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+This is the Earth

世界線☆:C、E、F、J、K、N、O、P、Q

下記の連作になりますので、未読であれば下記を読んでいただけると幸甚です。

+Curious curioCity

+Easy Catastrophe

+OSOROSHIKUTE IENAI

+Practice Planet

+Qualia Quality

晴夏(ハルカ)くん、これ、良かったら」

「え、こんなに!? これからウチらにもお金かかるのに!」

「ハルカくんの年齢ぐらいの男の子にはどれがいいかわからなくて、店員さんとも相談したんだけど……決めきれなかったんだ」

「それにしたって、もう、あまり甘やかさないでよ……ほら、ハルカ、お礼は?」

「どれか一つでも気に入ってくれるといいんだけど、」


 初めて会った時、そう言って、組み立てブロックのキットやプラレール、ホームプラネタリウムを差し出した田口のおじさんは、その一年後、俺が小学校に入学する少し前に<新しい>お父さんになった。


 新しい、とは言っても<古い>お父さんの記憶はない。古くもなく新しくもない母が言うには、母と俺をおいて出て行った父親は、顔以外は本当にダメな人だったらしい。


 田口のおじさん――父がくれた組み立てブロックやプラレールを気に入って、部屋を暗くしなければならないホームプラネタリウムにはあまり興味を示さなかったせいもあり、いつしかプラネタリウムは父の書斎(俺たちが父と同居するにあたって改装した元納戸の窓もない小さな部屋だ)に設置されていた。


 父と暮らし始めてしばらくして母のお腹が大きくなって、2年生に進級する前に、母はしばらく家を空けた後、弟と言う小さな生き物を連れて帰ってきた。


 独特の甘い匂いがするその生き物は、ぐにゃぐにゃで頼りなく、意味不明に大きな声で泣いて、でもその小さな手のひらに指を押し付けると、ぎゅっと握りしめて安心したように小さく息を吐いた。


「この子は、僕よりもハルカが好きみたいだ」


 泣き叫ぶ小さな生き物を上手に扱えない父は、赤ちゃんが俺の指を握ったまま眠りついたのを見てぼやいた。


「この子の名前は叶多(カナタ)にしようと思うんだ。ハルカと合わせて(はる)彼方(かなた)だよ。漢字はちょっと違うけどね」

「はるかかなた?」

「ものすごく遠くのこと。二人で力を合わせれば、どこにでも行けるように。それこそ宇宙の果てでもね」


 その頃は何も考えてなかったけれど、小学校高学年で『自分の名前の由来を調べる』という宿題が出た。

 その時に、俺はある可能性に気が付いてしまった。

 夜空を見上げることが好きな父の、小さな書斎のプラネタリウム。その箱にかかれた対象年齢は、当時の俺の年齢よりもずっと大きな数字が記載されている。

 ――プラネタリウムを選んだのは店員さんではなく、父だったのかもしれない。

 だからと言って、どうしたということはないのだけれど。


 結局、俺は組み立てブロックに飽きることなく、誕生日や季節のプレゼントでブロックを増やし、果ては、モーター、歯車等の機構部品を組み込むことができる同社製品のシリーズにも手を出し始めていたのだ。


 おかげで機械機構(メカニック)に興味を持ち、中学の進路相談の時に地元の高等専門学校(高専)に進学したいと告げた。母は「ニートにならなきゃなんでもいいよ、好きにすれば?」と言い、一方、父からは彼にしては珍しく「成績はいいし高校は進学校にして、大学を選ぶときに進路を考えてもいいんじゃないかな?」と提案を受けた。


