異世界で魔物に襲われる【生存確率28%】
『死ぬぞ』
頭の中の声がそう言った瞬間、足場が消えた。
落下している最中なのに、俺は妙に冷静だった。
――今しゃべったの、誰だ?
いや、それよりも。
「あ、これ死んだわ」
春のうららかな陽気の中、四階から放り出された俺は、あっけなくそう悟った。
事の発端は、数分前。
俺はいつも通り、便利屋の仕事をこなしていた。
マンションの四階。
ベランダに作られた鳥の巣を撤去してほしい、という内容。
管理会社からの依頼で、値切られて料金も安い。
そこまで危険な作業でもない。
――はずだった。
巣はエアコンの室外機の裏に、器用に作られていた。
枯れ枝とビニール紐、どこから拾ってきたのか分からないゴミの集合体。
(この時期、鳥の巣駆除多いよな……)
独り言を漏らしながら、手袋をはめる。
ベランダの手すりに体を預ける。
今迄に何十回もやってきた動作だった。
慣れは、油断になる。
巣を掴んだ、その瞬間。
劣化していた手すりが壊れて、身体が宙に放り出される。
「――あ」
声にならない声が漏れる。
視界が回転し、空と地面が入れ替わる。
ヤベーッ! 終わった。
そう理解したのは、身体が三階を通過する時だった。
高さは四階。
生死ギリギリの高さ。
だが次の瞬間、世界が止まった。
風が消えた。
鳥の羽ばたきも、遠くの車の音も、すべてが凍りついている。
俺は、落下の途中で静止していた。
重力も何もかも感じない。
――死ぬ、はずだった。
「ここで終わるには、少し早いな」
無機質だが、どこか聞き覚えのある声が、直接頭の中に響いた。
ふと気付くと、見たことのない植物と、嗅いだことのない匂いの土の上に寝転がっていた。
仰いだ空の下に、俺の知っている世界はなかった。
突然、恐ろしい雄たけびで飛び起きる俺。
次の瞬間、さっきまで俺の頭があった場所に、錆びた刃物のようなものが突き刺さった。
土が跳ねる。
「……は?」
顔を上げた瞬間、そいつと目が合った。
小柄で、緑がかった肌。
ぎょろりと大きな目。
不自然なほど多い歯。
人間――じゃない。
そいつが、笑った。
背筋が冷える。
【解析完了】
《小型群生型捕食者:ゴブリン(魔獣LV2)》
《弱点:眼球、喉笛など人間と同様の急所構造》
《涼の生存確率:66%》
頭の奥で、声が鳴る。
聞き慣れた声。
「……ひょっとして、NOAか?」
「死ぬのはまだ早いだろ、兄弟」
便利屋業務の助言をくれていた、あの声。
いつもスマホで利用していたAIだった。
「ここ、どこだ?」
「森だな。地球の座標じゃない」
「見りゃ分かる」
ゴブリンがさらに踏み込んでくる。
手にしているのは、石を削っただけの刃物らしい。
荒い呼吸。
その背後でも、草が揺れた。
「……一体じゃないのか?」
《同種ゴブリン三体。包囲傾向あり》
《涼の生存確率、28%に減少》
「マジかよ……洒落にならんぞ」
距離、五メートル。
逃げ切れるか?
喉が乾く。
心臓がうるさい。
「ノア、助言は?」
《本日の助言残数:2/2》
《使用するか?》
「何?よくわからんがヤバい!使う!」
《最適解を導出。左個体へ直進。包囲完成前に数を減らせ》
《兄弟は前世から身に着けていた、仕事道具を持っている。
《腰のツールベルトを確認しろ》
(そうだ!腰のベルトにドライバーがある)
言われた通り、俺は前へ出た。
躊躇はしない。
俺は便利屋だ、トラブル対応なら慣れている。
持ち前の反射神経で、魔獣の目に突き刺す。
一体を潰し、残りと距離を取る。
《残存二》
《生存確率52%に上昇》
「次は?」
《助言を使用するか?》
(何だ?残り1回て事か?なら、温存だ)
「……イヤ、自分でどうにかする」
プラスとマイナスのドライバーを両手に持ち、双剣持ちのようなファイティングポーズをとり威嚇する。
《正解だ、兄弟。右へ退避。二体は追撃せず離脱傾向》
その通りだった。
仲間の死にあっけにとられていたゴブリン達は、油断なく身構える俺を見て、ゴブリン達は森の奥へ退いていった。




