天空の園と星の旅人
「天井が終わる……傘の下を抜けたっス!」
メラルの声に私は振り返り息を飲んだ。遠ざかる「月の塔」を軸に大きな白い「傘」が浮かんでいる。上層部は太陽の光で白く輝き眩しいほど。
「大きい……!」
「街を覆うサイズの傘だなんて」
傘の直径は優に八百メル以上。この目で見ても俄には信じられない大きさだ。細長い塔の上にキノコの傘があるなんて誰が予想しただろう。
「これってどう見ても」
「キノコの傘だよね!?」
私とアプローラは見たまま、ありのままを口にした。
地上から見上げると普通の空で、私たちがぶつかりそうになった「世界の天井」は実のところキノコの傘、その裏側だったことになる。
「し、信じられないッス……! 神聖な月の塔がキノコだったなんて。これ映像で届いてるッス!?」
流石のメラルも動揺を隠せない。子供のころから「神聖な塔」と崇めていた存在が実はキノコでした……なんて受け入れがたいに決まってる。
「ヴェドラもまだいける、傘の中心に向かうね!」
「そ、そうッスね」
「いこう」
私たちの目的はひとつ。
月の塔の頂上に挑み確かめること。
この傘の上、おそらく中心に真実がある。
アプローラがゆっくりと翼竜ヴェドラをターンさせ、傘の中心に戻るコースをとる。今度は傘の上を飛ぼうというのだ。
「でも……何のために傘の裏側に空を映しているのかな?」
アプローラと同じ疑問を私も感じていた。
偽物の空で偽装する理由はいったいなんだろう。今にして思い返すと、斜め下や遠くから見たとき頂上付近は雲に覆われて曖昧で見えなかった。薄くて平べったい傘が偽装していたわけだ。
「傘の上を見られたら困るとか」
「……森には『ツキヨタケ』っていう、夜になると傘の裏側が光るキノコがあるっス」
「ツキヨタケ?」
月夜茸。なんとなく月の塔を連想する。
「薄暗い森の奥で、裏側のヒダが月のように光るんスけど理由は不明。虫の目を誤魔化しているとか様々な説があるッスけど。もしかして月の塔の裏側も似たような理由で空を映しているだけなのかも」
「確かに、イミュティアンたちは塔の上に来てほしくないみたいだったもんね」
月の塔は人間の侵入を歓迎していない。イミュティアンが行く手を阻む理由も、人間を阻止することが目的に思えた。人間をエサだと思っているのならもっと攻撃的な捕食者になるだろうし。
「塔の上には見られて困るものが?」
「理由は神のみぞ知る……っスね」
「それを今から確かめるの!」
『アプ、上昇する風を捕まえたぞい』
「ヴェドラ! 傘の上を飛んで」
『任せよ!』
身体全体が浮き上がった感覚に包まれる。
ヴェドラが大きく広げた両翼の先端から白い雲が生まれている。翼竜は上昇気流を利用してさらに傘の上を飛んでゆく。
「傘の上は白くて、何もない……」
「見て、中心が山みたいになってる!」
アプローラが視線を向ける先、あれが月の塔の中心、てっぺんに違いない。まだ誰も目にしたのことない未知の領域だ。
「高度1600メル! これが月の塔のてっぺんだなんて……! 凄いッス」
メラルが興奮気味に水晶玉に状況を報告しつづけている。映像が途絶えても音声だけでも届けば無事だとわかってもらえるだろうか。
「神様の神殿は無さそうね」
アプローラはすこし拍子抜けしたようだった。
天上の住人「彼ら」と仮面貴族が呼んでいた存在がいるものとばかり期待していたのに。私もすこしがっかり。
気圧のせいか耳が変になっている。風は相変わらず冷たいけれど太陽の光を感じる。
『……そろそろ疲れてきたぞい』
「そうねヴェドラ、滑空して帰りましょうか」
「賛成」
「こんなもんッスか」
来てしまえばなんのことはない。
何もない天空の世界だった。
夢なんて追い続けているくらいが良いのかも。すこし寂しい気がした。
傘の中心部の上空、およそ三十メルをゆっくり通過して帰路につこうかという、その時。
