私の旅の始まり
「痛いの痛いの、頂きます」
手をかざし「痛み」をもらう。
相手はメラルの弟ヒカルくん。地下坑道で転んで膝を怪我したらしい。
「あれ? 治った、もう痛くないや!」
ヒカルくんは目を瞬かせた。痛めたはずの膝小僧を見つめ、驚いている。私は膝に軽い痛みを感じたけれどすぐに消えた。
「でも、傷が治ったわけじゃないからね」
「ねーちゃんの魔法よりすごい!」
感動してくれて嬉しい。
「るっさいわね、チユに感謝なさいよ」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
ヒカル君は魔法使いの卵。暗闇を照らす光の魔法を使えるらしい。
近所の子らとミスリル銀採掘の採掘跡に入り込み冒険していたらしい。見るからに元気そうで、男の子って感じが微笑ましい。
「ねっ、チユの魔法は凄いでしょ!」
メラルは自慢げに家族たちに視線を向けた。椅子の背もたれに寄りかかりながら、弟の頭をぐりぐりする。
「なんでねーちゃんがドヤ顔なんだよ」
「アンタは廃坑で遊んじゃダメって言われてるっしょ」
「ミスリルのカケラ欲しいんだもん」
「綺麗だけど持ち帰ったらダメ」
姉弟のやりとりが微笑ましい。
あれ? メラルって家だと語尾に「っす」とかつけないんだ。
きっとこれが素の話し方なのね。
「チユさんはすごいな。ウチのと同じぐらいの年なのに……魔法で稼ぎながら旅を?」
「はい」
「自分の魔法を極めたい、そう思うけどなかなか行動に移せる勇気は無いものだよね」
「そう……でもないんですが」
追放され逃げ出して旅に出たのですが。身の上話はほどほどに。
メラルのお父さんは赤黒い髪の背の高い人。ビシッとした雰囲気で怖そうだったけど、話し出すと普通に優しい感じ。
ミスリル銀を精錬する施設に勤める魔法使いだとメラルが紹介してくれた。特定の金属だけを高温にする魔法が使えるのだとか。素敵な魔法使いのお父さん。
「そろそろご飯にしましょう。チユさんは嫌いなものある?」
「いえ、なんでも食べます」
ほんとにもう何でも。旅の途中でいろいろ食べてきましたし。
「あら嬉しい。……メラルも見習いなさい」
「えーだって」
なんだかメラルが可愛い。家だとちょっと雰囲気が違う。
「チユさん、裏庭の子には何をあげればよいのかなぁ?」
「あ、ミーミルはさっき食べさせてきたので」
「何もあげないのも可哀想、野菜ならたくさんあるのだけど」
「野菜クズでも喜びます」
「新鮮なキャベツまるごとあげるわね」
「あ、ありがとうございます」
お母さんは優しい。若くて愛嬌のある感じ。雰囲気はヒカルくんに似ているかも。
私とメラルは夕飯の準備を手伝いながら、気がつけば外は夕暮れ。招かれたリビングダイニングは魔法のランプが灯され、暖かい光であふれている。
食卓には茶色いシチューと何かの分厚いステーキがそれぞれに。名物だという「塔のように細長いパン」が中央に積まれている。
八人ほど座れる長い木の一枚板のテーブルもすごい。家族四人に私を加えて五人なので、まだ余裕がある。
ずいぶん広いテーブルだなぁと考えていると、ドアがノックされ勢いよく開いた。
「おいっす、こんばんは!」
「ごちそうになりまーす!」
「あ、来たきた」
双子の兄妹剣士カプルくんとセルラちゃんだった。
「これお土産! 魔獣の肉」
「おぉ、今回の旅の収穫だね」
メラル父さんが嬉しそうに受けとる。
「骨もあるんだけど、裏庭のミーミルちゃんにあげていい?」
「あっ、嬉しい。ありがとう」
咄嗟に聞かれて微笑んで頷く。
「ミーミルにあげてくる!」
セルラちゃんはダッシュで出ていってまた戻ってきた。とにかく猫のように身軽ですばしっこい。
二人の持ってきたお土産、それは森で討伐したイノシシ魔獣のお肉だった。
森を抜ける旅の後半、私が魔獣と仲良くなって戦闘を避けた。ちょっと得意気になっていたけれど、実は収穫が減って迷惑だったんじゃないか……とそんな考えが脳裏をよぎる。
「おなかすいた!」
「美味しそうね!」
兄妹剣士は普段着に着替えていた。魔獣と堂々と戦うほど強いのに、どこにでもいる学生みたいに見えた。水場で手を洗うとテーブルの空いている席に座る。
「……実は隣、お母さんいないんで。昔からこんな感じで。たまに一緒にご飯食べてるッス」
メラルが耳元で囁く。
「そうなんだ……」
「チユ、着替えたの? いいじゃん似合ってる」
「あっ、これメラルの服なの」
普段着を貸してくれた。いつもの服は洗濯することにした。
「チユの魔女服ってさ、かっこいいよね! 王都で買えるの?」
セルラちゃんに興味しんしんで言われて苦笑する。
「実は魔法学舎の制服を改造して……」
「あれが制服!? いいな!」
「そういえばアプ子の服もおしゃれだったし。流石王都ッスね。オラんとこの制服ダサかったのに」
