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それぞれの道へ

 ◇


「もう無理」

「何もしたくないっス」

「塔を降りてから忙しかったもんねぇ」

 三人ともぐったり、まだ眠い。

 月の塔を踏破してから三日目の朝。ここはメラルの家のリビングダイニング。朝日の差し込むテーブルに突っ伏し気味。甘いお茶をすすると、ようやく目が覚めてきた。


 登頂アタックより帰ってきてからが大変だった。

 月の塔の頂上を踏破し、私たちは凱旋。まずはメラル家では宴会をしてくれた。

 目の前には近所の家々から差し入れられたというご馳走が並べられ、飲めや食えやの大騒ぎ。

 屋根を止まり木に休憩する翼竜ヴェドラには、特別新鮮な骨付き肉を。ミーミルもヴェドラからおこぼれを分けてもらって嬉しそうだった。

 そして私たちは月の塔の頂上に至る冒険譚を、吟遊詩人よろしく話すことに。

 メインの語り部はおしゃべり上手なアプローラが。メラルは身振り手振りを交えて熱演、私は合いの手をいれてボソッとツッこみをいれながら。

 このスタイルが意外にもハマり、大ウケだったのはよかったけど。ベイルカルダさんやヘルヴァイア先輩、カプルとセルラ、そして窓の外には近所のひとたちがびっしりと顔を並べて、私たちの一言一言を聞き漏らすまいと聴いてくれた。

 うんうん、おぉ!? と大いに盛り上がり、夜が更けるまで話すことになった。


 だけど話さなかった部分もある。

 世界の終わりについてだ。

 ここはメラルとアプローラと口裏をあわせ「イミュティアンは星の世界から来た」ことや「百年後に月が落ちてくる予測、預言」について、今は黙っておくことにした。

 みんなにもきちんと話せば理解してもらえると思うけど、集まってくれたみんなは「前人未踏、月の塔の頂上を踏破した英雄」である私たちを心から祝ってくれて冒険の話を聞きたがっているのだから。


