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月の塔、頂上アタック【3】

「さっきの変態仮面はなんだったの!?」

 アプローラが手綱を操りながら振り返る。

「隣国の貴族でレゴリス卿っていう、有名な月の塔マニアだったんス、でも……あれはもう」

 止まり木で遭遇した怪人は間違いなくレゴリス卿だった。だけど中身は既に人間ではなかったかもしれない。

「魔物に……取り憑かれていた」

 仮面の下はどうなっていたのか、想像するだけでゾッとする。頭をイミュティアンに食べられてしまったのか……。

 いや、まさか自ら望んで一体化した?


 祝福無きものは先に進めない――。


 レゴリス卿の言葉が脳裏に残っている。声には苦痛ではなく歓びの色が交じっていた。


「月の塔に巣食う魔物……イミュティアンって、侵入者を阻むだけじゃないの?」

「わからないっス。あんな状態、初めて見た」

 メラルも戸惑っている。塔の更に上を目指すため、魔物と一体化するという発想だとしたらイカれている。理屈はわからなくはないけれど……。

「空にいる限りは大丈夫だけど、休憩するときは気を付けるっス」

「うん! まずはこのまま上昇するね」

 気を取り直し更に上昇する。


「きゃっ!?」

 突風に煽られ大きく揺れた。私とメラルは必死で(くら)の持ち手を掴み、足をかける(あぶみ)で踏ん張った。

『少々……気流が渦を巻いておるゾ』

「ヴェドラ、壁に近づきすぎないで!」

 アプローラは巧みに手綱を操って、月の塔の外壁から二十メルの距離を保ちながら上昇し続ける。

 翼竜ヴェドラの進行方向からみて左、外壁を左側に眺めつつ壁に沿って飛ぶ。塔を回り込みながら螺旋を描きつつ緩やかに上昇していく作戦だ。


「高度1000メル! 推定で五十階層突破ッス!」

 メラルの言葉に息を飲む。

 遥か彼方、大陸全土が見渡せるんじゃないかっていう高みに私たちはいた。

「すごい……!」

「なんて光景なの!」

 闇の森、砂漠、緑の穀倉地帯、どこかの街、蛇行する川、雲、そして彼方には霊峰パルノメキア山脈の山並み。反対側は霞んで見えない海と空が混じりあう世界のはて。


「高度1100メル……!」

 耳が変で音がよく聞こえない。風を切る羽の音だけが時おり鋭く響いてくる。

「メラル、どうやって高さなんかわかるの……?」

索敵魔法(サーティクル)は魔物を検知する以外に、地形とか高さとかわかるんだけど。自分の魔法特性に関係なく使える魔術(・・)で、ギルメンの魔法使いに教えてもらったっス」

