湊町ポロロノイカにて
湊町ポロロノイカ。
私はてっきり南国リゾート気分が味わえる「のんびりした海辺の田舎町」を想像していた。
けれど到着してみると期待は見事に裏切られた。今まで訪れたなかでも屈指の大きな街だったからだ。
整備された凹型の港は、一辺が三百メルテもあるらしい。帆船が何隻も横付けされ、荷下ろしの人たちが汗をかきながら荷物を倉庫へ運んでいる。
立ち並ぶ頑丈そうな倉庫は、そのまま交易の場になっている。様々な品物、穀物、香辛料などの商品の商談中らしく、商人が列をなして買い付け、馬車や竜馬車へと積み込んでゆく。
商人たちの活発なセリの声が響き、どこも賑やか。食事用の露天もたくさん出ていて、とにかく活気がある。
「大きな街なのね」
「あたしもビックリだよー」
私も魔女のアプローラもポロロノイカは初めて。
彼女の乗ってきた翼竜、ヴェドラは自由行動中。ここからすぐの岬まで飛んでエサを食べてくるらしい。魔法で呼び掛けると戻ってくるのは、ミーミルと同じだ。
『チユ、ここ王都?』
「ちがうけど、それぐらい賑やかね」
『お魚食べたい』
「うーん、ミーミルお腹壊さないかなあ」
大型の帆船の横では地元の漁師たちの小型舟もたくさんいる。新鮮な魚を陸揚げし、商人が買い取ってゆく。
港湾の周囲には様々なギルドも目につく。
港湾労働者ギルドや、漁師のギルド。海賊から船を護る「護衛業者ギルド」などなど。他では見られない感じのものばかり。
魔法ギルドには『大漁祈願』『航海の安全祈願』『沈まぬ船の祈り』など幸運アップや守護祈願系のスキル持ちが籍をおいているらしかった。
「街が白くて綺麗」
「素敵ね。男たちはなーんかムサ苦しい感じだけど」
「聞こえるよ」
「へーきでしょ」
知り合ったばかりの魔女アプローラは自信に満ちている。
青い魔女服に薄手の白いマント、羽根つき帽子。
長い空色の髪が歩くたびに揺れていい香りがする。顔も可愛いし、キラキラした青い瞳も綺麗。
「おい見ろよ……」
「えれぇ可愛い魔女さまだなオイ」
「お近づきになりてぇぜ」
「やめとけって船の女神様が機嫌を損ねらぁ」
颯爽と街を進む彼女の姿に、男たちがギラついた羨望の眼差しを向ける。だけど魔女の彼女や私に、声をかけて来る感じでもない。
「黒髪の魔女か……」
「竜馬連れの方も可愛いな」
私は視線が向けられると恥ずかしい。帽子のつばで顔を隠しぎみにうつむき、石畳を眺めてしまう。
「船は女神さまのものだから、魔女は嫌いなんだって。船乗りは魔女に関わりたがらない。って」
「物知りだねアプローラは」
「こう見えて本の虫なの。船の女神さまの話も本で読んだわ」
「そうなんだ、あたしも本は好き」
「よかった同じだね」
読書好きという共通点があって嬉しい。
だけど気になることも聞いた。
船乗りさんたちはあまり魔女に関わろうとしない。となると「痛み」を消して稼ぐ目論みが崩れる。
『チユ、竜馬がいっぱいいる!』
「あ、ほんとだ。おおきいね」
働いているのはみんな大人の竜馬ばかり。港湾の荷運びに、大型の竜馬が使役されていた。
ミーミルの何倍も大きくて、ゴツゴツしている。
首を持ち上げると二階の屋根に届きそう。馬車一台分はあろうかという量の荷物を、背中にくくりつけて私たちの横を通りすぎてゆく。
『こんにちは! 大きいね!』
『……チビ……見ない顔だな……』
『旅をしてるの!』
『……そいつあ……いいな……。そうだ、チビ。イカとタコは食うなよ、腹を痛くする……』
『イカとタコ?』
ミーミルにそう言い残すと、巨大な竜馬はのしのしと去っていった。
「ねぇチユ! イカとタコが名物なんだって! 食べてみようよ!」
アプローラが私の袖をひく。
「本で見た気が」
たしか船を襲う魔物……だったような。
「触手がいっぱいあって、ヌルヌルで、黒い墨を吐くんだって。きゃー怖い!」
両手を大きく広げ、きゃぴっとした動きが可愛い。私には真似できない。
「ほんとに食べられるものかな」
「そこの食堂で食べられるみたい! いってみよ!」
オープンテラス形式の食堂には、タコとイカが絡み合った禍々しい看板が掲げてある。テーブル席ではお金持ちそうな家族連れや、役人っぽいお客さんが多い印象。少々お高いのかもしれない。
