表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-歪の産声-

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/106

00


__トクン。トクン。トクン。


静寂の底で、その音だけが響いていた。

あまりに穏やかで、規則正しい、平熱の鼓動。  まるで、深い眠りの中にある赤子の寝息のように、それは世界に安らぎを強いていた。

けれど。


__ドクン。ドクン。ドクン。


不意に、別の音が重なる。

それは、何かに怯え、何かを激しく拒絶するような、ひどく歪なリズムだった。

穏やかな音を浸食し、かき乱し、不協和音を撒き散らす。

やがて、狂ったメトロノームのような音が、すべての静寂を塗りつぶした瞬間。


――ブツンッ。


糸が切れたように、すべての音が消えた。





「…………ここは」


気がつくと、高橋優也は『白』の中に立っていた。

視界のすべてを埋め尽くす、圧倒的な純白。

空から降っているのは雪ではない。

はらはらと、音もなく舞い落ちる正体不明の白い花弁だ。

季節外れの、けれどこの世のものとは思えないほど美しい、結晶のような花びら。


「……夢、なのかな」


優也の声は、どこか遠くから響いているような錯覚を伴っていた。

目の前を横切る一片の花弁を掴もうと、彼は右手を伸ばした。

指先が、その柔らかな白に触れる。

その、刹那だった。


『__……けて。おねがい、にげ……__』


耳元で、誰かが囁いた。

ひどく掠れた、消え入りそうな少女の声。

けれど、優也の記憶のどこを探しても、その声の主は見当たらない。

直後、世界は『赤』に反転した。


「……っ!? あ、あああああぁぁぁっ!!」


悲鳴が喉を裂く。

視界が、真っ赤に染まっていた。

空から降るのは花弁ではない。

生温かい、鉄の匂いのする飛沫だ。

足元の純白は、どろりとした粘り気のある赤黒い海へと変わっている。

掌に、重い感触があった。

見下ろした右面は、手首まで真っ赤に汚れていた。

指先から滴り落ちる液体が、地面の血溜まりに弾けて、不吉な波紋を作る。


「……なんだ、これ。……誰だ、今の……?」


記憶はない。

自分に恋人がいた記憶も、誰かとここにいた記憶も、一切合切が抜け落ちている。

なのに、確信だけがあった。

この『赤』は、自分が奪ったものだ。

自分が、この右手で、名前も知らない『誰か』の__。


__ドクン! ドクン! ドクン!!


鼓動が爆発する。

耳の奥を直接殴りつけるような激しい振動。

苦しくて、肺が焼けるようで、優也は自分の左胸を、血塗られた右手で強く掴んだ。





「__っ、はぁ、はぁ、はぁっ……!」


目を開けると、そこは自分の部屋だった。

窓から差し込む春の陽光。雀のさえずり。

さっきまでの地獄のような赤はどこにもない。

優也は、震える右手を見つめた。

そこには血なんて一滴もついていない。

爪の間まで清潔な、どこにでもある高校生の少年の手だ。


「……また、あの夢だ」


一年前のあの日から、優也の記憶には『空白』がある。

事故だったと、周囲は言う。

運搬中の資材が崩れ、通りかかった優也が巻き込まれた不運なアクシデント。

幸いにも命に別条はなく、ただ「事故の瞬間」の記憶だけが失われたのだと、幼馴染の唯も、優しく彼を慰めた。

けれど、何かがおかしい。

ただの事故の記憶を失っただけで、これほどまでに胸が抉られるような喪失感を抱くものだろうか。

右手が覚えている、あの温かい液体の感触は何なのか。

優也は、左胸に手を当てた。

トクン、トクン、と。

そこには、一年前と変わらない、自分自身の穏やかな鼓動が刻まれている。

……そう、信じていた。


to be continued.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