07
夕凪浦駅の上りホームに、リク電が滑り込んできた。
優也は急かすように久志と唯の背中を車内へ押し入れる。
「久志、ちゃんと唯を送ってやれよ」
「送るって、お前はどうすんだよ!」
「次のリク電で帰るさ。二人の邪魔をするつもりはないよ」
優也は努めて明るく笑った。
その気遣いが、今の唯には鋭い棘のように刺さる。
「優くん、変な気を使わなくていいんだよ?」
「変な気じゃないさ。ただ、久志になら唯を任せられると思っただけだ」
タイミングを合わせたかのように、発車のベルが鳴り響き、重い扉が閉まった。
遠ざかるホームで手を振る優也の姿が、夕闇に溶けていく。
ガタン、と車体が揺れた時、唯がぽつりと呟いた。
「久志くん。……これで、良かったのかもしれません。優くんと離れるために、嘘をつかなくて済むから」
「唯ちゃん……」
「目的地は、鐘音寺です。しばらく、このままでいさせてください」
◆
夕凪浦から数えて十二駅目。
改札を抜けた先にある花屋で、唯は菊と金盞花の花束を買い求めた。
向かった先は、静まり返った鐘音寺霊園。
並木道を抜け、二人は「八重家」と刻まれた墓の前で足を止めた。
久志は、墓標に刻まれた名を見て息を呑んだ。
__八重 花桜梨。
一年前、この街に転校してきたばかりの久志を案内してくれた、あの向日葵のような少女の名前だった。
「……やっぱり、今月も来てる」
唯が、墓前に供えられたチーズケーキを見て目を細める。
「誰だか解らないけど、毎月お供えしてあるの。花桜梨ちゃんが好きだったお店の……」
「事故を起こした加害者……とかか?」
「かもしれない。でも、わからない」
掃除を終え、手を合わせた唯の横顔は、どこか遠い場所を見ているようだった。
「花桜梨ちゃん、今日は優くんの親友を連れてきたよ」
霊園を出て、緑の並木道を歩く途中。
唯が唐突に足を止めた。
「久志くん。……あそこに眠っているのは、一年前まで、優くんの恋人だった女の子。今日は彼女の月命日なの」
「……だったら、尚更どうして優也は来ないんだ! 漫画みたいに、死を受け入れられなくて現実逃避してるとか……」
「そっちの方が、どれだけマシだったか」
唯の瞳から、光が消える。
「優くんの中から、花桜梨ちゃんの記憶だけが消えてるの。……あの子の存在そのものが、彼の中から欠落してるんだよ」
久志は絶句した。
「……そんな、残酷なことが」
「ねえ久志くん。侵した罪って、赦されるのかな。……私は、自分を偽ってる。優くんの前で、真実を知っているのに『ただの幼馴染』を演じ続けてる。彼が望む、都合のいい藤村唯を」
吐き出される言葉は、懺悔のようだった。
久志は、震える唯の両肩を掴んだ。
「……自分を偽っているのが罪なら、俺だって同罪だ。俺も、大切な人を喪った痛みを抱えて、平気なフリをして生きてる」
「久志くんも……?」
「ああ。片想いだったけどな。……相手は俺の気持ちなんて知らないまま逝っちまった。でも、偽善だって積み重ねれば真実になる。今、優也の前にいるお前は、間違いなく本物なんだよ」
久志は、堰を切ったように言葉を重ねた。
「人はいつか、死という絶対的な『結果』に辿り着く。動かすことも書き換えることもできない、最後の一点だ。……だからこそ、そこに辿り着くまでの『過程』を、俺は信じたいんだ」
久志は、唯を抱き寄せ、強引に唇を重ねた。
初めての、荒っぽくて、切ないキス。
唯は最初こそ抗おうとしたが、久志の体温に触れるうち、その強引さに安らぎを感じ始めている自分に気づいた。
「……待つよ。でも、約束してくれ。俺の前では、素直な唯ちゃんでいてほしい。……お前のすべてを受け止める覚悟は、できてるから」
唯は小さく頷き、消え入りそうな声で「ありがとう」と微笑んだ。
その時、二人の視線の先、夕暮れの街並みがゆっくりと歪み始める。
久志が抱える喪失。
唯が隠し続ける罪。
そして、優也が忘却した愛。
すべての糸が絡まり合う、一年前の「あの春」へと、記憶の扉が開いていく。
to be continued.




