あの村の悲劇の前日
番外編
「シラカミ! どーしたんだよ」
ぼーっと川を眺めていたシラカミに、少年……レッドが声を掛けてくる。
彼はシラカミを人として扱ってくれる数少ない村民のうちの1人だ。
言葉がまだよく分からないシラカミに、分かりやすい言葉で話し掛けてくれる。
「川、見てたのか?」
彼女が頷くとレッドも側に立ち川を覗いた。
水面はキラキラと輝き銀色の魚が流れていくのが見える。
「面白い?」
間髪入れずにシラカミが首を振ると「だよな」とレッドは笑う。
「ここ危ねえぞ。
ランドさんの犬が殴り殺されてたんだからさ。
やったのは軍の奴らだろうけど」
「うん」
「アイツら早くいなくなんねえかなあ」
レッドがボソリと呟く。
1週間ほど前からベーマー村には軍人がいる。
それが何故なのか子供達には知らされていないが、最近の不作が関係しているらしいと親たちの話から察していた。
彼はフウと溜息をつくと首を振ってシラカミの背中を叩いた。
「今日ギフォード、来るんだってさ。
オマエも来いよ」
「ギ……」
「うん。ほら、ビアロウィーザのコイビト。
まほー教えてくれんだって……」
ボンヤリとギフォードの姿を思い浮かべる。
シラカミの言葉の先生であるビアロウィーザにデレデレしている姿しか思い浮かばない。
「まほうは、わたし、わからない……よめない」
「俺もー。っていうか使えるのってコミくらいじゃないか?」
コミ。彼女はギクリとしてレッドの顔を盗み見た。
だが彼は何も気付いてないのか「ずるいよなー。俺も使いてー!」と叫んでいる。
レッドは妹のカーディナルがコミに狙われていることに気が付いていないようだ。
シラカミが邪魔をしているし、何故かヨガイラも止めているようだから気付かなくても無理はないだろうけど……。
「どうする? ギフォードのとこ行く?」
「……いい。わかんないとおもう」
「アハハ! みんなギフォードからかいに行くんだよ! あいつ、ビアロウィーザのいる前じゃカッコつけてて面白いんだよ!」
「へんなひと」
「あーいうの、抜けてるって言うらしいぜ」
その言葉にシラカミは首を傾げる。抜けているとは何がだろう。
「ドジしたりするやつのこと。
まあいいや。俺見に行ってくるから!
じゃあな!」
レッドは土手を駆け抜けていく。
ギフォードはまるで見世物のような扱いだ。シラカミはちょっとだけ笑った。
「あ! そーだ!
コミ見かけたら呼んどいて! ギフォードに呼ばれてんのにいないんだよ!」
「わかった」
ちょっと嫌だけど、でも13才になるシラカミは彼女の「範囲外」だ。大丈夫だろう。
そもそも彼女の好みは幼い子というだけではなく何かしらの条件があるようで、その条件に当てはまらないらしいシラカミは何かされたことはない。
最も、彼女だって教師である父親の顔に泥を塗るような真似はしない。目立った何かをしたことはないが……。
いつもお世話になっているレッドの頼みだ、叶えようと思いシラカミはコミを探す。
大体いつもヨガイラと裏山にいるのですぐに分かる。
シラカミはヨガイラも苦手だ。何をしている人なのか知らないし、何を考えているか分からない。
職業に関して聞いたことがあるが「ヒモ」という職業であるとだけ教えてもらえた。
ヒモとはなんだろう?
ビアロウィーザに聞いたら「どうしようもない奴」とだけしか教えてもらえなかった。
不意にコミの笑い声が聞こえて来た。
裏山の、なだらかな斜面の切り株の上にコミは座っていた。ヨガイラは少し離れた木に寄りかかっている。
2人はまだシラカミに気が付いていないようだった。
彼等は絵本に出てくる聖者のように美しい。木漏れ日を浴び笑い合う2人のなんと美しいことか。
だがそれ以上に恐ろしい2人だ。村の人たちはまだ気付いてないが……。
いつか2人は手を取り合い、何か恐ろしいことをしでかすんじゃないだろうかとずっとシラカミは思っていた。
彼女はそっと木陰に隠れて様子を伺う。何を話しているのだろう……。
「何笑ってんだよ」
「だっていつも女を弄ぶあんたが、あんな小さい女の子に翻弄されちゃって……おかしいったらないよ」
「うるせえな」
「はー……おかしい。
まあ何かあったらいつでも相談に乗るわ。
なんでも協力するよ」
「協力ねえ?
