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+Mermaid dreams of electric fishes
国という概念で枠組みされる共通認識が消滅していく頃、私は生まれた。
すでに地球の荒廃は何百年も前から叫ばれ続けていて、でも、それは、地球ではなく、ただ、確かに人類を蝕み続けていた。
世界人口は全盛期の十分の一にも満たない。
国として成り立たなくなる地域が増え、ついに地球をひとつの世界とみなす連合組織が設立した。各々の地域性は残し、自治を認めたものの、環境破壊が進んだエリアから人々は逃げ出し、紀元後375年に次ぐ大移動を行った。
そのため、現在、各地にはゴーストタウンが取り残されている。
私が生まれたのは、そのゴーストタウンの一角だ。
母と父が最後の立ち退きを拒んでいたが、結局、半ば強制的に引っ越すことになった。
はじめて見る大きな街は、幼い私にはとても刺激的で、きらびやかに映ったのだが、その頃から、夫婦仲はこじれた。そのうち、父は外に女を作って出て行き、母は泣き崩れ、私は母を守る力が無いことに途方に暮れた。
そして、私は悩んだ結果、勉強に打ち込み、早く社会に出ることだという結論に至った。
母は、もっとのんびりと私を育てることを望んでいたが(今思えば、それもあってあの田舎町を立ち退きたくなかったのだろう)、私は、同じ頃の子どもたちとじゃれるよりも、知識を詰め込むことに喜びを覚えたのだ。
もともとその分野に向いていたらしく、知識の吸収はとんとん拍子に進み、気がつけば、八つの年には義務教育の範囲を終わらせ、飛び級をしてエネルギー分野を専門とする最高学府に入ることになっていた。
そんな私に母は「あなたは何でもできるのね。とても優秀だわ」といい、そんな母に私が「ママを守るためにがんばったんだよ」という前に、彼女は一人の男を私に紹介した。
彼は黒い瞳と黒い髪、バター色の肌をしていて、菩薩のような笑みを浮かべる、東洋の神秘といえば聞こえの良い、どこかつかみどころの無い東洋人だった。
母は、彼に体を預け、視線だけを私に向けて、「あなたは父親どころか、母親も必要としないのね。私には、あなたにしてあげれることが何も無いわ」と悲しそうに呟いて「この人との子どもができたの。あなたの妹よ」といとおしそうにお腹をさすった。
必要とされていないのは、私のほうだったのだ。
今となっては分かる。私と母は似すぎていたのだ。私は母を守るために躍起になり、母は母で私を守ろうとしていた。
私はそんな母の庇護を振り払い、必死学び、しかし、私が力をつける前に母は自分を守る騎士を見つけ、彼との間に守るべき子どもを宿した。
「今までありがとう、ママ」
私は母の大きなお腹を見ていった。
「そしてさようなら」は心の中で呟いた。
私の名前の一部が東洋風になり、しかし、違和感はすぐに馴染んだ。
私みたいにアジアの血が入っていなくても、またはかなり薄くても、東洋系の名前は人気があるのか、名乗る者が多かったせいもある。
そして、それっきりのはずだったのだが、妹が生まれたと聞いてお祝いに行くと”私にとっても新しいパパ”である男は、盆と正月くらいは帰っておいで、と私の慣習では無い行事を持ち出して、帰省を誘った。
まるで、私が帰省しないのは自分のせいなのかと、内省的な表情に、私は半ば義務感から年に一度の帰省を自分に課した。
私が帰るたびに、妹は母の陰に隠れるようにして、それでも好奇心からか不思議そうに年の離れた姉を見つめてきた。
私は彼女をどう扱えばよいのか分からず、お互い二人っきりになったら無言となり、家族団らんのときでもあまり会話が弾むことは無かった。
私はますます、学問に没頭し、研究課題である人工エネルギー開発に終始した。
化石エネルギーはとっくに枯渇しており、自然をコントロールできない私たちは、効率よく四大元素からのエネルギーを得ることはできない。
世界はずっとエネルギー不足なのだ。