 夜も更けて風呂に入って三人で寝た。

 とても幸せな気持ちで眠りに落ち、雲の上でクラゲたちとふわふわと飛ぶ夢をみた。


 そして翌朝、そこからがまた大変だった。

 気がつくと街を挙げてのお祭り騒ぎ。

 歴史上初めての快挙、登頂達成ということで、街中が飾り付けられてのお祭りが催された。

 ここは地元人で顔が知れているメラルが主役。私とアプローラは脇を固める感じでパレードに参加。

 ヴェドラとミーミルの背中に乗って、街中を練り歩くはめになった。

 うぅ恥ずかしい。

 私のメンタルがゴリゴリ削られてゆく。

 道端に並んだ大勢の人々から「凄いぞ!」「可愛い英雄たち!」「歴史が動いた!」なんて声を掛けられた。拍手を送られたり、小さな女の子から花束をもらったりもした。


「私、一生分の拍手と祝福をもらった気がする」

 称賛と拍手を浴びまくり、嬉しさよりも慣れないことへの戸惑いが大きい。

「いまが人生の頂点かもしれないッスね」

 メラルの言うとおり、この先こんな経験はできないかもしれない。


「二人とも、乙女の幸せはこれからだよっ!? 私は家に戻ればドヤ顔できるし、うふふ!」

 アプローラは称賛をそのままパワーに変えている。自信に満ちた笑顔に輝く瞳。褒められて育った子はこうも前向きなのかと尊敬する。


 そして翌日、つまり昨日はいよいよ神聖王国ムーンヘポリアの宮殿に招かれ、王様と謁見となった。

 王様と謁見。

 言葉にするだけでも凄い。

 ちなみに私の記憶はこのあたりから曖昧にぼやけはじめる。夢見心地で脳みそが動いていなかったのだから仕方ない。


 私たち三人は宮殿のゲストルームで綺麗なドレスと靴を借りて着替え、髪も整えてもらった。

 貴族令嬢のアプローラは慣れている風で、着替えると本当に気品あるお嬢様になった。私とメラルは着替えても付き人AとBの域を出なかった。これは生まれ育ちの問題か……。

 それでも鏡で見た自分はお嬢様っぽかった。

 本当に良い経験ができた。

 じゃぁ私はこれで……と帰ろうとするとアプローラとメラルにガッと両脇を抱えられた。

 窓から逃げ出したい気分だった。いつもなら本当にそうしていたけど、さすがにこの状況ではそうもいかない。

 大講堂で待ち構えていたのは大勢の貴族、騎士、国を代表する人たち。

 私はもうほぼ気絶していたと思う。


 まずは報告会という形で、水晶玉で中継されていた映像を見せられた。どうやら魔法で記録されていたらしく再生しながら、月の塔についてあれやこれや説明を求められた。

「風で前髪が乱れていない」

「キプールにお菓子おごるっスね」


『60層の上層に存在した『傘』について、なにか気づいた点はあるかね?』

 私たちに食い入るように質問してきたのは、王国お抱えの「月の塔学者」みたいな人たちだった。

 一生懸命説明し、見たこと、感じたことを話して聞かせると、彼らは熱心にメモをとり、水晶球に記録しているようだった。

 私もメラルもアプローラも疲れ果てたけれど、誠心誠意、丁寧に話した。

『巨大なイミュティアンの存在、仮にマザーと呼称するが、意思をもっていた……と?』

「はい。(わたくし)たちは一度彼女の触手に捕えられましたが、啓示を受けたのち解放されました」

 アプローラの凛とした声に会場がザワめいた。

『啓示……とは?』

「彼女たちは星の世界から来て、遠い未来に星の世界に帰る……と。そう私たちに伝えてきました」

 メラルが淀みなく答える。


『解放したのは君たちに干渉するな……ということを伝えるために?』


「私たちに対する憐れみを感じました」

 私の声に、戸惑い、どういうことだ? とざわめきが大きくなる。


「およそ百年後、赤い月が地上に落ちてくる。だからイミュティアンは星の世界に還るのだと、そう彼女は言っていました」


『な……なんじゃと』

「三人ともその言葉を聞きました」

 大講堂全体がどよめいた。

 しばらく混乱した様子の学者たちの声が聞こえ、やがて司会役の長老貴族が声をあげた。

『皆のもの静粛に。これは神託じゃ。清らかな乙女だからこそ、神聖な月の塔の主は未来を告げてくださったのじゃ』


 皆が納得したように静かになった。なるほど、月の塔は神聖だから、そこから届いた言葉を信じてくれるのか。お互いに顔を見合わせホッとする。

 少なくとも異端審問で火炙りは無さそう。


『これは国の未来を左右する神託であり預言じゃ。今後検討に値する情報じゃ。皆のもの、ここで聞いたことは他言無用とする。以上じゃ。お嬢さんたちもご苦労だったね』


 終わったかと思いきや宮殿の奥、謁見の間へ連れていかされた。

 王様からありがたいお褒めのお言葉を頂き、横にいた立派な白髭のおじいちゃん大臣みたいな人から書状と勲章をもらった。

 それは登頂を証明するペンダントで、それがあれば登頂勇者を名乗れるらしい。