「勉強が好きってわけじゃないし、興味があることだから」


 意外に思いながらも、そもそも大学進学を考えたことがなかった俺がそう告げると、父は「そうか、そうだね」と頷いた。



 ☆



 俺の部屋に足を踏み入れた途端、橋本(高専でできた友人だ)が口にした「すっご、」との感嘆に、誇らしく胸を張った。

 六畳の部屋はプラレールと組み立てブロックによって小さな都市が建設されている。


「なんか飲み物持ってくるわ」


 橋本も組み立てブロックが好きだというので、スマホに入れていた作品の画像を見せたところ、実物が見たいと言い出したのだ。


 冷蔵庫の中からお茶とパックジュースを取り出し、何か食べるものがないかとキッチンを(あさ)っていると「ただいま~」と玄関からカナタの声がする。


「あ、兄ちゃん、今日バイトないの?」

「ああ、おかえり」

「おれと遊ぶ?」

「遊ばない。友達来てっから。ほら、ジュースでいいか?」


 まとわりつく弟は可愛くもあるが、大体はうざったい。俺はカナタのコップを出してリンゴジュースを(そそ)ぐと手渡した。


「……おれも遊ぶ」

「やだよ。部屋に行くから大人しくしてろよ」

「おれは入れてくれないのに、」

「だっておまえ、壊すじゃん」

「もう壊さない!」


 不服そうなカナタに前科を持ち出して断る。ふくれっ面の弟を無視して、見つけ出したお菓子をトレイの上に追加して、二階にある自室へと向かう。


「い-から、あっち行ってろって」

「どした?」


 部屋の前までついてきたカナタを追い払おうとすれば、部屋の扉が中から開いた。

 ひょこ、と顔を出したのは、当たり前だが橋本だ。彼は俺を見て、カナタを見て、ふたたび俺を見る。その視線に応えるように、顎で弟を指して言う。


「弟。カナタ、挨拶は?」

「……こんにちは、田口カナタ、3年生です」

「こんにちは。橋本(はしもと)ヒロタカ、お兄ちゃんの同級生です」

橋本はしもっち、ちょっとこれ持って」


 橋本に飲み物を持ったトレイを渡し、お菓子の袋を開けて、個包装のそれをいくつかカナタに握らせる。


「これやるから、ほら、自分の部屋いけって」


 有無を言わせない俺の言葉にカナタはしぶしぶと引き下がった。

 小さな背中を見送ると、橋本を部屋に押し込み、自分も部屋へと入る。少し迷った後、トレイを床に置き、「お茶? ジュース?」「ジュースで」とやり取りをした後、客用グラスにリンゴジュースを注いだ。


「ありがと。オレはカナタくん? いても気にしないけど」

「あいつ、壊すもん」

「そうなの? ……てか、似てないね、田口たぐっちゃんは母親似?」


 言外に女顔コンプレックスを揶揄される。俺は意趣返しのつもりで、お茶を一口飲んで答えた。


「いや、俺もカナタも父親似」

「え?」

「父親が違うんだ。俺、母親の連れ子だから」

「ごめん、」

「謝んなよ。家族仲いいし、」

「お父さんイイ人なんだ、」

「すげーイイ人だよ。女の趣味以外」

「ええ、それってどー……もしかして、オレ、さっきから地雷踏んでる?」

「どうだろ? まぁ、俺は自分のこと、女顔じゃないと思ってるけど」

「……そういえば、前、言ってた原動機付自転車(原チャ)の話なんだけど、」


 混ぜっ返すように笑って見せれば、橋本は苦笑いを浮かべて話題を変えた。



「おまえ、こんなとこにいたのかよ」


 橋本が帰った後、姿がみえない弟を探してみれば、カナタは父の書斎に入り込み、プラネタリウムを起動していた。

 俺は半身だけ書斎に体を差し込み、うずくまるカナタを見下ろす。


「……兄ちゃんも観ようよ」

「俺、暗いとこも、狭いとこも苦手なんだよ」

「おれがいるから大丈夫だよ」

「そーゆー問題じゃないの」

「……」


 不貞腐れて黙り込んだカナタは振り向きもしない。俺はめんどくさくなって、ふっと息を吐いて天井を見やった。廊下の光が入り込み、投射された星図が夜明けを迎えたようにぼやけている。


