瀕死のカイン、涼一行絶体絶命!!
商業都市ベルクレアを出発し、俺たちは隣の宗教都市リュグレインへと続く街道を進んでいた。
日が落ち始め、元の世界とほとんど変わらない綺麗な夕日が当たりを照らす。
俺たちは街道を少し外れた開けた場所で野営の準備を始めた。
「……兄貴、気ィ引き締めな。今、外は魔物が異常に多いんだ」
焚き火の準備をしながら、カインが鋭い視線を周囲に向ける。
「それともう一つ、あの商人が予想通り尾行してきてるんだが……」
「バレバレだっつーの」
「イヤ、それが足音に常人とは違う、何か違和感があるんだ」
「気にし過ぎだろ? そんな所まで気を付けてたらこの先精神的にもたんぞ」
(だといいんだが……)
(!?)
突然、ガサガサッと茂みが揺れた。
「グルルルルッ……!」
現れたのは、全身が硬そうな針で覆われた巨大な猪。
「兄貴、ファング・ボアだ!ギルド認定で魔獣LⅤ5!」
「チッ! 魔獣LⅤ5か」
ボアが背中の針を矢のように撃ち出してきた。
俺は咄嗟に身を屈めて回避する。
「よそ見してんじゃねえよ、クソ豚が!」
カインの体がバネのように弾けた。
「――【絶影迅】!!」
銀閃が走り、猪は崩れ落ちた。
「ふう。どうだ兄貴、俺の技は」
「ああ、見事なもんだ」
俺が素直に称賛し、カインがドヤ顔でナイフの血振るいをした、その時だった。
「まあ兄貴の修理のお陰……」
ドシュ!!
断末魔で放たれた一本の針が、カインの腕に突き刺さる。
「チッ……油断した」
「カイン! 大丈夫か!?」
「この位大丈夫だ、そこまで重傷じゃねえ」
その時。
「君達ーーー、大丈夫かー?」
昼間の商人がこっちに駆けてくる。
ガサガサッ!!
「グルァァァッ!」
商人の背後の茂みから、隠れていたもう一頭のファングボアが商人に向かって突進してきた。
「ヒヒッ……アァァァァァッ!!」
「おいっ、おっさん! 危ねえから早くこっちに来い!」
カインが商人を庇おうと、警戒を解いて無防備に歩み寄る。
俺もカインも人間が増えた事で一瞬の油断が生じたその瞬間。
『ヒヒッ……バアァァァァァッ!!』
「なっ……!?」
商人の顔が、蝋が溶けるようにドロドロと崩れ落ちた。
商人服を内部から突き破り、膨張した赤黒い粘液質の身体が、鋭い刃のような両腕を持つ異形へと姿を変える。
「カイン、離れろ!!」
俺の警告より早く、魔獣の刃と化した腕が、隙を見せたカインの腹部を凄まじい速度で貫いていた。
「がはっ……!!」
鮮血を吐き出すカイン。さらにそこへ、ファングボアの容赦ない追い打ち突進が炸裂する!
カインの身体は紙屑のように吹き飛ばされ、後方の太い木の幹に激突した。
そのまま彼は力なく地面に崩れ落ち、ピクリとも動かない。
「カイン!!」
『愚かで哀れなガキだ! 他人のために自分の腹を晒すとはなァ!』
(マズ過ぎる! 人間の言葉を話せるのはハイレベル魔獣だ)
『ボア君、褒めてあげるからこっちにきなさい』
(クソ!ボアは使い魔獣だったか)
近づくボアを異形は瞬殺する。
ドシュッツ!!
『ピギーーーーー!!』
『ヒャハハッ! 汚い断末魔ですねー、どいつもこいつもすぐに騙される。善意とやらが絶望に変わる瞬間……極上の味がするぜェ!
