09
久志と唯を乗せたリク電が視界から遠のくと、タイミングを計っていたかのように優也のスマホが鳴った。
「誰だ?」
優也はズボンのポケットからスマホを取り出し、画面に表示された「木原和翠先輩」の名を確認した。
「……なんだろ?」
通話ボタンを押し、耳に当てる。
「先輩、どうかしましたか?」
〈お休みの日にゴメンね〉
「いいえ、大丈夫です」
〈今日なんだけど……今から会えたりしないかな? 無理なら断ってもいいよっ〉
「急用ですか?」
〈うーん、急用と言えばそうなんだけれど、違うと言えば違うかな……〉
「質問の答えになってないですよ」と苦笑しつつも、優也は「今から暇なので大丈夫ですよ。どこに行けばいいですか?」と返した。
〈私たちがそっちへ行くからいいよ。今どこかな?〉
「私たち」という言葉に一瞬引っかかったが、会えば分かることだと深くは追求しなかった。
「いいえ、ちょうどリク電に乗る所だったので大丈夫です」
〈そっか、突然ゴメンね。ありがとう。壬生谷の『マクテリアバーガー』って解るかな?〉
「はい、解ります。今、夕凪浦にいるので……おそらく二十分くらいで行けると思います」
〈待ってるね。ありがとう〉
「あ、リク電が来たので、また後ほど」
通話を切り、優也は滑り込んできた車両に乗り込むと、空いている座席に腰を下ろした。
◆
壬生谷駅に併設された複合商業施設・ミブヤクラウズの建物を、和翠と弟の一輝が出てきた。 和翠はスマホをハンドバッグに仕舞いながら、隣を歩く弟を見る。
「二十分くらいで来れるみたい」
「そう」
一輝の素っ気ない態度に、和翠は少し眉を寄せた。
「もう、その態度は何? 会いたいって言い出したの一輝でしょ?」
「……うーん、そうだな。本当に姉さんを任せられる奴なのか心配なんだ。それだけ」
「一輝? 真顔で言われると、こっちが照れるんだけど」
「姉さんだって、全部話してるわけじゃないんだろ?」
「……うん、そうだけど」
和翠の足が、わずかに鈍る。
「俺はただ、姉さんが傷つく姿を見たくないんだ。逃げるような男に姉さんは任せられない」
「一輝、なんだか娘を送り出す父親みたいなこと言ってるよ?」
「姉さんは、その高橋さんのことを好きなのか?」
「どうなんだろう? 好きか嫌いかと言われたら、好きなんだろうけど……ラブかライクかで言われたら、うーん、どうなんだろう?」
「姉さんはどうなのか解らない? 多分だけど、それって姉さん自身が心にセーブをかけてるんじゃないか? 全部知ったら裏切られるとか、そういう想いがあるんだと思う」
「……うん、一輝が言うように、多分どこかにあるんだと思うよ」
一輝の鋭い指摘に、和翠は視線を落とした。
「言うのが、怖い?」
「うん、怖い……特別な想いを抱くのが怖い。そして、そうさせてしまうのも……」
「でも、それって姉さんの独りよがりだよ。相手のためとかそんな理由、事実を伝えたくない人の典型だ。俺なら、好きになったら過去も事実も関係ない。ただ、新しい想い出を作っていくだけだよ」
「……その答え、身贔屓が入ってるよね?」
「そんなことない。もし姉さんと血が繋がっていなかったら、俺はもっと好きになってたよ。病気だろうと何だろうと関係ない」
突然のさらりとした告白に、和翠は動揺して顔を赤くした。
「ば、馬鹿なこと言わないのっ」
「勝手に想うのは俺の自由だろ? 姉さんの将来が心配なんだ」
「その考え方がシスコンだって言ってるの」
「だからだよ。高橋って人が姉さんを任せられるのか見てみたい。将来的な意味でもだけど」
「それ、さっきも言ったよね」
「うん。姉さんに聞いたとき、ラブかライクか解らないって返ってきたから」
「そう返したけど……ちょっと、話題がループしてない?」
「解ってるよ」
「解ってるなら、なんで?」
「……ちょっと緊張してきたから」
「別に結婚前の挨拶じゃないんだし、今から緊張してたら本番どうするんだ?」
「そんなこと言わないで。想像したら胃が痛くなってきたじゃない」
「ま、とりあえず店に入って待ってよう。何か食べてれば気も紛れるかもだし」
一輝に促され、和翠は「そうだね」と頷いてマクテリアバーガーの店内へと足を踏み入れた。
to be continued.