「夕飯に呼ばれたら出て来いよ?」


 そう言って、書斎の扉を閉めた瞬間、「ただいま~」と母が玄関の扉を開けて入ってくる。


「おかえり、」

「ハルカ、そんなとこで何やってんの?」

「カナタがヒキコモリ中」

「なに、ケンカ? やめてよ~」


 そう言いながらも、母は兄弟喧嘩にさほど興味がないのか、俺らを素通りしてキッチンへと向かう。


「はやいとこ機嫌治せよ?」


 扉の向こうで耳を澄ませているだろうカナタにそう告げて母を追う。

 相談したいことがあるのだ。


「もうすぐ16歳になるし、バイト代でスクーター買おうと思ってるんだけど」

「スクーター?」


 切り出した俺に、夕食の準備を始めた母は訝し気に眉を寄せた。


ガソリンスタンド(ガススタ)でバイトしてる友達の伝手(つて)で安く譲ってもらえそうなんだ。通学に使えるし、」

「ふ~ん? 免許は?」

小型限定(こがた)普通自動二輪免許にりん)を自分のバイト代と今までのお年玉でとるから」

「一応、カズくん(父の名前は和弘(カズヒロ)である)――お父さんがいいって言ったらね」


 母の言葉に一安心する。父は俺のやることに反対することはないし、結局は好きにさせてくれるのだ。



「反対だな」

「兄ちゃん、バイク買うの? おれも乗る!」


 予想外な父の言葉に、俺は手にしていたマグカップを取り落としそうになった。横から口を挟んでくるカナタを無視して、父は僕からわずかに視線をそらしたまま、続けて、「そのお金は貯金して、三年後に車を買ったら?」と提案してきた。


「……いや、ぜんぜん値段違うし、」

「三年かけて貯めればいいし、軽自動車(けい)かコンパクトカーなら、足りない分は僕が出してもいい」

「兄ちゃん、おれも」

「カナタ、アンタ邪魔しないの」


 カナタが母に抑え込まれて黙り込む。


「通学にも使えるし、今つかえる足が欲しいんだ」

「朝の交通量が多い時間帯に乗るなら、余計に賛成できない。公共交通機関(バス)が使えてるんだから、」

「本数少ないし、乗り換えメンドイ」

「バイクの事故は取り返しがつかないことが多いから」

「事故んないし、」

「そういう慢心(まんしん)が事故を引き起こすんだ。そんなこと言うなら絶対賛成できないな」


 彼にしては厳しい言葉に俺はかっとなる。


「はぁ? 事故ったら車だって一緒だろ、」

「運転者のリスクが全然違う」


 声を荒げてしまう俺とは対照的に父はあくまで冷静で、そのことが余計に腹立たしい。


「自分の金で買うって言ってんだから好きにしていいだろ!」

「未成年のうちは良くない」

「ちょ、ちょっと、」


 思わず強く言いつのってしまうが、いつになく父の態度は頑ななままだ。

 普段は事なかれ主義の母が慌てたように宥めに入ってきた。


「母さんは別に俺がバイク乗ってもいいよな?」

「カズくん、ハルカも安全運転するって言ってるし、いいんじゃない?」

悠里(ユウリ)さん、たとえ自分が安全運転していても、巻きこみ事故ってのは起こるんだ」


 母を味方につけようとするも、父はあくまで反対の姿勢を崩さない。


「別に事故ってもいいし……」

「なんだって?」

「ちょと、ハルカ?」


 あっさり許可が出るものと信じ込んでいた俺は思いがけない反対で、深く考えもせずただの反抗心からの言葉を口にした。

 しかし、一回口に出してしまえば、反抗的な言葉は止まらない。


「リスクリスク言ってたら何もできないじゃん!」

「車なら反対しないから」

「今はそうでもいざってなったら反対すんだろ?」

「ハルカ! カズくんもそんな頭ごなしに」

「ユウリさん、ハルカは君の子どもなんだぞ! カナタが真似したらどうする!」


 初めて聴いた――荒げた声。しん、と一瞬静まり返り、テレビから流れるバラエティ番組の笑い声がむなしく響く。テレビの前に追いやられていたカナタが不安そうにこちらを見ていた。

 俺はわざと音をたてて席を立つ。


「そうだよな、俺はおじさんの子供じゃないし」

「ハルカ……」

俺の(・・)母さんは反対してないんだし、とにかく教習所いくから。母さん、あとで書類にサインして、」

「――兄ちゃん、」


 そう吐き捨てるとリビングを後にした。不安そうなカナタの声は無視した。



 部屋に戻ると、本日、橋本と組み立てブロックで作ったスクーターが目に入ってきた。電動モーターを組み込んで作成したそれは、実際に車輪が動くけれども、重心バランスが悪くうまく走らなかった。


