魔女たちの暗闘(後編)
『両者、ステージヘ!』
準々決勝がはじまった。
ステージの上でアプローラとサディルトが対峙、割れんばかりの大歓声と拍手が送られる。
「姉ちゃんに賭けてんだ、勝てよ!」
「負けたら承知しねぇぞ!」
観客たちは段々とヒートアップしていた。広場の反対側に目を向けると「賭場ギルド」では大勢の大人たちが奪い合うように我先に賭け札を買っている。なんだか殺気だってお祭りムードは無い。おそらくトーナメント上位は「賭け」の金額が大きくなるのだろう。
「先輩、負けませんよ!」
流石のアプローラも雰囲気に飲まれているのか、どこかぎこちない。
「あぁら、夕べの可愛いお嬢さん」
対して魔女サディルトは余裕。大人の色気たっぷりで余裕綽々、チラリと視線を向けたVIP席には、夕べ一緒だった男性がいた。貴族の一派か街のお偉いさんなのだろう。
「……さっき賭場で耳にした噂じゃ、賭けの元締めに飼われている魔女らしいっス」
メラルが小声で耳打ちする。
「関係者だけの出来レース?」
「大人事情、お金絡みはヤバイッスからね」
観客席に潜んでいる黒紫の魔女、サディルトの姉妹っぽいあの女もグルなのかも。
「最初に言っておくわ。顔に傷を付けられたくなければ下手に動かないことね」
「わー、こわい……!」
アプローラは可愛くて魅力的な魔女だけど、相手はグラマラスでセクシーな美魔女。優勝候補だということで賭けの一番人気らしい。
応援している客たちはおしなべてガラが悪く、あるいはお金持ちが多い。それに桟敷席には関係者がズラリと座っているのか、ヒソヒソと悪巧みをしていそうな感じで眺めている。
『試合、始め!』
銅鑼が打ち鳴らされた。
「少し鳴かせてあげましょう」
魔女サディルトが右腕を軽く、すっと捻るように動かした。
「きゃ!?」
瞬きにも満たない時間。
空を切る音が聞こえたと同時に、アプローラの左腕が弾かれた。服の裾が破け素肌があらわになる。衝撃を受けてアプローラは顔を歪め後ろへよろける。
「マジ見えなかったッス!」
「アプローラ」
魔力は感じたのに避けようがない。
ムチ打たれたかのように左腕から指先にかけ、つぅ……と赤い筋が流れ落ちた。
「さっきの元気はどこかしら?」
「……痛ったぁ……」
アプローラから笑みが消えた。
「ふぅん? まだ悲鳴が足りないわ、ねッ!」
嗜虐的な笑みを浮かべ、紫色の魔女が再び見えない鞭をふるう。ビュッと音が鳴る。
「きゃっ!」
衝撃で小さな身体がのけ反る。右肩から胸にかけ服が破けた。
「柔い肌ね、羨ましいわ」
「……ありがとう、おばさん」
赤く血の滲んだ肌が痛々しい。
「小娘が……!」
ビシッとムチの音とともにアプローラがよろけた。女性たちからはひどい! という悲鳴があがる。
「いいぞおおお! やれぇええ!」
「魔女ちゃんの脱衣ショーだ!」
「げへぇええ! 脱がしちまえ!」
反対に男たちの下卑た声に怒りを覚える。これじゃまるで一方的な虐待ショーだ。
「これは……分が悪いッス」
メラルは悔しげに爪を噛んだ。
紫色の魔女サディルトは見えない攻撃を繰り出す。空気を切り裂く音が響き、打ち据える。
対するアプローラの「浮遊魔法」は自分や物を軽くする魔法。見えないムチに対処できるのか、私には思い付かない。
となると大ケガをしないうちにギブアップということも……。
「賞金って何位まで出るの?」
「えっ!? 三位になれば金貨二十枚もらえるっス。二位は四十枚、一位は百枚」
「すごい」
思わず目がくらむ。
賞金を得て準一級の称号も得るには、この試合で勝利して、更にもうふた試合も勝ち進まないと手にできない。
とはいえこれじゃアプローラの身が持たない。
「今のベストエイト止まりだと参加賞、たしか屋台のお食事券ッスね」
「しょぼい」
顔に傷でもつけられたら割りに合わない。
「きゃうっ!」
耳を塞ぎたくなるような音が立て続けに響いた。アプローラの脇腹、右太ももと見えないムチが傷をつけてゆく。
「あはは、いいわ……! 可愛い貴女に、最初から目をつけていたの……!」
「それって……!」
「ウフフ! こうするためにッ! スポンサーの皆様に愉しんでいただくためにッ! この組み合わせしてもらった甲斐が……あったわ!」
魔女は思わぬことを白状した。声は歓声にかき消されるけれど、場に満ちた魔力の波動を通じて、私たちに聞こえてきた。
「クソかよ」
私は吐き捨て、桟敷席の大人たちを睨み付けた。
みんなニタニタと嗤いながら、酒を酌み交わしている。賭け事に興じる男たちの熱狂と、下卑た声に怒りが沸き上がる。腹の奥に溜め込んでいた煮えたぎる魔力が、また溢れそうになる。
「アプローラもう無理しなくていいっス!」
ギブアップすればいい。こんな試合に付き合う必要なんて無い。
けれど彼女は気丈にも立ちつづける。
「……あたし……負けず嫌いなんだ」
アプローラはよろけ、辛うじて立っている有り様だ。顔にかかった水色の髪をかきあげ、あらわになった横顔にはまだ戦う意志が見てとれた。
