月の塔、頂上アタック【1】
◇
『さぁ! 可愛らしい挑戦者の登場です! みなさん盛大な拍手をお送りください!』
音声拡張魔法仕込みの魔道具から大音量の声が響いた。
「どうして……こうなった」
私は激しく後悔していた。まさか「月の塔」の頂上を目指すことがお祭り騒ぎになるなんて。
「月の塔の外壁をよじ登るってのが、成人の儀式ッスから」
「今さら言われでも」
「ちなみに素手で登る場合、三十メルも登れたら上出来ッスよ」
「そりゃそうよね」
緊張のなかメラルと雑談すると気が紛れる。
私たちのチャレンジの噂が広まり、広場に集まった暇人たちはざっとみ回しても三百人ぐらいはいそう。
『チユー、ボクはお留守番してるから、帰ってきてね』
『おまえも空を飛べればよかったのだがな……』
ステージ、つまり雛壇の横では、ミーミルと大きな翼竜ヴェドラが仲良く骨付き肉をかじっている。
「ごめんねアプローラ、父と母が話を広げちゃって」
「いいよ! みんなに応援してもらったほうが俄然やる気出るし!」
「うぅ、めっちゃ恥ずかしい」
アプローラ発案の「頂上アタック」の噂はすぐに広まった。
「王都からやってきた魔女が、翼竜を操って仲間たちとともに塔の登頂に挑戦する!」
「翼竜での挑戦は二年ぶりぐらいかのう?」
「疲れて三十階層にも届かなかっただろ?」
月の塔を中心に発展した神聖王国。このムーンヘポリアでは塔の頂上に挑むことは、大変勇気ある名誉なことらしい。
大勢の人々が注目するなか、月の塔管理ギルドによる緊急発表会が開催された。私たち三人は広場に準備された一段高い雛壇を上る。
『ルールは簡単! ひたすら上昇し、誰もまだ見ていない頂上を目指し「魔法映像中継」可能な水晶玉で確認します! 何階層まで到達したか、それにより記念のメダルと賞金が授与されます!』
アナウンスによれば、過去の最高到達記録が推定で55層。これは月の塔の外側を、アプローラと同じく翼竜で飛んで挑戦した記録。
外壁をよじ登った勇気ある男の記録は第3層まで。体力の限界って、そりゃそうよね。
ちなみに月の塔の中を徒歩でアタックしている仮面貴族、レゴリス卿は三十層あたりをウロウロしているらしい。
『過去の最高到達点、55層を上回ればひとり金貨10枚、未知の頂上を映像に収めれば金貨100枚! 頂上に立つことができたなら金貨千枚が神聖王国から進呈され、しかも登頂勇者の称号まで与えられるのだ!』
「マジか」
俄然やる気が出てきた。
頂上に立つのは無理でも、記録は更新したい。
「ごめんねチユ、こんなことになっちゃって!」
「いや、むしろ感謝だよ」
アプローラのヴェドラが壊したメラル家の屋根、その修理代は稼いで返すつもりらしい。
『さぁ紹介します! 三人の可愛い魔女たちが今回の「登頂チャレンジ」の挑戦者だぁあ!』
どぉおおおッ! と街の広場が揺れた。
拍手と歓声「可愛い!」「がんばれー!」「死ぬなよー!」などと様々な声が上がる。
「王都から来ました! 魔女のアプローラでーす! 翼竜のヴェドラで挑みまーす!」
物怖じしないにもほどがある。
『王都から来た歌姫、アイドルのようだぁあ!』
「いえーい、みんな集まってくれて、ありがとー!」
自己顕示とアピールの化身、アプローラを先頭に、やや緊張した面持ちのメラル、青ざめ気味の私が続く。
「アプ子流石ッスね」
「いきいきしてる」
可愛い容姿と明るい笑顔、魅力ある魔女と大きな翼竜の姿にみんなが息を飲み注目する。
『魔女のアプローラさんは空を舞う! そして竜使いだ! 天使の祝福「体を軽くする魔法」で月の塔の頂上に挑むぞっ!』
天使の祝福って修飾すごい。
「がんばりまーす!」
可憐なアイドルを思わせるアプローラは男性たちの視線を釘付けにする。若い女性たちは妬み交じりの視線を向けているけれど、それでも歓迎の拍手喝采を送っている。
『そして魔女のメラル! 知る人ぞ知る我らが塔衛ギルドアルテミアのエース! 期待のルーキー、幻炎の魔女! 月の塔スペシャリストの案内人として同行だッ!』
「も、盛りすぎッス」
「メラルに頼るしかないのは事実じゃんっ!」
ぱしっとアプローラがメラルの背中をたたく。
「「メラルー、がんばれ!」」
「負けたら承知しねぇぞ!」
カプルとセルラ、そして先輩さんが最前列に陣取っている。先輩さんは何に負けるなと?