 壁に押し付けられたベッドに倒れこむ。見上げた天井には組み立てブロックで作った飛行機とヘリコプターが飛んでいる。

 カナタにねだられて宇宙船(スペースシャトル)も作ったけれど、それはカナタの部屋にある――壊れていなければ。


 控えめなノック。

 誰にしろ出たくなくて無視していると、扉が細く開いて、「兄ちゃん、」とカナタが目だけのぞかせてきた。


「勝手に開けんなって、」


 ベッドに寝ころんだまま、苛立ちに任せて注意する。

 そもそも、カナタが俺の真似ばかりしなければ――いや、きっとそういう問題ではないのだ。


「だって、」

「ほっとけよ。自分の部屋(んとこ)にいけ」

「……」

「いけって」


 強く言えば、カナタは扉を閉めた。何とも言えない後味の悪さを追い払うように、俺は大きく息を吐いた。



 お風呂に入りたいのと、少し騒がしい階下が気になって、踊り場から一階を覗き込む。と、廊下に出ていた母と目があった。


「ハルカ、あんたの部屋にカナタいる?」

「いや、いないけど……カナタがどうかした?」


 階段を下りてみれば、彼もいたが、気まずくて顔を見れない。


「大人の話し合いに口を挟んでくるから、ちょっときつくいってしまって」

「ウチがかっとなったから、」

「カナタのスマホに電話した?」

「書斎で見つけたわ」


 責任を取り合う両親を遮り尋ねれば、母が手にしたカナタのキッズスマホ(スマホ)を掲げて見せた。通知LEDが点滅しているのは、両親からの着信履歴のせいだろう。


「靴は?」

「脱ぎっぱなし、」


 母の答えを信用していないわけじゃないけれど、玄関へと向かう。

 三和土(たたき)には、母の主張通り、カナタが通学用に使っているスリッポンタイプのスニーカーが転がっていた。それを横目に、備え付けのシューボックスを開けてみれば、カナタのお気に入りのスニーカー(派手なデザインで学校に履いていくのは禁止されている)がない。


「スニーカーがない、」

「外に出たのか、」

「もう暗いのに」

「探してくる」


 彼は靴を履きながら時計を確認し、「一時間、探して見つからなかったら、警察に」と母に向かって言った。


「俺も行く」

「え、」


 自分の靴に足を突っ込めば、既に玄関に手をかけていた彼はびっくりしたように俺を振り返った。


「ハルカだってもう遅い、」

「部活ん時はもっと遅くなる時あったじゃん、」

「だけど、」

「スマホも持ってくし、小学生が行きそうなとこ、俺の方が詳しいだろうし」


 俺の言葉に彼は神妙に頷いた。


「わかった、頼む――ユウリさんはカナタの友達に連絡できる範囲で、」

「りょ」

「防災公園とその先にある神社の方を見てきて」


 二人で玄関から出て、俺が右を指さしてそう告げ、次いで左を差して「俺は近所に小さな公園がいくつかあるから、そっちを周ってくる」と宣言すれば、父は目を見開いた。


「え?」

「手分けした方が早いでしょ」

「――スマホは手にもって、見つけたらすぐに連絡して」


 父は苦渋の表情でそう告げると、素直に地域で一番大きい公園と神社の方へと向かう。俺はそれを見送ることなく、スマホを握り締めて、一番近い公園に向かって走り出した。


 小さな公園や広場を周ってみるけれど、カナタの姿はおろか、人っ子一人、すれ違う通行人すらいない。古くからある住宅地のせいか、地域に子どもの数はそう多くなく、公園も遊具の類が撤去されているところも多い。おそらく、昼間も同様に静かな公園なのだ。


 カナタが通う――俺の母校でもある小学校へ向かう道すがら、公園だけじゃなくて、目についた駐車場や貸し出し用の農地を探してみたけれど、カナタの小さな姿は見つからなかった。