あの僧侶娘の拉致計画に、貴方達が深入りしてくるから悪いんですよぉ』
異形の化け物が、今度は俺に向かってゆっくりと滲み寄ってくる。
俺はすかさずポケットからスマホを取り出し、カメラで魔獣をかざした。
《擬態魔獣:ヒューマン・ミミック(魔獣LV10)》
《物理攻撃99%無効》
《弱点:核・高濃度塩分で粘液が急速脱水反応を起こす》
「ノアーー! 大至急アドバイスをくれーー!!」
《生存確率:17%》
《涼さん、このままでは死にます》
《まずは落ち着いて深呼吸、冷静かつ迅速に行動して下さい》
《貴方は敵の弱点を持っています》
(ナイスノア、ピンチな時程冷静にだ)
「ス――ハーーー、ス――ハーーー」
!? 「塩か!!」
《正解です。幸運を祈ります》
ノアが消え、異形が嗤う。
『何ですか今の声は? そんな事より貴方、さっきの子より弱そうですが大丈夫ですかー?』
レベル差に完全に油断してゆっくり近づいてくる。
「調理開始だ、泥人形!」
ツールポーチの小瓶の塩を、襲い掛かるミミックの顔面にぶち撒ける。
『ギガァァァァァァァッッ!!?』
『痛ーーーい!!』
大量の塩を浴びた瞬間、魔獣が絶叫を上げた。
ドロドロだった身体が急激に乾燥し、石膏のようにボロボロとひび割れていく。
そして、胸の中心に、赤黒く脈打つソフトボール大の核が露出した。
今度はマイナスドライバーを取り出し、渾身の力を込めて踏み込んだ。
ドライバーで核を正確に打ち抜く。
「解体完了だ、泥人形!」
パリンッという音と共に砕けちり、魔獣の巨体はただの泥の山となって崩れ落ちた。
急いでカインに駆け寄る。
息はあるが、呼吸は浅く、腹部からの出血が特に酷い。
カインがうっすらと目を開け、血まみれの口元で力なく笑う。
「……へへっ。やったな兄貴……そんなチートギアあるなら、早く言ってくれよ……。俺なんて、本当は……いらねーだろー……」
「馬鹿野郎! お前がいたから助かったんだ」
一瞬にやけた顔をしたカインは再び意識を手放した。
(絶対死なせねぇ!)
残されていた商人の服をカインの腹部に巻き付け、次に俺とカインの身体を巻き付けて背負う。
スマホのカメラで倒したミミックを撮影してみたら、
《観測確定》
《帰還達成率:0.6%》
ゴブリン1体討伐時の30倍の達成率が表示された。
(やはり強魔獣を倒すと達成率も上がるんだな。勇者ライアンはきっと強敵を倒しまくったんだろう)
そして俺はリュグレインの城壁が見える方向へと歩き出した。
双月が見え始めたが、充電完了するのが深夜0時な事に俺は気づいていた。
ノアのサポートはない。頼れるのは自分の足と、暗闇を照らす月明かりだけだった。
どれくらい歩いただろうか。
遠くに城壁のシルエットが見え始めた高台の近くで、周囲の茂みがけたたましく鳴った。
(嘘だろ……こんな時に)
森の奥から、飢えた狼のような魔獣が、五体、十体と次々に群れをなして現れた。
万全でも無理な数だが、今の俺はカインを引きずり、体力を消耗しきっている。
俺はカインを足元に寝かせ、右手にモンキーレンチ、左手に血に濡れたドライバーを握り直した。
飛びかかってきた一体の首にドライバーを突き差し、もう一体の脳天にレンチを振り下ろす。
だが、直後に別の一体に肩を深く噛み付かれた。
「ぐああっ!」
「ハアッハアッ、カインもまだ生きている、死ぬまでは死ねない……ッ!」
肉を裂かれる激痛。俺は狼の脳天にドライバーを突き立てて、もう一体の顎を右足で蹴り上げたが、更に別の狼がその足に噛み付く。
痛覚をアドレナリンでねじ伏せ、俺は狂ったように狼たちを屠り続けた。
五体、 十体、……。
血まみれになりながらも、ひたすらに急所を突き、蹴り飛ばし、頭を砕く。俺達の周囲には狼の死骸が小山のように積み上がっていった。
限界を超えていた。
失血と極限の疲労で、視界がぐらつき、急速に狭まっていく。
最後に残った数体が、一斉に俺の喉笛を狙って飛びかかってきた。
(ここまでか……カイン、本当にすまねえ)
迫る魔獣の牙を前に、俺は沈黙するスマホを強く握りしめた。
「なぁノア……そういや俺、この世界で死んだらどうなるか、お前に聞くの忘れてたわ……」
返事のない相棒に力なく呟き、どこか他人事のように覚悟を決めた、
その時だった。
「――【ホーリー・レイ】!!」
凛とした声と共に、眩い光の束が夜の闇を切り裂き、俺に群がろうとしていた魔獣たちを吹き飛ばした。
「大丈夫ですか!? ひどい怪我……すぐに治癒を!」
高台の野営地から駆けつけてきたらしい数人の人影。
その中心で、白い修道服を着た女性が俺たちのそばに跪き、温かな光を放つ両手を翳した。
(あぁ……この、石鹸みたいな匂い……どこかで嗅いだことがある……)
柔らかな光と、どこかで嗅いだことのある清潔で甘い香り。
俺は急速に痛みが引いていくのを感じながら、そのまま深い意識の底へと沈んでいった。