「すごい、いいなぁ」

「チユにもできるっスよ」

 ギルドに所属すれば教えてもらえる魔法だなんて。無事に帰れたら教えてもらいたい。


「いい調子! これなら55層どころか新記録の60層もイケちゃうよー!」

『ウム、ワシもまだ余裕じゃが……ヌシらの身体が心配じゃな』

「えっ……? あっ、そういえば風が」

「冷たくなってきた?」

「寒い」

 風が冷たくなり手足がひえてきた。


「高くなるほど気温が低下するって聞いてたッス」

「太陽に近づくのに不思議よね」

 空のエキスパート、アプローラも当然という感じ。

「えっ、そうなの?」

 なぜ? どうして? 太陽に近づくわけだから、私はてっきり暑くなると思っていた。だから日焼け止めクリームも塗ってきたのだけど。

「理由はわからないッスけど」

「世界の真の姿は己の五感で知るのじゃ! って魔法学校の先生も言ってたわ」

 含蓄(がんちく)ある言葉だけど寒さはしのげない。


「ヴェドラは平気?」

『ウム、雷雲や冬の嵐の中に比べれば涼風じゃな』

 翼竜はまだまだ余裕そう。よし寒いときは、

「「「密着っ」」」

 三人でぎゅっと密着、体温が奪われるのを防ぐ。

 互いの身体がふわっと柔らかい。アプローラはいい香りだし温かい。むしろずっとこのままでいい。


「55層突破ッス! 高度1200メルに到達!」

「やった!」

「記録を破った」

 金貨百枚ゲット。けれどアプローラは冷静なまま手綱を手に空を注意深く見つめている。


「……ねぇメラル、55層で断念した人って、寒くて諦めたの?」

「それもあるかもだけど、聞いた話だと空に壁というか、かたい『天井』があったとか」

「天井?」

 思わず空を見上げる。

 そこには何もない虚空があるばかり。

 壁もなにも見えない。


「かなり朦朧としていたみたいで、勘違いかもしれないって本人は言ってたみたいっスけど」

「うーん、気になるわね」

「結界かな」

「そんな壁みたいな魔法なんて……」

 上に行かせまいと妨害する結界、ありえなくはないけれど。

 こうしている間にもヴェドラは上昇している。


 途中、いくつか小さな止まり木のような出っ張りがあるけれど、ヴェドラはスルーして飛んでゆく。


「もうすぐ推定60層! 高度1340メル」

 寒さも然ることながら、心なしか息苦しい。何か呪いにもかかったみたいな……。

「なんか、月の塔が細くなってない?」

「私もそう思ってた!」

 私の言葉にアプローラが頷く。

「オラの魔法検知でも、地上より四割ぐらい細くなってる感じッス」

「もしかして頂上が近いのかも!?」

「だけど何も見えないよ」

 見上げても塔は果てしなくつづいている。

 樹木も大抵上にいくほど細くなる。いつか先細って終わるのだろうか?

 明らかに月の塔の直径は細くなっている。おそらく直径百メルほど。

 ヴェドラが塔のまわりを螺旋状に上昇する。この調子で細くなってゆくと、先端は尖ってて終わりってことになる。

 なのに見上げると月の塔は相変わらず空の彼方までずっと続いている。


 なんだろう……?

 妙な違和感がある。

 見ているものと感じてるものに、齟齬があるみたいな。


「何か……変だよ」

「どしたっス?」

 それにもうひとつ。太陽が見えているのに温度を感じない。まるで日陰にいるみたいに寒い。いくら気温が下がったといっても、太陽の光が当たる部分は熱を感じてもいいはずなのに。

 目を凝らすと、上空に薄く霞がかかっている。太陽の輝きは、まるですりガラスを通したような、淡い光で包まれている。

 これってどこかで見た……そうだ。

 月の塔の内壁で見た光を通す壁に似ている。

「やっぱり何か……妙な」

「チユ? どうし……」

 アプローラが言いかけたその時、

「アプ子ッ! 高度を下げて!!!」

 メラルが悲鳴のような叫びをあげた。今まで聞いたこともないほどに切迫した声で。

「ヴェドラッ!」

『ヌ、グォオオオッ!』

 アプローラは咄嗟に手綱を引いた。だけど次の瞬間、私たちは衝撃に揺さぶられた。ヴェドラの翼の先端が何かに衝突、白い破片を撒き散らした。


「ヴェドラ! 大丈夫!?」

『オォオ!? 空に……天井じゃと……!?』

「みんな頭を下げて!」

「きゃっ!」

「衝突するっ……!」

 一体何が、と思う間もなくヴェドラは急降下。落ちる感覚に悲鳴をあげる。

 背後で長大な尻尾がうねり、見えない天井に衝突する。バキバキと衝撃音を響かせながら白い破片を舞い散らせた。

 空が割れた! 本当に天井があるの!?

「きゃわわわわ!?」

「ささっ逆さまッスぁあ!?」

 ぐるんっと天地が逆転したまま落下する。

 視界からは頭上に大陸、足元に青い空が見える。

「おっ落ちる……!」

「絶対に手を放さないで!」

「放さないっよぉお!」

 反転した視界の片隅の光景に息を飲む。

 空の一部が、白く塗ったようにひび割れて砕け欠けている。代わりに波打つ何かがそこにあった。

 偽物の空!?

 ヴェドラの尻尾で砕かれた空の一部が、無数の破片となってキラキラと飛び散ってゆく。


「な……何あれ?」

「理解がおいついていないっス」

 衝突は寸前で回避できた。けど空に天井がある。壁のような白い……月の塔の延長じみた何か。

「ヴェドラッ、反転!」

『ぬしら、振り落とされるでないぞッ……!』

「おぉおっ!」

「ひゃぁあ!?」

 ぐるんっと水面で樽が回転するようにバレルロール。巨大な翼竜が空中で体を半回転させて、元の水平飛行に戻る。

 高度は少し下がった。けどヴェドラと天井に挟まれる最悪の事態は避けられた。


「はぁっ、はあっ……! みんな、平気!?」

「な、なんとか」

「前髪……乱れてないッス」

「あっ、ほんとだ」

 すげぇなヘアスタイルキープ魔法!