「う、うん」
港湾を中心に、半同心円状にひろがる街は綺麗に整地されている。交易で潤っているのかお金持ちも多そう。
建物はどれも二階建て。焼きレンガを積み重ね、白い漆喰で固めた頑丈そうな建物ばかり。波や風による被害に耐えるためだろう。
「ひぇえ……脚が怖い」
「でもいい匂い!」
「おいしい……」
「不思議な食感ねぇ」
タコの揚げ物、イカのトマトソース煮込みを食べてみると意外に美味しかった。ミーミルは外で骨付き肉をかじっている。
魔女が二人で食事をしているだけで目立つらしく、隣の席の役人らしき白髪の紳士が声をかけてきた。
「失礼、君たちも『闘争興行』に参加するのですか?」
「はい、そのつもりです!」
「私は……見学で」
「魔法使いの戦いはとても人気があります。チケットは高い値がつくのでね。盛り上げてくれると嬉しいです。……と失礼。私はカイノシャルル伯爵管下の行政局で働いている者でして。お食事中失礼しました。楽しんでください」
「はい! ありがとう。おじさんも何かの際は……よろしくっ!」
パチンとウィンクする青い髪の魔女。
「ははは……参ったな」
紳士さんは苦笑しつつ帰っていった。
なんというコミュ力モンスター。アプローラはほんとうに世渡りが上手なのだろう。
「あの、『闘争興行』って何種類かあるの?」
「えーとね、筋肉自慢の肉体同士の戦いでしょ、武器を使用した戦い、それと魔法使いや魔女が参加する魔法の戦い!」
なるほどジャンル分けされているのね。
「アプローラはほんとに参加するの?」
「もちろん。そのために来たの。チユも参加しようよ!」
「いっ、いえいえ私は無理」
「そうなの? じゃぁどうしてこの街に?」
テーブルに肘をついて青い瞳がじっと私をみつめる。
「世界にはまだ知らないものがあるから」
「それで旅を?」
「社会見学……というか世界を知りたくて」
「そうなんだ! 素敵ね。私は準一級の魔女になりたくて。チャンスをつかみたいの」
「勝てばなれるの?」
「準優勝ぐらいまでいけばね。大陸魔法協会公認の準一級の称号が!」
「すごいねアプローラは」
ちゃんと目標があって。
私は日銭を稼いで旅をしているだけなのに。
「チユも何かワケあり?」
「実は谷底の町から逃げてきたので」
悪いことをしてきたワケじゃない。領主様に気に入られ、囲われそうになったので断って脱出してきたのだけど。
「あーなるほど。おっと、みなまでいうな! 事情はそれぞれ。草原と海辺沿いを来たのは正解ね。都落ちする旅人はみんなそこを通るから」
アプローラはあっけらかんと笑う。元気で明るくておしゃべりさんだ。
「だから私に声をかけたの?」
物知りな彼女――青髪の魔女アプローラの説明によるとポロロノイカの街には、西や北側に大きな街道が整備されていて、陸路での交易も行われている。乗り合い馬車やキャラバン隊などがひっきりなしに行き交っているのだとか。
どうやら私は反対側、ほとんど人の通らない草原地帯を抜け、沿岸部へと到達した「裏ルート」を知らずに通って来たらしい。
「チユは竜使いだから。すぐに悪い子じゃないだろうなーってわかったの」
その微笑みは本物で何か嬉しそうだった。
「そういう理由」
「竜は魔力を通わせて、卵から育てないと懐かない」
「うん」
「あたしの翼竜ヴェドラもね、嘘や企みを見抜く。腹黒いとすぐにいなくなっちゃう」
「竜馬もそうだよ」
ミーミルは澄んだ瞳で私をみている。それはまるで心を映す鏡のよう。
「あたしの魔法は『浮遊系』っていうの。質量を半分ほど軽減できる。だから竜にも乗れるんだ」
「それ、話しちゃって平気?」
魔女のアプローラは串焼きのイカを食べながら話してくれた。魔女や魔法使いは自分の魔法をあまり話さないのに。
「別にいいわ。チユは竜使いだし、悪いことなんて考えていないでしょ」
「……なにも考えてないだけかも」
竜は「腹黒い人間を好きにならない」と言われている。
友達になれるのは、魔法に通じていて、かつ私のように「アホ」なくらいが良いのだろう。
他人の痛みをとってお金を稼ぐ。
そして私は旅を続けたい。
初めての街はいつも不安。だけどアプローラとなら楽しいことが起こりそうな予感がした。
<つづく>




