37-02 (過去編)
小学校へと進学した三人は、運命の悪戯か、それぞれ別々のクラスに振り分けられた。
新しい友達、新しい環境。
それでも、休み時間のチャイムが鳴れば、三人は吸い寄せられるようにいつもの中庭のベンチに集まっていた。
「あーあ、優くんとカオリンが同じクラスなんてずるいよー!」
白組の帽子を振り回しながら、藤村唯が膨れっ面で駆けていく。
「何言ってるんだよ、唯。オレと花桜梨だって別々のクラスだろ」
高橋優也は苦笑しながら、持ってきた水筒を二人に差し出した。
「ほら、これ。お母さんが冷たいお茶入れてくれたんだ。飲むか?」
優也の両親は共働きの警察官。
家で一人で過ごす時間が多い優也にとって、学校で二人に会えるこの時間は、何よりも大切な心の拠り所だった。
「ありがとう、優也くん」
八重花桜梨は、少しだけ大人びた仕草でお茶を受け取った。
彼女は、幼稚園のあの砂場の日から、優也の後ろ姿をずっと追い続けていた。
優也が他の女の子と話しているのを見るだけで、胸の奥がチリりと痛む。
それが恋だと自覚するには、彼女はまだ幼すぎたけれど、その想いは日増しに強まっていた。
◆
五年生の六月。
年に一度の体育祭が、初夏の熱気の中で開催された。
優也と花桜梨は赤組、唯は白組。
初めて三人が敵として戦う日。
昼休み、唯は自分の両親に小さなわがままを言った。
「お父さん、お母さん。優くん、一人でお弁当食べてると思うから……。行ってきてもいい?」 「ああ、優也くんなら大歓迎だ。これ、持っていきなさい」
母から渡された唐揚げのパックを手に、唯は校内を駆け回った。
校庭の隅、百葉箱の裏、教室__。
どこを探しても優也の姿はなかった。
唯がふと、人気のない校舎の裏庭を見下ろしたとき。
そこには、木陰で二人きり、一つの包みを囲んで笑い合う優也と花桜梨がいた。
「あ……」
唯の足が止まった。
優也が、自分の知らない穏やかな顔で花桜梨の頭を撫でていた。
花桜梨は、恥ずかしそうに、でも最高に幸せそうに笑っている。
そこには、唯がどれほど手を伸ばしても入り込めない、透明な壁が存在しているかのよう。
(花桜梨ちゃん、ずるいよ……)
唐揚げのパックを握りしめた指が白くなる。
唯の灰色の瞳に、初めて暗い嫉妬の色が混じり合っていた。
彼女は二人に見つからないよう、静かにその場を去った。
校舎の裏で、声を殺して泣きながら、自分の心に芽生えた醜い感情に怯えていた。
◆
体育祭の帰り道。
夕暮れに染まる通学路を三人で歩いていた。
唯の様子がおかしいことに、優也は気づいていました。
「唯、どうした? 負けたのがそんなに悔しかったのか?」
「……別に。悔しくないもん」
唯のぶっきらぼうな返事に、花桜梨が心配そうに覗き込んだ。
「唯ちゃん、ごめんね。赤組が勝っちゃって……」
「花桜梨ちゃんは悪くないよ。……ただ、わたしがバカだっただけ」
空気が重くなります。
それを変えようと、優也はあの日、幼稚園の砂場で語った父の言葉を再び口にしました。
「……ねえ、二人とも。オレ、お父さんに言われたんだ。本当に大切なものを守るためなら、傷つくことを恐れちゃいけないって」
「守るもの?」
花桜梨が問いかけます。
「そう。オレにとって、花桜梨も唯も、二人とも守りたい大切な友達だ。だから、もし二人が悲しんでたら、オレは全力で助ける。それが、オレの正義だから」
優也の真っ直ぐな言葉。
花桜梨は、その守りたいという言葉の中に自分が入っていることに、心からの喜びを感じました。
けれど唯は、その二人ともという平等な優しさに、絶望に近い寂しさを感じていました。
(優くん。わたしは二人の中の一人じゃなくて、あなたのたった一人になりたいんだよ……)
三人の影が長く伸び、やがて一つに重なった。
一見、仲睦まじい幼馴染の風景。
けれど、その足元には、修復不可能な亀裂が静かに、ゆっくりと走り始めていました。
to be continued.




