生意気シーフ、カイエンペッパーで悶絶
ギルドを出た俺たちは、カインの案内でベルクレアの中で最も活気のあるという通りへと足を進めた。
昼時のフード街ということもあり、石畳の道には焼いた肉の脂の香りと、複数のスパイスが混ざり合った刺激的な匂いが充満している。
「ここだ。新参者はここで食っときゃまず間違いないと思うぜ」
カインが立ち止まったのは、年季の入ったレンガ造りの飯屋だった。
看板には、短剣を突き刺した巨大な肉の絵が描かれている。いかにも冒険者御用達といった風情だ。
店内に踏み込むと、昼間からエールを煽るガテン系な連中の喧騒が、熱気となって押し寄せてきた。
俺たちは空いていた壁際のテーブルに陣取り、カインが慣れた手つきで給仕を呼ぶ。
「適当に美味い肉を二皿と、この街で一番上等な酒、あと追加で黒パンを頼む。支払いはこっちの旦那だ」
(コッコイツ……まあいい、今回は俺の奢りだ)
(貸しを作って、マウントとるのはどの世界でも一緒だ……)
「っておいっ!!もっと頼んでいいから、今酒は辞めろ!俺のエスコートが怪しくなるだろ。もう死にたくない」
「あらら、涼の兄貴みたいに年をとると命根性迄汚いねー」
「じゃかましいわ」
「しょーがねえなあ、じゃあこの魚介ページ一番上の『ルミナスパーチのムニエル』追加で」
(それ絶対高いやつー、クソガキが)
「あとノンアルコール・エールね」
「ノンアルコールもあるんかい!」
「そそ、冒険前のアルコールは兄貴みたいなお固い上官達に怒られるから開発されたらしいよ」
「……」
注文を終えて一息ついたところで、俺は卓上に置かれた木製の容器に目を留めた。
中には、使い古されたような褐色の粉末が入っている。
「カイン、この街じゃ胡椒は普通に手に入るのか?」
「そりゃここは商業都市だからな。今はまだマシな値段だが……昔はもっと凄かったらしいぜ」
カインは背もたれに深く体重を預け、シーフらしい鋭い目で周囲を警戒しながら続けた。
「昔の別の都市じゃ、胡椒と、金の量が同じ価値で取引されてたって話だ。まさに『黒い黄金』。それ一袋持ってるだけで、一生遊んで暮らせるほどの財産だったんだとよ」
「……どっかで聞いたことある話だな」
(面白い。スパイスロードの話は、共通の歴史だったらしい)
「だが、もっといいものがある」
俺は懐から、先ほどの雑貨屋で手に入れたばかりの小瓶を取り出した。
俺がカインの皿に届いたばかりの肉へ、サラサラと赤い粉末――カイエンペッパーを振りかけると、独特の鮮烈な香りが卓上に広がった。
「なんだその赤いのは? 毒じゃねぇだろうな」
「毒なもんか。お薦めの『味変』だよ。食ってみろ」
カインは疑わしげに鼻を鳴らしながらも、ナイフで肉を切り分け、口に運んだ。
次の瞬間、彼の顔がカッと赤く染まり、瞳孔が見開かれる。
(!?……ッ!辛っ!! な、なんだこれ舌が焼ける!)
