08
ガタゴトと、規則正しい金属音が耳の奥に響き渡る。
視界を埋め尽くしていた過去の残像が、列車の加速とともに夜の闇へと吸い込まれていった。
久志と唯を乗せたリク電は、静寂を置き去りにして、速度を上げていく。
窓の外には、燃えるようなオレンジ色から深い群青へと溶けゆく、境界線の曖昧な空が広がっていた。
「……ねえ、久志くん」
「ん?」
「私たちはさ、いつまで今のままでいられるのかな」
唯が窓に額を預けるようにして呟いた。
反射した彼女の瞳は、どこか遠い場所を見つめている。
「今のままって?」
「優くんの『空白』を守って、昔のことなんてなかったみたいに笑い合って……。私、時々怖くなるんだ。この時間が、全部誰かのついた優しい嘘みたいに思えて」
久志は座席の端をぎゅっと掴んだ。
自分も同じ不安を抱えていたからだ。
優也に近づき、友人となり、こうして三人の輪ができている。
それは幸福なことであるはずなのに、土台には巨大な「秘密」が埋まっている。
「……いつまで、か。正直、俺にもわかんねぇよ。でも、あいつが思い出さない限り、俺たちは『今の友人』で居続けるしかないだろ」
「そうだよね。……でも、もし優くんが全部思い出して、『なんで教えてくれなかったんだ』って怒ったら? 私たちのこと、信じられなくなっちゃったら?」
唯の声が微かに震える。
彼女にとって、優也の記憶を封印したままそばにいることは、一種の裏切りに近い感覚なのかもしれない。
「その時は……俺が全部泥をかぶるよ。俺があいつの前に現れたから、思い出させたんだって言えばいい」
「……安倍くん。相変わらず一人で格好つけすぎだよ」
唯は苦笑いしながら、窓から視線を外して久志を見た。
「でもさ、未来の話をしようよ。いつまで待てるかじゃなくて、いつまで一緒にいられるかの話」
「未来、ね……」
「私ね、高校を卒業しても、大人になっても、こうやって三人でいたいんだ。優くんが過去を思い出しても、思い出さなくても、そんなの関係ないくらい、新しい思い出でいっぱいにしたいの。……欲張りかな?」
「……いや、いいんじゃないか。唯ちゃんらしいよ」
久志はポケットの中の「動かない懐中時計」に触れた。
美桜吏は「その時が来たら話す」と言った。
その時がいつなのか、それが自分たちに何をもたらすのかは分からない。
けれど、唯の言う「新しい思い出」が、いつか過去の傷跡を塗りつぶしてくれる日が来るのかもしれないと、微かな希望を抱く。
「俺も……待つよ。あいつが本当に前を向ける日まで。それが何年かかってもな」
「……うん。約束だよ、安倍くん」
唯が差し出した小指に、久志は少し照れくさそうに自分の小指を絡めた。
二人の約束を乗せて、リク電は夜の闇を切り裂くように進んで行った。
to be continued.




