魔女アプローラと夢を語る
「やっほーチユ! メラルっ!」
翌朝、メラル家の前の水場で顔を洗っていると、上空から元気な声が聞こえてきた。大きな影が横切る。何かと空を見上げると、優雅に翼を広げた大きな竜が舞い降りてくる。
「あれって、アプローラの竜?」
「ウチの屋根に降りる気っス!?」
私とメラルは歯磨きをしたまま唖然とする。
馬二頭分もある大きな翼竜が屋根の上でぶわっと翼を羽ばたかせる。屋根瓦を何枚か吹き飛ばし着地すると、翼竜は翼を折り畳んだ。
私たちの周囲で瓦が地面でパリンパリンと音をたてて割れた。
「よかったぁ! メラルの家、前に聞いていたけど迷っちゃって……」
空からアプローラがやってきた。
明るい笑顔を見せて手を振る彼女に、私たちも口をゆすぎながら手を振り返す。
「相変わらず元気」
「おひさっス、ぶくぶく」
湊街ポポロノイカで別れる前、メラルは自宅の位置を教えていたらしい。
だけど住宅街なのでわかりにくい。飛んでくる時にわかりやすい「月の塔」の中継ステーションでの再会を約束したはずだけど……。
「塔の中継ステーションで落ち合う予定だったよね?」
「アプ子、意外といい加減っスよねぇ」
苦笑するメラル。アプ子ことアプローラは、細かいことは気にしないらしい。
そもそも再会する日付さえ指定していなかったのだけど……。なんとも大からな性格か。お嬢様として育った魔女ゆえだろうか。
「ほいっと」
アプローラは竜の背中から飛び降りた。二階の屋根より高い位置からフワリと。浮遊魔法の効果でゆっくりと回転しながら、まるで木の葉のような速度で降下して地面に足をつける。
長い水色の髪を朝日でキラキラと輝かせながら、地面に足をつけて着地のキメポーズ。
「じゃん」
「可憐ッス」
「おみごと」
私たちは拍手で彼女を迎え入れた。
「ふたりとも元気だった?」
「一週間も経ってないッス」
「めっちゃ冒険した気がするけど」
笑顔で円陣を組むように三人で抱き合って、再会を喜びあう。
『久しぶりだな小さき陸の子、ミーミル』
『ヴェドラ? おはよー』
アプローラの翼竜のヴェドラが、裏庭にいるミーミルと挨拶している。
そうこうしているうちにお隣からカプルとセルラが飛び出してきた。おそろいのパジャマ姿だ。
「今の音なに!?」
「うわ、竜だ!?」
「紹介するっスね、湊町で友達になった魔女のアプローラ。……と彼女の翼竜」
「よろしくー! あっ、もしかしてメラルの言ってた幼馴染みの兄妹剣士さん!? かわいーっ!」
「キラキラした都会の姉ちゃんが空からきた!」
「あたし髪も直してないから、またあとでっ!」
「ちょっセルラ?」
「ほら、いいから戻って!」
アプローラは両手を広げてフレンドリーに二人に近づいた。けれどセルラは恥ずかしかったらしく、カプルの腕をつかんで戻っていった。なかなか難しいお年頃らしい。
「とりあえず朝ごはんまだでしょ? 一緒に食べようよ」
「いいの!? やったね、ありがとメラル!」
すげーノリが軽い。私なら朝ごはんに誘われたら「迷惑かな」とか思っちゃうけど。毎度のことながら明るくて人当たりのよいアプローラの処世術には感心する。
「アプローラ、来るの結構おそかったスね」
私たちは朝ごはんを頂きながら、ここ最近の身の上話と情報交換をすることになった。
「ごめんね二人とも! 両親にさ『年頃の娘がほっつき歩くな』とか『公爵家の次男とダンスパーティの予定をいれてある』とかさ。ウザいことばっか言われて、なかなか出してもらえなかった」
ため息混じりにチーズを頬張る。
「やっぱりね」
「だと思ったっッス」
王都の名だたる貴族の娘ともなれば、むしろ自由になるほうが難しいと思うけど。だけど今こうしてここにきていると言うことは……。
「だから言ってやったの! 歴史に名を刻んだ偉大な魔法使いや魔女は、数多の経験と冒険を重ねて名を残したんだって。あたしが優れた魔女になれば我がスカイハイアット家は安泰! 名声を高め、将来のさらなる隆盛にも繋がるって。もしかしたらどこかで素敵な出会いがあるかもしれないし……って。うまく言いくるめてまた旅に出たってわけ」
「さすがの説得力」
「お転婆娘っスね」
イタズラしたばかりの子供みたいなアプローラが可笑しくて、思わず笑ってしまう。
「チユは、月の塔はどうだった!?」
次は私の話題になった。
「塔に上って、現実の厳しさを知った」