「……まっ、まあまあな辛さだな。より一層肉の旨味が引き立つぜ」
カインは俺にバレないようにと、小さく悶絶しながらノンアルコールエールを流し込んだ。
(フー、やばいなコレ。普通に火を吹くかと思ったぜ)
「……でもよ、この痺れるような熱さ。……悪くない。いや、むしろ止まらねぇな」
額に汗を浮かべながら、必死に肉を貪るカイン。
(小さな反撃じゃ。フフッ、コイツ可愛いな)
「しかし、この肉、何の肉だ? 昨日のシチューの時と同じ肉だな、独特の弾力がある」
(まだノアを見せるには早いか)
俺の疑問を察したように、カインが骨にこびりついた肉を削ぎ落としながら言った。
「これは『ホーンラビット』の腿肉だ。草原にいる、角の生えたウサギさ」
「ラビット、か。……下処理が甘いな。もう少し血抜きを丁寧にすれば、もっと美味いはずだ」
「贅沢言うなよ。冒険者の飯なんて腹が膨れりゃ合格なんだ。……ただ、もっと上の連中は違う。ドラゴンやグリフォンの肉を食う奴らもいるらしいぜ」
「ドラゴン……美味いのか?」
「さあな。食った奴の半分は『頬が落ちるほど美味い』って言い、残りの半分は食う前にドラゴンに食われてこの世からおさらばだ。……あとは南の湿地帯にいる『シビレガエル』の肉とか。あれは毒持ちだが、特定の処理をすると痺れが癖になるらしくて、ジャンキーな連中が命がけで食ってるよ」
異世界の美食学も、なかなかにエクストリームなようだ。
俺はポケットから、ソロキャンプ時に自作した二本の木棒――『箸』を取り出した。
フォークとナイフで悪戦苦闘するカインを横目に、器用に肉の破片を掴み上げていく。
「なんだ、その魔法の杖みたいな棒は? そんな細い棒で肉料理が上手く掴めるのか?」
「倭の国の基本だ。慣れれば食べやすい。……それよりカイン、食いながらでいい。あの僧侶の娘の『訳有り』ってやつ、詳しく聞かせてくれ」
カインの表情から、食いしん坊の気配が消え、プロのシーフの顔に戻った。
彼は周囲の客が酔って騒いでいるのを確認し、身を乗り出して小声で告げる。
「……あの僧侶、エリスって名の聖女候補なんだがな。彼女自身の護衛の中に、明らかに普通の聖騎士じゃないヤツが数人混じってた。……ありゃ、軍隊上がりか何かの殺し屋の目だ」
「軍隊……。聖職者の護衛に、なんでそんな物騒なのが?」
「宗教都市リュグレインの内部抗争か、それとも外敵か。どちらにせよ、あの娘はただの『お嬢様の里帰り』をしてるわけじゃない。……兄貴、金貨二枚で引き受けておいてなんだが、この件、深入りすると金じゃ解決できない穴に落ちるぜ」
カインの言葉が重く響く。
俺は食事を終えようとしたカインの腰元に目をやった。
彼のナイフの鞘、そのベルトを固定する金具が、長年の酷使でわずかに緩んでいる。
「……ちょっと貸せ。食後の運動だ」
俺は戸惑うカインからナイフのベルトを奪うと、テーブルの脇で道具を走らせた。
金属同士が噛み合う、確かな手応え。
「よし、これで抜刀の時に引っかかることはない。鞘のガタつきも直しておいた」
カインは返されたナイフを腰に戻し、何度か抜く仕草を見せた。
驚くほどスムーズな動き。彼は少し照れくさそうに、鼻の頭を掻いた。
「……便利屋ってのは、何でも直すんだな」
生意気な年下の相棒が、少しだけ心を開いた音がした気がした。
(!?)
何か異変に気付いたカインが、大きな動きを見せず小さな声で俺に話かける。
「兄貴、早速やばそうだぜ?さっき話した『護衛』の一人が変装して既に店内に居て、さっきから俺らを監視してる」
(何?まさか、俺まだ何もしてないのに)
カインに教えて貰った商人を見ると、一瞬目があったがすぐに反らして酒杯を傾ける。
「カイン、とりあえずそろそろ出よう」
俺は飯代をテーブルに置き、席を立った。
本格的な冒険の準備は、どうやら悠長に料理を味わっている暇もないほどに加速しそうだ。
「行くか、カイン。隣町までのエスコート、頼むぜ」
「ああ。雇われた以上、依頼は全力で遂行する」
口調は相変わらずだが、その声には先ほどよりも確かな信頼が宿っていた。
俺たちは飯屋を後にし、不穏な影が蠢く道中へと足を踏み出した。