「あれ、なんッスかね?」
「中心がモコモコ動いてる!?」
傘の中央で突然、泡立つように白い塊がうごめきはじめた。モコモコはあっという間に大きく膨らむと、弾けたように無数の触手を広げ伸ばしてきた。
「触手!」
「超巨大なイミュティアン!?」
まるで巨大なクラゲを逆さまにしたような形、何百メルもありそうな鞭状の腕が襲ってきた。
信じられないくらいに巨大なイミュティアンに見えた。傘そのものがそうなのか、塔の先端がそうなのかはわからないけれど。
「ヴェドラ、回避して……!」
『ヌッォ!? こ……こやつワシの脚に絡みおって……!』
「ヴェドラ!」
ヴェドラの脚に触手が絡み付いた。あっという間に二本、三本と絡み付く触手が増える。私たちは振り落とされないよう必死でつかまる。
「げ……幻炎魔法!」
メラルが迫り来る触手を魔法で防いだ。見えない炎の爆発をうけ、触手が急速に縮んで退く。
「チユ! 魔法で絡み付いた触手を振り払える!?」
「う、うんっ!」
だけど遅かった。ヴェドラは次々と向かってくる十数本の触手に包み込まれてしまった。
『ヌォオ!? 放さぬか……!』
「ヴェドラだめ、暴れないで! 翼が折れたらおしまいよ!」
『じゃが……!』
アプローラが暴れるヴェドラを必死で制止する。無理に動いて羽が折れることを心配しているのだ。
触手は私たちを包み込んでいた。視界全体が白く覆われ、空が見えなくなった。
「く、食われたッス!? 魔力を全解放して脱出を……」
「待ってメラル、私たち食べられてない。イミュティアンにとってエサじゃないから」
「……た、確かに。チユの言うとおりッス」
不思議なことに私たちは無事だった。
触手の檻に閉じ込められてはいるけれど。
それぞれが百メル以上の長さはあろうかという長大な触手の束が周囲を取り囲んでいる。ヴォドラに直接絡み付いた何本かを除けば、私たちを丸い鳥かごのように包み込んでいるだけ。だけど、しゅるしゅると内側に向けて極細の糸が伸びはじめた。
「こ、今度は何!?」
「き、菌糸ッスか?」
「エサじゃないけど養分にされるのかも」
「チユぅう!」
前言撤回。
養分にするつもりかな?
分岐する糸のようなものが充満してきた。それは綿のようなもので、皮膚に触れても痛みも何もなかった。慎重に、私たちやヴェドラに触れては引っ込むことを繰り返す。
「ななな、何これ何これぇえ!?」
ややパニックなアプローラを抱き締める。
「まって、様子をみよ」
「一気に飲み込むつもりならもうやられてるッス」
「でも、脱出するにはメラルと私の魔法を一気にぶつけるしかなさそう」
「メラルとチユが魔法をぶっぱなしたら、ヴェドラで飛ぶね」
アプローラがヴェドラの首を抱きながら悲鳴じみたこえをあげる。
「二人の魔法を全力で、同時に重ね合わせる。そして全周囲に放てばきっと」
「チユの作戦に乗った。イミュティアンは敏感ッスから一瞬、怯むはず」
「カウントダウンしていい!?」
アプローラの声に私たちは頷いた。
「最低で十秒」
「同じく」
集中し魔法を練るにはすこしだけ時間が欲しい。
胸の内側、魔法のコアを感じて扉を開く。
溜め込んだ『痛み箱』の全てを解放する。
「きゅう」
「はち」
「なな……ろく、ご……?」
ゆっくり、周囲の白い綿が私たちを包み込んでゆく。優しささえも感じる速度で。細かい白い半透明の糸が無数に絡み合った、雲のような綿が。
魔法力、全解ほ――――――――
「う?」
突然、視界が真っ暗になった。
私は悲鳴をあげたかもしれない。
不意に感覚が消えてしまった。
抱き締めていたメラルの背中も、腰に回されたメラルの腕の感覚も。鞍の下で熱を帯びるヴェドラの筋肉のうねりも。全てが消えて、視界が閉ざされた。
真っ暗でなにも見えない。
焦りと恐怖、そして不安。
私、もしかして死んだ?
