怪しい仮面の貴族
「素晴らしい……! 流石は名高き塔衛ギルド、アルテミア……見事な戦いぶりでした」
ぱちぱちと拍手を送りながら軽薄なセリフと共に登場したのは、白い貴族服を着た男だった。
背はすらりと高く細身で金髪を後ろに流し、顔の上半分を隠すような仮面を被っている。
「うわ」
怪しい。
関わりたくない。思わず私は目をそらした。
「隠れて見てやがったな」
先輩のヘルヴァイアさんが睨み付けるのを、リーダーのベイルカルダさんが静かに制した。
「レゴリス卿、お久しぶりです。ちょうどいま我々のパーティは魔物を片付けたところでしてね。もう少し早く来ていただけたら、有能な卿の部下たちにも活躍の場があったかもしれませんが」
リーダーのベイルカルダさんが相対し、ニヤリとしながら周囲を見回す。
背筋を伸ばし貴族と堂々渡り合う。そしてチクリとお返しするところも流石な感じ。
「あぁ君は確か……ギルド四天王のベイルカルダか。この数の魔物の襲撃に耐え、制圧。それどころか沈静化させてしまうとは、さすがは一流パーティと呼ばれるだけはありますねぇ」
「お褒めに与り光栄です」
リーダーはとことん大人の対応。礼儀作法に則り慇懃に一礼するけれど明らかに嫌そうだ。
「なにあれ」
仮面の貴族とか見るからに怪しい。
「レゴリス・パウディア卿ッス」
メラルが小声で囁く。20層の中継ステーションに飛竜で降り立った人物だ。
「えと……隣の国の偉い人だっけ?」
「そうっス。神聖王国と同盟関係にある隣国、リューゼリス法神国の神官貴族ッス」
「神官で貴族……」
大陸には大小さまざまな国があって統治体制も違う。けど神様に仕える神官であり貴族の称号を持つというのは珍しいかも。
「月の塔で採れた遺物やら何やら、沢山買ってくれるお得意様ッス」
「月の塔マニア」
「うまいこと言うっス」
くすくすと笑う。20層で見かけたときはスルーしてたけど、金の装飾で飾り立てた服も仮面も豪華で、かなりのお金持ちなのだろう。
「それよりチユ、その傷!」
メラルが私の首や腕を見てハッと息を飲んだ。
「あ……イミュティアンの触手で巻き付かれたトコ」
気がつくと露出していた手首や腕が赤く爛れていた。
さっきまでは平気だったのに段々赤くなり、痛痒くなってきた。
「アレに触れたっス!? そのままじゃ毒でかぶれて火傷みたいになるんスよ!」
悲鳴を上げると慌てて腰のポーチから水筒を取り出して私の腕にかけた。首筋や顔はタオルを水で濡らして拭いてくれる。
「だ、大丈夫……痛みは消してるから」
「それ大丈夫って言わないッス!」
「一応、私の魔法なんだけど」
苦笑する。けれどメラルが本気で心配してくれていることが嬉しい。
『チユだいじょうぶ?』
「ミーミルこそ」
『ボクは平気だよー』
ミーミルは羽毛が鎧代わりになったのか、ダメージは無いみたい。
やっぱりイミュティアンは触ると毒でやられる系だったらしい。私も服の上から接触されたところは問題ない。ただ直接触った手のひらも真っ赤になって痛痒くなってきた。
魔法で痛みを消し続ければそのうち治るかな……とも思ったけど、メラルの慌てっぷりはそうでもないみたい。我がことながら治癒師は名乗れないな……。
「セルラ! チユが大怪我ッス! 薬もってたよね!?」
「すぐにこの中和薬を!」
セルラがダッシュ、薬を塗りたくられた。
そういえばメラルもセルラも魔物に囲まれながら、どこにも怪我をしていない。鎧や防具のおかげというより戦い慣れているのだろう。
「ごめんねチユ、初めてなのに……こんな目にあわせて。おまけに怪我まで……。オラの責任ッス」
「そんな大げさな平気だよ」
「女の子なのに火傷の痕とか、ダメだからね!」