 公園とも言えないような広場で、息を整える。

 古く入り組んだ住宅街のせいもあるけれど、街灯の間隔はそれなりに広く暗い夜道だ。闇の深さにぞっと、背中が泡立つ。泡立った手を撫でて、空を見上げた。


 上空の広い空間に安堵し、大きく息を吐いた。


 夏に向けて延びたと思っていたはずの陽はすっかり沈み、月も出ていない。

 ただ、星は良く見える、ような気がする。


 あの時の夜空に似ている――と言ったら、カナタは星図盤を取り出して、星の位置が違うとか訂正してくるんだろうけれど。



 ☆



 この前の年末のことだ。

 酔った母方の祖父母のどちらかが、うっかりカナタに、カナタと俺の父親が違うことを話してしまったのだ(俺はその場にいなかったから詳細は知らない)。

 きちんと理解できたかあやしいカナタは、それでも混乱して部屋に閉じこもった。


 俺たちの部屋は鍵がかからないから、強行突破しようと思えばできた。

 だけど、隣り合うカナタと俺の部屋はベランダで繋がっていることを思いだして、自室からベランダに出てみれば、カナタは白い息を吐きながら、自分の部屋の前のベランダに座り込み、空を見上げていた。


「風邪ひくぞ」


 声をかけてみるけれど、カナタは俺の方を一瞥もしないで、空を見上げたまま微動だにしない。カナタの隣に座り込み、俺もまたカナタが見上げる空の遥か彼方へと視線を投げた。


「どっかと交信でもしてんの? こちら地球ですって、」


 茶化すように話しかけてみるけれど、カナタはぶすっと頬を膨らましたまま宇宙の果てから視線を逸らさない。しばらく待ってみたけれど、さすがに寒くなってきて小さく身震いをする。

 その振動が伝わったのか、ようやくカナタは口を開いた。


「兄ちゃんは、おれの兄ちゃんじゃないの?」

「いや、俺はおまえの実の兄ちゃんだけど、父さんが俺の実の父さんじゃないってだけ」

「……兄ちゃんの父ちゃんはどこにいるの?」

「どこだろ、興味ない」


 はぐらかして立ち上がるとカナタの頭を掴んだ。細く柔らかい髪が冷たく冷えている。


「ほら、部屋はいるぞ、スペースシャトル作ってやっから」


 続けてそう言えば、カナタはようやく視線を空から俺に移して、しかし何も言わずに小さく頷いたのだった。



 ☆



 正直、なんでカナタが拗ねるんだ、と思ったけれど、後々聞き出してみれば、自分だけが知らなかったことに腹を立てたのだそうだ。


 今頃、カナタはまた空を見上げて、どこかと交信しているかもしれない。


「――こちら地球です、聞こえますか?」

「こちら、も、地球です、が、どう、しました、か?」


 あの時の冬の寒さを思い出して、独り言を口にすれば、予想外に綺麗な女の人の声が返ってきた。

 びっくりして辺りを見回すが、誰もいない。

 今度はホラー的な意味で鳥肌が立つ。綺麗な女の人の声、というところが恐怖に拍車をかけたが、一方で、どこか片言の発音がふざけている。


 しかし、すぐに怯える僕の前に、黒いなにかが街灯の下へと舞い降りてきた。


「よかった。この、言語で、あっている、ようだ――お困りですか、」

「カラス……?」

「あなたの種族ではそう言うんですか? これはこの地での仮の姿です」

「いきなり流ちょうにしゃべりだした」

調整(チューニング)しました。初めまして、私は宇宙を旅しているものです。この惑星には途中で寄っただけですが、お困りのようなので声をかけてしまいました」

「えっと、あなたは、その、宇宙人、なのでしょうか?」


 無意識のうちに口について出た疑問に丁寧に答えられ、慌てて丁寧語で尋ね返す。一見、ただのカラスにしか見えないけれども、少なくとも普通のカラスはしゃべらない。


「宇宙人とはまたざっくりとした言葉ですね。定義を(かんが)みればあなた方も宇宙人のようですが」

「……地球外生命体?」

「まぁ、そうですね。この惑星生まれではありません」

「どうしてカラスなんかに、」

「なんか、とは……機動力があって、小回りが利いて、どこにいてもおかしくなく、この惑星がよく観光できそうでしたので」

「そりゃあ、空は飛べないけど、地球観光なら人間のがよくないですか?」

「失礼ですが、えっと、人類ですよね? 正直に申しますと、候補にも挙がりませんでした……確かに、一見、もっともな文明を築いているようですが……身体的には虚弱で、実際は複雑なルールに縛られた社会を維持しなければ存続できないような脆弱な生物ですよね? しかもその社会(システム)もバグが頻繁に生じる上に、それを修正する手段も適格性が欠けているようですし」