「いつかやる子だと思ってた!」
「メラルはできる子!」
メラルは地元の人だし顔見知りが多い。同じ年頃の同級生っぽい子らが応援に集まり、大勢が手を振っている。
なんというか、みんなに愛されてる感じがする。
「いやぁ流石に恥ずかしいッスけど、がんばるね!」
堂々と声援に応えるメラル。
拳を突き上げて、いくぞ! と気勢をあげる。オレンジ色の髪が太陽の輝きを帯びて、かっこいい。
主人公属性とはこういうことをいうのか。
『そしてぇ! 三人目は漆黒の髪の魔女! 生と死を司る冥府の女神デヴォードの加護を受けしチユさんだぁあ!』
うぉおお……!? とどよめきが起こる。
「司ってないんですけど……」
生と死を司るってなにそれ。あと冥府の女神の加護も受けてないし! 流石にツッこみをいれる。あの司会者、適当すぎるでしょ。
『旅の魔女であるチユさんは、二人の親友! 痛みを消せる癒しの魔法の使い手だ! 噂では月の塔の魔物と心を通わせたとか!? これは期待大だああっ!』
これにはざわっ、と妙なザワめきが広がった。
「マジか?」
「ヤバくね?」
「レキュティアンと?」
何かタブーを犯したとか言い掛かりをつけられ火炙りにされなきゃいいけど。
「痛みを消せるの?」
「なら、あとでみてもらおうかしら」
そんな声が聞こえてきたのはラッキー。大袈裟だけど癒しの魔法というワードは宣伝になったかも。
「……よろしく」
二人みたいに明るく元気にはできなので、マントを羽織ったまま魔女帽子の端に手を添えて一礼。
「フフフ、我らがギルド・ダークサイド・フォエヴァにふさわしい逸材とみた」
「気に入ったわ、あとで腕試し……スカウトを」
二列目に陣取っていた全身黒ずくめの怪しげな魔法使いと魔女が不穏なことを言っている。完全にダークな魔女にカテゴライズされてしまうのはマズい。
「がっ、がんばります!」
精一杯明るく帽子をとって笑顔を見せる。
私いま、めっちゃがんばってる。
「チユが元気になった!」
「急にどうしたっス!?」
「いや……変なスカウトが来ないように」
とはいえ、無事に帰ってくれば商売繁盛しちゃうかも。細かいことは気にせず前向きにいこう。
そして。
三人による「月の塔」頂上アタックチャレンジが始まった。
「まず私がメラルとチユに魔法をかける。持続時間は一時間ぐらい」
アプローラは浮遊魔法を私たちにかけた。身体が本当に軽くなった。けど、ぎゃくに地面に足がつかないというか、フワフワとおぼつかない。
夢遊病みたいな感覚がする。
「慣れないと歩くの遅くなるの」
「体重軽くなるなら常時かけてほしいッス」
「同じく」
「うふふ、じゃぁ次はヴェドラに。今日は気合い入れて軽くするからね!」
『……ウム、無理をするなよ』
見上げるほどに大きな翼竜ヴェドラにアプローラは手を添えて、魔法を流し込んだ。
重力から半分の重さを解放する魔法。
これだけでも飛距離は二倍、到達可能高度も二倍以上になる理屈。
「メラルが案内役をお願いね」
「危険はオラの幻炎魔法で排除ッス」
「チユがメディカル担当ってことで」
「うん。ヴェドラも含めてできる限り」
三人で円陣を組む。こういう経験は初めてでドキドキする。
「よし、行こう!」
「「おぉ!」」
<つづく>