いったい……何がどうなったの?
混乱する私の問いかけに、まるで答えるように眼前に赤い光が見えた。
それはちいさく瞬く星だった。
近づいている。
オレンジ色の光を凝縮したような星へ。
例えるなら太陽を遠くからみているみたいな光を感じる。
これ……何?
凄い速さで、目の前から岩の塊が迫ったかと思うと一瞬で背後に消えた。次に丸く白く凍りついた星が見えた。
それも瞬きほどの速度で通過する。
星? なんで!?
次に輪をもつ星が近づいてきて背後に遠ざかる。
飛んでる!?
ここ……星の世界なの!?
赤く乾いたように見える小さな星が見えると、太陽はさらに大きく近くなった。
いつも私たちが見上げている太陽と似ている。
やがて美しい青く丸い球体が見えた。
青い……宝石?
これも星なの?
水と雲の星だ。
どうやら私は青い星に向かっているらしい。
青い星の近くには、赤と青っぽい岩でできた月が見えた。
これって私たちが住んでいる世界だ!
信じられないけど、そうとしか思えない。
視界いっぱいに青い星が広がって、周囲が赤い炎で包まれた。思わず悲鳴をあげるけれど熱くはない。メラルの幻炎ともちがう。やっぱり誰かの記憶を見せられているんだ。
なんとなくわかった。
星を旅する誰かの視点、いつかの記憶なのだと。
きっと星を旅していたときの。
やがて広大な海と大陸が近づいてきたかと思うと、一瞬で激突。ノイズと悲鳴。銀色の金属片が舞って、大きな窪地ができた。水が流れ込み湖となり落下した「旅人」の意識が遠退く。
それからどれくらいの時間がたったのだろう。
昼と夜が加速して月の位置が変わってゆく。
水と空気、栄養のある大地。
元気を取り戻した星の旅人は目を覚ました。めりめりと白いキノコのように「旅人」は根を張り、空に向かって伸びはじめた。
季節が目まぐるしく変化してゆく。
やがてひとつの異変に気がつく。
赤い月の位置が、だんだん不安定で狂っていく。月が……近づいているのだ。
落ちてくる!?
この星にぶつかる。
ぐるぐると「旅人」は夢を見はじめた。
頭のなかで演算するように月の軌道を計算している。太陽の周囲を何千回も巡り、青い星の周囲を二つの月がダンスするように目まぐるしく回り続ける。赤い月はやがて地上に落下して激突するところで夢は終わる。
これは予言なんだ。
星と太陽が千回ほど回り季節が巡ると、やがて月が落下。
大地が砕け灼熱の地獄と化す。
それを旅人は知ってしまった……。
あぁ、なんてことだ。
悲しい。
ここをまた旅立たねば。
しかたない。
再び星の世界へ旅だとう。
気がつくと周囲には人間の街が出来上がっていた。くすぐったい。蟻のようによじのぼってくる。
あと百回、惑星が太陽を巡る前に「旅人」はまた星の世界に旅立たねばならない。地上を這い回る惑星の土着生命は知恵をもっている。ならばその身に降りかかる滅亡の運命を自ら切り抜けねばならない。
可哀想だが手助けは出来ない。我々は君たちを星の世界に連れてはいけない――
周囲の景色から光が失われ、星々が流れ去って消えた。
覚醒する感覚に意識が浮き上がる。
「……あ……れ?」
「いまの……って」
「メラル、チユ……見た?」
私たち三人は顔を見合わせた。
唖然として、ぽかんとしながら。
どうやら同時に同じ幻を見ていた。いや見せられていたらしい。
そして理解した。
月の塔に宿る意思と、世界の真実を。
<つづく>




