18
満開の桜が校門を彩り、新しい年度の始まりを告げる四月。
優也、久志、唯の三人は無事に二年生へと進級し、和翠は最高学年である三年生になった。
放課後、四人は連れ立って花桜梨の眠る墓地へと向かった。
手には、彼女が大好きだった色の花束と、報告したいことが山ほど詰まった晴れやかな笑顔を携えて。
「……やっと来れたな」
優也が静かに呟き、墓前に花を供えた。
記憶を取り戻し、仲間たちと真実を分かち合ったあの日から数ヶ月。
冬の寒さを乗り越え、彼らの絆は春の陽だまりのように温かく、確かなものになっていた。
「花桜梨、見てるか? 俺たち、ちゃんと前を向いて歩いてる」
久志が少し照れくさそうに言い、隣の唯をさりげなく引き寄せた。
すると、唯がクスクスと笑いながら墓石に向かって語りかける。
「ねえ、花桜梨ちゃん、聞いて。この人ったら、あの屋上からずっとヘタレちゃって。結局、ホワイトデーまで引きずってようやく、やっと……真面目に告白してくれたんだよ? 本当に遅すぎて、私、愛想尽かそうかと思ったんだから」
「おい、その話はもういいだろ! 俺なりにタイミングとか、色々考えてたんだよ……」
赤くなってうろたえる久志に、唯はジト目を向けて腰に手を当てた。
「あのねぇ、私はあの屋上の時に『ちゃんと真面目に告白して』って言ったでしょ? なのに久志くん、一ヶ月以上もモジモジしちゃって。本当に遅すぎて、私、途中で愛想尽かそうかと思ったんだからね?」
「……っ、悪かったよ! 緊張してたんだよ、お前の前だとさ!」
必死に弁明する久志の姿に、優也と和翠も顔を見合わせて笑い出した。
二人の薬指には、まだ少し気恥ずかしそうに光るペアリングが、新しい季節の訪れを祝うように輝いている。
それぞれの報告を終え、四人が帰路につこうと背を向けた、その時だった。
カラン、と手桶の置かれる小さな音が響く。
墓地の入り口から、自分たちと同じデザインの制服に、真新しい一年の学年章を光らせた少女が歩いてきた。
「……あ」
そこに立っていたのは、花桜梨の妹、八重桜だった。
姉の面影を色濃く残しながらも、中学生の頃よりも少し大人びた表情。
彼女の胸元で揺れる学年章が、彼女が自分たちの後輩になったことを物語っている。
桜は四人の姿を見つけると、驚いたように大きな瞳を見開いた。
けれど、すぐにその表情は和らぎ、春風に舞う花びらのような、穏やかな笑みを浮かべた。
「……お久しぶりです。お姉ちゃんに、合格の報告に来たんですね。……それから、お祝いも」
桜の言葉に、優也は一歩前に出た。
「ああ。……おめでとう、桜ちゃん。これから、学校でよろしく」
優也が差し出した手に、桜は力強く頷いた。
その瞬間、強い風が吹き抜け、大量の桜の花びらが舞い上がった。 淡いピンクの光の渦が、優也と和翠の周りを優しく、楽しげに駆け巡る。
(……え?)
優也は、ふと視界の端に揺れる影を見た気がした。
花びらの中に溶け込むようにして、あの頃と変わらない制服姿の、最高に輝く笑顔を浮かべた彼女がいた。
彼女は軽やかにステップを踏み、優也と和翠の周りを一回転すると、二人の背中をそっと押すように手を伸ばす。
『……優也、おめでとう、お幸せにね』
風の音に混じって、確かに聞こえた鈴を転がしたような声。
優也がハッとして振り返ったときには、もうそこには舞い散る花びらと、どこまでも澄み渡った春の青空が広がっているだけだった。
「……優也くん?」
「……いや。なんでもない。行こうか」
優也は和翠の手を強く握り返し、歩き出した。
そして数歩進んだところで、ふと思い出したように振り返り、墓前に立つ桜に向けて片手を上げた。
「桜ちゃん、また明日、学校でな!」
「……はい! また明日!」
桜は元気よく手を振り返した。
しかし、去りゆく四人の背中、特に和翠の後ろ姿を見送るその瞳には、どこか不思議な光が宿っていた。
桜の耳には、和翠の胸の奥で刻まれる、姉と同じリズムの鼓動が鮮明に響いている。
桜は小さく呟き、姉の墓石に触れた。
(……聞こえる。お姉ちゃんの、音……)
その時、同じ墓地の少し離れた場所で、静かに佇む一人の少女がいた。
天多美桜吏だ。
彼女はヴェールのような春の光を浴びながら、久志の背中を遠く見つめていた。
不意に、美桜吏の耳が何かを捉えた。
それは、彼女がかつて久志に預けた、あの古い懐中時計。
長らく時を止めていたはずのその時計が、微かに、けれど力強く音を立て始めたのだ。
__チッ、チッ、チッ、チッ。
久志本人は唯との会話に夢中で、ポケットの中で刻まれるその異変に全く気づいていない。
美桜吏だけが、風に乗って届くその規則正しい刻音に、静かに目を細めた。
「……動き出した」
彼女の呟きは、誰にも聞かれることなく春の空気に溶けていく。
止まっていた時間が、運命の歯車を再び回し始める。
新しい物語の序奏が、満開の桜の下で静かに、けれど確実に鳴り響いていた。
to be continued.