「そんな人類を種族ガチャ失敗みたいに言わなくても」


 思わずそう口にすれば、カラス(?)は失言を恥じらうかのように、頭を振った。そして、


「失礼。まぁ、理由はいろいろありますが、この身体はあなた方よりもずっと理にかなった生命体と判断させていただきました」


 と、言い切った。それから、


「しかし、存外、驚かれなくて助かりました。騒がれると面倒なので。思ったよりも人類も文明レベルが高いのですね」


 と、フォローとも思えないことを口にする。

 俺は敢えてつっこまずに流すことにした。

 きっと彼女(?)は良いカラス(?)なのだ。多分。


「まぁ、あれだけ星があれば地球以外にも知的生命体もいるかなって。でも騒がれると思ったのに声をかけてくれたんですね」

「私は困っている生物を放っておけない性質(たち)なんです。それに、この惑星の生態環境にも好奇心がありましたし、そもそも知的生命体とか、あなた達、こんな宇宙の端の原始的――いえ、素朴な文明で知的とか言っちゃうんですね……」

「まさかの惑星ガチャ失敗してた……?」


 まぁ、確かに他の惑星に来訪できる高度な文明をもつ宇宙人からしてみたら、そう思ってしまうのかもしれない。

 それでも少しだけ傷ついた俺に頓着することなく、カラスは会話を仕切りなおした。


「さて、納得いただいたようですし、お困りなのでは?」

「ああ、弟を探してるんです」

「人類の幼体ですか?」

「幼体と言うか、うん、まぁ」

「先ほど×××のポイントでみましたよ」

「え?」

「ああ、座標の表示方法が各星交際法(星際法)の基準ではないのですね。ついて来てください」


 そう言った後、ばさり、と翼を広げて見せた。


「あなた達にとって、地球って観光地なんですか? ほかにもあなたみたいな人(と言っていいのだろうか?)たちって、地球に来てるの?」


 俺は彼女の後を追いかけながら問いかける。


「観光地とはとても。むしろ、銀河ハイウェイ建設工事の用地に入ってますし、立ち退きか、場合によっては保全区に指定され入出規制されるか……まぁそう言った可能性が高いので、まだ自由に行き来できる今のうち訪れてみました。私はまだ宇宙標準化(ユニバーサル化)されていない未開の地を巡るのが好きなのです」

「未開……、でも楽しそうだ」

「楽しいですよ」


 さらっと答えるカラスの言葉が素直にうらやましい。

 だけど、俺たち人類はまだ、そんな技術力はないのだ。


 黒い翼を羽ばたかせる彼女は、母校を通り過ぎ、小学校の隣にある少し大きめの公園へいざなった。住宅地の中にあるような小さなものではないが、防災公園ほどの大きさはない、それこそ隣接する小学校の校庭ほどの広さを持つ公園だ。


 しかし、俺が通っていた頃、砂場があったところは花壇に、大きな鉄棒があった個所は蔓草が巻き付く棚(公園案内図にはパーゴラと書いてある)に置き換えられ、ブランコは鎖を巻き上げられていた。


 唯一、滑り台が設置された、中が空洞になっている白い半球の遊具(小学生当時、俺たちは白い山みたいなそれをシロヤマと呼んでいた)が当時の――いや、当時よりも一回り小さなサイズで残っている。

