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魔女たちの暗闘(中編)


 紫の魔女は観客席に紛れていた。

 髪は紫色より黒に近く、肩の辺りまである髪を内向きのカールで整えている。整った鼻梁に切れ長の目、陶器人形を思わせる冷たい印象の美人。

 彼女の瞬きをしない眼球が私に向けられるや否や、ゾクリと背筋が凍る。突き刺すような視線、紫の光を宿した「邪眼」に違いない。

「やばい」

 私は耐えられず目を逸らし縮こまった。

『嫌な感じがする』

 横で座っていたミーミルも、何か不穏なものを感じたのかキョロキョロと不安げに辺りを見回した。思わずミーミルの頭を抱き寄せて隠れる。

「チユ、ミーミルちゃん、どうしたっス?」

「向こうに紫の魔女っぽいのが」

「あれっスか? ……確かに怪しいッスね」 

 メラルが目を(すが)めて睨み返す。すると紫色の魔女は視線を外し、何食わぬ顔で正面のステージに静かに向き直った。

「……怖かった」

 睨まれたときは肝が冷えた。

「あんなの平気っス。殺気丸出しの盗賊どもに比べたら、オラはやるならやるっスよ」

 拳を握りパシンと自分の手のひらに打ち付けると、太い眉をきゅっと吊り上げた。

「よ、よろしくね」

 メラルは場数を踏んでいるのだろう。荒事に馴れている感じがする。心に炎を秘めることが彼女の魔法「幻炎」に通じているのかもしれない。


 それはそうと観客席に潜んでいた紫の魔女は、どこかで会ったような気がする。

「あ」

 昨晩レストランで出会った紫の魔女、サディルトさんに似ているのだ。冷たい印象の美人で顔が良く似ている。もしかして……姉妹?


「チユ、次は夕べの魔女ッス」

「サディルトさんだ」

 レストランで遭遇したグラマラスな大人の魔女。

 彼女がステージに上ると、妖艶な姿にため息とどよめきが起きた。

 太陽の下で見る髪はスミレ色、胸にかかる長さで外向きに跳ねている。胸元が大きく開いた魔女服は豊満な胸元やセクシーな身体のラインをこれでもかと強調している。

「大人の女だ」

 思わずつぶやく。

「夜の魔女っスね」

 観客席の男性たちが拍手喝采、口笛を吹き鳴らす。壁に張られた掛け金のオッズは一番人気。

 大金を彼女に賭けている人が多いのだろう。


「美人っスね。でもさっきガン飛ばしていた魔女と似てるッス」

「もしかして姉妹かも」

「イザとなれば支援するとか……ありうるっス」

 チラリと見るとやっぱり似ている。観客席の紫の魔女は表情も変えずじっとステージを見つめている。


 試合の相手はイケメンな若い魔法使いだった。

『今大会、魔法部門の二番人気! 女性に大人気の、歌って踊れるスーパー吟遊詩人魔法使い……ビットス!』


「ウェーイ! 僕の可憐な勝利、お姉さん相手でも譲る気はないよ?」

 踊るようにステージに飛び乗ると一回転してパチンとウィンク。ふわふわの金髪が揺れる。白い服に白い革靴、シルクハットに白マント。あれは何処で売っているのだろう。

「か、かっこいいッス!」

「まじか」

 正直あれは私の好みじゃない。もっとダンディなおじさまが好き。いや、それはどうでもいい。

 試合に勝てば準決勝。すでに準決勝進出を決めたアプローラとどちらかが戦うことになる。


「あら素敵なお兄さん。……顔に傷が付かないうちに降参した方がよくってよ」

 余裕の笑みで挑発する。観客席の男性たちから「そいつを殺せ!」の大合唱となる。

「ハハハ! ナイスジョーク。君は既に僕の術中『魅惑の輪舞(ロンド)』で僕に手だし出来ない……!」

 白い歯を光らせて微笑む。観客席からは黄色い声援が響き渡り会場を埋め尽くした。

「キャアア! 最高ッス!」

「うぅ……素敵に思えてきた」

 なんで? 全然好みじゃないのに。これが……あいつの魔法?

