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新たなる旅路


 月の塔を後にして三日目――。

 私とミーミルは大陸の北側、小さな自治国家がひしめきあうパズラリア地方を目指していた。

 ムーンヘポリアを出発「闇の森」を抜けるまで、兄妹剣士カプルとセルラが護衛を兼ねて一緒に来てくれたのは嬉しかった。

 三人でおしゃべりをしながら森を進み、時々でくわす野獣から逃げる旅。それはそれで楽しい二日間になった。

 森が尽きて大きな川に出て、私たちはそこで再会を約束して別れた。

「か、必ず戻ってこいよな」

「みんな待っているからね!」

「うん、メラルとみなさんにもよろしく」

 メラルやアプローラと交わしたように、兄妹とも互いに拳をつきだしてコツン。こういうの、憧れたのよね。


「さて、行こうミーミル」

 新しい旅路がここから始まるのだ。

 目の前を滔々(とうとう)と流れるのは大河、アンドバーニィ。向こう岸が見えないほど河の幅が広い。

 これが月の塔上空から大陸を見渡したときに見えた河だと思うと感慨深い。

『ボクは泳げないよー?』

「平気よ、渡し船があるの」

 怖がるミーミルを渡し船に乗せ、渡し船で向こう岸へ。代金は二人で銀貨3枚。以前なら昼御飯抜きにしようと考える出費だけど今は余裕。

 稼いで貯めたお金が結構ある。懐の余裕は心を広くしてくれるらしい。

 ちなみに神聖王国ムーンヘポリア国王陛下から賜った金貨333枚はメラルに預けてきた。

 重いし、外では両替しないと使えない。それでも金は金。ジャラジャラ持ち歩いたらぜったいに強盗に襲われる。


 大河を渡り終え、対岸から見返すと黒々と霞む闇の森が広がっていた。霧の向こうには不思議な「月の塔」があるはずだけど見えない。

 今も冒険者たちは塔へ挑み、宝探しを続けているのだろう。

 神秘的な冒険の時間は鮮明に思い出せる。

 素敵な仲間たちとの出会い、そして再会の約束を胸に、私はもうすこしだけ世界を見て歩くことにきめた。


 天国みたいな楽園を見つける。

 漠然とした夢は、辛いことや嫌なことから逃げ出すための口実だったのかもしれない。

 どこかにあるかもしれないと期待はしていたけれど、世界はそんなに甘くなかった。どこまでいっても人間は人間で、腹黒く、時に優しい。人々は誰もが苦労しながら必死で生きている。苦痛のない幸せだけ感じる楽園があっても……それは嘘かもしれない。

 つまり私の中で「答え」はもう出ている。


 月の塔を見上げる美しい街で、メラルたちと暮らしてゆけたらきっと楽しい。私にもワンチャン素敵な彼氏ができて幸せになれるかもしれない。お金もあるし。

 だから決めた。

 ここから先の旅は自分を納得させるため。

 本当に天国のような国や楽園があるなんて、心の中ではもう信じていないのかもしれない。

 それでもあと少しだけ夢はみていたいから。


 更に一日、私とミーミルは大陸の北側のパズラリア地方をのんびりと旅した。

 ここから先の大陸は「日が出ている間に歩ける範囲」がそれぞれの国の領土さ。と、渡し船の船頭さんが言っていた。つまり小さな町とその周囲に広がる畑や牧草地帯が、それぞれ小さな国なのだ。


 草原と咲き乱れる野の花々、青い空。少し肌寒いのは大陸の北側だからだろうか。

「ミーミルは寒くない?」

『平気、ちょうどいいかんじ』

 いいわね羽毛つきの竜馬は。綺麗な小川の横でしばし休憩。

 船着き場で売っていた地図を広げる。かなり雑だけど、パッチワークのようにいくつもの小さな国々がひしめいていた。うーんどこへいこうか。

「お腹空いた」

 ごはんの美味しい国がいいわね。それと面白そうな国。

『チユも草食べる? これ美味しいよ』

「いいよ、ミーミルが食べて」

 ミーミルは雑食だ。川縁に生えていたクレソンみたいな葉っぱをもりもり食べている。


 再び出発し小一時間野原の中を貫いて歩くと、立て看板があった。どうやらこれが国境線らしい。十字路でそれぞれに看板がある。

「うーん、ゆるゆるね」


 菜の国アオジール。

 畜の国セイニクス。

 夢の国ドリューム。


 なんとなく最初のふたつの国は主要産業が想像できる。けど三つ目は何が主要産業だろうか。

 夢? あ、賭博とか、遊び場的な?