 って、そんなことより。


「一体いまのは何よメラル! ほんとに空に天井があったわよね!?」

 流石のアプローラも驚天動地、上を見上げつつ戸惑いの声をあげる。

 振り返るとメラルは目をつぶり、腕を空に向けて全集中していた。

「不覚っす、オラの索敵魔法で検知できなかった……。二十メルに近づくまでわからなかったっス」

「メラル」

 彼女は悔しそうに歯を食い縛っている。

「月の塔……内壁と同じ硬化物質が、空一面を覆っているなんて……こんなの誰も知らない……聞いてないッス!」


「落ち着いてメラル! お陰でみんな助かった、メラルが気づいてくれたから、じゃなきゃ今ごろ衝突して落ちていたんだもん」

 僅かな油断で死んでいた。あらためて死がそこに口を開けていることを認識し、恐怖する。


「すまないっス」

「メラルのおかげ」

「そう大丈夫、ヴェドラも無事だし」

『少々、ヒヤリとしたがのぅ……』

 私はヴェドラの体に手を触れた。痛みをできる限り吸いとる。羽と尻尾は無い代わりに、手足に軽い痛みが移動してきた。

『……体が……楽になったぞい』

「チユ? ありがとう」

「これぐらいしか出来ないから」


「けど、これ以上は無理、危険ッス。天井があって、人間は進めないんス……きっと」

「空にこんな天井があるなんて……」

 アプローラも悔しげにうめく。


 空を映す偽物の空。

 見えない天井。

 ならあの太陽も月もすべて嘘なの?

 

 月が落ちてきて世界が終わる。

 そんな話だって嘘かもしれない。

 だけど、これは何か違う。

 何か見落としている気がする。

 すごく単純な……真実を。


「60層突破したんだからもう……ここで戻っても栄誉ッス」

 メラルは戻ろう、帰ろうと言いかけた。

 だけど私は、


「アプローラ、月の塔から離れてくれる? 高度このまま、頭に気を付けて」


「え、うん、いいけど」

 アプローラは月の塔から離れるよう手綱を動かし方向を変えた。ゆっくりと月の塔が背後に遠ざかってゆく。

「チユ、帰るってこと?」

「違うよ。あの天井って、どこまで続いていると思う?」

「天井……あ、そうか!?」

「終わりがあるって……言いたいッス?」


「メラル、索敵魔法で上の様子を見て」

「さっきから全力で探ってるッス。だけどずっと頭の上に天井があって……」


 イミュティアンは月の塔、彼らの大切な家を守ろうとしていた。

 天空に住む誰かの為?

 月の塔の最上階に誰かがいる?

 おそらくそうじゃない。

 レゴリス卿の祝福という言葉。

 偽物の空、空を覆う天井。

 様々な謎に埋もれ、真実が見えなくなっている。

 だけど私は自分の直感を信じる。


「月の塔はたぶん、大きなキノコなんだと思う」


「……へっ? キノコ?」

「チユ……? あっ、ほんとに天井が終わる!?」

 月の塔から五百メルほど離れた時、メラルが叫んだ。


『……ヌゥ? 風が……』

 ヴェドラが鼻をひくつかせた。空気が春風のような暖かさと香りを運んでくる。


「天井の終わり……(ふち)があるッス!」

 メラルが指差す先、明らかにすこし空の色あいが違ってきていた。


「チユ! わかった、これ天井じゃなくて、キノコの傘の下にいたんだね!」

「そんな!? だ、だって誰も今までそんな……気づかないなんて……!」

「生まれたときから見ていたわけだし」

 慣れすぎちゃってたとか。

「……!」

 下から見上げている限り、偽物の空を映す「傘」の裏側は見えない。存在を隠す理由はわからないけど。


 月の塔は超巨大なキノコ。

 大昔に星の世界から種が落ちてきて、ここに生えた。それは今も成長しつづけている。

 いつか星の世界に戻るために……なんて。

 そう考えれば説明できる気がする。


「太陽だわ!」

「本物だね」

「光が暖かいッス」

 偽物の空を映した傘が終わる先に、本物の空が広がっていた。

 世界は不思議だらけだけど、案外シンプルなのかもしれない。


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[一言] 月の塔がまさかの! すごい新発見しちゃいましたね! 続きが楽しみです!
[良い点] 月の塔が巨大なキノコだと!? 何やら珍説がチユの口から語られましたが、奇妙奇天烈ながら真実なのか?? 少なくとも新記録達成で、それなりの賞金も手に入りそう。 さて、チユたちは月の塔の頂上で…
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