 月のマークのペンダント。三人お揃いで嬉しかった。何かを成し遂げた実感がわく。

 そしていよいよ賞金の授与が行われた。


 ◇


「賞金はちょっと納得いかないっスね」

「三人で千枚だったのね」

 一人千枚ずつもらえるわけないか。


「三人で山分けはいい! それよか大陸共通金貨じゃないじゃん!? 神聖王国ムーンヘポリア限定金貨って、ここでしか使えないやつ!」

 珍しくアプローラがぷんぷん怒っている。

 怒った顔も可愛いな。美人はお得だなぁ。


「すまないっス……オラもよく知らなかった」

「メラルが謝ることじゃないよ」

 私たち三人で333枚の金貨を山分け。

 一枚はメラルへ。メラルはご両親が現金を受け取っていたけど。


「それに新記録達成の金貨10枚と、頂上を映像で撮影したときにもらえる100枚の金貨、これにコミコミなんだね」

 微妙にセコイ。

 まぁここで欲張るとろくなことがない。

 三人揃って明日の朝に、お堀に浮かんでいるかもしれないし。何事もほどほどに。十分すぎるほどの神秘と奇跡の体験ができたことでよしとしよう。


「今日は……確か王国出版が取材にきて、体験記をまとめて本にするとかいってたっスね」

「えぇ、そんなのもくるの? メラルは当分忙しそうねぇ」

 アプローラはちょっと他人事のように言う。

「え? アプローラも一緒っスよね」


「あたしさ、明日には王都に戻ろうかと思っているの。両親に勲章と金貨を見せて、婚約破棄もして、スッキリさせてくる!」

 アプローラは決断も行動も速い。


「そ、そうっスか……。うん、仕方ないッスね。チユは?」

 救いを求めるようなメラルの視線。


 私も決めた。

 これからのことを。


「えと、今日はまだお世話になろうと思ってたけど……私も明日には出発しようかな」

「え、えぇええ!? チユはもうここで暮らしたらいいのに!」

 メラルが抱きついてきた。気持ちが揺らぐ。


「ごめんね、私は旅人だから」


 メラルは自分の居場所を確固たるものにした。いまや国の英雄少女。

 アプローラも自分が決めた道を進もうとしている。

 だったら私も進まなきゃ、だ。


 天国みたいな国を見つける。

 それが旅をはじめた理由だった。

 けれど、月の塔の頂上でさえも天国ではなかった。

 答えはもう自分のなかにある。

 たぶん世界じゅうを歩き回っても、理想郷、天国なんて無いのかもしれない。人々はそれぞれの土地で暮らし、必死で生きている。どこまでいっても大きな違いは無いのだろう。

 山の向こうに楽園があるかも、海の向こうに安住の地があるかもしれない――。

 太古の時代から旅人はそんな夢を抱いて、世界じゅうを歩き回った。やがてそれぞれが気にいった場所を見つけ、あるいは諦めてそこに根をおろし暮らしはじめた。だから世界中、どこにいっても村も町もあり、それぞれ楽しく、がんばって生きている。


 永劫に思える時間、宇宙を旅してようやくこの世界にたどり着いた彼ら――月の塔のイミュティアンだって同じこと。この星に根をおろし、次の世代に意思を受け継ぐために生きている。

 

「行っちゃうなんて寂しいッスよ」

 メラルはもう泣きそうだった。そっと手を重ね、指を絡める。

「もうすこしだけ旅をして、また戻ってこようって決めたの。この街に」

「チユ!」

 メラルがぱっと笑みを浮かべた。

 月の塔のあるこの街に、戻ってくる。

 私はそう決めた。

 自分が納得できる答えを見つけたら。

「約束するね」

 戻ってくる。

 ここで暮らし、がんばって生きてみよう。


「私も戻ってくるよ! だってもらった金貨三百枚余り! 両替するより月の塔の国、ここで使った方がお得だもんねっ!」

「うん、私もそうおもう」

 ぶっちゃけ、金貨333枚は大きい。ムーンヘポリア限定の通貨だけど、なんでも買えちゃう。ぐふふ……。これ元手にしてお店を構え、暮らしてもいいとさえ思う。

 正直これが一番の理由なのだけど。感動してるメラルには大きな声では言えないかも。


「ぐしっ……もう! ふたりとも……現金ッスねぇ」

「あはは! うまい」

「背に腹は代えられぬ」 

 朝日で眩しいリビングダイニングに、私たちの笑い声がこだました。


 さぁ、今日の仕事を終えたら出立の準備を整えよう。

 ミーミルとまた少しだけ旅をするために。


<章 完結>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 三人して火炙りになったのかと思いきや、神託の巫女姫みたいな扱いになりましたか。 それにしても世界の終末を告げられた王様や学者先生たちは頭を抱えたことでしょう。(汗) チユは、もう少し旅をす…
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