私はメラルとセルラちゃんに挟まれて、あれやこれやとおしゃべり。
向かい側にカプルくんとヒカルくん。兄弟っぽい感じ。隠し持っていた袋を互いにコソコソ見せあっている。
「そこ、なにしてんの」
メラルがジト目を弟に向ける。
「珍しい石! 僕が廃坑……ダンジョンで拾ったの」
「魔法のパワーがあるかもな!」
テーブルの上に赤や白い石や小さな金属片を並べ、ヒカルくんとカプルくんが宝物交換みたいなことをし始めた。
「ったく男の子は」
「はは……」
仲良し兄弟っぽくて可愛い。
「さぁ今夜はチユさんの歓迎会だ。メラルが修行の旅で出会った友人。これは月の導き、星の巡り合わせというものだからね、乾杯!」
魔法使いのお父さんが乾杯の音頭を取り夕食会がはじまった。
「この子、魔女のお友だちを連れてきたのは初めてなのよ」
メラル母が私に飲み物を勧める。甘い発泡性の果汁で森の果実だろうか。
「そう、魔法には互いを引き寄せる、あるいは反発しあう運命のような、力があるんだ。だから魔女や魔法使いにとって、直感は大切なんだ」
「なるほど」
「はいはい、父さんの説法はいいっスから」
だけどメラル父さんの話は、とても腑に落ちる気がした。
いままでいろいろな魔法使いや魔女に出会った。その時々、他人だったり、馬が合わないと感じたり、敵だったり。こうして友達になりたいと思ったり……。魔法の相性を感じる直感ということなのね。
「ところでチユ、お料理どう?」
「このシチュー、すごく美味しい。森の香り……キノコが沢山で」
野菜とすこしのベーコン。それと何種類ものキノコ。月の塔の街は周囲が森。森の恵みと言えば木の実や果実そしてキノコ。私は詳しくないけれど、闇の森を抜ける途中も道端や倒木に、無数にキノコが生えていったけ。
「うふふ。それはオオシメジ、これがポルチーニにアミタケ、ムーンヘポリアの特産品なのよ」
お母さんの並べた名前は知らないものばかり。とにかくキノコがいっぱいだ。
そしていよいよメインデッシュ、分厚い茶色いステーキへ。ナイフがすっと通り、柔らかい。口にいれると……ん?
「キノコ?」
この食感は間違いない。でもこんな巨大な一枚肉みたいなキノコってあるの?
「ムーン・オニフスベのステーキなの!」
お母さんが目を輝かせ、台所から人の頭よりも大きな丸い塊を見せてくれた。まるでキャベツのようなそれは丸くて白いキノコ、ムーン・オニフスベというらしい。
すげぇ大きい……。
「ま、キノコ味なんだけどね」
メラルは苦笑。
「お、美味しいです」
私のために準備してくれたという巨大キノコのステーキは、とっても不思議な味がした。
その後も宴はつづき、自然と私の旅の話へ。
いままでの旅の経験、冒険の話をみんなは目を輝かせて聞いてくれた。
逆に私はメラルやカプルとセルラたちの冒険の話を聞かせてもらった。
月の塔の冒険、闇の森の討伐戦など。
どれも新鮮で驚くべき話ばかりだった。
痛みを取る魔法で稼ぐことを、明日から協力してくれるという。それにメラル父は「気に入ったらこの街に住むといい」とまで言ってくれた。
「おやすみ!」
「うん」
夜は二階のメラルの部屋で眠ることになった。
可愛いベッドに勉強机、本棚にクローゼット。メラルの素敵な暮らしがあった。
私は横にもうひとつ寝床を準備してもらった。こんなに快適ならミーミルと裏庭で寝てもいいくらい。
二階の窓から裏庭を眺めると、ミーミルが干し草を集めたベッドの上で眠っていた。
はぁ、なんだか興奮して眠れない。
楽しかった。
楽しくて、温かくて、賑やかな暮らし。お料理は美味しくて、お風呂も気持ちいい。
みんな優しく、全てが満ち足りている。
あれ……?
これってまるで私が憧れていた暮らし。
夢見ていた楽園みたい。
苦しみも痛みもない優しい世界。
私はずっと探して旅をしていた。
けれど……。
ちがう。
ここはメラルの世界。
彼女の大切な居場所なのだ。
メラルが物語の主人公。親しい幼馴染みがいて、素敵なご両親がいて、ときどき冒険にいって帰ってくる場所。
私は招かれたゲスト。まるで舞台を眺めるような気持ちで見つめていることに気がついた。
いいなぁ。
わたしもいつか……。
こんなふうになれるかな。
私には帰る場所が無い。
あれは私が六歳になったとき。
魔法の力に目覚めた。
父は怒り狂った。
母さんを殴り、私を蹴飛ばした。
汚らわしい魔女め、出ていけ!
ささやかで幸せだった世界が壊れ、色を失った。悲しみと心の痛みは消えなかった。
父も母も普通の人間で魔法は使えない。
不貞によって生まれた子が私だった。
王宮御用達の銀細工職人の父そして薬売りの母。つまり母は魔法使いと不義密通をしたのだろう。
黒髪だった私を父はずっと疑っていた。
それから苦労を重ねた母は死んだ。
おまえさえいなければ。
それが最期の言葉だった。
私の旅はあのときから始まった。
<つづく>




