、先ほどまでの余裕はない。代わりに宿っていたのは――戦士としての歓喜だった。
「……見事。貴様らは確かに成長している」
重々しい声が漏れ、大剣が唸りを上げる。
レッドは真正面から剣を合わせ、レイラは死角へ回り込む。鋼がぶつかる轟音。火花が散り、氷が砕け、衝撃波が夜空へ広がる。
その攻防は、一瞬たりとも気を抜けない極限の戦いだった。狂戦士はゆっくりと2人から距離を取る。
深く息を吐き、大剣を地面へ突き立てた。ギィン……と、鈍い金属音が響く。
「……良い。実に良い」
その声には、初めて感情らしきものが宿っていた。兜の奥の紅い双眸が、静かに細められる。
「久しく忘れていた。命を懸けて剣を交える歓びを」
レッドは神剣を握り直す。レイラも神斧を構え、息を整えた。2人とも理解している。今から始まるのは、ここまでとは別次元の戦いだと。
狂戦士はゆっくりと大剣を持ち上げる。そして闇が再び刃へ集まり始めた。その圧力だけで、廊下の床には細かな亀裂が走っていく。
「来るよ……!」
レイラが小さく呟く。レッドは静かに頷いた。
「ああ。ここからが、本当の勝負だ」
夜空を覆う闇。それに抗うように燃え上がる紅蓮の炎。そして、静かに輝きを増していく蒼い水氷。
それぞれの力が激突しようとした、その瞬間――。狂戦士は低く、しかしはっきりと告げた。
「――ならば、その覚悟ごと断ち斬ろう」
レッド、レイラ。2人にとっての決戦は、ついに最終局面へと突入する。