ホント恐ろしいな。9歳児相手に何考えてんだ」
「そっちこそ何考えてんの?」
コミの表情はシラカミからは見えない。だがヨガイラといる時の彼女は凄く悪い顔をすると、シラカミは知っていた。
「……あんまり変なことすんなよ。
レッドの妹にちょっかい出すのもやめろ」
「ちょっかいって……私はただ、好きなだけなのに」
「バレたら面倒になるんだろ。
またセンセェになんか言われんじゃねえの」
「……そうね。お父さん、最近特に私に結婚しろってうるさいし」
ビアロウィーザみたいになれって煩い、そう囁くのがシラカミの耳にも届いた。
それは憎悪の篭った声だった。
「そういや今日ギフォード来てんだろ。
会いに行くんじゃなかったのか」
「あー。そうだった。
治癒魔法教えてもらってるんだ」
「はあ。なんか分からんが凄いな?」
「まあねえ。難しいけど将来役に立つかもしれないし頑張ることにする。
ヨガイラはどうするの?」
「どうするって、軍が村人全員呼び出したんだろうが。
無視したかったけど……最近不作らしいしな。
軍のその何かに協力したら補助してもらえるんだろ?」
「らしいよ。
でも女子供も全員ってなんだろう……」
「さあなあ。
……あんまり良い予感はしない」
「だね」
コミは不意に立ち上がった。
盗み聞きしていたことがバレるとマズイ。
シラカミは木陰で息を潜めた。
「私行くから。じゃあね」
「おう」
コミがシラカミのすぐ横を通る。だが彼女はシラカミに気付くことなく去っていった。
ふうとシラカミは息を吐く。
ヨガイラにバレないうちに移動しようと思い……彼がすぐ後ろに立っていることに気が付いた。
「盗み聞きとは。趣味が悪いな」
美しい顔が嘲笑うように歪む。彼女は顔を青白くした。
「ヒッ……。ご、めんなさい……」
「怒ってねえよ。
早く行けよ。コミがまたカーディナルにちょっかい出すぞ」
「……なんで……」
「あ?」
「なんでカーディナル……わたしにいうの」
シラカミがヨガイラを伺うと彼は意地悪く笑った。
「お前レッドのこと好きなんだろ。
犬殺すくらいには」
その言葉にシラカミはハッとなった。
犬は、ランドの犬のことだ。
シラカミが石で殴り殺した……。
「……みてたの……」
「随分楽しそうだったな。
レッドに噛み付いたあの犬が許せなかったのか?
随分独り善がりな好意だ」
ニヤニヤ笑うヨガイラを見つめるシラカミ。
何が言いたいのだろう。
注意しているという感じでもない。
「だれかに……」
「言わねえよ別に」
「よかった……」
犯人がシラカミだとバレたら今度は彼女が石で殴り殺されるところだ。
「言わないから早くコミの後追えっての」
「うん……。
ねえ、なんでコミは、カーディナルがすきなの」
「カーディナルが好きなんじゃなくて愛されて可愛がられてる子供が好きなんだよ。
だからお前に手は出さない」
彼の言葉はシラカミにしっくり来た。
なるほど、と頷く。
「親に愛されてる子供が好きなんだ」
コミは父親からいつも叱咤されている。だからだろう。
捨て子のシラカミには目もくれない。誰にも愛されていないから。
そしてコミとヨガイラが仲が良いのもここにある気がした。
ヨガイラそっくりの彼の父親は若いのに痴呆になり死んだ。
後でヨガイラの母親が、夫の暴力に耐えきれなくなりそういう薬を夫に注射し続けていたのだと分かる。
「分ったなら安心しろよ。イヌゴロシちゃん」
馬鹿にしたようなヨガイラの声音。
シラカミはジッと彼を見つめた。
「……あの、わたしレッドのことすきだけど……ちがうとおもう。
コミが、カーディナルすきみたいなのでもないし……アンタが軍の子がすきなのとも、ぜんぜんちがう。
わたしはアンタらみたいに狂ってなんかない」
そう言った途端ヨガイラの顔が怒りに染まった。
危ない。
「さよなら」とシラカミは行って木々の合間を縫うように駆けて行った。
風がシラカミの髪を巻き上げる。
カーディナルを守らなくては。レッドが大事にしているカーディナルを。
レッドは恩人だ。引き取られた農家の家で邪魔者扱いされているシラカミに、常に空腹に耐えているシラカミに暖かい言葉とご飯をくれる人。
これまであの家で何かされても耐えられたのはレッドがいたからだ。
だから彼を傷付けるものは許せない。
背後からヨガイラの怒鳴り声が聞こえた気がしたがシラカミは振り向かなかった。
わたしはあの男のように狂ってなんかない。
体は重くうまく走れない。
昔から体を動かすのは苦手だ。
白神 三月。彼女はただの日本人だった。
いつの間にかこの世界に来て、そしてこの世界で死んでいくのだろう。
ただ願わくば……死ぬ前に一度、味方と、友達と呼べる人と出会えたなら。日本にいたら存在し得たものと出会えたなら。
一生の友達でなくて良い。一瞬で良いから、心を通わせ互いの苦しみや幸せを分かち合いたい。
コミやヨガイラのような呪われた恋ではなく、宝物のような友情が欲しい。
木漏れ日がキラキラと光る。
彼女の黒い瞳は光を反射し宝石のように輝いていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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