真実と宝物
「やんのかオラァ!」
ヘルヴァイア先輩が吠えた。邪眼使いの魔法使いを逆に睨みつけ、全身から熱波のような魔力波動を放って邪眼を押し返す。
「……くッ、こ……こいつ」
「あぁ!?」
先輩の勢いに、レゴリス卿の魔法使いスケティミルは明らかに気圧されている。
「やばい」
路地裏のチンピラの喧嘩みたい。
だけど勢いと気迫は大切だ。ヘルヴァイア先輩が魔力をかき乱したことで、魔法使いの邪眼が霧散してしまった。
「規則ギリギリの喧嘩メンチッスね」
メラルもちょっと呆れ顔。ヘルヴァイア先輩はオラついていただけで魔法は使っていない。あくまでも「勢いで魔力が漏れた」ぐらいの規則ギリギリのライン。人間相手に魔法で戦うのはご法度というリーダーの言いつけ通り、一線は越えていない。
「最初に仕掛けてきたのはそっちだからな」
先輩は魔力の矛先を収め、ゴゥっと炎混じりの息を吐いた。
むしろ規則を最初に破ったのは、レゴリス卿のほうなのだ。
「ハハハ冗談ですよ……冗談! 魔法使い同士の挨拶はこれぐらいにしておきましょう」
「……チッ」
「ここでは互いに月の塔を冒険する仲間、じゃぁありませんか?」
両手を広げて口元に軽薄な微笑み。仮面に隠された視線から本心は窺えない。
手下の魔法使いは一礼し、ローブをバッと整えながら一歩下がった。
「仕掛けてきたのはあっちなのに」
「だよね」
やっぱり貴族、レゴリス卿は信用できないタイプとみた。
「ウチの若いモンに話があるなら、今度外で相手してやんよ」
「……小童が」
ヘルヴァイア先輩の言葉に、魔法使いスケティミルが苦々しい視線を返す。あとで塔の外で思いっきり喧嘩してください。
「さて本題です。私の魔法使いが放った魔力にも、そこの火炎使いの魔力波動にもイミュティアンたちは反応しませんでした。はてさて、これはいったいどういうことでしょう?」
ここで私はようやく気がついた。仮面の貴族レゴリス卿は魔法が「視えて」いる。彼自身が魔法使いなのかもしれない。
「我々との戦闘で疲弊し、いったん勢いを無くしただけですよ」
リーダーのベイルカルダさんが言った。
いつのまにか兄妹剣士たちも下がり剣の柄から手を離している。一触即発の事態は免れたみたい。
「……ふむ? 私の見識ではイミュティアン、すなわち魔塔免疫異常抗体は塔を守ろうと、異物を排除するまで攻撃を続けます。ですが……まるで眠っているような、落ち着いた状態です。てっきり貴方がたの魔法使いの誰かが……と思ってご挨拶してみたのですが」
レゴリス卿は顎を指先で支えながら、ヘルヴァイア先輩、メラルそして私と仮面越しに視線を向けてきた。魔法使いを試していたんだ。いちいち失礼なヤツね。
「……とにかく上階に行くならいまのうちだぜ。我々のミッションはこの25階層の平定、制圧。つまりあなた方の露払いだったというわけだ」
ベイルカルダさんが面倒くさそうに親指で上を示す。さっさと行けよ、と言いたいらしい。
「フフ、感謝していますよ塔衛ギルドには。ここでの損耗を避け、さらに上を目指せます」
仮面貴族は大袈裟に一礼してみせた。
互いのパーティは周囲を警戒しながら情報交換のようなことになっていた。
だけど私たちのパーティは貴族が上階に向かうための露払いだったなんて。なんだか腹立たしい。
リーダーは知ってか知らずか、ため息混じりに肩をすくめてみせた。
「ところで、そこの竜馬使いの君」
「……あ、私?」
「そう、黒髪の魔女、貴女です。お名前は?」
名前を覚えられたくないけど、拒否するのも失礼にあたるよね。
「チユです」
「チユさん、あなたが竜馬と気持ちを通じあっているように、イミュティアンとも何か対話し……通じあえた。そんなことがありませんでしたか?」
ぎくっ。
ありました、とは言いたくない。
仮面の下から見透かされているようで嫌な感じ。
「わかりません」
「チユ、目が泳いでるッス」
「え? そうかな」
ぎくぎくっ。
嘘とか苦手なんだよね。
「ふ…………まぁいいでしょう。イミュティアンは塔の最上階を形成し続けている存在の一部、巨大な精神感応総体、つまり全にしてひとつであると考えています」
仮面貴族さんは何を言っているの? とんでもない情報を語っている気もするけれど。
「形成……とは? 塔の上層階の……彼ら? いったいなんのことです?」
疑問をすぐに口にしたのはリーダーのベイルカルダさんだった。月の塔探索のプロのはずの、そこにいた全員が同じ疑問を感じていたらしい。
「おっと、これはおしゃべりが過ぎました。私の研究論文の中身はまだ世には出していませんから……。忘れてください」
「塔は生きている」
つい、無意識のうちに言葉に出していた。しまったと思ったけれど、レゴリス卿は仮面の口元に僅かに笑みを浮かべた。
「素晴らしい。チユさんが初めてです。生きている、と表現したのは。ここにいる誰もが月の塔を単なる太古の遺跡か何かだと勘違いしていますから」
「勘違いだと?」
今度はヘルヴァイア先輩がキレ気味になった。
「失礼、あなた方が真実を知る必要はありません。これまでどおり、宝探しを続けてください」
小馬鹿にしたような、説き伏せるような口ぶりだった。
「けれど、チユさんは素晴らしい勘です。あなたが持つ何らかの魔法ゆえ、でしょうか」
「それは……」
「ひとつだけ教えてさしあげましょう。この瞬間にも塔は成長し続けています。私たちがいる低層階はいわば『脱け殻』のようなもの。最上階にいる存在こそが全ての源、生きて天を目指す『彼ら』なのです」
「彼ら」
ってなに!?
思わずメラルに視線を向けると「何のこと?」というような顔をしていた。
「知りたいですか? イミュティアンに触れて理解できた貴女なら、共に最上階を目指す資格はありますよ」
「け、結構です」
「ははは。まぁ考えておいてください。いつでも歓迎しますから」
「チユ、口車にのっちゃダメッス」
「う、うん」
「では、私たちはこれで」
レゴリス卿のパーティーはぞろぞろと移動をはじめた。
それに合わせてリーダーも疲れたようすで皆に撤収の指示を出した。
「さぁ撤収だ。時間が思いのほかできた。十階層まで下がって、キノコや薬草を回収して帰ろう」
「了解」
私は去っていくレゴリス卿の後ろ姿を目で追っていた。あの人は私たちの知らない色々なことを知っているのだろう。
真実に触れてしまった?
私が? 月の塔の?
『チユ、いこー』
「そうだね、ミーミル」
<つづく>




