フライング魔女
メコノプシス平原がついに途切れた。
『海だよチユ!』
「これが……海」
目の前には見渡す限りの青い海と、透明な青さの空で色分けされた空が広がっていた。
言葉では「海原」を知っていても、実際にこの目で見て圧倒される。とにかく広くて果てしない。
「すごい……」
波打つ海の青と、空の薄い青色が遥か彼方で混じりあい水平線を描いている。
こんなに広くて、青くて、まぶしいなんて。
太陽の光、熱い砂浜、暖かい風。そして独特のおそらくは潮の匂い。
ただただ圧倒され、しばし立ち尽くす。
私とミーミルはついに、大陸の南端にたどり着いた。
旅の目的のひとつ、世界の果てへ。
『海に入ってみようよ!』
「溺れないようにね」
海辺に近づいてミーミルから降りた。
荷物と鞍を外してあげると、ミーミルは早速海へ。バシャバシャと水浴びをしはじめた。
『気持ちいい!』
「私も」
靴を脱ぎ捨てて、裸足になる。
波打ち際は白くて細かくて柔らかな砂が一面にひろがっている。
『だけど塩味!』
「ほんとだ、しょっぱい」
試しに嘗めてみたけど、スープの比じゃない塩味。飲んだら喉が乾きそう。
『誰もいないー!』
「あまり遠くへ行かないでね」
ミーミルが波打ち際を駆けてゆく。
竜馬を追って砂浜を歩き、ふと視線をむけると北側、はるか彼方に町が見えた。
おそらく二時間も歩けば到着しそうな距離。帆を張った船が海に浮かびゆっくりと動いている。比較するとかなり大きな湊町。あれが目指すポロロノイカだろう。
「熱い」
太陽の光が砂と水面に反射してまぶしい。
砂漠の砂とは違い、波打ち際は冷たくて気持ちいい。振り返ると波が足跡をうち消してゆく。
波に足元を洗われるのは、とても不思議な感覚。目眩のような、平衡感覚が狂う。
まるで違う世界に来たみたい。こんな場所があたりまえに存在するなんて。
「どうせなら海を体感」
じりじりと太陽が熱い。ついに我慢できなくなった。上着を脱ぎ捨てて下着になる。
左右を見回したけど誰もいない。
ついでに下着も脱いで海へ。水浴び……ならぬ海浴びをする。
「最高、気持ちいい」
海に腰まで入ると水温は温め。温泉ほどじゃないけど、いつまでも入っていられそう。潜ったり波に揉まれたりしながら海を体感。いろいろ洗う。
『魚がいるよ! 食べたい』
「ほんとだ。でもミーミルには無理よ」
『まてー』
足元を綺麗な魚が泳いでいる。美味しそうだけど、すばしっこくて捕まえるのは無理そう。
砂浜に上がり、洗った服を荷物の上に広げて干す。そしてすぐに過ちに気がついた。
「べとべとする……臭い」
全身が塩をまぶした干物みたい。海での沐浴を後悔する。
『つかれた……』
魚を追うのを諦めたミーミルも戻ってきた。
鱗に覆われた身体は水を弾き、羽毛の生えた尻尾や脚は綺麗になっている。
海辺にヤシの木だけが生えていた。木陰がちょうどいいので腰を下ろす。
『実がついてるよ!』
細長い幹は何メルあるのだろう。見上げるほどに高くて、先端に大きな葉が傘のように茂っている。葉の根本に頭ぐらいの果実が見えた。
「ヤシの実だ、はじめて見た」
魔法の写し絵で見たことがある。たしか中に果汁があって飲めるとか。
『食べたい! えいっ』
ミーミルが体当たり。揺らしても落ちてこない。根本から斬り倒す手段もない。木登りも難しそう。
「うーん……?」
その時、太陽を遮る影が通りすぎた。
眩しさに目を細めながら空を見上げると、一匹の翼竜が低い位置を横切った。
「大きな翼竜」
『誰か乗ってる』
「あ、すごい」
大きなコウモリのような翼をもつ青黒い翼竜。メタリックな鱗に覆われた体が陽光を撥ね返し、ギラリと光る。
背中には誰かが乗っていた。
翼竜の首の付け根、両翼の間に鞍が備え付けられ、青い髪をなびかせた魔女が乗っている。
魔女だ。
あの翼竜を飼い慣らしているの?
空を飛べるなんていいなぁ……。ミーミルも空を飛べたら素敵なのに。
『ボクも翼が生えるかな』
「それは難しいかも」
そうしている間にも、空の竜は長大な尾を蛇のようにうねらせ、上空でゆっくりとターン。螺旋を描きながら舞い降りてきた。
『チユ、こっちに来るよ』
「え……ちょっ」
降りてくる気!?