セルラも本気で心配してくれていた。中和薬を塗り終えると次は軟膏だという。すでに魔法で誤魔化さなくてもチクチクした痛みは大分楽になっていた。
「イミュティアンは月の塔を守護する免疫として作用します。そう! 異物たる侵入者を排除するまで攻撃を続けます。この事実はこの私……! レゴリス・パウディア公爵が身を持って分析し、論文を執筆までしたのですから!」
さっきからうるさいなぁ。
なんなのあのひと。
誰も聞いていないんだけど。
仮面の貴族の周囲を、いつの間にか影のようにパーティが付き従っていた。質の高いフルアーマーに身を包んだ戦士が三人、深くフードをかぶった怪しげな魔法使いが二人。
その後ろをゾロゾロと何人もの物資運搬役のポーターたちがついてまわる。まるで王様パレードみたいに。
「あー、それは存じています」
リーダーのベイルカルダさんが嫌々相手をしている、その脇にはヘルヴァイアさん。兄剣士のカプルもいる。
「……レゴリス卿はおそらくウチらが何か、珍しいドロップアイテムを手に入れてないか探りを入れてるッス」
「なるほど」
戦利品を奪う、横取りしようって魂胆ね。
「しかし……! 不思議ですねぇ」
「まだなにか?」
「この状態はどうしたことです? イミュティアンたちが不活性化、胞芽状態に戻っているじゃぁ……ありませんか? こんな現象は初めてです。一体あなた方が何をしたのか、非常に興味深い……」
コツ、コツとブーツの音を響かせながら仮面貴族が歩き回る。静かになって床で丸くなっているイミュティンを慎重に眺め、やがてこちらに顔を向けた。
「ウチのパーティの魔女は有能でね」
リーダーが適当に答える。これをレゴリス卿は聞き逃さなかった。
「なるほど魔女! これが魔女の仕業というのですか!? あぁなるほど、ならば実に興味深い……! さすればそこにいる……彼女たちですかなぁあ?」
仮面が私たちのほうを向く。
表情は口許だけが笑っている。視線はわからないけれど、私とメラル、それに剣士セルラという女の子三人を見ている。
「こっち見てる」
「適当に誤魔化すッス」
「私、貴族が苦手で……。いままでロクな目にあってないから」
「オラもッスよ」
「メラルやチユには指一本ふれさせないから」
セルラちゃんが立ち上がり私たちの前に立って背筋を伸ばした。こういうときは凛々しい女剣士の顔になる。
「スケテミィル、あの魔女たちの魔法特性を探査、サーチなさい」
「レゴリス卿! 塔での禁則をお忘れか!」
「攻撃ではありません。未知を知る。互いを知ることこそ、信頼と友好への第一歩ではありませんか?」
「詭弁を!」
リーダーが近づくとレゴリス卿の戦士たちが壁のように前に出てにらみ合う格好になった。
「…………分析する」
レゴリス卿の命令で、付き従っていた魔法使いの一人が、両手をローブの隙間から出した。両手のひらには不気味な「目玉」の紋様。それは両手から肘まで続く呪紋、タトゥの一部だった。それを私たちに向ける。
「うっ」
「チユ……!」
冷たい手で触れられたような感触に身が竦む。魔法探知、それに魔眼の術も混じってる!?
と、その時。
「てめぇ! ウチの若いモンに何してくれてんだコラァ!」
ヘルヴァイア先輩が激昂、肩を怒らせながらレゴリス卿の魔法使いに突進。魔法力同士がぶつかり合いバチバチと火花を散らす衝撃が伝わってくる。
「…………邪魔……するな」
右手は私たちに向けたまま、スケテミィルと呼ばれた魔法使いは左手を先輩に向けた。
だけどヘルヴァイア先輩は一歩も引かない。
目を逸らさずにガンを飛ばし、気合いで魔眼を蹴散らした。
「効くかァ! タイマン勝負すっかコラァ!」
「…………こ、こいつ……!」
<つづく>