塔の頂上は果てしなく遠い。
だけど、ここで暮らしの基盤を作り生きていくのもわるくない気がしてきた。
「チユは魔物の群れに襲われてピンチだったッス」
「えぇっ!? あぶないなぁ、怪我しなかった?」
たった数日離れていただけなのに、あれこれと事件があって話が尽きない。
「まぁなんとか、痛みは無い」
「チユの魔法、魔物にも通じたっスから」
「すごいじゃん! 癒しの魔法で荒ぶる魔物を鎮めたのね! やっぱ愛よね、チユの慈愛の心は魔物にだって通じるんだね!」
「愛というより仲間認定された感じかな……」
イミュティアンたちとの奇妙な一体感。魔法によって彼らの心を知ってしまった。
「でね! 二人に提案があるの」
「提案?」
「なにっス?」
「あたしたちで『月の塔』の頂上を目指すってのはどう?」
「えっ」
「無理っスよ、それは……。ギルドでも25層から30層攻略が限界で、その上なんてとても。それにゴンドラ利用料もかかるっス」
「そういえば仮面の貴族もどこまでいったのかな」
「人員と装備からして、数日かけて30層以上を目指している最中だと思うッスけど」
「ノンノン! そうじゃないのよ。塔を管理するギルドのこともゴンドラ利用料も知ってる。だから、その外側から……空を飛んで上を目指すわけよ」
アプローラが上を指差してウィンクする。
「あっ、翼竜で?」
「だけど貴族が飼っている翼竜でも、30層あたりが上昇限界って聞いたッスよ」
メラルはいろいろ現実を知っているのでどこか懐疑的だ。
「フフン、あたしを誰だと思ってるの? 浮遊魔法のアプローラちゃんよ」
ばんっと大きな胸を張る。
「そっか重さを軽くして……浮かぶってこと?」
「なるほど、その手が……!」
半分の軽さにしたら更に倍ぐらいの高さまで上昇できるかも。
「わかってきたかね諸君! すべてはこの伏線だったのよ。あたしが史上初、前人未踏の『月の塔』を攻略、最上階をこの目で確かめて名を残すためのね」
「だけど急に……なんでッス?」
今回のメラルはちょっと厳しい。自分の地元で好き勝手すんなよ、って気持ちもあるのかもしれない。
「それはその名声と……」
アプローラは目を泳がせた。
「名声と?」
「こっ、公爵家の次男坊との結婚を破棄する口実として、あたしが自立した優れた魔女だってことを示したいの!」
「そういう」
「動機が不純ッスねぇ」
「不純じゃないもん、私は自由になりたいの!」
なれるわけないじゃんとも思う。貴族のお嬢様に生まれた以上その運命に身を委ねれば……いや、違う。いいわけないじゃん。自分はどうなのよ。私自身、自由でいられる場所を探して旅をしているのに。
アプローラだって同じ、自由でいたいんだ。
私は立ち上がった。
朝食の席で椅子が音をたてる。
「チユ?」
「夢を語ろう」
そうだ。
現実に怯んで立ち止まっちゃダメなんだ。
アプローラもメラルも、まだ自由でいていいはずなんだから。
「夢……そうだね、あたしさ……雲の上には天国みたいな、素敵な所があって天使みたいな男の子がいるんじゃないかって、ずっと夢みてる。だから空を飛ぶのが好き。バカみたいって思われるかもしれないけど」
「笑わないッスよ」
「私もそんな感じだよ。旅をして、いつか、どこかで楽園みたいな、そんな場所があるかもって。ずっと探してる」
それが月の塔の上にあるかはわからない。
けれど誰もまだ見たことがないんだから、可能性はある。
「動機は夢ってことで、どう?」
「チユ、良いこと言うね! あたしは誰も到達したことのない高みを目指したいの」
「オラも街で最初の登頂成功者になる……ってのは悪くないっス」
私たちは手を重ねあった。
動機が「夢」なら不純なものか。
ダメでもともと、やってみようじゃないの。
「だけどアプローラの竜……ヴェドラに三人乗れるかな?」
夢を語っていてなんだけど現実問題に立ち返る。
「大人二人までなら余裕! ヴェドラはもともと軍用で、鎧を着た大人を乗せていたの。魔法で体重を半分にするわけだし。あたしたち三人乗っても大人二人分にもならないわよ。ちな、チユとメラルの体重は?」
「計ったこと無い」
ミーミルには軽いって言われるけど。
「言わなきゃダメッスか!?」
「てか、朝ごはん沢山たべちゃったけど、体重減らしてからにしようか」
「お、おぅ……」
「現実の壁っスね」
<つづく>




