第五十楽章 生まれて初めて“シニモノグルイ”
毎日、朝からアルバム「NEWS」を聴いた。
まだ、生まれてもいない頃だけど、自分の心を“1997年の聖飢魔Ⅱ”にリンクさせたくて、繰り返し繰り返し、同じアルバムを聴き続けた。
聖飢魔Ⅱの構成員は、どんな気持ちで、この曲を演奏していたのだろう。
当時の信者は、どんな気持ちで、この曲を聴いていたのだろう。
そんな事を考えながら、ひたすらに練習する。
家でも学校でも、時間が一分でもあればピックをつまんだ。
ユーチューブで「BRAND NEW SONG」を上手い人が弾いていたら、自分が出来ない部分を、メッセージで質問した。やさしい人が多く、丁寧なアドバイスをもらえた。
ギターを弾き過ぎて、指や手のひらの豆が裂け、出血する。
最初はテーピングをしていたけど、弦に触れる感触が変わるのが気になって、最後には、そのまま弾き続けた。
血が流れる手のひらを、バケツに汲んだ氷水に突っ込んで、痛いという感覚がなくなるまで冷やして、また、ギターを弾く。映画「セッション」でやっていたのを、真似してみた。
感覚を失った指で、何時間でもギターを弾いた。
***
「いい加減にしなさい!」
おかあさんが、大きな声を出した。
物も言わずにテキトーに夕食をかき込んで、また練習のために部屋に戻ろうとした、その時だった。
「あなた、最近おかしいわよ。わたしが言わなきゃロクにご飯も食べないし、勉強だってしてないでしょ。そのくせ、そんな指になるまでギターばっかり。どういうつもりなの」
「……ぼくの勝手だろ。ほっといてよ」
思いがけない強い口調でぼくに反論されて、お母さんは、目を丸くした。
ぼくがお母さんに口答えしたのは、本当に、子どものころ以来だった。
「あそこでバイトとギター始めて、あなたどうかしてるわよ。もう、辞めさせてもらった方が……」
「余計なことしないでよ!」
思わず、ぼくまで大きな声をあげてしまった。おかあさんの顔が、凍りついた。
「……ごめん」
ぼくはちいさく呟くと、二階に駆け上がった。
「隆! 待ちなさい!」
おかあさんの声が追いかけてきたけど、ぼくは、それを無視して自室に入った。
***
ドアがちいさくノックされた。
ギターを弾く手を止めて、ぼくは「なに?」と言った。
ゆっくりとドアを押し開けて、にゅっと顔を出したのはお父さんだった。
「ちょっといいか、隆」
ぼくが頷くと、お父さんは中に入って来て、ベッドのうえに腰掛けた。手には缶ビールを握っている。
椅子に座ってギターを構えたぼくと、向かい合って座った。
「……お前が、こんな事になるとはなぁ」
お父さんが、ちいさく笑った。ぼくは、無言で俯いた。
「おれはな、ちょっと嬉しいんだ」
「え?」
ぼくは、思わず変な声をあげてしまった。
「隆はこどもの頃から引っ込み思案で、"アレをしたい、コレをしたい"って言わない性格だったろう。だから、夢中になってギターに打ち込んでいる姿が見られて、おとうさんは嬉しいんだよ」
「…………」
「おれも、昔はそうだった」
そう言いながら、持っていた缶ビールのプルタブを開けた。
「ギターをやったの?」
ぼくが訊くと、おとうさんは首を横に振った。
「おとうさんは、映画を撮りたかったんだ」
初耳だった。
お父さんは、伊万里で映像制作会社を経営している。
社員は社長であるおとうさんを含めても五人しかいない、ちいさな会社だ。ケーブルテレビや地方局の下請け、地元企業のwebコマーシャル映像つくりなんかがメインの仕事だ。
「芸大で、自主制作映画にのめり込んでな。そのうちアメリカで本格的に映画作りを学びたくなって、我慢できずに大学を中退して渡米した」
「知らなかった」
「だけど、どうにも英語がマスター出来なくてなぁ。使いっ走りやら、足りないエキストラの"アジア人その二"とかばかりしてるうちにビザが切れちまってな。帰って来た」
「…………」
「日本に帰って"アメリカの現場で鍛えてきた"って大ボラ吹いて、東京の映像制作会社に潜り込んだ。そこでノウハウを学んで、伊万里に帰って会社を立ち上げたんだ」
おとうさんは、美味しそうにビールをふたくち飲んだ。
「おまえが今どんな思いで、どんな覚悟でギターを弾いているかはわからない。だけど、おれも、そんな目をして仲間と映画を作っていたよ」
そういうと、お父さんは立ち上がった。重さから解放されたベッドが、ちいさく軋んだ。
「おかあさんは、おれが説得しておく。……頑張れ、隆」
おとうさんは「おやすみ」とちいさく言って、部屋を出て行った。
「おやすみ……」
ぼくも、そうちいさく声を返した。
***
「高田っち、上手くなったね」
昼休みの部室で、古賀と二里が舌をまいた。
ふたりの横で、ぼくは黙々とオルタネイトピッキングの練習を続けていた。
右手の前腕部が炎症を起こしかけ、保健室で分けてもらった湿布を貼っていた。
「去年の薫を思い出すなぁ」
「あーね。あん時の薫もヤバかった」
ふたりの会話に、思わず手を止める。
「去年の波多津さんが、どうしたの?」
ぼくが訊くと、
「去年の実業祭。一年生は基本“ローディ”なんだけど、薫は、即戦力でステージに上がったんだよな」
古賀が、懐かしそうに言う。
「そしたら、普段は譜面通りに弾いて澄ましてる部長が、ガンガンアドリブ入れて薫を煽ってきて」
二里が、話を引き継ぐ。
「薫、それからライバル心むき出しになったもんな。それからは、部長とあんまり口も利かなくなって、鬼みたいに練習と勉強しおったもん」
なるほど。
それで、初めてここで会った時、ケンカでもしているように見えたのか。
ぼくはあの時のなんだか張り詰めた雰囲気を思い出して、ちいさく笑った。
いつか、波多津薫に認めてもらえるくらい、ぼくも弾けるようになれるのだろうか。
今は、弾くしかない。
秋祭りのステージまで、残り二週間を切っていた。