ぐんぐんと私たちのいるヤシの木めがけて突っ込んでくる。慌てて服を着たところで、猛烈な風が吹いた。
「わっ」
ヤシの木がメリッと軋み音を立てて曲がり、ボタボタとヤシの実が砂浜に落下する。
『ヤシの実だ!』
「ヤシの木を止まり木に」
翼竜はヤシの木の幹に降り立った。ぐにゃりと折れ曲がったヤシの木は水平になり、そこに大きな馬ほどもある翼竜が止まったのだ。
バランスよく足先の爪を食い込ませ、巨大な羽を折り畳む。
それと同時に、背中にいた魔女が立ち上がった。
「黒髪の魔女ね!」
彼女は私をみるなりそう言った。次の瞬間、翼竜の背中からひらりと飛び降りた。
「えっ」
高い。二階の屋根ぐらいの高さがある。いくらヤシの木が折れ曲がり、下が砂地だとしても落下すれば脚を怪我してしまうかもしれない。
けれど背中に翼でもあるかのように、彼女はふわりと砂地へ舞い降りた。
かすかな風は感じたけれど、風魔法で減速したようには見えなかった。
軽い、まるで鳥みたい。
青い魔女服にとんがり帽子。
背中でさらりと揺れる髪は水色で、光をはらんできらきらと輝いている。
「こんにちは! 驚かせてごめんね。私は魔女のアプローラ、あなたも魔女でしょ?」
人懐っこい笑み、相手を警戒させない声色。
笑顔が眩しい。そのコミュ力に圧倒されていた私も慌てて髪を整え、
「チユ……旅の魔女やってます」
一応。二級だけど。
「チユ! 可愛い名前ね」
「お、ぉ」
そんなこと初めて言われた。初対面の相手にぐいぐい入り込んでくる。
「よろしくねチユ。あのね、空から見たとき、竜馬とふたりきりだったから。きっと旅の魔女だろうなーって、ヴェドラが」
「み、見てたんですか」
ヴェドラとは翼竜の名前だろう。
「裸で泳ぐの気持ちいいもんね! あたしも好き!」
「い……いやいや、お風呂と洗濯かわりで」
塩っぽい姿の私はしどろもどろ。
「ポロノノイカ町にいけば、お宿もお風呂もあるだろうし、そこでまた洗えばいいよ!」
「そうだよね」
「チユも町を目指しているんでしょ?」
キラキラした瞳で私をみつめてくるアプローラ。青い瞳がとても綺麗。顔も可愛い。
「えぇ、まぁ」
「よかった! 一人じゃ心細くて! バトルトーナメントなんて初めてでさぁ」
うんっ、と彼女は伸びをする。
ん? 今なんて?
バトルトーナメント?
「チユも参加するんでしょ、魔女のバトルトーナメント」
「な、なんですかそれ」
「あれ、違うの?」
アプローラはきょとんとして、すぐに目を大きく見開く。
「まさか! チユは『無差別級バトルトーナメント』に参加するの!? さすがに『豪腕自慢バトル』じゃ……ないわよね」
一歩引いてあわわ、と目を泳がせる。
表情がころころ変わって楽しいひとだなぁ。
察するに、どうやらポロロノイカの町では何かの「バトルトーナメント」が催されるらしい。
そういえば途中で出会った騎士たちも「どっちが強いか」でモメてたっけ。
『地竜よ、ヌシはずいぶん幼いのぅ』
『ボクはミーミル、生まれて……いくつだっけ?』
竜馬と翼竜が仲良く会話している。ミーミルはヤシの実を転がして集めている。
「私は非戦闘員といいますか、癒し系なので」
「あっ! 察し。そっかなるほどね、怪我人大勢でるから助けに行くのね。チユは治癒系の魔女ですものね!」
すちゃっと腰を曲げて敬礼。勘違いだよ。
「ち、ちがうよ、治癒はできないの」
「あれ、あたしと同じじゃん! あたしも二級のちょっとだけ飛べる魔女」
ちょっとだけ飛べる? 飛行系ってどういう原理の魔法なのだろう。
「アプローラさんはその、トーナメントに参加するんですか?」
「うんっ! だって優勝すると準一級の承認が大陸魔法協会からもらえるもん!」
ぶいっと指先でVサイン、白い歯が眩しい。
「準一級」
すごい。
でも私が出ても勝つとか無理そう。
「とにかくさ、町まで一緒にいこうよ! 女の子同士何かと安心でしょ」
「うん」
<つづく>