 きっと、俺が大きくなったせいでそう感じているだけなのだろうけども。


「お探しの個体はあの中ですね、」

「ありがと、後でお礼をしたいからちょっと待っててくれますか?」


 シロヤマを翼の先で指し示すカラスに、俺が礼を言えば、彼女は軽く翼をはためかせた。


「礼には及びません。ただ、観ていてもいいですか?」

「どうぞ、」


 そう面白いもんじゃないと思うけど、なるほど、俺らはあくまで観察対象なわけか。

 俺は気を取り直して、シロヤマに近づくと中を覗き込む。

 そこには、夜の暗さよりもさらに暗い闇が広がっていた。


「カナタ、いんだろ?」


 返事はない。が、俺の呼びかけに反応した、ちょうどカナタくらいの誰かがいて、――夜の明かりの中で、派手なスニーカーの爪先だけが見えている。


「出て来いよ」


 本当なら、俺が中に入って説得するなり、引きずり出すなりすればいいのだろうけど、あいにく暗くて狭いところが苦手なのだ。

 俺はスマホを取り出すと、父、と登録している人を呼び出した。


「だめ!」

『ハルカ、』


 通話が繋がるのと、ほぼ同時にカナタが姿を現す。スマホを握る俺の手に絡みつき、「兄ちゃん、切って!」と叫ぶ。

 腕に当たる固い感触は、カナタが抱える組み立てブロックで作られたスペースシャトル。――壊れた様子はない、俺が組み立てたままの状態だ。


『カナタ、おまえっ!』


 切羽詰まった幼い声と、激高したスマホからの声に、俺はいったん、空を仰ぎ、滑り台で羽を休めているカラスを見た後、スマホに向かって話しかけた。


「あ~……カナタ見つかったけど、とりあえず俺が話すよ。また連絡する」

『ハルカ、待ちなさい』


 制止を無視して通話終了のアイコンをタップする。


「ほら、切ったぞ、」


 通話終了した画面を見せれば、カナタは安堵したように肩を下ろしたが、しかし、俺の手を放そうとしない。

 カナタの手を取り返して、シロヤマの外へと誘導すれば、カナタは素直にシロヤマの外へと出てきた。軽く背を押してベンチへと誘導するが、カナタは動く様子はない。


 ひとつ、息を吐く。

 カナタはびくっと肩を揺らした。


 しつこくかかってくる通話アイコンを無視して、とりあえず現在地をテキストで送信すると、カナタの目線に会うようにしゃがみ込んだ。

 彼が防災公園まで行っているとしたら、ここに着くまでしばらく時間がかかるだろう。


「あんま心配させんなよ、どうしたんだ?」

「……兄ちゃん、もし、父ちゃんと母ちゃんがリコンしたらどうする?」

「は? 離婚? そういう話が出たのか、」


 思わず詰問するような口調になってしまい、カナタはぐっと黙り込む。

 おそらく、俺がきっかけなんだろうが、普段の二人は普通に仲が良い。

 どうしてそうなるんだ?


「……まぁ、俺は母さんに着いてくしかないだろ。おまえは……どっちだろうな?」

「父ちゃんはおれを引き取るって言ってた」

「あ~……、そっちのがいいんじゃね?」


 母の尻に引かれているように見えるが、もともと資産家で、彼自身も優秀な人だ。今の家も彼の持ち家だし、きっと生活に困ることはない。

 なにより、彼の両親(カナタの父方の祖父母)はともに亡くなっている。

 母と離婚するとなれば、カナタは彼の唯一の家族になるのだ。


「兄ちゃんはおれについて来て、」

「いや、俺は血い繋がってねーし、」

「おれとは繋がってるんだろ! だからおれが兄ちゃんを引き取る!」

「は?」

「おれが兄ちゃんをやしなうから、」


 ……何言ってんだ、こいつ。

 養うって意味わかってんの?


「いや、どうやってだよ」

「隕石を拾って売る」

「は?」

宇宙隕石(メテオライト)を拾ってきてネットで売るんだ。宝石の隕石があんの! ペリドットとかが入ってて指輪とかになるんだ! 大きなものはすげー高くて置物になるんだよ!」