 すると向かって右側の道から、馬車がやって来た。ご夫婦が野菜を馬車の荷車に積んで、ゆっくり国境の道を進んでくる。菜の国アオジールの国民だろう。


「こんにちは」

 勇気を出して声をかける。


「あんれ珍しい。可愛らしい魔女さんだこと」

「旅の魔女さん、竜馬とどこに行きよるね?」

 優しそうなご夫婦でほっとする。


「どの国がおすすめですか?」


「どこもそれぞれ良い国だぁ、わしらはアオジールから来たで。美味い野菜がよくとれる、まぁ田舎じゃけどねぇ」

 ミーミルが野菜を食べたそうにしていると、おばさんがミーミルに外側の葉を分けてくれた。

「新鮮なうちらの野菜は、このあたりの国、どこにいっても人気でね、ありがたいことで」

『おいしい!』

「ありがとうございます」

 いい人たち。きっと農業王国なのね。


「隣のセイニクスは畜産が盛んだで、ベーコンやチーズが美味いんじゃ」

「どこも住めばみやこっていいますからのぅ」

 なるほど「国」はそれぞれ個性が違う。土地に合う特産品を育てているイメージなのかも。


「ところで夢の国って、どんなとこですか?」

 賭博じゃなくて、夢のある楽しいところだといいけど。するとご夫婦は神妙な顔つきになった。


「無くてはなんねぇ、ありがてぇ国だぁ」

「んだ、この辺りの国々は感謝しとるで」

「なるほど」

 尊敬されて感謝されているみたい。

 徳の高い宗教的な国かな?

 あるいは尊敬される指導者がいるとか。

 最初の二つの国は行ったらぜったい美味しいものが沢山ありそう、てか太りそう。まず夢の国に向かってみよう。そこで私も尊敬される秘密をしりたい。


 ご夫婦にお礼を述べて一番左側の道を進む。

 道はだんだんと荒れてくる。すると小高い丘の向こうに煙が見えた。人が暮らしている町があるのだろう。


 何台かの牛車や馬車とすれ違う。

 私たちをみて物珍しそうに視線を向けるけど、こちらが会釈をすると、やっぱりちゃんと笑顔で挨拶を返してくれる。

 だけど荷台の荷物は謎だった。大きな壺を積んでいて上蓋で密閉されている。

 何を運んでいるんだろう?

 夢の国、あ……もしかして酒造とか!

 なかなかいい線かも。

 

 気がつくと空は黄色を帯びはじめ夕方も近い。今夜は夢の国で宿をとり、仕事は明日からかな。


「どんな国かな」

『……んー?』

 ミーミルが鼻をすんすんしている。確かになにか香ばしいような……においがする。

 町の入り口にたどり着いたとき、太陽は沈みかけていた。

 押し寄せる濃厚な臭い。

 いやなんだこれ、臭い。

「これ……が夢の国」

『んーんー』

 ミーミルは黙っている。鼻が敏感なぶん臭いには弱いのだ。

 運び込まれていた壺の中身はゴミ。あるいは腐った野菜、あるいは家畜の臓物や骨だった。それらを釜で茹でたり、大きな焼却炉で焼いたりしている。

 

 うーん、なるほど。

 そういうことね。

 周辺国の廃棄物を受け入れている。

 尊敬されるし感謝される、そして無くてはならないわけだ。


「今夜はここで宿を見つけるしかないね」

『んーーー』

 ミーミルは嫌々だったけど、宿を見つけるのは簡単だった。愛想のいい夫婦のお宿にお世話になることに。臭いも慣れればなんとかなる。

 夜ご飯つきで銀貨五枚。良心価格。

 ごはんは牛骨スープの粥と、豚骨スープのヌードルだった。土地柄かなかなか攻めたメニューだけど味は最高、滋養もたっぷりで美味しかった。


 だけどその夜。私は宿の二階の窓から見えた光景に衝撃を受けた。

「……!」

 人間の亡骸も運び込まれていた。

 壺に丸めて納められていたのは遺体だ。

 奥さんだろうか、横には喪服姿の女性が付き添っていたけれど泣き崩れた。これから大きな焼却炉で焼いて骨にしてしまうのだろう。

 見てはいけないものを見た気がして、私は窓から離れようとした。

 そのとき、影のような二人の魔法使いがご遺族らしき女性に近づいた。

 フードを深く被った背の高い男と、小さな魔女……だろうか。顔は良く見えない。そして夜風がかすかな囁き声を運んできたた。


『……天国へ…………もういちど……話してみたく……ないか?』


<つづく>


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