「アハハ! いいわ、その表情も素敵……! 可愛い顔を血だらけにしてあげる……!」
狂気じみた笑みを浮かべ、紫の魔女が腕を大きく振るう。今までで最大の打撃を予想させる動き。ビュゴッと嵐のような音が響く。
「避けるッス!」
メラルが叫んだ。
けれど、アプローラは背筋を伸ばし相手に向き直ると、紫の魔女をまっすぐに睨み付けた。
「負けない」
あたしには、夢があるから。
アプローラの口許がそう呟いた。
ムチの衝撃を予想して思わず目を閉じる。
けれど、それは来なかった。
風切り音だけが通りすぎ、アプローラの水色の髪がフワリとなびく。
「なっ!?」
サディルトが驚愕し目を見開いた。
「外した? いや、違うッス……!」
「浮遊魔法」
アプローラの魔法の気配だ。
「バカな、これは!?」
叫びながらサディルトが再び腕を振り抜く。力任せに叩きつけるけれど、風切り音ばかりでアプローラにムチは当たらない。
「……ムチの質量を半分にしたわ。貴女はもうムチを思い通りに操れない」
アプローラが静かに言い放つ。
「おぉおお! すごいッス!」
「惚れる」
その表情は凛々しくて最高にかっこよかった。
「て、低級魔法で干渉を……!?」
「身体に直接触れた瞬間、魔法を流し込んだの。少し痛かったけど。これは友達……チユに治してもらえるから」
「アプローラ」
「くっ! ナメるな……小娘がッ!」
紫の魔女は目を血走らせてムチを振るう。
けれど空を切る音ばかり響き、まるで当たる気配がない。アプローラの髪がわずかに揺れるだけ。ムチの重さが変われば繊細な操作が難しくなるのは誰にだってわかる道理だ。
「どうしたコラァ! はやく脱がせろ!」
観客席からどよめきと怒りの声があがる。
「なにやってやがる! てめぇに賭けてんだよ、遊んでねぇで勝ちやがれ!」
おそらく観客席のほとんどが、起きている事態を理解できてない。アプローラの魔法の効果だって見えないからだ。単に紫の魔女が攻撃の手を緩めている……と思っている。
「あ……当たらない! 夢鞭息災が!』
明らかに紫の魔女は焦っていた。
アプローラはこのスキを狙い、脳を浮かせ失神させる方法で倒すつもりなんだ。
「オラに食らわせた魔法を放たないと、勝てないッス。だけどそれじゃムチに掛けた魔法を解くことに……」
戦い慣れしているメラルはアプローラの魔法特性を身をもって理解してる風だった。
その時。
罵声を浴びせる桟敷席の大人たちのなかでひとりだけ静かに、何か指示を出す男が見えた。夕べ紫の魔女と一緒にいた男だ。
ハッとして観客席に目を向ける。
私たちから十メルテほど離れた位置、黒紫の魔女が禍々しい妖気を練りつつあった。ゆっくりと黒紫の魔力の弾丸を指に集め、ステージ上のアプローラに向ける。
『チユ、邪悪な魔法!』
ミーミルがばっと立ち上がった。
呪詛だ。
それも致死性の。観客席からアプローラを狙っている。
「呪詛の気配ッス!」
「アプローラ!」
私は咄嗟に叫んだ。自分でも驚くくらいの声で。
「チユ?」
溜め込んだ『痛み箱』の魔力を拳に集め、殴り付けるようにして放つ。渾身の魔力を弾丸に。痛みを込めて。
間に合え!
「ほえっ!?」
バヂッ!
弾かれたようにアプローラは後ろに倒れた。ステージの上で、スローモーションのように青い髪が流れ落ちる。
「チ、チユ! なにしてるっスゥウ!?」
隣でメラルが悲鳴をあげた。
「ごめん」
私が狙ったのはアプローラだった。
痛みの塊で狙い、彼女を昏倒させたのだ。咄嗟にそれしか救う方法を思いつかなかった。
ここから呪詛を放つ黒紫の魔女を狙っても、観客が邪魔で届かない。それどころか観客を巻き込んで悶絶させたら、魔法テロリストの疑いをかけられる。
確実に狙って倒せるのはステージ上のアプローラだった。
『アプローラ失神!? しょ……勝者、サディルトォオオ! 見事な勝利です! 圧倒的なムチさばきぃいい! 流石は優勝候補!』
ステージの上では高らかに紫の魔女サディルトの勝利が告げられた。拍手と歓声、大騒ぎする観客席。
「……」
人混みの向こうで黒紫の魔女が呪詛を収め、席を離れた。一瞬、殺気の籠った視線を私に向けて。
「いっ……痛ぁあああい!? えっぇえ? なに、これぇ……ムチより痛い……いいいててっ!?」
ステージの上ではアプローラが気がついた。真っ青な顔で悶絶、お腹をおさえて転げ回る。救護班が駆けつけてタンカに乗せて搬出してゆく。
「アプローラの痛みを吸いとらなきゃ」
私とメラルは席を離れた。ミーミルも人混みをかきわけてついてくる。
「チユの魔法、実は吸いとるだけじゃなく、痛みを放てる……って、解釈でいいっスか」
私は頷いた。
「酷いことしちゃった」
「でも、呪詛の魔女から守れた。オラも気がついたけど何もできなかったッス」
メラルは状況と行動を理解してくれた。
アプローラには申し訳ないけれど、これしか方法が思い付かなかった。
「謝るよ」
<つづく>