「ペリ……? よくわからんけど、そんなん、どこに落ちてんだよ」

「サハラ砂漠」

「……どーやっていくんだよ?」

「兄ちゃんが送って」


 すげー無茶言うじゃん。


「バイク買うんでしょ? 送り迎えして」


 バイクで行けるようなとこじゃねーし。

 隕石で宝石があるとかは知ってるくせに、その辺の距離感は大雑把(ガバ)なのか。


 呆れてカナタを見やれば、カナタは思ったよりも真剣な表情を浮かべていた。

 俺は一旦開いた口を閉じ、そして、思い直してから、再度開いた。


「あ~……じゃあ車が必要だな」

「え?」


 俺の答えに、カナタはびっくりしたように瞬きを一つ。


「俺を養うなら、いっぱい拾ってくんないと。いっぱい運ぶなら車の方がいいだろ、」

「でも、」

「とりあえず、俺が車、手に入れるまで待ってろよ」

「……その前にリコンしたら、」 

「大丈夫だよ」


 不安そうに揺れる眼差しに俺は笑って答えると立ち上がった。

 公園の入り口を見やれば、街灯の下には人影がふたつ。

 母さんと――父さんだ。


「ほら、帰るぞ」


 促せば、カナタは手にしたスペースシャトルを大切そうに抱えなおした。

 俺はカナタの背に手を当てたまま、ちらり、と滑り台へと視線を投げる。

 そこには夜に溶け込むカラスの姿はない。


 お礼、言いたかったし、なんなら、カナタに会わせてあげたかったのにな。

 こいつ、宇宙が好きだし、喜んだだろうし。


「カナタ、あんたねー!」

「ユウリさん、声が大きい」


 俺たちがひと段落したのを察したのか、二人が駆け寄ってくる。

 カナタは母の剣幕にビビって、俺の腕にしがみついてきた。


「俺も心配したし、今回は庇ってやんないからな、」


 縋るように見上げてきたカナタを突き放す。

 母はカナタの手を引き俺から引きはがすと、歩きながら説教を始めた。


「父さん、」


 気まずそうな父に声をかければ、彼はばっと顔を上げて俺を見た。


「ハルカ」

「心配してくれたのに、ごめん」


 父の言葉を遮り、先手を打って謝れば、案の定、彼も謝罪の言葉を口にした。


「いや、僕こそ、ちゃんと話も聞かずにすまなかった……その、」

「とりあえず、今回はスクーターは諦めるよ」

「ほんとかい、」


 父の顔に明らかな安堵が浮かぶ。少し残念に思いながらも、俺はさらに言葉を続けた。


「うん。それと、大学に行くかもしれない」

「え?」

「高専は大学三年に編入できるんだ。もちろん学部の縛りはあるけど、そこは問題ないから」

「そうなのか、」

「だから、ちょっとお金かかるかも。車を買うとしても中古を自分で買えるように頑張るから」

「大学費用は心配しなくてもいい、」


 父はそう言い切った後、歯切れ悪く付け加える。


「でも、中古車はあんまり……特に安いと事故車だったりとかするし。僕のわがままだから費用は援助するから新車にして欲しい」

「……心配性だなぁ」


 呆れて父を見やれば、彼は軽く瞼を伏せる。


「言ってなかったけど、実は、僕の両親は交通事故で……」

「……そうだったんだ」


 過剰な心配はそのせいか、と納得する。


「でも、どうして急に大学に?」

「……宇宙船を造りたいって思って、そうすると大学行った方が有利かなって。まだ決めたわけじゃないけど」


 ぱっと表情を明るくする。カナタによく似た――いや、カナタが似ているのか――笑顔。


「素晴らしいね、それなら大賛成だよ!」

「じゃあ、おれは宇宙飛行士になる!」

「ちょっと、カナ、アンタ、うちの話聞いてた?」


 割り込んできたのは、母に叱られていたはずのカナタだ。

 母が諫めるものの、カナタはすでに聞いていない。


「そんで兄ちゃんの造った宇宙船に乗る!」

「カナタは本当にハルカのことが好きだなぁ」


 父も咎めることなく、ちょっとだけ残念そうにぼやく。


 家族4人での帰り道、なんだか恥ずかしくて、俺は空を見上げた。

 暗い夜の中にカラスの姿を探してみたけど、見当たらない。


 彼女はもう、次の惑星へと旅立ったのだろうか。

 空の向こう、瞬く星の更に先、宇宙の果ての遥か彼方。


 ――こちら地球です、聞こえますか?


 俺は親切だった旅人と、まだ見ぬ地球外生命体に向かって念を送る。


 ――また、弟が世話になることになりそうです。その時はどうぞよろしく。

相変わらず銀河ヒッチハイクガイドをステマしてます。

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