 開始の合図よりも先に魔法が励起されている。

 ビットスさんの声自体が魔法なんだ。澄み渡った青空のような、歌声に似た魔法。

「僕の声、瞳、動き……! 全てに女性を虜にする魅了の魔法効果があるのさ!」

 くねくねとダンスをしながら魔女を指差す。


「きゃー! 素敵ぃいい! ビットス様ぁああ!」

「うぉおお! イライラする! そいつを殺せ!」

 目をハートにして応援する女性たち。対して男たちの殺気だちっぷりは異常だ。


「ハハッ、残念ながら男性諸氏からは、殺気を抱かれる副作用があるんだけどね! おかげでいつも殺されかけちゃうって、ワケ!」

 パチンと指を鳴らし魔女にウィンク。


 ダメじゃん。

 女性を虜にしても男から敵意。やっぱりイケメンでも二級の魔法使い。魔法に致命的な欠陥をもっているんだ。


「うふふ……ホントだ、素敵に思えてきたわ。流石ね……このままギブアップしちゃいそう」

 魔法は魔女にも効いていた。

 つまり魔女相手なら彼は無敵かもしれない。でもあんな男とアプローラを戦わせたくない。

「頑張れサディルトさん」

 思わず拳を握りしめる。


「ハハハッ! さぁ、君もギブアップを宣言すれば、このあとベッドの上で……もっと歌を聴かせ――――て?」

 ビシュッと鋭い風切音がした。

 魔法使いビットスさんの頭の上の毛が千切れ、宙を舞う。

「ウフフ……遠慮しとくわ。あなた……好みじゃないの」

 魔法、サディルトさんの反撃だ。


「あっ、あああ!? 僕の頭が……河童みたいにぃいい!? ひどい、いっ……あっ!? ぐあっ!? ぎゃっ!」

 ビシ、バシとビットスさんの身体が弾かれ、よろめくと女性たちから悲鳴があがる。


「ムチの魔法『夢鞭息災(むべんそくさい)』」

 魔女サディルトさんが空中で腕を振る。

 縦に、横に、斜めに、突き出すように。その度に空中を見えない鞭がしなる。

「見えない」

「魔法のムチッスか」

 不可視の魔法で編み上げられた鞭だ。

 風切り音だけがして、ビットスさんの服が破け、ズタズタになってゆく。顔を狙わないのはせめてもの優しさだろうか。

「痛っ、痛いぁああひぃやあっ!? ギブ……ビブゥウッ!」

 ほとんど半裸になったビットスさんがステージから逃げ出した。

『と……逃亡!? 勝者、サディルトぉおお!』

 男たちからは割れんばかりの大歓声。女たちからは失望と憤慨の声が聞こえてきた。

「カッコばかりの男だったッス!」

「メラルも完全に術中だったね」

 私は平常心を心がけていたせいか、あまりときめかなくてよかった。


「それにしても、容赦なくブッ叩いてたっスね」

「ちょっと痛快」

「戦いたくはないっスよ」

「見えないムチなんて防ぎようがないもんね」

 次に戦うアプローラは、果たして大丈夫だろうか。

 

 試合はその後も消化されてゆく。小休止のあといよいよベストエイト、準決勝が始まった。


 第一試合は「腕が伸びる魔法使い」と「分身できる魔法使い」の二人のバトル。

 肉弾戦が得意だとうそぶくけれど、所詮は二級の魔法使い。身体は細いのでパンチも蹴りも軽く、格闘系のようなダメージにならない。

 ポコポコと殴り合い、蹴り合いの泥試合の末、8人に分裂した魔法使いが数の暴力で、相手の伸びきった腕を引っ張って場外に投げ捨てて勝利を収めた。

「なんスか今の試合」

「面白かった」

 町の寸劇みたいで。


 第二試合。意地悪そうな中年魔女と、悪役令嬢風の魔女対決で嫌な予感しかしない。

 案の定『悪い噂の魔法』と『精神マウント魔法』の応酬による罵り合いの悪口合戦。

 精神的な攻撃魔法の一種は、観客席にも少なからず影響を及ぼし、あちこちで言い争いや殴り合いが起こり始めた。

 試合は中年魔女が罵詈雑言で悪役令嬢風魔女をボコボコに。号泣する悪役令嬢風魔女にツバを吐きかけ勝利するという後味の悪い試合だった。


「はぁはぁ……流石は二級同士のバトルッスね。魔法の影響範囲、絞れてないッス」

 メラルは隣のおじさんに絡まれて、ケンカになっていた。メラルは魔法は使わずに言い負かしていたけど。

「なんか泣きそう、メンタル辛い」

『チユ、泣かないで』 

「うっぷ……」

 あまり心が揺れると『痛み箱』が破裂して大惨事を引き起こしそう……。


 準決勝、第三試合。

 ついにアプローラの登場となった。

 相手は紫の魔女「見えないムチ」を操るサディルトさんだ。

「がんばるぞー!」

 健気で元気なアプローラ。彼女には歌姫を応援するみたいに温かい声と拍手が送られる。


「ウフフ、悲鳴で唱わせてあげる」

 サディルトさんの妖艶な姿には、欲望を隠さない男たちの下品な声が飛ぶ。


「イヒヒ! たまんねぇな、ケツを向けろよぉおお魔女……ひぐっ?」

 大歓声に交じり酷く下品な奇声を発していた酔っぱらいの声が途中で途切れた。客席で突然倒れたらしく周囲の仲間たちが運び出していった。


 一瞬、邪悪な魔法を感じた。

「今の」

「呪詛っスか」

 観客席は既に混乱ぎみ。さっきまでいた紫の魔女の姿が人混みに紛れ見えない。


『では準決勝第三試合、はじめ!』


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 二級魔女や魔法使いのバトルだが、それぞれに欠陥を有している。戦い自体は後味の悪いものもあるが、それなりに観客たちは楽しんでいる模様。 [気になる点] 誤字・脱字等の報告 六件報告しました。…
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