連合は言葉通り世界中から優秀な識者を集めて、金を惜しむことなくこの命題に取り組んでいた。
私もそのグループに配置され、ある一つのプロジェクトにかかわっていた。
十年目のある日、ついにそれは実を結んだ。リサイクル可能なエネルギー媒体と循環炉が完成したのだ。もし、これがマスプロの波に乗れば、世界のエネルギー不足は解消に近づくだろう。
その夜、私たちは今までの労をねぎらい、杯を合わせた(私は当時未成年だったため、ジュースだった)。
良い気分で盛り上がっていると、不意にけたたましい呼び出し音が響いた。
慌ててデスクに戻れば、連合の人間が神妙な顔をして、私の妹が、あるテロ組織から誘拐されたことを告げた。どうやら動力炉の設計図を要求しているらしい。
愚かな要求だと思った。
図面や組成式だけで生成されるのならば、世の技術者たちはこんなに苦労をしていない。
現場を知っているものならば、プロトタイプの製図や図面が紙切れに等しいものだと分かるはずだ。
あの動力炉は管理している現場の技術者たち全員で生み出したものだった。
決して、私一人で作ったわけではない。
元の製図からいろいろと現場で手を加えたことで、綺麗な箱体の予定だったプラントは、配管が絡みつき、要所要所には、こぶのようにレバーやバルブが配置され、いたるところで制御装置の赤や緑のランプがちらつく、まるで未知の生物の皮を一枚はいだかのようなグロテスクな容貌となっているのだ。
こうなっては、私が引いた図面など何の価値も無い。
初めて話す世界で一番権力を持つ男は、無表情に淡々と判断は、私に任せるとほざいた。
いったい彼が何を考えているのか分からないまま、私は図面を渡したいと告げ、共同研究者たちに懇願すれば、彼らはあっさりと快諾した。
きっと私と同様のことを考えたのだろう、幾人かの人格者は積極的に勧めてくれたほどだ。
実を言えば、私は妹を助けるためだとか、そういったものは、少しも脳裏を掠めなかった。ただ、人道的に正しいであろう判断を下したまでだ。
私が図面を小さなメモリに入れて男に渡せば、遠く映像カメラの中で、取引の場を見ることを許された。
取引はゴーストタウンの一角で行われているようだった。スーツ姿の連合の人間と、破けたデニムのテロリスト達。
そして、目隠しされた場違いな女の子。
思ったよりも成長した姿に、私はああ、もう一年近く会ってないのだな、とぼんやりと思った。
後は、よく覚えていない。
結果から言えば、取引は失敗した。
なんだか言い訳めいたことを聞いたが、それもよく覚えていない。
けれども、メモリは奪われ、あの子はその場で殺されたのだ。
小さな女の子がアップになり、その桜色の口元がなにかを告げた。
なんとなく「お姉ちゃん」と呟いたように覚えているのは、きっと私の幻想だろう。
あの子に一度もそう呼ばれたことなど無かったのだから。
「君は最善を尽くしてくれたよ」
すべてが終わったとき、”新しいパパ”が私に言った。思ったよりもかすれていた声は、しかしどこにも引っかからずに滑り落ちた。彼はママの肩を抱き、そっと私の前から姿を消した。
それ以来、彼らに会っていない。
私はその後、そのグループを抜けて、新たなプロジェクトを立ち上げた。
そして、今、そのプロジェクトは七年の歳月をかけて、実ろうとしている。
人工エネルギーの動力炉を極限まで小型化し、人型の人形に埋め込んだ。
もともと二足歩行や指の細かな動きといったパーツ技術は既存のものだ。
組み合わせ、問題だった二つの二点を克服さえすれば、”それ”は思ったよりも簡単にできた。
一つは、動力炉、そして、もうひとつはソフト ―――――― ♡だ。
私の目の前に横たわるのは、ただの虚無の塊だ。
♡は、いまだ移植せず、銀色の小箱の中。
それでも、私は、今、動力炉を稼動するスイッチを押そうとしている。
このボタンを押せば、目の前の人形は瞼を持ち上げ、その柔らかな茶色の瞳で私を見上げるだろう。
最初に与えなければならないのは名前だ。
与える名前は決めてある。
何も知らないまま、この世を去った、私の妹。
修正して再掲。




